(ね、そろそろ拘束具を外させてよ)
イッた後の余韻にたゆたっているかのように見せつつ、紫穂は鹿狩の耳元で囁く。
(恋人同士みたいにセックスするには、こんな姿勢じゃ無理よ)
紫穂は壁に磔にされているような格好だ。
「そ、そうか、そうだな。いろいろな体位ができないしな」
鹿狩はあっさりとうなずく。もう紫穂を自分のモノにしていると思っているのだ。
「おい、こいつの拘束具を外してくれ。これから熱烈なセックスシーンを見せてやるからよ」
カメラを調整している――つまりは自分と立場を入れ替えた格好の伊藤に、鹿狩は威張りくさって声をかけた。
伊藤の目が三角になる。
「てっめ、誰に向かって……!」
「外してやれ」
朝川が鍵束を伊藤に投げる。
「アクセスは伸びてる。そいつがガキをテクで落としたってことで、客が盛り上がってる」
「……わかりましたよ」
不満たらたらで伊藤は鍵束を受け取り、紫穂の手足のいましめを解いた。
「いっとくが逃げられると思うなよ。まあ、超能力を使っても気持ちよくなるだけだから、何もできないだろうがな」
そう警告する。
「今見てなかったのか? こいつはもう逃げたりしねえよ。おれのチンポが欲しくて仕方ねえんだから」
鹿狩りの言葉を裏付けるように、紫穂はわざとらしく鹿狩に抱きついて蕩けた表情を浮かべた。
「ちゃんと撮っとけよ、おれと紫穂ちゃんの濃厚な恋人セックスをな」
***
「じゃあ、紫穂ちゃん、キッスしようか」
むーん。と鹿狩が口吻を突き出してくる。
その様子をカメラが撮影している。現時点では突ける隙がない。
紫穂は諦める。目を閉じて唇をひらき、舌をちいさく出した。
ぶちゅうっ。
デリカシーのかけらもなく鹿狩は紫穂の唇を奪う。舌をからめてくる。
鹿狩の唾液は異臭がした。おそらく歯磨きの習慣がないのだろう。呼気もひどいものだった。
紫穂的にはありえない。だが、抵抗しようにもがっちりと抱きかかえられている。
それに、紫穂は鹿狩のために「キスでとろける」芝居をしないといけないのだ。
(無理でしょ、そんな――皆本さんのおしりの穴にディープキスする方が一億倍まし!)
一億倍でも足りない、と考え直す。こんなものと皆本の身体の一部を比べることさえおこがましい。
だが、鹿狩は気分を出して紫穂の身体をまさぐりながら、舌を動かす。
「ん……ふぅ……んん」
紫穂も感じたふりで鼻を鳴らす。頭の中では「ありえない! キモい!」とわめきつづけている。
鹿狩は紫穂の乳首をいじり、股間をまさぐった。そうしながら、押し倒すように体重をかけてくる。のしかかられたらもう終わりだ。紫穂はなんとか壁にもたれかかって、完全に押さえつけられるところから逃れた。だが、その姿勢が鹿狩にさらなる楽しみを思いつかせたようだ。
「おっ、ちょうどいい高さに口が来たね。じゃう、次はしゃぶってもらおうかな」
(……ちょっと、調子にのりすぎじゃない?)
