「あー、いいお湯だった」
「ほんとだな」
おれと気恵くんは並んで旅館の廊下を並んで歩いていた。
福引の賞品だと侮っていたら、意外に大きな温泉地の、しかも近代的なホテルだから驚いた。
大浴場のほかに、温水プールやジムもある。そればかりか、大きなホールまであって、ショーなどをやっているらしい。
だが、まずは風呂だ。部屋に荷物を置くと、おれたちはまずはひとっ風呂あびた、というわけだ。
「混浴だったらもっとよかったんだけどな」
「さっきから、遊一、そればっか」
湯上がりで浴衣姿の気恵くんはいつもなボーイッシュなイメージとは違うたたずまいだ。上気した肌、濡れた髪、石鹸のかおり……端的にいえば色っぽい。
くっくく……部屋に戻ったら、晩飯前にさっそく一発きめてやる。家ではふたりっきりになるのは難しいからな。今夜は思う存分やりまくれるぞ、たのしみだ。
気恵くんの腰に手をまわす。細く引き締まったウェストだ。
中二にしては発育がいい気恵くんだから、恋人気分で歩いても、そう不自然じゃない。気恵くんもかるく首を傾けておれに寄り添う。
いい感じだ。もう股間が固くなってきたぜ。
「あ、あのさ……あたし、やってほしいことがあるんだけど」
ためらいがちに気恵くんが言う。
「なんだ? 避妊か?」
「うわ……なにそれ。やっぱ、言うのやめようかな」
「言えよ。たいていのことならやってやるって。全身リップか? アナル舐めか? それとも、もっとすごいこと?」
「――いいよ、もお」
興ざめした表情で気恵くんがおれから身を離す。おいおい、せっかちさんだな。
「冗談だって。せっかく二人で旅行にこれたんだ。楽しくやろうぜ」
おれはあわててフォローする。ここまできて、エッチ拒否なんてことになったら楽しみ半減どころの騒ぎじゃない。
「――部屋に入るとき、抱っこをさ」
怒ったように気恵くんは言った。
「は?」
「だから、部屋に入るとき、抱っこして、ほしかったの」
言うなり、うつむく。顔が赤いな。
「ほんとは、最初に部屋に入るとき頼もうと思ったんだけど、遊一、奇声を上げながら一人で部屋に飛び込んで、スケベなテレビ見ようとしたろ」
ああ、まあ、な。おれはホテルや旅館に泊まるときは、まず最初にテレビの有料エッチ放送の金額と内容を確認するのだ。修学旅行でもそうだった。
「だから、次に部屋に入るとき、たのもうかな……って」
新婚旅行の雰囲気を楽しみたいってとこか。おれとしても、そのままベッドに倒れ込んで、愛撫を始められる。好都合ってやつだ。
「いいぜ。お姫様だっこってやつだろ? おまえ、かわいいとこあるのな」
「か……かわいくないよ……でも、夢だったから」
照れまくる気恵くん。ういういしいな。もうすぐ、この子を裸にして、好きにできるんだ。生きててよかった、ケッケッケッ。
部屋の前に着いた。
ドアの鍵をあける。
この奥は二人だけの世界だ。おれの背後で気恵くんが緊張しているのがわかる。
ドアを半ば開くと、おれは気恵くんの向き直ってその身体を抱き上げる。
欲望のままにふるまう。
「あっ!? ゆ、ゆういち?」
「じゃーん、これが、おれのお姫さま抱っこだあ!」
「ひっ、ち、ちがう!」
気恵くんの腰を抱いて持ち上げると、おのが腰をこすりつける。
「こ、これ、お姫さま抱っこじゃ、ない!」
「ふむ、駅弁スタイルともいうな。気恵、まず、この体位でやろうぜ!」
「や、やだあ、そんなこと言うのは、部屋に入ってからに――」
すぐに部屋に入るさ。そして、ベッドに直行だ。
そのときだ。
「ハイ! キエ、ヒサシブリ」
背後から声をかけられた。
気恵くんの表情が一瞬固まり、つぎの瞬間、なぜか、おれの視界が天地さかさまになった。
「離せ、ばかゆういち!」
背中からたたきつけられる。ボディスラムだ。なんだ、なにが起こった?
息を詰まらせながら見上げると、気恵くんは浴衣の裾を必死でなおしていた。
そして、周囲にいつの間にか立ち込めるオーデコロンの強い臭気――
その臭いの発生源は、マッチョな背広姿の外人だ。
こいつは――まさか!
