〜うたかたの天使たち〜
気恵編+α

真夏の五芒星

−美耶子−

 暑さには勝てないので、おれは気恵くんの家庭教師の座をすっぱりとあきらめて、プール組に同行することにした。

 気恵くんは呆れはてた表情を浮かべ、「冷房のきいたファミレスで勉強する」と言い捨てて出掛けてしまった。くっ。フラグ立てそこねた感じ。

「遊一とプール、プール!」

 美耶子がおれのまわりを走っている。おいおい、あんまりはしゃぐと失敗すんぞ。

 区民プールまではバスに乗って三十分ほど。

 けっこう豪華な施設で、ウォータースライダーもある大きなプールと、競泳用の普通のプール、そして、子供でも安心な浅さの家族むけのプールや、逆に潜水可能な深いプールなどが併設されている。さらにサウナや大浴場、トレーニングジムなども完備している。これだけ揃っていても、区民だとけっこう安い金額で利用できてしまう。いったいどこの区だ、とか突っ込みはするな。

 ロッカールームで海パンにはきかえると、おれは宇多方家の女の子たちが出てくるのを待ちながら、浮き輪をひとつ、こしらえた。

 しばらくして、一子ちゃんたちが出てきた。一子ちゃんは中学時代のものか、スクール水着だ。ご丁寧に、「宇多方」の名札つきである。マニア向け狙ってんのかおまえは、と軽くツッコミを入れたくなるところだが、天然なのだからしょうがない。

 苑子は生意気に黄色のセパレートタイプだ。これもちょっと昔に買ったやつなんだろう、胸元がけっこうパッツンパッツンだ。子供用の水着で裏地の処理がぞんざいなのか、乳首の位置がもろわかりだ。性犯罪者を誘引しそうでちょっと心配。

 珠子はピンクのワンピース、ひらひらスカートつき。ぽーっとしているところを見ると、現在はどこかの霊とアクセス中なのかもしれない。頼むから水死者の霊とか呼び寄せないでほしい。

