GOSICK
-囚われの雛鳥は名も識らぬ卵を抱えて眠る-

1.しゅつだいへん

「ふむ、久城、それでは君は、自分にも混沌の欠片は解き明かせる、とでも言うつもりかね?」

 ヴィクトリカ・ド・ブロワがパイプをくゆらしながら皮肉な視線を向ける。

 塔の窓から差し込む日差しが金髪を輝かせ、後光が差しているかのように見せている。

 碧いろの瞳が久城を射る。いつもの、すこし不機嫌そうな表情。だが、実際の機嫌はさほど悪くはない。そう見て取れるくらいには親しくなっている――と久城は思うようにしている。

「そりゃあ、ぼくにだって、謎解きのひとつやふたつはできるさ」

 学園の図書館の最上層――高くそびえる塔のてっぺんだ――に棲むという金髪の妖精を前に、日本からの留学生、人呼んで「春来る死に神」、久城一弥は虚勢を張ってみせる。

 この春、知り合ったばかりの美しい少女と、久城は幾度も危機をともにした。それはめくるめく冒険の記憶であり、ヴィクトリカという少女の類い希なる頭脳の冴えを思い知らされる体験の数々だった。

 見た目は10歳ほどにしか見えない、このお人形のような――いや、お人形以上にフリルいっぱいのヘッドドレスが似合う美麗な少女は、実のところ久城の同級生であり(一日も登校したことはないが)、ささいな情報の断片から真実を導き出してしまう天才的頭脳の持ち主なのだ。

 一方、久城の方も成績はそこそこ、決して鈍才ではないが、とてものことヴィクトリカの頭脳にはかなわない。このちっちゃな少女にいつもペースを握られっぱなしで、酷いときには下僕扱いまでされる始末だ。

 しかし、それでも毎日のように久城はこの図書館を訪れる。この欧州の小国・ソビュールに留学以来、初めてできた友人がヴィクトリカであったにせよ、毎日この塔の最上層まで階段でのぼってくるのはなまなかなことではない。それでも、ヴィクトリカもうでを欠かさないのは、やはり、この少女といっしょにいたいからだ。いくつかの冒険を経て、鈍感な久城にも、ヴィクトリカという少女の聡明さや優しさ、そして彼女を苛む過酷な運命の一端が理解できつつあった。

 ヴィクトリカには自分しか親しく話せる相手がいない、近くにいて支えてあげたい――その想いが毎日の塔がよいを支えていた。

 いや――

「謎といえば、ぼくはほとんど毎日ここへ来ているけど、今までに何日か来たくても来れないことがあったね」

「ん?」

 久城の差し入れのマカロンをつまんでいたヴィクトリカが胡乱げに視線をあげる。

「そうだ、先月も一日だけ来れなかった、その前の月も。君に来ちゃいけないって言われて。ねえ、それってなぜ?」

「――くだらないことを言い出すのだな、君は。そう毎日毎日、君の間抜け面と相対さねばならぬということはあるまいに」

 吐き捨てるようにヴィクトリカは言う。

「でも、おかしいよ。君はこの学園を出られないし、どうせ暇なんだろ? いつも退屈だー退屈だーって、そのへんをゴロゴロしてるじゃないか」

「失敬な! 退屈なのはたしかだが、私にも勤めというものが――」

 言いかけて、ヴィクトリカは口をつぐむ。

 一瞬の狼狽のあと、表情をとりつくろう。

「おほん――ともかく、そんなことは謎でもなんでもない。たまにはわたしも一人で静かに過ごしたい日があるのだよ」

「へえ? じゃあ、あまりここへ来ないほうがいい?」

「それは……!」

 慌てて言いかけるヴィクトリカ。そんなのいやだ、と言いたそうに口をぱくぱくさせてさせるが、拗ねたように頬をふくらませて視線をそらす。

「き、君の好きにすればいい……わ、わたしはいっこうにかまわないぞ……ひ、ひとりのほうがせ、せいせいするからな!」

 天才的頭脳の持ち主もウソは苦手らしい。

 久城はこみ上げるくすぐったさを感じながら、その「謎」を解き、ヴィクトリカの鼻をあかしてやろうと決心するのだった。