目の前に突き出されたペニスを目にして、紫穂は怒りを含んだ目を鹿狩に向ける。
「なんだよ? いやなのか?」
(やればいいんでしょ)
紫穂は投げやりな気持ちで目前の男根に手を添えた。
きゅんっ、と情報が流れ込んでくる。鹿狩が望んでいることが伝わってくる。子供に何をやらせたがっているのかこの男は。
竿に手をそえて、優しくこすりながら、先端を口に含む。舌を亀頭のくびれにからめる。睾丸をなでさする。
「おっ、うまいぞ、紫穂ちゃん……どこで覚えた?」
「しらない」
演技で恥ずかしそうに目を伏せると紫穂は本格的に舌をつかいはじめる。
この練習は皆本とおこなったものだし、次はどこを舐めてほしいかは鹿狩のペニスから欲求として流れ込んでくる。
「おっ……うめえ……マジかよ……このガキ、天才か!?」
鹿狩が顔を歪ませる。
紫穂は舌を鈴口に差し入れ、刺激を強める。まずは射精させてイニシアチブを取る。
じゅっぽじゅっぽ顔を動かして、口蓋の奥の部分までペニスを受け入れる。最低最悪の気分だった。いくら任務とはいえ、こんな汚らしいモノをしゃぶらされるなんて、なんてかわいそうなわたし――鼻の奥がツンとする。
(あれ……なんだか、今、じわっ……て)
紫穂は違和感に気づいた。壁につけている後頭部がじんじんする。
「もっと、だ。もっと舌を動かせよ、紫穂」
呼び捨てになった。鹿狩は完全に紫穂を支配していると思っている。何でも言うなりにできると思っている。最初決めた芝居の取り決めなどとうに忘れ、主人として振る舞っていた。
「次は肛門だ。紫穂、チンポしごきながら、おれの肛門を舐めろ」
言葉とイメージが同時に伝わってくる。鹿狩の脳内では紫穂は生まれながらにして鹿狩に奉仕するための存在として定義されていた。
(冗談じゃないわ……こいつ!)
そう思うものの、紫穂は言われた通りに鹿狩の尻に顔をうずめ、小さな舌先で男の毛まみれの肛門を舐めていた。
指は鹿狩のペニスにからめ、クチュクチュと愛撫している。
(な……なぜ? わたし、なぜこんなことを……?)
やめようとしたが、手も舌もとまらない。自分の意志から反して、鹿狩の要求に応え続ける。
(そんな……まさか……!?)
紫穂は自分の股間の変化に気づいた。ひりひりしている。充血して、濡れ、始めている。
(どうして? わたしは不感症のはず、なのに)
紫穂はこれまで自制を続けて来た。性感帯を執拗に刺激されても、それを単なるノイズとして処理してきた。嫌悪感や不快感はあったが、それさえも制御してきた。
それが――変わりはじめている?
なぜ?
***
「ふーっ、よかったぜ、紫穂」
さんざん紫穂に舐めさせた鹿狩は射精には至らなかった。イキそうになったところで自分でやめさせたのだ。
「やっぱり一発目はまんこに出さないとな」
あくまでも紫穂の処女を奪う気だ。
紫穂はギリギリの選択を迫られていた。このまま鹿狩に犯されるのはいやだ。だが、ここで暴れても事態は好転しない。むしろ、鹿狩という駒も手放すことになってしまう。
悔しいし、屈辱の極みだが、鹿狩とセックスするしかないのかもしれない。
そして、濃厚なプレイをして男たちを油断させ――
ほんとうに、そうなのだろうか。紫穂は自問する。
(ほんとうにわたしは、切り抜けられると思って、ここまでしたんだろうか?)
もしかしたら――
鹿狩がペニスを紫穂の入口に押し当てる。そこは少し、紫穂自身の愛液によっても濡れている。ぬるっ、とした感触。
「紫穂のおまんこ、吸い付いてくるぜ。たまんねーな、これから10歳のおまんこを味わえるんだ」
鹿狩は喜悦に顔を歪めていた。
「さ、脚を広げろ。紫穂がおれのオンナになるとこ、みんなに見てもらおうぜ」
得意満面の鹿狩は、伊藤を指で呼び寄せる。
「ほら、カメラマン、アップで撮れよ? おれのチンポで紫穂が昇天するところを、ブレさせんなよ? センズリなら家に帰ってからしてくれよな?」
完全に勝利者の口調だ。
「んだとぉっ!」
伊藤がキレた。欝積していたものがついに爆発したのか。鹿狩に殴りかかる。
「ひえっ!」
情けない声を出して鹿狩は、紫穂を投げ出すようにして自分だけ逃げる。
紫穂は勢いあまって転倒し、ライトの輪から外れた。
(なにあれ、わたしのこと盾にしようとしたわね……さいってー!)
