(敵は全部で三人か……身のこなしからみて、全員それなりのプロね)
紫穂は慎重に敵の戦力を量っていた。
動きは封じられている。紫穂の力ではこの拘束を解くことはできない。携帯していた拳銃も取り上げられている。
絶体絶命だが、紫穂はさほど恐怖は感じていなかった。
(これくらいのピンチ、今までもあったもの。それに、わたしには薫ちゃんや葵ちゃんよりも有利な点がふたつある)
まず、紫穂の能力は感応型、しかも何かに接触した時でないと発動しない。
(E−ECMの作動原理はわからないけど、外に漏れ出たESP波に干渉して、そこから脳にフィードバックをかけているとしたら、わたしの能力にはあまり影響しない可能性が高い)
推測だが、この倉庫に連れ込まれた歳に床や壁に接触してみて、多少なりとも情報が取れたことからも、確度は高いと思っていた。
(薫ちゃんたちが無事だといいけど……)
だが、二人の能力は外部に向けてESP波をまき散らすタイプのもの。とりわけ薫はそうだ。E−ECMとの相性は最悪と言える。葵のそれも、別の座標にジャンプするという性質上、E−ECMの影響を逃れることは難しいだろう。
(でも、わたしなら……)
サイコメトリー能力は直接の攻撃にはつながらないが、それを強力な武器に変える技術を紫穂は持っていた。
それは人間の心理に関する知識だ。
「ねえ、おにいさん」
紫穂はカメラの準備をしている背の高い男に声をかけた。他の二人がそれぞれ携帯電話でどこかと打ち合わせをして、その場から少し離れているタイミングを見計らってだ。どうやら地下でも電話はつながるように特別な仕組みが作ってあるようだ。
この男は、大きなゴーグルグラスをかけていて顔だちはわからないが、立ち居振る舞いからして三人の中では一番キャリアが浅そうだと紫穂は判断していた。実際、カメラのセッティングなどの雑用を言いつけられてもいた。
「なんだ? おれは忙しいんだ」
いらだたしげに男は声を投げつけてくる。紫穂はその声から男の心理状態を推測する。ストレス、不満、たぶん、人間関係からくるもの――
つけこむとしたら、そこか。
紫穂は笑顔を浮かべ、カメラに視線をやった。
「それって、これからわたしのこと、いろいろ撮るんでしょ? だったら打ち合わせをしておいた方がいいんじゃないかしら?」
「そんなの、いらねえよ。おまえを裸に剥いて、犯すだけなんだから」
「ぷーっ、くすくすくす」
紫穂は噴き出した。男の顔に赤みがさした。
「な、なんだよ、なにがおかしいんだ」
「だって、ただ犯すだけなんて、つまんないじゃない。工夫ってものがないわ。ナオミちゃんのときの映像を見たけど、あなたたちって責めが単調で、バリエーションってものがないのよね。いじって、つっこんで、出す、いつもそれ」
「なんてぇガキだ。いっとくが、ヤラれるのはおまえなんだぞ?」
「わかってるわよ、そんなこと。どうせヤラれて、それをネットに流されるんなら、それなりの品質にしたいじゃない。ほかの女の子のものより、きれいに撮ってほしいし、それなりに気持ちよくもしてほしいわ」
紫穂はしれっと言う。もちろん芝居だが、本音が混ざっていないわけでもない。
「ふーん、そんなもんかねぇ」
男は少し興味をひかれたようだった。
「だから、わたしとあなたとで、演出をしてみない? 他の二人は頭が固そうだし、たぶん、上からの命令をただこなすことしかできないでしょ? その点、あなたなら若いし、頭もキレそう」
紫穂は男の興味をひきそうな単語を混ぜつつ、反応をうかがう。
「ふっ、若い? 逆だな。あいつらよりおれの方が年上さ。まあ、こんなものつけてるからわからねーだろーが」
ゴーグルグラスを指で示す。実際には三十代半ばか、それ以上かもしれない。唇の端がたれはじめている。中年のあかしだ。もちろん、そのことは紫穂もわかっている。
「あら、若く見えるっていいことじゃない。それに、あなたがこのチームのリーダーでよかったわ。この場を仕切るのはあなたなんでしょ?」
「む……まあ、そうだ……な」
実際は逆なのだろう。年下の上司にいいように使われている中年のヒラ戦闘員。だが、それを認めたくはないという心理。ましてや、これから好きなようにいたぶろうとしている子供相手に、自分の卑小さを見抜かれたくないという気持ち。
「ね、わたしたちで組んで、最高のムービーにしない? わたし、けっこうルックスはイケてると思うし、三人の中では一番発育もいいのよ? そこで、萌える展開を入れ込んだら、アクセス数は一番伸びると思うわ。そうしたら、ね、あなたたちにも見返りはあるんでしょ?」
このあたりは推測も含んでいるが、まずまちがいないと思っていた。これまでのESPレイパーズのビデオの傾向として、いかに多くの視聴者にバラまくかを競い合っている様子が見られた。それに、ちょっとした会話の中で、「おれたちC班は」といった言葉も聞こえてきた。ということは、薫と葵は、それぞれA、Bといった班に分けられている可能性が高い。そうやって班分けする理由といえば、たがいに競わせて、行為をエスカレートさせ、より多くのアクセス数を稼ぎたいからとしか考えられない。競争は組織運営の基本パターンだ。
ということは、一位になった班には報償が約束されていると考えるのが自然だ。
「おまえ、ほんとうに小学生か?」
男が少し邪しそうに首をかしげる。踏み込みすぎたか、と紫穂は音をたてず舌打ちする。読みが的確すぎて警戒させてしまったかもしれない。
「……まあ、レベル7のエスパーだしな。普通のガキと違うのも当たり前か」
「そ、そう、わたし、耳年増ってよく言われるのよねー、あはは」
「で、どんな展開にするって?」
(のってきた!)
