同じ班の女子の体操服の胸元をちらっと見ては、月影トシはすぐに視線をそらした。
小学5年生ともなれば、そろそろ胸のふくらみが目立ってくる。それでいて、ブラジャーは着けていない子が多いから、飛んだり跳ねたりすると、ぷるんぷるん揺れるのだ。
硬派を気取っているトシにしても、同級生の女の子のぷっくりとしたふくらみを見るにつけ、心がときめいてしまう。
「みんな、揃ったかな」
ジャージ姿の教頭先生が笛を手に、点呼を取りはじめる。なんと、体育の授業まで代理で受け持つらしい。もっとも、他の教師は自分の受け持ちで忙しいから、一番暇な教頭が担当するしかないのかもしれない。
と、ひとりの女子が少し遅れて走ってきた。その子の胸は揺れてはいない。そのかわり、ちょっとだけ丸みを帯びた腰から太股にかけてのラインがくっきりと浮かびあがり、躍動している。
スパッツ姿のイサミである。
「おや、花丘さん、体操ズボンは?」
教頭がイサミに不審げな視線を向ける。
「あのう……お母さんが洗濯してしまって」
イサミは体操着のシャツの裾を引っ張りながら、恥ずかしそうに返答する。トシはそんなイサミを見て、ちょっとドキッとした。いつもの「おとこおんな」とはちがう。
教頭は、しょうがない、と言うように肩をすくめた。
「まあいいでしょう。花丘さん、班に入って――」
イサミはそそくさと班のひとつに加わった。トシとソウシ、それにもう一人の女子がいる四人の班である。その女子はかなりの巨乳である。
「じゃあ、二人一組でストレッチを始めてください」
教頭の声に、生徒たちが班内でペアをつくる。トシはイサミと自然と対になった。正確にはちゃっかりソウシがグラマーな女子の手を取ったためである。ソウシはさっそくバラを取り出して口説きはじめている。
「ちっ、よくやるぜ」
その胸に見とれていた自分を棚にあげて、トシは唇をとがらせる。
「あーあ、おれはイサミとか」
わざとらしくため息をつきながら、イサミに目を向ける。
いつものボーイッシュな髪型。だが、まつげが長い、女の子らしい顔だちをしている。唇はさくらんぼうのようにピンクだ。
まだ運動を始めていないのに、イサミの肌はうっすらと汗をかいて、こころなしか顔も赤い。そういえば、一時間目も背中をまるめたり、たまに変な声を出したりして、妙だった。
だが、そんなイサミが、なぜか、いつもより可愛く思えるのも事実だ。理由はわからない。その目が微妙に潤んでいるせいだとか、前を隠す仕草がなんとなく淫靡だとか、そんな理由づけができるほどトシは早熟ではないのだ。
「まずは前屈運動ですよ。ペアになった人は、相手をちゃんと手伝ってあげてください」
教頭が指示を出す。
あちこちで、身体をふたつに折り曲げた生徒の苦鳴が聞えはじめる。膝が曲がっていたりすると、ペアになった生徒が注意するのだ。中には、曲がりが足りないとばかりに、むりやり背中を押したりしている乱暴者もいる。
「あ、い、ててて」
自他ともに認めるスポーツ万能のトシだが、柔軟運動だけは苦手だ。トシの指先はかろうじて地面に届くかどうかというところだ。
「トシ、身体硬いのね。おじいちゃんみたい」
イサミもいつもの屈託のなさを取りもどしたようだ。トシの膝の曲がりをチェックしながら、からかうように言う。
「う、うるさい! つぎはお前だからな」
「わたし、身体柔らかいもん――ほら」
イサミはしなやかに腕を前に投げ出した。楽々と掌が地面に届く。
「ほら、ちゃんと見てよ、トシ」
「ちぇっ、つまんねーな」
トシがぼやいて、視線を動かした時だ。なにかが見えた。
(なんだ、いまの……)
イサミのスパッツのおしりをもう一度見る。
トシは激しくまぶたを擦った。
ぐぅっと身体を曲げたイサミの、突き出されたおしりが目の前にある。
スパッツを被っていた体操着のシャツは引っ張られてしまっているから、薄地のナイロン生地に包まれたイサミのおしりがまる見えだ。
(わ、割れてる……)
イサミのヒップの割れめはむろん、その奥の、太股に挟まれた部分まで、くっきり縦スジが入っているのが見えるのだ。
(な、なんだろう……アレ……)
トシは心臓をドキドキさせながら、その部分を注視する。
「どうしたの、トシ?」
脚の間から無邪気なイサミの顔が覗いている。
「えっ、あっ、そのっ、なんでもないっ!」
トシはあわてて視線を逸らした。
「ちゃんと見ててよ」
イサミが唇をとがらせる。
「え……うあ……あ……」
本人から要請されたのだから仕方がない。トシは目を皿のようにして、イサミのその部分を凝視した。
紺色の薄手の布地がイサミの股間の微妙な形を浮かびかあがらせている。
(ワレメがちょっと……開いてる……)
縦割れの唇からちょこんと舌の先っぽが飛び出しているように見える。
そればかりでなく――
(色が、違ってる……)
ナイロンが、イサミの汗か、あるいは別の体液を吸って、濃く変色しているのだ。
匂いさえ漂ってくるような気がして、トシは股間に痛みを感じた。勃起してしまっているのだ。
さらにイサミが前屈の角度を大きくする。きゅっと布地が引っ張られて、ワレメに食い込む。布地がイサミのワレメの間の複雑な組織に貼りついて、花びらの形を描く。
(イ、イサミの、ア……アソコだ……)
目の前が真っ白になった。
同時に鼻の奥がツンと熱くなった。
ゆっくりとトシの視界が暗くなっていく。
「ト、トシ!?」
「トシ! なんだよ、鼻血ふいて!」
イサミとソウシの声を遠くのほうでぼんやりと聞きながら、トシの意識はゆっくりと薄れていった。
どういうわけか鼻血を出して失神してしまったトシは保健室に運ばれていった。
「どうしたんだろう、トシ」
イサミは心配そうに声をくぐもらせた。
ソウシは肩をすくめた。
「さあねえ、元気だけが取り柄なはずだけどね。なにか、よっぽど凄いものを目撃したとか?」
「えっ!?」
イサミはあわてて体操服の裾を手で引っ張った。
だが、ソウシは、すでに別の女子とおしゃべりをはじめている。イサミは、ほっとしたような表情になる。
「ふむ……熱射病かもしれませんね。今日は体育は中止にしましょう。みんな、教室に戻って自習をしてください」
表情を引き締めた教頭が生徒たちに命令する。
生徒たちはぞろぞろと教室に引き返しはじめる。イサミもソウシに続いて教室に戻りかけたが、立ち止まった。
「どうしたんだい、イサミちゃん」
「わたし、やっぱりトシのこと、見てくる」
イサミはきびすを返した。その針路をふさぐように、教頭が立っている。
「花丘さん、ちょっとよいですか?」
「教頭先生?」
イサミは、ひょろっとした教頭を見あげた。教頭はたれた目をさらに細めつつ、イサミの身体をねちっこく見ている。
「今日のあなたは、ちょっと授業態度がよくありませんね……ちょっと、指導室に来てもらえますか?」
「え……」
イサミの身体が固まった。