桜高軽音楽部活動記録

いけないライブハウス!

「ヘーキヘーキ。洗濯して返せばいいんだし。てゆーか、言えばもらえたりして?」

「わあ、いい手触りですね。サイズもいろいろあるみたいですし」

 結局、三人はまた下着あさりにきゃいきゃい言い始め、それぞれのサイズを確保してしまった。

「わあ、なんかこれ、すごい! Tバックだ」
 自前のパンツをつるんと脱いで、黒下着を身につけた唯がはしゃいでいる。

 かわいいオッパイは丸出しだ。

「こっちなんかもっとすごいぞ、じゃーん」

 律はストラップレスのブラと紐パンだけの姿でポーズを取る。

「おおお、りっちゃん、大人っぽいよ、それ、セクスィーだよ」

「ふふふふ」

 唯と律が下着姿でふざけているのを怪しい視線で見守る紬。その紬はといえば、その豊かなバストに合うサイズがなかったのか、たゆたゆさせている。

「紬、ブ、ブラは?」

 心配になって澪が尋ねると、紬は自分の衣装を手に取りながら答えた。

「これ、ブラトップみたいになっているから、大丈夫なの。それにわりと普段もブラ、しないし……」

 なんとこの女、学校でもノーブラだったのか……っ、と軽く固まる澪。

「澪ちゃんも、ふだんブラでしめつけぎみでしょ? せっかくだから、こういうの、試してみたら?」

 と紬が取り出したは、カップ部分の上半分がは切り取られたようなデザインの大胆なもの。

「えええええっ、絶対、絶対むりっ!」

 おっぱいのほとんどが露出してしまう。

「平気よ。へ、い、き」

 紬の目つきはかなり怪しい。どちらかというと、さわ子のノリである。

「澪ちゃん、下着決まった?」

「ほっほう、これはこれは……」

 下着姿の唯と律も加わる。

「ひ……」

 後退る澪。目の前には三人の痴女。

「い、いゃあああああ」

 抵抗しつつも、いちばんエッチなランジェリーをつけさせられてしまう澪なのであった。

「……も……お嫁にいけない……」

 すべての着替えが終わった澪は、三角座りをして、床にのの字を描いている。

「ふぅ……もう満足」

 なぜか上気した顔をしている紬も着替え完了。

「下着のせいかな? 動きやすいよ、これ」

「そうだな。制服だとキックするときスカートが気になったりするけど、これなら平気だし」

 唯と律は着心地に満足しているようだ。

 そこに、ノックの音。

「準備できた? おおっ、これは素晴らしい!」

 入ってきた呉竹が両手を叩く。

「もうステージの準備はできてるから、軽く音を合わせちゃって。本当のライブじゃないから、MCとか気にしないで、好きに演奏しちゃっていいよ」

「はい!」

「あい!」

「はーい」

「もうお嫁に……」

 

キィーン――と一瞬のハウリングがあり、すぐに最適化される。

 ステージは白いライトに照らされ、まばゆい。

 暗い観客席には、パイプ椅子が並べられて、十数人のオーディエンスが座っている。

 呉竹だけはわかるが、あとは知らない顔だ。四十代のちょっと強面のおじさんがオーナーという人だろうか。スーツ姿でちょっといかめしい。それ以外はほとんど二十代で、金髪だったりスキンヘッドだったり、いかにもライブハウスに出入りしていそうなお兄さんたちだ。
「男の人ばっかり……」

 ステージの袖から覗き込んでいた澪が震え声でつぶやいた。

「ステージに立ったらもうわかんないって、行こ、澪」

「そうそう。本番ってわけじゃないし。ちょっとしたリハーサルと思って」

 律と紬が澪の手を引く。ずずず。引きずられる澪。

「おっおー」

 唯はすでにステージに出て、愛用のギターの弦をはじいる。

「すごい、すごい音」

 チョーキングで音を引っ張りあげ、その余韻を楽しんでいる。

「そりゃー、学校の機材とは違うもんな。ひゃー、ここのタイコ、すっげー」

 唯と澪は自前のギターを持ち込んでいるが、律と紬はこちらの据え置きの楽器を使わせてもらうことになっていた。

「キーボードもプロ仕様ね」

 鍵盤に指をすべらせ、ご満悦の紬。

「じゃ、いつもの感じで合わせてみよっか」

 律が、これだけは自前のスティックを手にして、みんなを見渡す。

「いいよー」

「はーい」

 唯と紬の返事から、やや遅れて、

「ぅぅ……」

 へっぴり腰の澪のかすれた声。

 見れば澪はステージの端でベースを抱えてガクブルしている。

 知らない人たちの前で、練習とはいえ、演奏するのがプレッシャーなのだ。

「じゃ、桜高軽音部、演奏させてもらいマス」

 律が部長らしくあいさつすると、スティックを叩いてリズムを取り始める。

 紬がイントロを弾き始め、唯がギターをかき鳴らす。

 ベースギターがないから、軽い、うわついた感じだ。正直、あまりうまくない。

 観客席の男たちが顔を見合わせるのがわかった。

 肩をすくめている。

 バカにしたように嗤っている者もいる。

 しょせん、高校生のお遊びだ、そんな風に口が動いたようにさえ見えた。

 ちがう、と澪は思う。

 これはわたしたちの本当の演奏じゃない。こんなんじゃない、わたしたちは。

 この演奏に足りないものを澪は知っている。澪自身だ。

 小さく深呼吸すると、腰を伸ばしセッションに加わっていった。

 澪が弾くベースの音を感じて、律が、唯が、紬が笑顔を向けてくる。みんないい表情だ。演奏が、特に、この四人での演奏が大好きなのだ。そして、それは澪も同じだ。

 ライトを浴びる。ステージの中央近くに来たのだ。唯が肩を寄せてくる。澪も肩を寄せる。

 澪のベースというピースがはまることで、曲の土台がしっかりと固まる。そこに唯のギターがからみあい、律の走り気味のドラムとおっかけっこを始める。紬のメロディが優しくかぶさり、曲に深みと彩りをそえる。

 これがわたしたちの音楽。桜高軽音部のセッションだ。

 観客席の男たちの様子が変わった。手を打ち、足を鳴らし、立ち上がる者も出はじめる。

 呉竹と、隣のスーツ姿の男もうなずいて、何かしゃべりあっている。

 でも、そんなことはもうどうでもいい。

 澪は気持ちよさに酔いしれていた。

つづく