「謎が解けた……? ほう、大きく出たではないか、久城」
翌日の図書館塔――植物園のように植物が生い茂る最上層、ヴィクトリカの聖域で、久城は「ぼくにも混沌の欠片を再構成することができる!」と宣言したのだった。
「知恵の泉を持たぬ、中途半端な秀才の君に、真実を再構成できるとは思えないがね」
書物の頁をめくりながら目を細めるヴィクトリカ。読書をやめるそぶりさえ見せないのは、余裕のあらわれか。
周囲に香を焚きしめ、床に座り込んでいるヴィクトリカを見下ろすように、久城は静かな口調で語り始める。
「ヴィクトリカ……ぼくの推理を聞いてもらおうか。次に、ここに来ちゃいけない日――それは来週の水曜だね?」
「なっ!?」
ヴィクトリカは目を見開き、絶句する。
「ど、どうしてそれを……」
「混沌(カオス)の欠片がぼくに囁きかけたのさ」
久城はポーズを作りながら言った。なぜかその姿にはグレヴィール警部を彷彿とさせるものがあったが、それを指摘できる者はその場にはいなかった。久城は酔っていたし、ヴィクトリカにも余裕がなかったからだ。
「これまで、ここに来てはいけないと言われた日は、日にちも曜日もバラバラだった。規則性はそこにはないように思えた。でも、間隔をみれば、二八日ごとだったのさ――これが何を意味するか」
久城はゾフィから教わり、その後、書物で確認した知識をひけらかした。
「女性の生理周期は個人差もあるが、ほぼ二八日だという。このおよそ一か月で女性の体調は一巡する。月経の時期は女性は体調が悪くなり、肌荒れしたりもする――という。だから」
久城は跪き、隠し持っていた包みをヴィクトリカに差し出した。
「不調になった時にはこれを使うといいよ」
「は?」
ヴィクトリカの目が点になる。
久城は頭をかきながら照れたように言葉を続ける。
「だから、その……ナプキン……だよ。ゾフィさんから分けてもらったんだ。もちろん君の名を出してはいないよ。友人が困ってるって言ったんだ。ぼくが男で今まで気づいてあげられなくてごめん……あぶぉあ!?」
最後の奇声は包みを鼻面にたたきつけられた際の悲鳴だ。
「きっ、きみは、バカかね! いや、疑いなくバカだ、大バカ!」
顔を真っ赤に上気させてヴィクトリカが怒鳴った。
「ひどいよ、ヴィクトリカ。きみって塔にこもってばかりだから、そういうことに疎いかと思って……」
「愚か者! そういうものはちゃんとセシルにたのんで……いやっ! 違うぞ! わたしにそういうものはない!」
「えっ? ないの?」
目を丸くする久城。
「ない! 全然ないぞ!」
立ち上がり、言い張るヴィクトリカ。その子供のように幼い身体を見つつ、久城が納得の口調で
「そうか……本にも初潮の時期は個人差があるって書いてあったし。大丈夫だよ、ヴィクトリカ、もう少ししたら君にも月経がきて、体つきも少しは女性らしくなるはずだよ。なるほどね、君が子供みたいな体をしていた理由がやっとわか、ぐべぶぅわ!」
最後の蛙が押し潰されたかのような声は、ヴィクトリカのローキックを腹にまともにくらった久城の悲鳴だ。
「無礼な! 月経くらいちゃんとある! 今がまさにそうだ!」
言い切ってから、ヴィクトリカは顔を赤くした。あわてて口を押さえる。
「ええ? そうだったの? 全然気づかなかった」
周囲に漂う香をふんふんと嗅ぐ久城。
「もしかして、これって、匂いを気にして?」
「くぁああああ!!!!!!」
げしげしと久城を蹴りまくるヴィクトリカ。ウェイトの軽いヴィクトリカの蹴りでも連発されるとダメージはたまる。
「わ、ごめん! ヴィクトリカ、悪かったよ!」
久城は土下座をして許しを請う。すると、ほどなく攻撃がやむ。
「ぜえ、ぜぇ……どうして、こんな……」
肩で息をしながらへたりこむヴィクトリカ。怒りより羞恥でへこんでいるようだ。
「久城、なにゆえ君にはそうもデリカシーが欠如しているのかね?」
伏せた顔は半べそをかいているようだ。
「ごめん……ヴィクトリカが月に一度、ぼくにも会ってくれない理由を知りたかったんだ。それで、もしも君が悩んでいるなら力になりたいって思ったんだ」
久城にしてみても女性の生理について調べたり、ゾフィに生理用品を分けてもらったりするのにはひどく勇気が要った。でも、もしも、ヴィクトリカが誰にも相談できず悩んでいるとしたら、それを救ってあげられるのは自分しかいないのではないか……そう思うと矢も楯もたまらず――
やりすぎだったかもしれないけれど。
「はは。君らしいな、久城」
ややあって、ヴィクトリカが顔を上げた。もう涙はない。だが、目元がちょっと赤い。
「だが、推理は不正解だ。たとえ少々体調が優れなくても、久城、君と会える時間を減らしたりはしない。ちょっとした仕事があるのだよ。警察、そう、あの警部がらみの――ちょっとした仕事が」
「うわあ、そうだったのか――ひどいよ、ヴィクトリカ、そんな理由だったら早く教えてくれてもよかったじゃないか!」
もしそうとわかっていれば、恥ずかしい思いをしていろいろ調べたりすることもなかったのに。
「それに、グレヴィール警部がらみの仕事だったらぼくも手伝うよ。うん、それがいい。それなら毎日会えるし」
「だめだ!」
ヴィクトリカが激しく拒絶する。久城がびっくりするほど、その口調は強烈だった。
本人もそれに気づいたのか、やや声を和らげて、続けた。
「特別な案件ばかりで、だから、君はいいんだ。これはわたし一人でしなくちゃ、いけないんだ」
「そうなのかい……でも、助けが必要だったらいつでも言ってよ。君はぼくの大事な友達なんだから」
笑ってみせる久城。内心、ヴィクトリカの怒りが収まり、また、会えない理由の一端がわかって、少しほっとしていた。
これで明日からまたいつも通りに――おしゃべりしたり、ケンカしたり――できるんだ。