宇多方家に下宿するようになってから、夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬を迎えた。
今年の冬は寒い。地球の温暖化が刻々と進行していても、いや、だからかもしれないが、ともかく寒い。
特に宇多方家は日本家屋だから、断熱性が低く、底冷えするのだ。夏も暑かったが、冬はさらに耐え難いほど寒い。例によって、エアコンなどはないし、暖房器具といえば、受験生の気恵くんが使用権を確保している石油ストーブを除けば、あとはコタツしかない。
とはいえ、宇多方家ではそれが伝統らしく、コタツも大家族用のでっかいやつを使っている。食事も、そのあとの団欒も、コタツを舞台にして繰り広げられるのだ。そして、一子ちゃんは、たいていそのまま眠ってしまう。たしか、第四話でやったな、このネタ。
でも、ほんとうに、判で押したように寝ちゃうのだからしかたがない。畳の跡をほっぺたにつけた状態で。
気恵くんは受験直前だし(プロレスラーになる夢と女子高生になる現実を両立させてみせるそうだ)、こうなると、お茶の間は年少組による無法地帯と化す。
美弥子がおれの足をこそばす。これは、あれだ。こそばしてほしい、というサインだからして、おれは美弥子を押さえつけ、こそばし倒す。腋の下から始まり、脇腹にさがり、足の裏までジャンプしたかと思うと、おれの指は内股を這いあがっていく。この遊びをするときは、美弥子はかならずスカートをはくので、もう、とうぜん、パンツ丸出しである。これが、この秋に子役にスカウトされて、芸能界デビューが内定しているお嬢様だとは、とても思えない。(例の窪塚くんの親父さん、結局本気だったのだ。美耶子のドラマデビューが決まってしまった)
仕上げはパンツの上からコチョコチョしてやる。美弥子は笑い過ぎで息もたえだえ、汗びっしょり。なるほど、冬のスポーツとしては最適かもしれん。最後はたいてい、パンツまで脱げかけるし。まあ、二人きりだったら、さらにその内部をこそばしにかかるわけだが。
珠子はあれだ。タマっつー名前のせいか、コタツのなかにもぐるのが好きらしい。しかも、気配を殺してじっとしている上に、なぜか体温が低いので気づかず足を突っ込むとヒヤッとする。
こいつも最近は、百発百中の霊感少女っつーうわさが広まって、たまにエラソーな連中から相談を受けたりするようになっているのだが、家庭内では単なる怠け者である。
この子猫はおれの股間で寝るのがえらく好きらしく、なにかというと顔をつっこんでくる。まあ、コタツくらいなら罪はないが、たまにおれの寝床にも勝手に入ってくるから困りものだ。しかも、朝気づくと、裸で体をまるくしていたりして、さらに枕元にティッシュが意味ありげに丸まってたりするから厄介だ。これでは、まるでおれが珠子に変なことをしてるみたいじゃないか。
まあ、してるんだが。
あとは苑子だ。
苑子のばあい、自分から仕掛けてくるなんてことはあんまりない。だが、この秋から本格的に書くようになった童話にかこつけて、スキンシップを求めてくる。コタツの席でも常におれの隣に陣取り、体をおしつけて、新作童話を読ませようとするのだ。
たしかに賞をとったりするくらいだから、なかなかどうしてたいしたものなのだが、おれは童話にはまったく興味がないので、もっぱら苑子に触ることにしている。特にあれだ。寒いときなんか、手がかじかまないように、セーターのなかに手をいれて、おっぱいを触ったりする。コタツに隠れてな。
食欲の秋以降、苑子の胸はさらに量感を増してきて、じつにふわふわだ。そして、あったかい。最高のカイロだ。揉むと暖かくなるところもカイロっぽい。
指で乳首をぐっと押し込んでやったり、つまんだりもする。そーゆーことをしょっちゅーやっているせいで大きくなったのかもしれないな。
気恵はまじめなものだ。レスラーになるためのトレーニングと、受験勉強をきちんと両立させている。やはり、秋の衝撃のデビュー戦が契機になっているのか。英語の勉強もしっかりやっているのは、ヴァンス・マクガバンとかいう外人と知り合ったせいもあるだろう。マクガバンさんからは、身長が175センチになればアメリカに来い、契約してやる、と言われたらしいが、ノッポ好きなのか、あの外人。
とにもかくにも、最近の気恵くんの頑張りようはすごい。おれも協力したい一心で、たまに真夜中とかにスパーリングにつきあうことがある。さすがに夜、暴れるのはなんなので、布団を敷いて、寝技中心のメニューとなる。服が破れてもいけないので、おたがい裸になるのは言うまでもない。
気恵くんの上達ぶりはなかなかのもので、おれも圧倒されぎみだ。だが、まだまだ先は長い。なにしろ、伝授すべき技は四八種類もあるからなあ。
