ゼロの使い魔

ねこにゃんNIGHT!2

記録水晶のかけら

  

「ちぇ、おれのご主人さまは人使いが荒いな」

「なによ、わたしの手伝いができて嬉しくないの?」

 紙の束を両手に抱えた黒髪の少年と、それに寄り添うようにして歩く桃髪の美少女。

 今や学院で誰一人知らない者がいないベストカップルだ。

 いや、バカップル、か。

 サイトとルイズ。

 もともと、ルイズがメイジとして異世界から呼び出した使い魔がサイトだ。

 ルイズとサイトのコンビはこれまで幾多の冒険を成し遂げ、いまや王室からも一目置かれる存在だ。

 だが、学院で過ごす二人は、ごくごくありふれたカップルでしかない。それによくケンカもする。おもにサイトの女関係が原因だ。サイトの周りには、メイドのシエスタ、同級生のタバサ、そしてハーフエルフのティファニア、さらにはアンリエッタ女王様と、美女、美少女たちがひしめいている。彼女たちがサイトにからむたびに、ルイズの焼き餅が炸裂する。

 今は、二人の間には問題はないらしく、ラブラブな感じだ。

「……サイト、自習室に寄っていかない?」

「自習室?」

「この時間は誰もいないし……ね?」

 恥じらうようなルイズの声。

「そ、そうだな、コルベール先生のところに資料を持って行くのは、あ、あとでもいいかな?」

 サイトの声が揺らぐ。

 そそくさと自習室に入ってくるルイズとサイト。周囲を見渡す。

 奥の机にいるマリコルヌには気づいていない。

 もともとバカップルだ。二人きりになりたくて仕方がない。

 紙の束を机に置くと、さっそくチュッチュしはじめる。

「ああ……ルイズ……かわいい」

「ほんと? サイト、わたし、かわいい?」

 もどかしく唇を重ねあわせながら、サイトはルイズの細い身体をかき抱く。

「かわいいよ、ルイズ……レモンちゃんの味がする……」

 ルイズの唇をペロペロしながらサイトはささやく。

「うれしい……わたし、サイトだけの、レ、レモンちゃん……なの?」

「あたりまえだろ? ルイズは、おれだけの、レ、レモンちゃんだ」

 バカすぎる。

 仲がいいときの二人は、しかし、こんなものだ。

「な、ルイズ、いいだろ?」

 サイトはルイズのスカートに手を入れながら泣きそうな声でささやく。

「え? ここで?」

「だって、部屋だとシエスタがいるだろ?」

 サイトとルイズは寮の同じ部屋で寝起きしている。しかも同じベッドでだ。さぞかし毎晩やりまくりかと思えば、メイドのシエスタが同衾しているせいで、いまだに最後までは「していない」のだ。チャンスはこれまでも何十回となくあったというのに。

「サイトがしたいなら……いいけど……」

 ルイズが恥ずかしそうに囁く。もちろんその気があったから自習室にさそったのだろうが、あくまでもサイトがしたいなら、という形を作るのがルイズらしい。

「ルイズ!」

 サイトが机の上にルイズを押し倒す。

「……あっ」

 嬉しそうに鳴くルイズ。制服のスカートがめくれて、白くて細い脚があらわになる。胸は残念なルイズだが、それ以外は「神の造形」としか言いようがないほど美しく整っている。

「ルイズ……!」

 サイトの興奮度がはねあがる。

 ズボンをずりおろしながら、ルイズにのしかかろうと――

「あー、ゴホン!」

 わざとらしい咳払い。

「何か物音がするなあ、なんだろう?」

 マリコルヌだ。バカップルに対する怨念が身体から黒いオーラになって立ち上っている。

 あわててサイトは立ち上がり、紙の束を抱える。

「い、急いで、コルベール先生に届けてこないとな……!」

 逃げるように自習室を出て行くサイト。

「あ、サイト……!」

 置いて行かれたルイズは残念そうにその背中を見送る。

「もお……バカ!」

 唇をとがらせながら、机からおりるルイズ。怒ったようにスカートの乱れを直す。

「もう少しだったのに……」

「何がもう少しだっんだい、ルイズ」

 マリコルヌが自習室の奥から顔を覗かせている。小太りで汗っかき、かわいらしいと言えなくもない丸っこい顔だちだが、女の子にモテモテ、というタイプではない。少なくともルイズにとってみれば、アウト・オブ・眼中の存在だ。まあ、友達ではあるけれど。

