と。
ぼくはふと顔をあげた。
泣き疲れてうとうとしていたようだ。
違和感。
それは香りだ。
甘く、すがすがしい若草のような香り。
そして、小さな音。鈴が鳴るような。
目を擦ると、そこにはいた。
サンタの服を着た天使が。
ツインテールが帽子からぴょこんと飛び出して、揺れている。
アーモンド型のつり目がちな瞳。
ちいさく、ツンととがった鼻。
花の蕾を思わせる唇。にこっと笑うと八重歯がのぞく。
美耶子ちゃんだ、
本物の、宇多方美耶子ちゃん。
「メリークリスマス! おにいちゃん」
声も本物だ。声優になっちゃえばいいのに、と思わせる脳をとろかすような声の響き。ちょっと舌足らずなところも可愛い。
夢か? 夢なのか? 夢だよね。
「夢じゃないよ、おにいちゃん」
口に出して言ってしまっていたらしい。美耶子ちゃんが笑う。
「これ、えんちょーせん、だよ」
ぼくの部屋にはいつの間にか照明やカメラのスタッフも入っていて、無言でてきぱきと作業を続けていた。
というか、もう撮影されている?
「スタッフさんのことは気にしなくていいよ。ここにはおにいちゃんと美耶子しかいないんだから」
美耶子ちゃんがぼくの手を握った。あったかい! ちっちゃい! すべすべ!
「美耶子ね、おにいいちゃんのこと、だぁいすき。だから、会いにきたんだよ?」
「え、う、うそ……」
「ほんとだよ。いっつもお手紙やメールくれてるし、美耶子の出てる番組ぜーんぶチェックしてくれてるの知ってたし……それにいっぱいお金もつかってくれたんでしょ?」
言いつつ、美耶子ちゃんがぼくの部屋を見渡す。
美耶子ちゃんグッズだらけの部屋だ。自分で盛り上がっている時は平気だったけれど、いざ本人に見られると恥ずかしい。
「今日、たくさんのおにいちゃんのところ回ったけど、ここが一番揃ってるね。ディープな線おさえてるし。うんうん、すっごく嬉しいよ」
「あ、で、でも、もう番組は終わったんじゃ……」
「生放送のぶんはね。ほんとうはここに最後来るつもりだったんだけど、時間なくなっちゃって」
最後来るつもり……って、やっぱり当選者も最初から決まってたんだ。十人目の当選者はきっとここの近所なんだろう。町並みに見覚えあったし――
「だって、時間内にできるだけたくさんのおにいちゃんと会いたかったから……いけなかった?」
いけない、なんてことはない。嬉しいよ。嬉しくて死にそう。
「生放送じゃないから、ゆっくりできるんだぁ……座っていい? おにいちゃん」
ぼくは美耶子ちゃんを座らせ、こたつで隣り合った。
これは、やっぱり夢だ。
美耶子ちゃんとおこたであったまるなんて。
「わあ、ケーキだぁ! これ、美耶子のため?」
用意していた料理やケーキに美耶子ちゃんは無邪気に喜んでくれた。
「今年のクリスマスはケーキなしかと思ってたから、嬉しい」
これまでの当選者もケーキや料理を用意していたかもしれないが、一箇所あたり十数分しか滞在できず、途中はずっと移動ばっかりだったから、ごはんもろくに食べていないらしい。
ケーキを食べた。二人で。
撮影クルーのことはすぐに気にならなくなった。実際、彼らは気配を断つ達人のようだったし、美耶子ちゃんといっしょということがあまりに幸せだったから。
口のまわりについたクリームをぺろりと舐め取って、猫のように美耶子ちゃんは伸びをした。
「おなかいっぱいになったら、眠くなってきちゃった……でも、プレゼントあげないとね」
――だって、美耶子はサンタさんですから!
ふんす、と気合いを入れて美耶子ちゃんが立ち上がる、ぼくとしてはもう少しまったりとした時間を味わいたかったけれど。
「じゃ、ルーレットたいむぅ!」
「あ、はい」
番組でさんざん見たルーレットだ。だが実物はさらにちゃちいというか、手作り感満載だ。
「やりかたは大丈夫だよね?」
「う、うん」
でもドキドキする。
この結果いかんで――
必勝法はたしか――
最初の針の位置から、三つ右にずれたところに止まるはずだから、指でスタート地点をさりげなく変えて……
えいやっ!
