うたかたの天使たち 外伝

美耶子のドキドキ ドラマ撮影!

 

2.撮影開始

 美耶子の撮影が始まった。放映直前だから、効率は無視して、シナリオの頭から撮っていくスタイルだ。さいわい、第一話は全シーンセット撮影だから問題ない。

「シーン1、階段上から駆け下りてくる」

 ディレクターはまだ若い男で必要以外の発言がほとんどない寡黙なタイプだった。かわりに、その助手がやたらとでしゃばって、現場を仕切ろうとしていた。

「元気よくおりてくんのよぉ、わかってるでしょおねえ」

 小太りチョビひげのサングラス男だ。なんか見たことあるな。

「ただでさえ押しててオンエアが明日に迫ってるんだから、わかってるわよねえ」

「はーい」

 階段の上で手をあげる美耶子。

「ったく、なんであたしがこんな下働きを……」

 ブツブツ呟いている。

「スタート」

 ディレクターが無感情に合図をする。

「おにいちゃーん」

 美耶子が台本通り声をあげて階段をかけおりてくる。

 どたどたどた、子供まるだしの足音だ。

 白い膝小僧と、腿がちらちら見える。

 カメラが下からねらっている。

 あれだとパンツみえちまうんじゃ?

 というよりも、積極的にローアングルから撮影しようとしているようだ。

「健康的でいいねぇ」

 窪塚プロデューサーが満足そうにうなずく。

「これは視聴率とれるよ」

 そういうものかよ……

「次のシーン」

 ディレクターが言う。

「兄とのカラミ」

 亀垣起也は生で見ると目つきの悪いガキでしかなかった。やたらとイライラしていて、余裕がない。

「ったく……おれがなんで新人のガキの相手なんかしなくちゃなんねえんだよ」

 未成年のくせいにタバコをくゆらせて、そんなことをあからさまに言っている。

 かと思うと、窪塚プロデューサーが姿を見せると、吸っていたタバコをマネージャーに押しつけ、満面の笑みを浮かべて頭をぺこぺこ下げはじめる。

「彼女が宇多方美耶子くんだ。ぼくのお気に入りでね。亀垣くんも、よろしく頼むよ」

 窪塚プロデューサーが美耶子を紹介する。美耶子はテレビでよく見ているアイドルスターを目前に見て、舞い上がっている。

「よっ……よろしくおねっおねっ」

 ちゃんとあいさつさえできない。

 まあ、亀垣は小学生女子児童にとってはリアル王子様だしな。

「よろしく美耶子ちゃん、かわいいね」

 亀垣は、少女ファンの扱いには慣れたもので、目線を美耶子に合わせてかがむと、握手、そしてサービスのつもりか、ハグまでした。

「ひゃっ、ひゃあー!」

 幸福感のあまり、奇声をあげる美耶子。

「亀垣くん、美耶子くんをよろしく頼むよ。妹として、しっかり仕込んでくれたまえよ」

 窪塚プロデューサーの父親めいた訓辞に、亀垣はさわやかにほほえんだ。

「もちろんです、窪塚さん。きっちり仕込んであげますとも」

 奇妙なアイコンタクトだな。

 台本では、利かん気の妹、都が、兄・悠一の寝起きを襲って、むりやり起こす、というものだ。

 亀垣がベッドに入り、寝たふりをする。

「スタート」

 ディレクターの静かな声。そして、眼鏡のADのカチンコ。

 美耶子が元気よくドアを開けて入ってくる。

「ゆういちぃ、朝だよーっ!」

 おお。なかなかリアルだな。おれもよく美耶子に叩き起こされる。休みの日とか特に。

「はやくぅー、お、きてぇー」

 布団をかぶった亀垣をゆする。

 おれの時は顔とか蹴るよな、美耶子。

「うう……あと五分」

 ベタな台詞を吐く亀垣。

「もお、ゆういちったらぁ」

 美耶子が亀垣の上にまたがり、乱暴に起こしにかかる。

 カメラが美耶子に寄る。