紫穂は心のなかで快哉を叫ぶ。だが、それをおくびにも出さずに――
「ちょっとぉ、大きな声でしゃべったら、他の二人に聞こえちゃうじゃない。こっちに来て、耳を貸して。あなたとわたしでするお芝居なんだから」
「ちっ、もったいぶりやがって。へんなガキだな、自分が犯される映像を脚色したいなんぞ……」
舌打ちしつつ、男が近づいてくる。
側にくると、男はいきなり紫穂の胸のあたりをつかんだ。
「きゃっ! なにすんのよ」
「へっ、発育がいいとか自分で言ってたから、試したまでだ。全然ふくらんでねえじゃねーか。ま、ちったー柔らかかったがな」
「もう……へんなことしないでよね」
触られた瞬間に流れ込んできた男の負の感情を気味悪く思いながら、それでも紫穂は男が近づけてきた耳に小声でささやきはじめる。
「なんだよ、聞こえねえよ」
言いつつ男はいっそう紫穂に身体を寄せる。
紫穂は相手の身体に自然に接する形になる。
さっきとは異なり、意識して密着度を高めているため、より多くの情報が紫穂に流れ込んでくる。
まずは情報収集だ。
男の名前は鹿狩宗次――出身地などは省略――現在はザグレブ警備保障の契約社員――この企業は組織のダミー――実際のところ、組織の全容をこの男は知らされておらず、ヤバいがカネ払いのいい仕事として認識――この手の荒事を過去も経験しているらしい――犯罪歴あり――驚いたことに以前は警察官――派出所勤務の際に近所の少女を交番に連れ込んでイタズラ――あきれはてた常習犯――バレて懲戒免職、服役――当然だ――だが、この男はそうは思わなかったらしく、社会に対して復讐を誓い、出所後、犯罪組織に身を投じた――バカか。
だが、犯罪組織のなかでもうだつは上がらず、常に汚れ仕事ばかり――そのくせ自分は社会に対するアンチヒーローであるという歪んだ英雄願望あり――同僚の名前は朝川と伊藤、二人とも鹿狩よりは若く、地位も上らしい。それが気にくわない。
この仕事での役割――朝川がリーダー、伊藤はその補佐、雑用・鹿狩。鹿狩がこの仕事で期待していること――小学生とヤレる。思い切りぶちこんでやる。心配していること――朝川と伊藤ばかりいい目を見て、こっちにまわってこなかったらどうしよう。ビデオ役だけなんてまっぴらだ。
「さいあく」
つい、言葉に出してしまう。
「なに?」
「なんでもないわ。それよりもいい趣向があるの……」
探りを続ける。
この場所への出入りの仕方――隠しエレベータの位置……把握――ただし、操作手順あり……鹿狩は知らず――リーダークラスでないと知らされないらしい――拘束具の鍵はやはり麻川が保有、ただし紫穂の戦力は低く見積もられているらしく拘束具の強度は低い――でもこんなのちぎれるわけないじゃない、薫ちゃんじゃないのよわたし――各班の配置――これだ、この情報がほしかった――意外に近い――でも
「おい、なんか言えよ」
「あ、うん」
つい透視に気をとられてしまっていた。あと少しで必要な情報が集まったのだが――
だが、これ以上の透視は危険だ。頭がじんじんしてきた。どうやら、E−ECMのフィードバックが多少なりとも始まっているらしい。それよりもこの男をうまく動かして状況を有利にしなければ。
紫穂は「作戦」を男に伝授する。
「あのね、わたし、ほかの男たちが触っても何にも感じないの。でも、あなたがどれどれって出てくると、感じちゃうの、どう? つまり、見ている側にとってみれば、わたしが氷の美少女みたいにツンツンしてほかの男の愛撫はシャットアウトしてるのに、あなたが相手だとデレて乱れちゃうのよ」
「それのどこがおもしろいんだ?」
「ばかね。ツンデレよ。萌えって知らないの? こういう映像を見る男性ってロリなわけでしょ? そういうニーズに応えるの。ツンとデレの落差が大きいほど受けるってわけ」
