うたかたの天使たち 第七話

まふゆのファンタジスタ
真冬の幻奏者

珠子編

2 カジノ受難編

「ここのホテルのゲーセンすごいらしいぜ、行ってみるか?」

 おれの誘いに珠子はこくんとうなずいた。

 やっぱり子供だ。ゲームにはやっぱり目がないのか――とも思ったが、珠子がうちでゲームの類をやっているところは見たことないな。いつも霊と遊んでいるからか?

 ともかくも、やることができておれはホッとした。これで珠子が少しは楽しんでくれるといいのだが。

 珠子の手を引いて、おれは歩き出した。ホテルの中は暖房が効いているからコートはなし。おれはくたびれたジーンズにスニーカー、袖のすりきれたトレーナーの上にデニムのソフトジャケット引っかけただけ。

 珠子は黒地のふんわりした感じのワンピース、襟のところが白い前掛けみたいになってて、濃い青のリボンでとめてある。なんとなく寒そうな格好だが、膝上まであるシマシマソックスで防寒対策はしてあるらしい。いちおう、お出かけ用のおしゃれ着らしい。つか、本人は何を着てもぼーっとしているのだが。

 だが、珠子は目を引く容貌をしているので、すれ違う客やボーイたちがやたらと珠子に注視する。ある外人などは、「オー、ジャパーニーズドール」とかゆって、写真を撮ろうとしたくらいだ。まあ、顔だちだけではなく、今日は服装も人形っぽいけどな。

 ゲーセンでちょっと遊んで、UFOキャッチャーで珠子にくまのぬいぐるみをゲットしてやった。

 だが、評判ほどの設備ではない。どうやら別のフロアにはもっとすごい遊戯施設があるらしい。せっかくだか、そっちの方でも遊んでみたい。

 というわけでうろうろし始めたのだが、もともとおれは方向音痴だ。珠子が頼りにならないのは言うまでもないし。

 ここのホテルは複雑な構造な上に、案内板が英語だったりして、どうにも迷子になりやすい。結果として、迷った。

 まったく見覚えのないフロアに入り込んでしまったらしい。

 そこは、毛足の長い絨毯がしきつめられたエリアで、シャンデリアから何からやたらと立派だ。どうやら、グレードの高い上客のためのエリアらしい。そこかしこにカードマンらしき男が立っていて、一般客が入り込もうとするとやんわりと制止している。

「こっちじゃなさそうだなー」

 そこから離れようとしたときだ。

「おお、これは珠子先生がではないですか」

 やけに響く声がして、おれは足をとめた。

 でっぷりと肥った初老の親父だ。いかにも高そうなダブルのスーツ。取り巻きらしい男たちを従えている。

 誰だコイツ?

 呼びかけられた珠子にも特段の反応はない。

「お忘れですかな、先日、占っていただいたクリーン建設の荒重ですわい」

 いや、そんなふうに名のられても……新登場キャラだろ、てめえ。

 だが、まあ、段取りってのもあるしな……どれどれ、今回の台本は、と。

「あっ、そうそう、あんたは荒重社長さん」

 おれは記憶を取りもどした。ここ最近、珠子が百発百中の霊感少女として、偉そうなやつの相談を受けている、という話はしただろう。プロローグでしてあるよ。

 それはおれが始めた一種のアルバイトで、珠子――というか珠姫だとかその他の霊体さんたちの力を使って、人の悩みを解決するって感じの仕事だ。

 珠子は黙っていても霊を呼び寄せてしまうからな。へんな霊をとりこんでフラフラされるくらいなら、困っている人の役に立った方がいいだろうってな感じで、ほぼボボンティアみたいな感じで始めたんだが、ある金持ちの悩みを完璧に解決しちまったことが引き金になり、口コミで評判が広がってしまった。それ以来は、さまざまな有力者か金持ちが珠子の元を訪れるようになった。

 この荒重社長もその一人だ。たしか、金がもうかりすぎて困っているが、税金は払いたくない、どうしたらいいでしょうか、というフザけた相談だった。珠姫が降りてきて、さんざん罵倒しまくったのだが、どうやら荒重社長は少女に説教されるシチュエーションがいたく気に入ったらしく、その後もたびたび相談を持ちかけてくるようになった、いわばお得意サマだ。