「あれぇ? ハズレだよ? おにいちゃん」
美耶子ちゃんもびっくりしたような声。
「でも、あと二回あるから……がんばって!」
励ましてくれる。顔が熱くなる。
でも、二回目もハズレだった。
「あーんっ、おしい! ラスト一回、よぉく、狙ってね!」
三回目は、脚ががくついた。
ここにきて、スタッフの存在も再認識された。みな、ヤレヤレ感を匂わせている。
最後の最後でコレかよ、と。わざわざ来るんじゃなかった、と。
スタッフはいい。だが、美耶子ちゃんの表情に、失望を宿らせたくなかった。ここまで小さな身体を張って頑張ってきてくれたのに、最後で台無しにすることなんてできない。
どうか、この少女に笑顔を! えっちなことなんかできなくたっていい。ここできれいにオチをつけて、美耶子サンタに有終の美を飾らせるんだ――そんな祈りをこめて、回す。
でも――針はやっぱり「すぺしゃる」を素通りして、「ハズレ」のゾーンに。
なんだよ、「必勝法」とか、「ヤラセ」とか、ウソじゃないか。みんなガチで運が良かったり、腕があったりしたんだろ? おれはどうせ、こんな感じなんだ。美耶子ちゃんといっしょにおこたに入って、クリスマスケーキが食べられただけで満足すべきなんだ。どうせ、破産してしまうし……それに……
なにより悔しかったのは、頑張って番組を盛り上げようとしている美耶子ちゃんの足を引っ張ってしまったことだ。
泣きたかった。これならいっそ最初から選ばれなかった方が――
「えーっ!? うっそぉ!?」
美耶子ちゃんが素っ頓狂な声を上げる。
「まさか、最後の最後で、ちょ……マジで? ありえなくない!?」
声の最後はちょっと地が出てしまっている感じだったよ、美耶子ちゃん。
それにしても、ここにきて、ハズレ三連発とは。確かに番組的にはありえない展開だ。
「おにいちゃん……すっごい……美耶子サンタ、超びっくりじゃよ!」
美耶子ちゃんがサンタキャラを取りもどし……たのか怪しいが、ハイテンションで言いつのる。「じゃよ」って、そんなの今日一回も使ってないし。
「まさか、ホントに出るとは思わなかったよ、超すーぱーすぺしゃる!」
「え?」
「ココよ、ココ! このちょびっとだけ色が違うトコ、そこをあてちゃったの、おにいちゃんは」
美耶子ちゃんが指さすボードのその箇所には、気づかなかったが、ものすごく細いエリアが区切ってあって、「超すーぱーすぺしゃる」と書かれていた。
「超すーぱーすぺしゃるのプレゼントはコレ! どん!」
美耶子サンタさんは小型ルーレットボードを出してきた。
ひとばんじゅう、えっちする
いっかげつ、かのじょになる
いっしょう、およめさんになる
それぞれの面積比は、7対2.9対0.1……というところか。
「美耶子の運命、これでマジできまっちゃうの!? ね、ディレクターさん」
うん、とうなずくスタッフ。
『ロリテレビだけはガチ』
というカンペが出される。
「ううう……でも、おにいちゃんやさしそうだし……ちょっとだけなら、かのじょさんになってあげてもいいけど――」
美耶子ちゃんも余裕をなくしている。
「も、もし、結婚ってなったら、ここから学校通うの? 転校しなきゃだめかな……」
真面目に悩んでいる。
そんなところも可愛い。
ぼくは、とても晴れ晴れとした気持ちでルーレットを回した。
結論。
ロリテレビ最高。
メリークリスマス&ハッピーニューイヤー――
え? 美耶子ちゃんが、どうなったかって?
美耶子だったら、いま、ぼくの隣で寝てるよ。(´ー`)y-~~
サンタさあん!サンタさあん!