「ふぅん……おれがおまえをメタメタに狂わせるってのか? まあ、ほかのヤツがいじくっても平気なツラしてくれりゃ、おれにもお鉢が……じゃねえ、ほかのやつらもおれに頼らざるを得なくなるだろうがな」
男はしかし、疑わしそうな目を向ける。
「でも、おまえ、おれがさっき胸を触っただけで声をあげてじゃねーか。ほかのやつらにやられてアンアン言うんじゃねーだろーな?」
「それは大丈夫。さっきのは、びっくりしただけ」
というか、気味が悪かったからなのだが、それは言わないでおく。紫穂は性器を触られようがどうしようが何も感じない。不感症なのだ。感じるのは、好きな相手を虐める時だけだ。だから、今回のシチュエーションなら問題ない。
(不感症なのが役に立つとはね)
薫や葵にない紫穂の有利な点のふたつめが、それだった。
犯されても、感じなければ、耐えられる。
そして、この特性を使って、男たちの間に亀裂を作る。
もしも、紫穂が鹿狩にだけ反応して、朝川や伊藤には冷淡を貫けば、おそらくこの三人のパワーバランスは変化する。特に鹿狩は紫穂と組んでいると思っている。だからよけい強気に出る。先ほど透視した感情の欝積度からすれば、ちょっとしたクーデターを起こしかねない。そこで拘束具だ。
「ね、こうしましょうよ。わたしがあなたにデレたら、わたしの拘束具を外しちゃって。それでも逃げようとせず、あなたの言うなりになるわ。逃げられるのに、逃げようともしないなんて、究極のデレでしょ? 恋人みたいに濃厚にセックスして、ほかの二人に見せつけるの」
「やつら、悔しがるだろうな……へへ……」
鹿狩の目の焦点が合わなくなる。実際にそのシーンを想像しているのだ。紫穂は吐きそうになった。その想像の中で紫穂は鹿狩の男根にしがみつき、愛してます愛してますと訴え続けていたのだ。鹿狩が紫穂に視線を戻す。嫌悪をうかべているだろう自分の表情を隠すため、紫穂は作り笑いをした。
「だがな、おまえのメリットはなんだよ? 拘束具外したぐらいじゃここからは逃げられないぜ? E−ECMっていうすごい機械があるんだからな。おまえがそうまでする理由がわからねえな」
紫穂はすばやく思考を続けながら、返答をさがす。だめだ、うまいのが見つからない。
「一目惚れしたって言ったら? わたしだって初めての時は、かっこいい人としたいと思っただけよ」
最低の回答だが、鹿狩にとってはそうでもなかったらしい。肥大したヒロイズムの持ち主にとってはベストな回答だったらしい。
「そ、そうか……そうなのか……へへへ……よし、いいぜ、おれがおまえの初めての男になってやる。そのかわり、他の男で感じやがったら、許さねえぞ」
(もう「おれの女」気取り? ウルトラバカね、こいつ)
あきれつつも、なんとかなりそうだ、という感覚を抱く紫穂。
「おい、なんだ、まだセッティング終わってないのか?」
「他のところはもう始めてるんだぞ、ダラダラすんなよ」
打ち合わせを終えたらしい朝川と伊藤がそれぞれ戻ってくる。
「あっ、はい、もう始められます。いま、このガキに説教してたところで」
うってかわって卑屈な態度に変わる鹿狩。これはこれでたいしたものだと感心する。
「勝手なことすんなよな。おまえはカメラがブレないように押さえてりゃいいんだよ」
「そうそう……ったく、ターゲットが小学生だとわかったら張り切りやがって。気持ち悪いんだよてめーは」
まったく同感だったが、紫穂は励ますような視線を鹿狩に送った。
鹿狩はそれを受けて、小さくうなずいた。表情には薄笑いが浮かんでいるが、目は怒りに燃えている。朝川と伊藤がダメをおしてくれた形になった。
「じゃあ、始めるぞ」
朝川が言い、紫穂の戦いが始まった。