 懸命になって亀垣を起こそうとする美耶子のスカートは当然のごとくめくれあがっている。だよなあ、大股ひろげて馬乗り状態だしなあ。

 だが、そこばかりアップで追う必要はあるんかい。

 モニターには、美耶子の股間しか映っていない。しかも、少ない布地のパンツだから、ワレメに微妙に食い込んでいる。

 おれの記憶だと、こういう感じの映像を売りにしていたDVDが問題になったような――

「わぁったよ、起きるって!」

 亀垣が起き直る。美耶子がその反動で後方にのけぞり、そのまま転ぶ。

「ゆういちったら、急に起きないでよぉ」

 予定通りの動きなのだが、転んだ美耶子は当然のごとく、脚を天井に向けた状態で、完全に下着丸出しだ。というか、へそまで見えている。

 そのままで、という指示をディレクターが出し、美耶子は姿勢を維持する。

 ベッドに横たわり、しどけなく脚を広げた状態を、たっぷりカメラがなめあげる。

 今時の子供らしい、細くて長い脚に、紺のニーソックス。そして、白いパンツ――それもヒモパン。カメラも、スタッフも、もちろん共演の亀垣も、その下着の股間部分を凝視している。なんか変な雰囲気だな。

「カット」

 ディレクターの声。そして、窪塚の拍手。どうやら、撮影そのものは順調らしい――

 

 一日目の撮影はその後、問題なく進んだ。ほとんどは他愛のない食事や、家事のシーンばかりだった。美耶子の緊張も解け、表情にも自然さが出てきた。

 昼食は仕出し弁当だったが、窪塚組のロケ弁はいい、という評判通り、料亭級の味とボリュームだった。ただ、美耶子は午後からの撮影の打ち合わせで忙しく、食事もディレクターや窪塚と打ち合わせながら取っていた。

 おれは楽屋で一人寂しく食っていたのだが――

「ここ、いいですかー?」

「おじゃましまーす、とか」

 訪れてきたのは、長篠ますみと上枝アヤだった。なんでこんなスターたちが?

 手に手に弁当を持っている。

「あのー、ここでごはん食べさせてもらっていいですかー?」

「私たちの楽屋、マネージャーとかタバコ吸うんで……とか」

 ああ、そういうこと。

 確かに業界の人って喫煙者率が高い気がする。

 それに美耶子の楽屋は、窪塚プロデューサーの計らいで、一人用にしては妙に広いしなあ。

「いいですよ。おれもうすぐ食い終わるし」

「やだー、いっしょに食べましょうよー、美耶子ちゃんのお兄さん」

「そうそう、たくさんの方が楽しいですよ、とか」

 トップアイドルたちのとろけるような笑顔。おおおお、本物だ。

 こんな幸運があっていいものなのか?

 顔ちいせえ、ほっせえ、目がでっけえ。

 おまえら、フィギュアか――とツッコミを入れたくなるような、そんなかわいさ。

 アイドルたちと弁当を自然に食える――ビバ芸能界。

 とか言っているうちに、美耶子の午後の撮影が始まってしまっていたんだが、おれはそれにしばらく気づかなかった。

 

 昼休みの時間をかなり超過してスタジオにもどってみると、美耶子はバスローブ姿で、メイクさんに髪を乾かしてもらっていた。

 ちょっと機嫌が悪そうで、おれを見ると一言、

「どこ行ってたの、ゆーいち」

「え? メシだけど、撮影がもう始まってるなんて教えてもらわなかったし」

 つか、アイドルたちと楽しく談笑していたなんて言えない。

「そう……じゃあ、いいよ」

 ぶすり、として言う。

「おい、美耶子、いったい何の撮影だったんだ?」

 そのおれの問いに、美耶子はそっぽを向いて答えた。

「お風呂のシーン。亀垣くんに裸、見られちゃった」

 な、なんですとぉ!?

 そんなシーンはありませんでしたよ、台本には!