まあ、とにかく、いろいろあるけど、おれの毎日は慌ただしくも充実していたといえよう。あの、一日がくるまでは。
商店街はにぎわっていた。もうすぐ暦の上では春になるってのに、毎日寒い。こんな日の晩ごはんはおナベがいいよね、ということで、一子ちゃんと買い物にやってきていたのだ。
とろいと思われている一子ちゃんだが、意外に買い物は上手だ。商店街のその日の特売品をきちんと暗記しており、店の人間とも交渉をする。
といっても。
「ええと、あのう、くださいなあ……」
「おっ、宇多方さんちのおねえさん! 今日はお鍋かい? 安くしとくよ、なんにするかい?」
「あのう、今日の、特売の……」
「豚肉かい? ほいよ、500グラム、いや、そっちの兄さん、たくさん食べそうだから、200おまけしちゃおう! ほうら、こちらがお品! どうぞ!」
「……豚肉を……ごひゃく……」
「あ、これ、サービス券ね、千円分で一回、福引できるから」
「ください……な?」
こんな感じである。
おおむね、商店街のすべての店主と顔見知りであり、なおかつ可愛がられているらしい。どこに行っても、おまけしてもらっている。
人徳というか、なんというか。まあ、宇多方家じたい、昔からこのあたりでは一番の家柄だったりして、お年寄りなどは一子ちゃんを「宇多方のお姫(ひぃ)さん」と呼んだりするくらいだったりするわけだが、その名家がいまは没落してしまって、姉妹五人だけで暮らしているというのが、江戸っ子たちの琴線に触れるのかもしれない。
「兄さんも早く一人前になって、一子ちゃんを支えてやらないとね」
などと肉屋のおばはんに肩をたたかれるおれは、彼らのストーリーのなかでは、さしずめ、かわいそうな姉妹を助けてお家再興を目指す忠義の士の役どころなのだろう。
じっさいには、宇多方家の財宝をねらう居候にして、五姉妹にいろいろちょっかいをかけている悪い奴なのだ。
現実は甘くないのだ、おばちゃん。里見浩太郎が活躍する時代劇とはちがうのだよ。ガッコのセンセが痴漢やレイプで毎年何十人もタイーホされちゃうご時世なのさ。
それはそれとして。
買い物を一通りすませると、一子ちゃんの手元には福引券がたまっていた。
――だれだ、もう展開読めた、って顔したやつは。
黙って読め。
カラーンカランカラーン!
「大当たりい! 一等、温泉旅行ご招待〜!」
おれは、ガッツポーズを決めた。ご都合主義ばんざい!だ。
「わあ、遊一さん、すごいすごい!」
一子ちゃんはティッシュ(5等)を胸いっぱいに抱えながら喜んでくれた。つか、福引券自体は一子ちゃんにもらったんで、所有権的には微妙だなー。
その日の夕飯が大変だった。
一子ちゃんがうれしそうに、おれが一等を当てたことを発表してしまったからだ。
「やったー! 温泉だぁ!」
美弥子がばんざい。
「……びばのんのん」
珠子もつぶやきつつ、ちいさくばんざい。
「雪、降ってるとこだよね、スキーもできるのかなあ」
メガネを曇らせつつ、苑子もはしゃぐ。
「試験前に、静かな環境で勉強するのもわるくないな」
気恵くんまでも、その気だ。
まいったな。
じつに困った。
なぜならば……だ。
「ええー!? 二人しか行けないのぉ!?」
美弥子がすっとんきょうな声をあげた。
「だって、ペアチケットなんだぜ」
おれはクーポン券をひらひらさせた。
「まあ、引き当てたのはおれだから、おれは当然行くとしてだ」
とりあえず宣言する。こういうことは言ったもん勝ちである。
「あと一人は……」
「遊一ぃ、それ、あたしだよね! ね!」美弥子が大きな目をさらに見開く。
「……」珠子は無言のプレッシャー。肩のあたりに火の玉がただよっている。
「おにいちゃん……」苑子はめがね越しのうるうる目攻撃。
「わかってるよな、遊一」拳をポキポキ鳴らす気恵。
「えーと、みんな、どうしたの?」
イマイチ状況がわかってないらしい一子ちゃんが首をかしげる。
「それにしても……温泉って、いいですよねえ。わたし、お風呂だいすき」
うわ。一子ちゃんも行く気マンマンだ。
全員がおれを見てる。視線がこええ。
どうしよう、これは。はっきり言って、大ピンチだぞ。
美弥子も珠子も、苑子はむろん、気恵だって、自分が選ばれることを信じて疑ってない。そりゃあ、そうだろう、「そういう仲」なんだから。問題は、自分以外の姉妹が、おれと「そういう仲」だってことを知らないことだ。だれを選んでも角が立ちまくる。
一子ちゃんにしたところで、もともと福引券は彼女の物なんだから、権利は主張できるわけだ。
だれを選ぶ? 後戻りはできないぞ。
おれは悩み苦しみ、ついに決断した。
「あみだで、きめよう」
問題先送りは大人の知恵だ。