 ここまで見てきて、あれ? と思う。いちばんうるさい美耶子の姿がない。

「美耶子はどうしたの?」

「なんだか着替えずにぐずぐずしてましたねえ、どうしたのかしら」

 一子ちゃんが思案顔に言う。一子ちゃんに、ぐずぐずしていた、と言われるのはよほどのことだなあ。

 美耶子を待つ

 美耶子はほっとく


「しょうがないな、じゃあ、おれ待ってるよ。一子ちゃんたちは先にプールに行ってきなよ」

「え……そうですか? じゃあ、ウォータースライダーのあるあたりに行ってますから」

 姉妹が歩いていく。こうやって見ると苑子のおしりがいちばん大きいなあ。水着が小さいので、すぐにTバックっぽくなってしまう。危険だな。

 おれは女子更衣室の出入口からちょっと離れたところで美耶子を待った。あんまり出入口に近いところだと危険な人みたいだからなぁ。

 しばらくして――

「遊一……」

 美耶子が更衣室から出てきた。家を出てきたままの姿だ。

「あれ、なんでまだ着替えてないんだ?」

「うん……あのね」

 美耶子は言いにくそうに身体をよじった。

「ちょっと耳貸してよ」

「なんだよ」

 おれはちょっとかがんで、美耶子の口の高さに耳をもっていく。

 美耶子がこしょこしょと囁きかける。

「なんだ、水着忘れたのか、おまえ」

「おっきい声で言うな、ばか」

 美耶子がなじる。いちおう、恥ずかしがっているようだ。容赦なくおれは嘲笑をあびせかけた。

「はしゃいでっから、そんな忘れ物するんだ、ヴァカめ」

「うう……ムカつくぅ、遊一のくせに」

「なんだったら裸で泳いだらどうだ? おまえくらいの子供なら、けっこうアリかもだぜ」

「そんなことできるわけないじゃん……」

 美耶子が泣きそうになる。

「どうしよう……みんなに笑われちゃう」

 ふだん他人に対して生意気な態度を取っているから、自分が失敗したときに過度に落ち込んでしまうのだ。ざまをみよ。

「遊一ぃ、水着買ってよう」

「んなカネあるか、アホ」

 言いつつ、ふと、ひらめいた。

「なんだったら、特製の水着を作ってやってもいいぜ」

「ほ、ほんと?」

 美耶子の顔が喜色に輝いた。

 おれは更衣室に置いた荷物から、ちょっとした道具を取ってくると、美耶子を更衣室の裏手に連れこんだ。

 遠くから、子供たちの嬌声と水のはねる音が聞えてくるが、更衣室の建物の裏手には人影はない。

「んじゃあ、着替えっか」

「え、でも……水着は?」

「いいから。はやく脱げ」

「こ、ここで?」

 美耶子がとまどう。

「いまさら恥ずかしがってどーすんだ」

 浣腸までしてやった仲なのだ。尻粘膜を見せたり触らせたりしておいて、裸を見せるのがイヤンという道理はない。

「うー」

 うなりつつも、美耶子は服を脱ぎはじめる。

 さすがにパンツを脱ぐときは後ろ向きになった。かわいいおしりがくりくり動いて、パンツを脚からぬく。

 足許のサンダルを除いて、すっぽんぽんになった。

「よぉし、じゃあ、こっち向け。水着を描いてやる」

 おれは更衣室から取ってきた黒のマジックペンのキャップを取りながら、美耶子に言った。

「ええっ……水着って、まさか……」

 美耶子がアーモンド型の大きな目を見開いて聞きかえす。おれはマジックペンを振ってみせた。

「そう。これで塗りつぶす。安心しろ。油性だから水に入っても落ちないぞ」

「そんな……ムチャだよっ」

 裸でいることも忘れて美耶子が大声を出す。おれは後ろを振りかえった。

「おいおい、そんな大声だすと、誰かに気づかれちまうぞ。いいのかぁ? 素っ裸でいるところを見られても」

 美耶子は自分の手で口をおさえた。おれに見られるのはともかく、他人の前で裸をさらすのにはさすがに抵抗があるのだろう。

「じゃあ、描くぞ。まずはブラからな」

 おれはおもむろに美耶子の平板な胸にペン先をあてた。

「ひゃん」

 冷たい感触があったのか、美耶子が声をあげる。おれはかまわず、ペンを動かしはじめる。まずは右の乳首からだ。

「ひゃあっ、くすぐったいよぉっ」

 美耶子が身体をよじる。

「おい、はみ出したら変な形の水着になっちまうぞ」

「う……」

 美耶子は歯を食いしばった。

 三角形にブラの形を縁どりし、その中を塗りつぶしていく。デザイン的にはマイクロビキニっぽい。あんまり塗りの面積が広いとムラになってしまうからだ。

 乳首のあたりは特に念入りに塗ってやる。

「くぅ……う……」

 美耶子が声をこらえている。くすぐったさに耐えているだけではなさそうだ。その証拠に、乳首が大きくなっている。

「おいおい、水着を描いてやってるだけなのに、興奮してんじゃねーよ」

「こ、コーフンなんかしてないもん!」

「ま、いいけど。次は下だぞ」

 ブラの紐を描いて仕上げると、下半身に移行する。

 おへその下にきゅっと線を引く。水着のボトムの輪郭をまず決定する。

「まあ、紐パンだな。横まで塗るのめんどいし」

 前と後ろだけが小さな逆三角形の布で覆われている、というイメージだ。

 ぷっくりふくらんで、ワレメが刻まれている部分に、インクを塗りたてる。

「あ……や……」

 美耶子は両の拳を握りしめてぷるぷるさせている。くっくっ、ふだんの生意気ぶりとのギャップが痛快だなあ。おれは美耶子の顔を見あげた。

「おい、股開けよ」

「えっ……そんなトコも塗るの?」

「たりめーだろ。塗らないってことは、そこが見えちまうってことだぞ? いいのか、おまんこ丸出しで」

「う〜」

 悔しそうに美耶子は声をもらし、それからおずおずと脚を開いた。

「もっとだよ」

 おれは美耶子を更衣室の建物の壁にもたれさせ、片方の脚を大きく持ち上げて、股間を開かせた。

 小学生のぴっちり閉じたアソコ――そのワレメの両サイドのふくらみの部分にマジックペンを走らせる。

「そーだ、折角だから陰毛描いてやろうか。大人っぽく見られたいだろ?」

「いやだぁ!」

「はっはっはっ。ハミ毛を描いてやる」

 水着からちょっと出ちゃった風に、線をピッピッと描く。

「もう、遊一のバカあっ!」

 たしかに賢いやつはこんなことしないだろうなあ、と、ちょっと反省。でも、むろん、やめたりはしない。

「あとはおしりだけだな。ケツ突き出せ」

「ちゃんと描いてよ……?」

 おそるおそる美耶子はヒップを突き出す。壁に手をついて、見ようによっては扇情的なポーズだ。なんか別のものを塗りたくりたい気分になりそうだ。

 むろん、自制心の強いおれは誠実に仕事を継続する。おしりの谷間にペンをこじ入れて、黒く塗り上げていく。

「ん……く……」

 おしりの谷間を広げ、肛門の周囲を塗っていると、美耶子が鼻を鳴らしてもじもじしはじめる。

「なんだよ、おしりをいじくられて気持ちいいのか? 好きなやつだなあ」

「ち……ちがうもん。遊一の変態――アナルマニア!」

「そんなこというやつには、ケツ穴の中まで黒くしてやる」

「ああ、いやあ、突っ込まないでよぉ……」

 粘膜からマジックインクの成分が吸収されたら健康によくないかもしれないなあ、と思いつつも、おもしろいので穴にペンの先端を入れてぐるぐる回してやる。

「よし、完成だ!」

 どこから見ても、ちゃんと水着を着ているように見える。これが成人女性だったら、胸が揺れたり、陰毛がもじゃもじゃだったりですぐにバレるだろうが、さいわい美耶子はつるぺただし、毛も生えてない。