 美耶子によると、食事しながらの打ち合わせ中、急遽、台本が変更されたらしい。

 妹役・都の、兄へのアタックがどうも弱い、もっとパンチがほしい、と窪塚が言い出したらしい。

「どう、美耶子くん、体当たりの演技をやってみないかい?」

 そう水を向けられたそうだ。美耶子は意味もわからずうなずき、台本は書き換えられた。

「じゃあ、さっそく撮ろう」

 そして入浴のシーン撮影になったのだという。

「恥ずかしかったよ……だって、服を脱ぐシーンからだったんだもん。みんな見てるし」

 スタッフがたくさんいる前で一枚ずつ脱いでいったらしい。

「あたしくらいの歳の子役って、胸とか映しても大丈夫なんだって」

 ぺったんこだからな。

「でも、パンツまで脱ぐのはちょっと……かなりやだった」

 さすがに前からは映されなかったそうだが、おしりは撮られたらしい。

 風呂には亀垣がスタンバイしていたそうで――というか、兄が風呂に入っていくところに妹が強引に入っていくシーンだから当然だが――全部見られてしまったそうだ。

「でもずるいんだよ、亀垣くんはパンツはいてて。あたしだけ見られて不公平だよね」

 怒っているのはそこかよ。

 シーンはまだまだ続き、美耶子は亀垣を誘惑すべく、いろいろ奮闘したらしい。

「おにいちゃんの背中を流すふりして、おっぱいを押しつけたりとか」

 実際にボディシャンプーを胸につけて、亀垣の背中にこすりつけたそうだ。

「ちょっとかがんで、おしり見せたりとか」

 何度かやり直しをさせられ、けっこう前屈させられたらしい。

「亀垣くん、丸見えだって笑ってた……あと、子供のってぴったりくっついてるんだな……って」

 美耶子め、淡々と語りおって。少し嬉しそうにさえ見えるのはどうしたことだ。

「あとね、あたしの背中も流してもらって、シャンプーしてもらっちゃった」

 修正台本に沿うと、こんな感じだ。

 兄は、妹の積極性にタジタジとなり、求められるがままにその背中を洗ってやる。

 が、妹はそれに満足せず、兄の手を取って、自分胸に……っておい! やったのか、これ。

「だって台本にそう書いてあるんだもん」

 美耶子が唇をとがらせる。

「あたしが吹き出したり、スタッフさんがミスしたりで、10回くらいリテイクがあってたいへんだったんだから」

 そのたびに乳首をクリクリされたらしい。

「笑うのこらえるので腹筋痛くなっちゃった。女優さんってたいへんすぎだよ……」

 美耶子はため息をつく。

 感じてアンアン言っちゃってたらそれはそれで問題だったろうが……

「で、シャンプーか。そこは変な芝居はなかったんだろーな」

「ないよ。向かい合って座って、シャワーで髪濡らして、泡立てて、シャカシャカって。亀垣くん、たぶん慣れてる。うまかったもん。ゆういちにはできないでしょ、女の子の髪を洗うなんて」

「できるわい……やったことねーけど」

「ぜったできないね」

 断言するな。

 ただ、確かに美耶子の場合、髪も長いし量も多い。かんたんじゃないだろうな、とは思う。

 それに慣れているとういう亀垣め……さては美容師か!?

 ――ちがうな。それだけ女と遊びなれているということなんだろう。

 などとのんきなことを考えていたわけではない。おれは頭にきていた。

「それにしても、保護者のおれに知らせずにヌード撮影をするなんて一体どういうつもりだ。窪塚に文句言ってやる」

 息巻いたおれを制止したのは美耶子だった。

「ぜったいやめてよ、ゆういち! ドラマを成功させるために窪塚のおじさまが考えてしたことなの! それに大事な打ちあわせの場所にいなかったのはゆういちじゃない! オンエアは明日なのよ? みんなずっと徹夜でがんばってるんだから!」

 小学生に説教された。

 ……しかし、美耶子もなかなかの役者根性じゃないか。ガキゆえに裸への抵抗感が薄いということもあるだろうが、見知らぬ男たちの前で裸で芝居をするってのはなみの度胸じゃない。

 まあ、窪塚はプロデューサーとしては超一流だし、キャストも名の知れたスター揃い。

 よもや美耶子の裸を売り物にするゲテモノでもないだろうし、ここは大人になって我慢するか!

 一日目の撮影はそれからも続き、ほかのキャストと美耶子のからみを収録しつつ、深夜におよんだ……

 

 放送は日曜夜9時――あと21時間。

つづく