伊藤が鹿狩りをこづき回している。鹿狩は情けなく悲鳴をあげている。
「よせ! これも流れてるんだぞ!」
朝川が二人の間に割って入る。
(今だわ!)
紫穂は足音を殺して闇の中に駆け込む。倉庫に積まれた荷物の影に身をひそめる。
「ガキがいねえぞ!?」
「逃げた!」
「どこだ、探せ!」
男たちが紫穂の不在に気づいたらしく、慌てた声を上げる。
紫穂は倉庫に転がっていた空のペットボトルを拾い上げ、部屋の出入り口の方に向けて放った。カッコッ、コーンとペットボトルのはねる音がする。
「出口の方だ!」
「ふっ、ふっ、ふざけやがって!」
「どうせエレベータは動かん! 捕まえろ!」
どかどかと靴音を立てて男達が戸口の方に向かう。
(そう、こういう時、まず間違いなく出口に向かうわよね――普通なら)
だが、紫穂はその反対に向けて駆ける。
それは部屋の奥だ。紫穂が縛り付けられていた壁。
(ナオミちゃんの時は小型のE−ECMを使っていた。たぶん、初音ちゃんの時も。でも、ホールで薫ちゃんの能力を封じた時は、大出力の設備を使っていた。準備に時間がかかるって言ってたもの。つまり、わたしたちレベル7の超能力を封じるには大規模の設備が必要なのよ。それも三人同時に制圧しようと思ったら、それはとても動かせるような規模ではないはず。だとしたら、一台の大型E−ECMの周囲にわたしたちを配置するのが一番効率がいい)
つまり、だ。
この部屋はE−ECMを中心にした円に配置されているのだ。1ホールのケーキを何等分かしたしたような形。この部屋の両隣には、それぞれ薫と葵がいるはずだ。そして初音やナオミも、おそらく。
(E−ECMを停止させ、薫ちゃんたちのこのことを伝えれば、絶対に逆転できる!)
紫穂はライトにさらされた無防備な姿で、コンクリートの壁に手を当てる。今、戻ってこられたら一発で見つかる。だが、この壁の向こうにE−ECMがあるはずなのだ。
(なんとか、電力ケーブルとか、動力系を見つけなきゃ)
E−ECM装置の存在は感じる。だが、その動力計のありかまではわからない。
(くっ……頭が痺れて……)
それはそうだろう。E−ECM装置そのものを透視しようとしているのだ。その波動を脳に受け入れざるを得ない。
そして脳内のESP波が快楽中枢に共鳴して――
「あ……くっ……そんな……っ」
垂れてくる。紫穂の股間からオツユが。男たちのどんな愛撫にも反応しなかったのに――
「負けちゃダメ……助けなきゃ、薫ちゃん、葵ちゃんを……」
きゅんっ、と新たな情報が流れ込んでくる。
「搬入口!?」
部品の交換などのメンテナンスのため、各部屋からE−ECMの制御室に入る隠し扉が存在していた。
コンクリートの壁にうまく偽装されていたが、紫穂の能力はその動作スイッチの存在まで見つけていた。
まだ男たちはここへは戻ってきていない。だが、紫穂が外にいないのはすぐにわかる。急がなければ。
紫穂はスイッチを操作――ドアが静に開いていく。
その瞬間、ガン!と頭を殴られるような衝撃。E−ECM波の奔流だ。
ふだん超能力を併用して思考するくせのついている紫穂にとって、思考そのものが阻害されるほどのパワーだった。
「なに……これ……っ」
頭の中が蕩けていく。いやらしいことしか考えられない。紫穂は自分で股間に手を入れ、ぬるぬるになった自分の性器をこねていた。
足が勝手に動く。吸い込まれるようにE−ECM装置の方へと。
制御卓を目指す。そうだ。これを破壊すればいいんだ。そうすれば、そうすれば、あとは薫ちゃんが助けてくれる――
「まあ、そういうわけにはいかんのだけどの」
ほっほっ、と軽く笑う声がした。
そこには車いすの老人と、大型のドーベルマンがいた。