「へええ、ほんとうに四人とも可愛いんだな」
サングラスの男が、律たち四人を出迎えて感嘆の一言。
「いやあ、そんなことあるっす!」
律はすっかり男となじみの口調でおどけてみせる。
このサングラスの男は呉竹といい、このライブハウスの雇われマネージャーだという。
「もうすぐ、店のオーナーとか出資者の人たちとか来るから。それまで、楽屋でジュースでも飲んでて。お手洗いも専用のが隣にあるから」
そう言われて、店の奥の控え室に移動する律たち。まるで芸能人のような扱いに唯などはすでにスキップ気分だ。
「なんか、すごいねぇ、楽屋だってぇ」
壁に鏡が張られ、かんたんなドレッサーが設置されている。大きなテーブルがあり、パイプ椅子がいくつも置かれている。呉竹の心遣いか、ポットに入れたお茶やジュース、お菓子の類が用意されている。
すぐ隣にはシャワールームとトイレもある。ライブ後に汗を流すこともできるようだ。
「ライブステージもいい感じだったしょ?」
楽屋に落ち着くと、律は『自分が見つけました』ふうに胸を張る。
「ほんと、すべてが小作りで可愛い」
紬も目を輝かせている。たぶん、紬が知っているのは大ホールの楽屋なのだろう。
「わたしたちみたいな素人が、こんなところで演奏するなんて……いいのかな」
澪がびくびくした様子で言う。
「何いってんの、こんなの第一歩でしょーが。あたしらの目標は、目指せ、武道館!」
地元のライブハウスでのデビューくらい、どってことない、という律のテンションに引っ張られて、
「そ、そうだな」
とうなずく澪。
「で、歌詞はできた?」
「え? あ……」
カバンを抱きしめる。
「い、いちおう……は」
「おーっ、見せて見せて!」
唯が飛びついてくる。
「ボーカルは唯だったよなー、ぶっつけで歌えんの?」
律がまぜっかえすように言う。
「今日は練習だから大丈夫だよ。それに、歌詞がわかんなくなったらテキトーに歌うし」
「あらあら」
「おい、徹夜で書いてきたわたしの立場はどうなる」
「だから、早く見せて、澪ちゃん」
唯が澪にせがむ。仕方なくノートを取り出す澪。ノートを取り囲む唯、律、紬。
そして起こる笑い声。恥ずかしがる澪。
「いつも思うけど、澪のセンス、すげーよなー」
「えー、でもかわいい詩だよ−」
「女の子っぽくて私も好き」
「でもさ、この詩の通りだと、初デートで最後までいっちゃってるんじゃない? あなたの腕に抱かれて夢見るの、とかさ。二番じゃモーニングコーヒー飲んでるし」
「そっ、そういう意味じゃない……」
真っ赤になる澪。
「でも、こんな感じ?」
唯がギターを構えて、歌い出し部分をジャカジャカ鳴らす。
「あなたとトキメキ初デート♪ なに着ていこうか迷っちゃう♪」
律がテーブルをとんとこ叩く。
紬もキーボードの弾きまね。
「うきうきラバーズ ひゅーひゅーひゅー♪」
コーラスだ。
「いいんじゃない?」
「うん、いいカンジ」
「実際の楽器で合わせるのが楽しみ」
三人が澪を見る。
「みんな……」
顔を赤らめて半泣きだった澪も、詩が受け入れられたとわかって、ホッとした様子だ。
「じゃあ、さっそく……」
と律が言うと、澪は勢い込んで、
「練習か?」
と立ち上がりかけたが、
「お菓子いただこうぜ」
に、ずっこけた。
「まあまあ、せっかくだし、澪ちゃん。わぁ、いっぱいあるねぇ」
唯がお菓子を物色し、紬はポットのお茶をカップに注ぐ。
「このお茶、何かふしぎな味するね」
「そーか?」
「どこの茶葉なんでしょう……」
「もう……みんなぁ……」