「珠子先生がこちらにおいでだったとは存じ上げませんでした……いやはや、知っていればお部屋にごあいさつにうかがったものを」

 むきたまごのような頭をペチペチ叩いて顔をゆがめる。

 取り巻きたちも腰を曲げて、珠子に敬意をあらわす。おいおい、いい年したおっさんたちが珠子みたいなガキにヘコヘコして、みっともねえ。

 ただ、霊が降りているときの珠子は、どんな秘密でもかんたんに暴いてしまうからな。おっさんたちが恐れ入ってしまうのもむべなるかな、というところだ。

 珠子がその気になれば、教祖様にでも何にでもなれそうだ。まあ、本人には一切そんな気はないだろうがな。珠子は、ただ霊体を受け入れて、身体を貸してやっているだけだ。

「VIPゾーンへ何の御用ですかな? よろしければご案内いたしましょう」

 荒重が丸い顔にニコニコと笑みを浮かべて、珠子をのぞき込む。まるで孫に接しているかのように、目尻を下げている。

 むろん、珠子は答えない。珠子にとっては知らない人だからな。霊が降りているときの記憶は珠子にはないのだから。

 かわりにおれが口をきくことにする。ともかく、ここがどこなのかもわからないんだし、このホテルにも詳しそうなおっさんに聞くのがいちばんだろう。

「えーと、ゲーセンってか、カジノみたいなところをさがしているんですが」

 荒重はおれをちらりと見ると、珠子によりいっそうおおげさに笑いかけた。

「なるほどぉ、このホテルのカジノに行かれると。珠子先生もなかなか遊びというものをご存じですな」

 どうも、おれとは直接話をする気がないらしいな。

「カジノでしたら、われわれも向かうところです。よかったら一緒に参りましょう」

 荒重は珠子をエスコートしようと手をさしのべたが、むろん珠子はそれを無視し、おれの腰に腕をまきつけた。

「いいじゃん、道がわかんなくなってたんだし。とりあえず、場所だけ教えてもらおうぜ」

 おれはそういって珠子を促し、荒重たち一行にくっつく形で奥に進んだ。

 ガードマンたちも、荒重たちを見て、おれたちにも道をあけてくれた。なんか、VIP待遇って感じだな。

 そこからの道行きがまた複雑だった。一般人お断りのエレベータで地下に向かい、ガードマンが守るゲートをいくつもくぐった。

 そしてようやくカジノにたどりついた。おれでなくても迷うぞ、こんな奥まった場所。

 広い地下フロアには、ルーレットやブラックジャック、バカラ、ポーカー、それぞれのテーブルがあり、ディーラーも外人で本格的な感じ。スロットマシンのコーナーもある。歩いているのはみんなセレブっぽいやつらばっかり。葉巻を吸い、高そうな酒を飲みつつ、上品に談笑している。おいおい、バニーちゃんまでいるぞ? パツキンですよ?

 ほんとにラスベガスみたいだな――ってほんもののラスベガスなんか行ったことないけど。

「珠子先生は何をされますかな? よろしければお教えしますぞ?」

 荒重がなれなれしく珠子に近づいてくる。無言で珠子はおれの背後にまわる。

「いやー、適当にやらせてもらいますんで……」

 おれはヘラヘラ笑ったが、荒重の視線はあくまでも珠子を追っている

「チップはどうされますかな、珠子先生。こちらのレートは1枚千円から……ですが」

 なに? 千円だとぉ? いくら観光地価格といっても、高すぎだろ?

 いったいどんなゲーセンなんだよ。

 しかし、荒重は珠子に話しかけるのをやめない。

「ここはわれわれのような階級のための特別な場所でしてな。ま、地下カジノ、と言ってしまえばそれまでですが……まあ、珠子先生であればそれもすべてお見通しなのでしょうな」

 なんだってー!

 ってことは、ここでは本当に金をかけてあそんでいるのか?

 そういえば、各テーブルの客は楽しみつつも真剣に見える。大勝ちして驚喜しているボンレスハム状のオバハンや、負けて蒼白になっているオッサンなど――そこには確かに遊びを超えたシリアスさを感じるぞ。

 しかし、ここのホテルにあるゲーセンは合法のはずだ。そうでなきゃ、警察がすぐに乗り込んでくるぞ?

「まあ、いわばカムフラージュというやつですな。合法的なアミューズメント施設を運営していれば、地下でカジノを運営するのもいろいろ楽なのですよ。機械の仕入れや、人員の雇用なども……」

 なるほどな。スロットの機械なんかも、合法的に仕入れておいて、ちょっと改造すれば地下カジノで使えるってわけだ。頭いいな。にしても、このおっさん、なんでそんなことまで……?

「実はこのホテルはうちの会社が建設を手がけてましてな。運営にもかかわらせてもらっているというわけですわ」

 うーむ。そうだったのか。どうりでガードマンたちがすんなり通してくれたわけだ。

「まあ、珠子先生のことですから隠し事をしても無駄だと思いましてな。それならば、ここで遊んでいっていただこうと思ったわけですわい」

 ようするに、共犯にしちまえば、警察にチクることもできなくなる、というわけか。いいけどね。

 荒重は取り巻きからチップをたんまり盛ったカップを受け取り、珠子に差し出した。

「これで楽しんでください。わたしのおごりです」

 おお、1枚千円のチップがあんなに? さすが社長、ふとっぱらだぜ。

「どうもありがとうございます」

 珠子が動かないので、かわりにおれがチップを受け取った。ずっしりと重い。口止め料ってわけかな。

 おれははっきりいって正義の味方って興味ないし、せっかくだから遊ばせてもらうことにするぜ。こんな機会もうないだろうし。

「行こうぜ、珠子。あっちのスロット、やってみようぜ」

 おれは珠子の手を握ると、荒重たちに背を向けて、自分たちにもできそうな遊びを物色しはじめた。

 それが罠とも気づかずに。

つづく