四日目(The forth day)

 おれは会社にいた。

 仕事を半自動的に処理しながら、昨夜のことを考えていた。

 川原で、まゆを抱きしめて泣いた。そのおれの頭を、まゆが撫でてくれていた。妙な話だ。自殺しようとしていたのはまゆで、それを助けに行ったのがおれだ。立場は逆のはずではないか。

 だが、おれはまゆの胸で――薄っぺらな胸にすがりつくようにして泣いたのだ。自分でもどうかしていたとしか思えない。

 その後、タクシーを拾って家に帰ったが、その間、まともにまゆに声をかけられなかった。まゆも押し黙っていた。

 会話はなかったが、ずっと手を握っていた。小さな手の感覚だけがまゆの実在を保証してくれるような気がして、放すのがこわかった。

 ふたりのアパートにもどった時、管理人と行きあった。アパートの清掃や雑用、そして家賃の集金をしている五十代の女性だ。ずいぶん前に離婚して一人暮らしをしているそうだ。

 この人には、むろん、まゆを引き取ることになった初日にあいさつに行き、かんたんに事情は説明してある。アパートは一応単身者向けとなってはいるが、「あたしは子供好きだから、大家さんにはうまく言っといてあげるわよ」と言ってくれていた。

「あらっ、まゆちゃん、どうしたの、こんなに遅くに」

 わざとらしさがその声にはあった。廊下の電燈はさほど明るくないが、目をすがめて、まゆの姿を詮索している。

「あーら、まあ! 腰までべちょべちょじゃないの! どうしたの!?」

 おおげさな声だった。まゆが顔をふせた。まゆは人見知りをする。しかも、今日は、大人びた受け答えを期待するほうがむりだ。

「んま」

 管理人の顔がちょっと歪んだ。ほんとうはこの女性は子供がきらいなのではないかと、ふと思った。

「すみません、なんでもないんです。ちょっと水たまりで転んだ何かしたらしくて。まだ、このへんに慣れてないから」

 おれは適当なことをいって、まゆの手を引いて階段をのぼった。

 管理人がじっとこちらを見あげている。その顔がかすかに笑ったように思えた。そして、おれたちの部屋の真下にあたる部屋に戻って行った。

 部屋にもどったおれは、風呂に湯をはり、遅めの夕食の支度を始めた。

「まゆ、お風呂に入ってろよ。怖かったらドアあけたままでいいから」

「……うん」

 水に濡れた半ズボンを脱ぎながら、てとてとまゆが台所を横切っていく。水に濡れたパンツが、ヒップのかたちを浮かびあがらせている。愛らしいおしりの動きに、つい、見とれてしまう。

「おにいちゃん」

 まゆが振りかえった。おれはのけぞって、包丁で自分の指を落としかける。

「な……なんだ?」

「あとでお願いがあるの。大事なお願い。きいてくれる?」

 まゆなりに思いつめた表情をうかべている。おれはうなずいた。

「いいとも。なんでもいえよ」

「ん」

 まゆは淡くほほえむと、子供っぽい仕草で服を脱ぎはじめる。

 おれは視線をそらした。そして、ためらいがちなかけ湯の音を聞きながら、不慣れな料理に専念しようと努めた。

 レトルトのご飯にレトルトのハンバーグ、かろうじて野菜サラダとみそ汁だけが手製のものだ。といっても、単に野菜を洗ってカットし、だし入りみそをお湯に溶いただけの話だ。それでも、コンビニ弁当よりはずっと食卓らしくなる。

 おれは食事の準備をすませ、居間でまゆが風呂からあがるのを待った。

「いち、にい、さん……」

 それが癖になったのか、まゆのカウントが聞こえている。ゆっくり十を数え終え、まゆが出てくる。バスタオルで身体の水気をとり、髪を拭く。そして、着替えに手を――

 のばさずに、こちらへ近づいてくる。バスタオルでかるく身体をおおっただけの姿だ。

「おいおい、いくら夏だからって裸で部屋のなかをうろつくなよなあ。これだから子供は……」

 おれは目のやり場に困りながら、わざとらしく言った。

「ちがうもん!」

 まゆが強い口調で否定する。

「まゆ、子供じゃないもん。おにいちゃんの前で裸になることの意味……しってるもん」

「な……」

「みて、おにいちゃん」

 まゆは、身体をおおっていたバスタオルを落とした。ゆっくりと、ごくゆっくりとバスタオルが畳におちた。

 まゆの裸を見たことは今までにもある。いっしょにお風呂にも入っている。だが、こんな浩々とした電燈の下で、真っ向から見たことはなかった。

 おれは痺れたようになって、身動きができなかった。

「おにいちゃん、まゆといっしょにいたいって言ってくれたよね。でも、まゆとおにいちゃんはきょうだいじゃないし、遠い親戚だから、そんなギムないんだよね。それなのに、まゆがここにいたら、めいわくかかっちゃう。だから……」

 まゆの喉がこくんと上下する。

「まゆのこと、おにいちゃんの恋人にして。そうしたら、いっしょにいてもへんじゃないもの」

「まゆ……」

 まゆの頬が赤く染まっているのは、湯上がりだからというわけだけではないだろう。

 そして、まっしろな下腹部に刻まれたワレメがほんのり赤らんでいるように感じられるのも――

 おれは、まゆを押したおして、そのワレメを左右にひらき、おさない粘膜を指で蹂躙したい衝動にかられた。

 なめらかなおなかに舌をはわせ、ほんのつぼみのような乳房をねぶる、その想像に我を失いそうになった。

 だが、おれは目を閉じ、浮きかけた腰をもどし、大きく息を吸った。

 ほう、と息を吐き、苦労して笑顔をつくった。

「ばかだな、まゆ。そんなことしなくても、まゆのことじゃまにしたりしないよ。そんなこと心配せずに、ほら、服を着て、ごはんにしよう」

「でも、おにいちゃん……」

「それとも、ごはん食べたくないのかあ?」

 まゆのおなかがタイミングよく、きゅるる、と鳴る。いろいろなことがあって忘れていたのだろう空腹がよみがえったようだ。まゆはいっそう顔をあからめ、脱衣所に飛んでもどった。

 そして、今朝。まゆは元気のよい小学生にもどって、学校へと向かって行った。

 おれは、しかし、昨夜からずっと悶々としている。

 まゆはまだ子供だ。自分のとった行動の意味など、深くはわかっていない。どうせ、少女まんがの影響かなにかだろう。最近の少女まんがは、けっこう過激な内容が多いと聞く。

 だが、おれがまゆの肢体に欲望を感じてしまっているのも紛れのない事実だ。もともと、そういう素養があったということなのか。

 ――ちがう。まゆのことを好きになったせいだ。まゆがもしも大人だったら、ためらうことなく抱いている。それどころか、結婚だってするだろう。

 だが、まゆはまだ少女なのだ。初潮さえ迎えているかどうか怪しい。そんな子供に対して、好きだの愛しているだのと考えるおれは異常なのではないか。事実、毎晩まゆが寝入ってからトイレで自慰をする、そのネタはまゆのことばかりなのだ。

 もしかしたら、自制心がはじけて、今夜にでもまゆのことを襲ってしまうのではないか。

 自分に対する不安を抱きながら、おれがアパートへ帰る時間が来た。

 おれは、どうすべきなのだろうか……。

 今夜、まゆを抱く 

 だめだ、こらえる