「よし、行くぞ。最新モードの水着で出陣だ」

「ひぃ……やだぁ……」

 おれは美耶子の手を引いて、脱衣所の建物の陰から出る。

「ぜったいバレちゃうよぉ」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

「だいじょうぶじゃないよぉ……」

 半泣きの美耶子を引きずるようにして、おれはプールに向かう。

 さすが猛暑だけあって、プールは大混雑していた。これだけ混んでいると、かえってだれも他人の水着には注目しない。

「な、平気だろ?」

「で……でもぉ」

 内股で歩きながら美耶子が心配そうに言う。

「近くから見たらわかっちゃうよ……」

「プールに入ったら全然わかんないって」

 ウォータースライダーが見えるあたりで、一子ちゃんたちを探す。しかし、見当たらない。もしかしたら、なかなか来ないおれたちを逆に探しているのかもしれない。あるいは、べつのプールに行っているか――

 傍らの美耶子は浮き輪をかかえて、胸と股間を隠すようにしている。

「あんまり隠してると、逆に目立っちゃうぞ」

 まあ、素っ裸で大勢の人の前にいるわけだから、わからないでもないが。

 周囲は子供たちの黄色い声でいっぱいだ。カップル客もいるが、圧倒的に子供が多い。夏休みだしな。

「あれ? 美耶子ちゃん?」

 突然、女の子の声に呼びかけられた。

 美耶子は文字どおり飛びあがった。

 ワンピースの水着を着た、美耶子と同年齢ぐらいの女の子だ。たれめで、タヌキのような顔をしている。

「あ、アサミちゃん!?」

「美耶子ちゃんも来てたんだ。夏休みに入って以来だから、ひさしぶりだね〜」

 どうやらクラスメートらしい。美耶子は明らかにうろたえている。

 ちょっと太めのアサミは、美耶子の姿をじろじろと見た。

「うわあ、美耶子ちゃん、すっごいビキニだね! おとなっぽい」

「え、あ、そう? たはは」

 しどろもどろになりつつ、おれの陰に隠れようとする。アサミの視線は一瞬おれに移った。

「美耶子ちゃんのお兄さん?」

「ん、あ、う……うちに下宿している大学生っていうか、その……」

「セフレみたいなもんかな」

 おれは言った。美耶子が中指をちょっと出した変形拳骨で、おれの脇腹を殴る。ぐほ。痛いんだぞ、それ。

「せふれ……?」

 アサミには意味が通じなかったみたいだ。まあ、具体的に「たまに浣腸プレイしてます」って言ってもしょうがないし、まあいいか。

「アサミちゃんは……家族と?」

 引きつり笑いをしながら美耶子が話題をかえようとする。アサミは目を糸にして笑った。

「えっとね、今日はクラスのみんなと。ユカちんとか、フキタさんとか一緒だよ。あと男子も、窪塚くんとかイッペーとか。ほら、みんな同じ塾行ってるじゃん、そのつながり」

「えっ!? 窪塚くん、来てるの?」

 美耶子の声が裏がえった。おや?

「うん。ほら、すぐそこ――おーい、みんなぁ、美耶子ちゃん、来てるよぉ!」

 アサミは首をめぐらせて、少し離れたところにたむろっていた小学生グループに声をかける。

 ほどよく日焼けした男の子が振りかえる。育ちのよさそうな顔をしている。その男の子に熱心に話しかけていた二人の女の子たちと、もう一人、坊主頭の男の子が顔を動かした。

 みんなの視線が美耶子に向けられる。

「ひょええ」

 美耶子がおれの背中にかじりついた。

「おいおい、なんだよ、照れ屋さんだな」

 おれは美耶子を前に押し出してやる。過激な水着ファッションに、小学生たちの視線は釘づけだ。

 品のよさそうな少年が純情そうに顔をあからめる。健康的で微笑ましい反応だ。もう一人の少年は目をらんらんとさせている。これも実にわかりやすい。

 一方、女の子たちの視線には、驚きと、蔑みと、一種の羨望のようなものが垣間見られた。小さくても女は女だ。自分よりも魅力がある存在には無意識にでも敵意を感じるのだろう。美耶子を見た少女たちが、次いで自分の姿をすばやく確認したあたりに、そのへんの心理があらわれている。