まるで部室でのお茶会のように三人がくつろいでしまったのを、澪は不満げににらみつける。
そこに、呉竹が入ってきた。
「どう、みんな、準備は?」
「あ、お菓子ごちそうさまでーす」
律と唯が声をあわせてお礼を言う。
呉竹は今日もスカジャンにデニム。帽子も同じだ。
「あ、今日のオーディションだけどさ。ちょっと予定変えて、常連の客をちょっと入れるから。より本番の雰囲気でやってくれる?」
「えっ、お客?」
澪が固まる。
「オーナーとオレと、うちのスタッフだけじゃ、ちょっと寂しいからさ。常連客を入れて20人くらい? でも、本当にライブすることになったら、うち、200人くらいは入るよ。ぜんぜん少ないよ」
「20人くらいヘーキっす! そりゃあそーですよね、ガラガラの中で演奏しても、物足りないっつーか」
律は客が入ると燃えるタイプだ。
「律……律……話がちがぅ……」
小声で律に話しかける澪。
「大丈夫だよ、澪ちゃん。本当のライブってわけじゃないし」
「そうそう。聴いてくれる人がいた方が楽しいわ」
唯も紬も、むしろ客がいた方が盛り上がるらしい。
「でさ、制服のままだとナンだから、衣装やアクセサリーも用意したから」
呉竹は楽屋の隅に置かれた衣装ケースを手で示した。
「この部屋、きみたちだけだから、着替えに使ってよ。30分後、呼びにくるから、よろしくね」
言いたいことを言うと呉竹は出て行った。
「衣装だってさぁ……どんなだろ?」
「わ、いっぱいある」
「可愛いのが多いみたいね」
澪を除く三人は、さわ子の指導によりコスプレへの抵抗感をすっかりなくしている。かわいい衣装があれば率先して身につけてしまう。
特に唯は。
「あ、わたしにコレにしようかな」
唯が選んだのは、白のワンピース。胸元と裾にたっぷりと黒フリルがついたちょっと大人びたデザインだ。それに白と黒のストライプのロングタイツを合わせる。髪飾りは白い花をモチーフにした大きなリボン。
「じゃあ、あたしはコレだな」
む 律は黒のタイトなドレス。タイツも黒だ。髪にはモノトーンのストライプに黄色をあしらった花をつける。
「うーん……迷うけど、私はコレ」
紬も、二人に合わせてモノトーンの衣装を選んだ。ただし、左肩を出したより大人っぽいデザイン。タイツは思い切って緑にして、同じ色のイヤリングをつけた。
「……わたしも、着なくちゃ、ダメ?」
おずおずと訊く澪。当然とばかりにうなずく三人。そして、澪のための服選びが始まった。
「やっぱりこっちのミニがいーよー」
「そんなのっ……脚、ぜんぶ見えちゃう」
「いーじゃん、澪ちゃん、脚きれいなんだから」
「無理っ、ぜったい無理!」
「それより、こっちのスケスケのにしよーぜ。ほら、黒の下着も用意されてるし、かっこいいじゃん」
「律っ! ふざけないでよ」
「あら、でも、絶対似合うと思うわ」
「も、もぉ、紬まで!」
とか、いろいろ。
結局、四人ともトーンを合わせることにして、澪も黒のワンピースにした。フリルも黒だが、フェミニンなデザインだ。タイツはブルーで、おまけにシルクハットとステッキを持たされる。
「これ……なに?」
「演出上の小道具だろ? マジシャンみたいでかっこいいじゃん」
ともかくも衣装が決まり、四人は着替えをはじめる。
「あ、でも、この衣装、下着がちょっと透けるかも……」
白いブラとパンティだけになってから唯が言う。
「それ用に、黒い下着も用意されてるんだろ。借りちゃおうぜ」
言いつつ、律はもうブラを物色している。澪を目をむいた。
「そんな……下着まで借りるなんて……っ」