GOSICK

-囚われの雛鳥は名も識らぬ卵を抱えて眠る-

4.ぎしき 1

 水曜日。

 その日は朝から雨だった。

 これならば、絶対に来ないように言い渡した久城やセシルはもちろん、ほかの一般生徒もここに立ち寄るなんて酔狂を起こすことはないだろう。

 ヴィクトリカは最上層の窓から地上を見下ろし、溜息をついた。また苦痛の一日が始まってしまう。

「久城のやつめ……まさか周期に気づくとはな」

 久城の再構成――推理――は、ほぼ正鵠を射ていた。

 違っていたのは「相」(フェイズ)だ。

 背後のエレベータが動作を始める。もう、来ていたのか。

 到着を告げるベルの音。

 ズカズカと繰り出してくる複数の足音。

「明るいうちからやってくるとは。人目を少しは気にした方がいいのではないかね?」

 振り向きもせずヴィクトリカは言う。

「なに、妹のところに兄がやってくるのに何の不都合がある?」

 もっとも、と小声でつなぎ、

「実際のところ、妹などとはおもっていないがな――灰色狼」

 と言ったのは、グレヴィール・ド・ブロア。ソヴュール警察の敏腕警部にして、大貴族ブロワ侯爵家の嫡男だ。今日はどちらの立場で来ているかと言えば――前髪がとがっていないところからすると、後者なのだろう。

「父上からの命令だ。今日こそ成果を見せて、おまえの母とは違うことを証明してみせろ――とのことだ」

「ふん……戯言を」

 鼻で笑うヴィクトリカ。

「くだらぬ儀式をしにきたのだろう? さっさと始めたらどうかね。わたしもそう暇ではない」

「減らず口を――また泣きわめくことになるくせに」

 グレヴィールは苛立ったように舌打ちをし、それから背後に佇む男たちに命じる。

「始めろ」

 男は二人連れでいずれも顔を仮面で隠していた。法衣にも似た黒っぽく特徴のない装束。

 彼らは無言で床に聖水を撒き、香を焚き始めた。

 床に一定の間隔で蝋燭を置き、火をともす。

 外の雨が強くなったようで、空が暗くなった。蝋燭の光が存在感を増す。

 男たちは、寝台状のものを組み立て始める。それは安眠をもたらすための形状はしておらず、両手両脚を固定するための革ベルトと金具がついていた。寝台のあちこちに赤黒いシミが残っている。

 それを凝視するヴィクトリカの身体が小刻みに震え始める。

 男の片割れが小さな鐘を鳴らし始めた。準備が整ったことを伝えるかのように。

「儀式をはじめる」

 面白くもなさそうにグレヴィールが言った。

「ぼやぼやするな、ヴィクトリカ。さっきまでの威勢はどうした?」

 ヴィクトリカは自分自身を抱きしめながら震えていた。

 自分では寝台に近づけないらしい。

 小声でなにかつぶやいている。

「こわくないこわくないこわく……」

 男たちが仮面の下で口元をゆがめ、ヴィクトリカににじり寄る。

 逃げ腰のヴィクトリカ。その両側から男たちが手を伸ばす。

「ひっ!」

 しゃがみこむヴィクトリカを強引に立たせ、寝台に引きずっていく。

「よせ! 乱暴するな! やめ……」

 悲鳴をあげるのを必死でこらえている。

 距離を取って眺めているグレヴィールに涙目をむける。

 首を横に振りながらグレヴィールはゆっくり椅子に腰掛け、折りたたんだ新聞を取り出した。

「父上の命だ。あきらめろ、ヴィクトリカ」

「ぅううううう」

 うめきのような泣き声をたてながら、ヴィクトリカは寝台に押しつけられ、手脚を結わえられていく。

 男たちは手慣れていた。

 容赦なくヴィクトリカの細い身体を寝台に縛り付けると、低い声で詠唱を開始した。古風な節回しの詠歌のようだ。鐘の音が定期的にはさまる。

「……ふん、単なる繰り返しの音に、幻影を見せる香――オカルトというのは芸がないな」

 強がるヴィクトリカ。だが、涙と鼻水の跡を見るまでもなく、震え掠れる声が内心の畏れをあらわにしている。

 彼女は知っているのだ。これから何をされるのか。

「汚れた灰色狼に、裁きを」

「汚れた灰色狼に、聖なる裁きを」

 男たちの声が重なり、こだまする。

 その手にナイフの刃が光る。

「ひ」

 ヴィクトリカの表情が凍る。

 男たちは身動きできないヴィクトリカの衣服をナイフで切り裂いてゆく。

「くぅう……」

 屈辱の声。まるで捕らわれた子羊が毛を刈られるのも似た光景。

 ヴィクトリカの身体を覆っていた服はたちまち布の残骸となった。

 ほのかな胸のふくらみも、淡い色の先端も外気にさらされる。

 ズロースも容赦なく切り刻まれ、少女の最後の秘部さえあらわになる。わずかに萌える金の陰毛が微風にそよぐ。

「うううう……」

 ヴィクトリカは恥辱に耳たぶまで赤く染める。だが、裸にされるのは儀式のほんの序の口だ。

「聖なる血にて汚れた者を雪ぎ、その血と精をもって、新たな犠牲の羊を産みださん」

 一人の男が赤い液体をヴィクトリカの細い腹部に浴びせかける。

「ひっ」

 液体はヴィクトリカのへそにたまり、そこからあふれて流れをつくり、なだらかな腹部の丘をかけおり、股間にとどく。秘裂を濡らした液体は柔い粘膜を灼きながら下まで流れ落ち、寝台に新たな赤いシミをつくる。

 強いアルコールの匂いがあたりにたちこめる。

「ふん、へたな演出だ。酒で感覚を麻痺させる――これもオカルトというよりは科学ではないのね」

 必死に声を張るヴィクトリカだが、強がっているのは明らかだ。

「いまのうちに吠えるがいい」

 儀式が一段落したためか、初めて男たちが言葉を――詠唱以外の言葉を――発した。

「今日こそ孕んでもらうぞ、灰色狼」

 月に一度来るのは月経だけではない。

 排卵日も同じようにやってくるのだ。