「マリコルヌ、あんた、いたの」

 声のトーンを一オクターブ下げるルイズ。

「こんな時間に自習するなんて、試験が近いわけでもないのに珍しいじゃない」

 皮肉である。マリコルヌが邪魔しなければ――という本音がありありだ。

「いやあ、なんだかとっても珍しい記録水晶を手に入れてさ」

 だが、マリコルヌの厚い皮下脂肪は、ルイズの皮肉ごとき、かんたんに跳ね返す。

「これがさあ、前回の騎士隊の遠征の記録なんだけど、なかなか興味深くてね」

「遠征……? ああ、あのときの」

 ルイズは苦い顔になる。

 サイトが浮気をするのではないかと疑って無理矢理同行したものの、一泊目でルイズ自身が泥酔し、そうそうに学院に返されてしまったという、残念な思い出しかない。

「あの時は、結局、何も事件はなかったんでしょ? あんたたち、単に飲んで騒いだだけで、向こうの領主にも怒られたそうじゃない」

「まあ、そんなこともあったかな? でも、それよりも問題はこの映像だよ。まさか、こんなシーンが記録されていたなんてなあ……ああ、驚いた。とてもサイトには見せられないなあ」

「サイト!?」

 その名前に、ルイズがぴくんと反応する。

「それ、どんな映像なの? もしかして、サイトとメイドが――」

 遠征にはシエスタも後から参加していて、サイトの天幕に泊まったというのだ。ルイズのほうはとんでもない二日酔いで、何も覚えていないのだが――

 もしかして、ルイズが酔っ払っているあいだに、サイトとシエスタが――などと邪推してしまうのである。

「いやいや……でもルイズ、きみも見ないほうがいいと思うけどなあ」

 ニヤニヤ笑うマリコルヌ。やけに思わせぶりだ。かちんときたルイズはずかずかとマリコルヌに近づく。

 机の上には記録水晶がいくつか並び、光を放っている。

 そして、再生機のガラス板にはおぼろに映像が映っている。

「なんなの、この映像が、いったいなんだっていうの……」

 言いかけて、絶句する。

 そこには。


 マリコルヌとディープキスしながらセックスしているルイズ自身の姿が映っていた。

「うそよ……こんな……でたらめだわ」

 よろけながら、机から離れるルイズ。

 キッと表情を変える。

 再生機に向けて、メイジならば肌身離さず持っている杖を振り上げる。

「おっと、だめだよ、ルイズ。こんなところでエクスプロージョンの魔法なんか使ったら、いくらきみでも退学ものだ」

 マリコルヌは手早く水晶球をポケットにしまいこむ。

「こんなの、本物じゃないわ! 誰かが作った幻影よ! そうだわ――だれかが魔法で……!」

「残念ながら、わが騎士隊にそんな凄い能力を持った者はいないよ。いたら大変だ。いくらでも妄想の映像をつくって大もうけできるからね」

 AVなどない世界である。少年達はエロに飢えている。

「これは実録ものだよ。その証拠に――ぼくは思い出してきたよ。映像を見ているうちに、ね」

 ルイズは、よく見知っているはずのクラスメートの顔に邪悪なものを感じ、後退った。

 人気のない自習室――今は確かにそうだ。ルイズとマリコルヌ以外、だれもいない。

「ルイズ、きみも映像を見たろ? きみも思い出したんじゃない?」

 たしかに――記憶が、よみがえっていた。

 信じられない。信じたくはないが――ルイズはマリコルヌのペニスの味を――舌先に残った感触を――思い出していた。そして、挿入されたときの圧迫感、喪失感、と同時にもたらされた巨大な快感を――

「ど、どうしたら、いいの……わたし……もう……」

 サイトに知られたらおしまいだ。処女どころか、とうに雌犬になってしまっていることが最愛の人に知られてしまったら――

「ルイズ、ゼロのルイズ――でもいまや、トリステインの聖女――ぼくはきみを尊敬してる」

 マリコルヌは言った。

「きみは虚無の魔法の使い手で、この国にとってかけがえのない存在さ。そんなことがなくたって、きみはぼくの誇らしい戦友だよ。そんなきみをぼくは助けてあげたい」

「マリコルヌ?」

 まさか、ないしょにしていてくれるのか――ああ、デブでもマリコルヌも貴族、紳士のはしくれ、女性の弱みにつけこむなんてことは――

 マリコルヌは「いい顔」で微笑んだ。

「パンツ、見せてくれるかな、ルイズ?」

 

つづく