「えーっと、先月はたしか第四水曜日に来ちゃいけないって言われたんだっけ。その前はうーんと、たぶん、そうだ、月末だったな……それから……」
図書館からの帰り道、公園さながらに広い校庭を歩きながら久城は「謎」に取り組んでいた。
記憶力はそこそこいい久城は、ヴィクトリカに会いに行けなかった日を思い出していった。
曜日は決まっていない。平日のこともあれば、休みの日のこともあった。
月頭のこともあれば、月の終わり近いこともあった。
だが、間隔はいつもおなじくらい。ほぼ一ヶ月に一度、「来てはいけない」日がやってくる感じだ。
その決まりは厳格で、ヴィクトリカからは「来たら絶交、断じて絶交」と言い渡されている。
聞いてみたところ、その日はセシル先生――ヴィクトリカの面倒を何かと見ている担任教師だ――も塔には来ないよう言われているらしい。他の生徒や教師がそこに近づかないのは言うまでもない。
つまり、ほぼ月に一回、ヴィクトリカは図書館塔に誰も近づけようとしない――
「おーいっ! くじょーぉくーん!!」
明るい声が背後から投げかけられ、久城は振り向き――きらないうちに、その攻撃をうけた。
といっても苦痛はなく、浴びせかけられたのは底抜けの笑顔だ。
「やあ、アブリル、今日も元気だね」
ほとんど衝突しそうな勢いでやってきた同級生は、アブリル・ブラッドリー。
イギリスからの留学生である彼女は、ある事件をきっかけに久城と親しくなった、ヴィクトリカに続く二番目の友人だ。ショートカットの金髪に青い瞳。冒険家の祖父を持ち、自身もオカルト話や冒険譚が大好きな快活な少女だ。
久城からすると、取扱注意なヴィクトリカと違って、同性の友人のように気楽に話せる得難い存在だ。ただ、そういう態度がアブリルからは物足りなく映っていることに久城自身はまったく気づいていない。
「えへへ、久城くん、いま、暇? 暇だったらお茶しない?」
「うん、いいよ」
アブリルの誘いで、学生寮の食堂に移動する。
テーブルに着いても、アブリルはやたらニコニコしている。
「ねえアブリル、何かいいことあったの? 機嫌いいみたいだし」
つい数日前まではアブリルには珍しく、妙に機嫌が悪かったような気がする。イライラしているというか、ふさぎこんでいる感じで、久城も話しかけづらかったことを覚えている。
「だって、やっーと終わったんだもん、身体軽くって!」
大きく伸びをするアブリル。女性的な胸のラインが強調される。
「終わったって……なにが?」
試験があったわけでもないし――ぽかんとしながら久城は問いかける。
「え? あ、やだ、あたしったら」
口をすべらせたことに気づき、顔を赤らめるアブリル。
訳もわからず首をひねる久城に、お茶を運んできた寮母のゾフィが雷をおとす。
「これ、久城! 女の子の身体はいろいろあんの!」
「え? からだ?」
「ゾ、ゾフィさん!」
ゆでだこのように真っ赤になるアブリル。
「アブリルはけっこう重い方みたいだね。あたしのナプキン分けてあげようか?」
「いいですからっ! 久城くんの前で、そんなっ!」
あきらかにゾフィはアブリルと久城をからかっている。
「重い……? ナプキン……?」
まったく理解できていない久城である。
「ねえ、ゾフィさん、どういう意味なんです? アブリルの体調がよくなったことと、ナプキンに何か関係が?」
「久城くんは知らなくていいの!」
必死なアブリルが会話を終わらせようとする。だが、果てしなくKYな久城はしつこくゾフィに質問を重ねる。
「あはは、それはねぇ」
性教育よろしくゾフィは、女性の生理周期について講釈する。
アブリルは縮こまってゆだっている。
久城の方も顔色がたちまち変化する。
「つまり、女の身体はお月様の満ち欠けと同じってこと。二八日周期で一巡するのよ。体調も気分も不安定になるから、久城、あんた、ちゃんと気を遣ってあげなよ? それが紳士ってもんだ」
「じゃ、じゃあ、アブリルも……」
「そ。辛い時期が終わったってこと――女の子が一番元気に、輝く時期だ」
つい、しげしげとアブリルをみてしまう。肌や髪がつやつやして、すごくきれいだ。これって、なんだっけ、そうだ、排卵期……
久城の視線に気づき、アブリルは胸元を覆い隠しながら声をあげる。
「知らない! 久城くんのばかぁ!」
アブリルに引っぱたかれて痛む頬をさすりながら久城はつぶやく。
「世の中には謎がたくさんあるなあ……」