「ど、どうして、ヴァンス会長が、ここに!?」
気恵くんの動揺しまくった声を聞きながら、おれも思い出す。世界有数のプロレス団体XYZのCEO、ヴァンス・マクガバン会長だ。
「ハハハ……驚いたかね……実はこのホテルで、今夜、ショーをすることになっているんだよ」
えーと、これは英語なのか、それとも片言の日本語なのか――よくわからないが、通訳を介していると話が進まないので、気にしないことにする。
「ショー……XYZのショーがあるんですか? うそ! すっごい!」
気恵くんの顔がパッと輝く。い、いかん、プロレスオタの気恵くんのスイッチが入ってしまったぞ。
「ロビーで気恵を見かけてね……もしよかったら、ショーを見にこないか? もうすぐ開演なんだ。いい席を用意するよ」
「もちろん、行きます!」
「おいおい、気恵、おれたちはこれから部屋で――」
セックスするんだろ、セックス。
「遊一、行かないなら、一人で部屋にいてね」
気恵くんはマクガバン会長ともう歩きだしている。おいおいおい!
2
ラスベガスのホテルでは、ボクシングの世界タイトル戦さえよくおこなわれるというから、そんなのを予想していたら、全然違った。
なんと何百畳もあろうかという大広間の真ん中にリングがつくられ、その周囲を宴会の団体客がずらりと囲んでいる。
浴衣姿がずらり並んで、酒を飲んでいる。あちこちでだみ声の宴会ソングが聞こえてくる。
うーん。
かつては武道館やさいたまスーパーアリーナを満員にしたというXYZも落ち目なのかな……
気恵くんも異様な光景に撃たれたようになっている。
ヴァンス会長が弁解口調でいった。
「これはね、気恵、日本の大手のIT企業の社員旅行でね、本場のエンタテインメントを見たいということで、私たちに声がかかったわけさ」
そういえば、宴会場の入口に「株式会社エニウェア・ドア様」と書いてあったような。夢を何でもかなえる男、ドリエモンが率いる、いまをときめきIT企業だ。社長からして30億円の自家用ジェット機をもってるそうだかから、余興にXYZを呼ぶくらいはやりかねない。
おお、たしかに上座に座ってるずんぐりした男はテレビでよく見るぞ。すげーな。
「宴会の余興といってもわたしたちは一切手を抜かない。機材やリングもアメリカから持ち込んだ本物だよ」
壁をぶち抜きで巨大モニターまで設置されている。内装が和室というのがちょっとアレだが。
だが、大広間の天井はかなり高くて、リングに立つと天井に頭をぶつけるんじゃないか、という心配はなさそうだ。
「どんなスーパースターたちが来てるんですか?」
期待に充ち満ちた表情で気恵くんが訊く。
「言ったろ? われわれは手を抜かない。うちの2枚看板、HHHHとアンダーファッカーを呼んでいるよ」
会長は自信たっぷりだが、おれは何が何だかわからない。HHHHって、どう発音するんだ?
「知らないの? HHH(トリプルエッチ)よりもさらにHyperなHHHHのことを」
気恵くんが呆れたように言うが、結局なんて発音するのかわからないままだぞ。アンダーファッカーってのもあんまりな名前だし。
「あのね。この二人はXYZのトップレスラーなの。つまり、プロレス界の頂点っていってもいいんだから」
うーん……そんなもんか。そんなスターが宴会の余興に出るとはね。なんか釈然としないのを感じるおれだが、気恵くんは、もう夢中でマクガバン会長を質問責めにしている。
「ほかにどんなスーパースターが来てるんですか? あと、HHHHとアンダーファッカー、二人が試合をするんですか?」
「その予定だったけどね……実は今夜は二人はタッグを組むよ」
「あの二人がタッグを! すごい! 楽しみだなあ……!」
眼が輝き、肌もツヤツヤだ。まあ後者は風呂あがりなせいだが、絵に描いたようなwktk状態だ。
「でも、相手は誰なんですか? あの二人に対抗できるタッグチームって……?」
「それは見てのお楽しみだよ。さあ、行こう」
おれたちはマクガバン会長にいざなわれ、リングサイドの座布団に腰を落ち着けた。相撲だったら砂かぶり席だな。おれたちのやや後方に座布団を敷き詰めて一段高くしたところにドリエモンがいる。うーむ。たしかにいい席だな。
ドリエモンがさっきからおれたちのことをチラチラ見ている。いいのかな。部外者のおれたちがこんなところにいて。だが、マクガバン会長の招待だ、問題ないだろう。
そうこうするうちに大広間の照明が落ちて、ショーが始まった。
たしかに会長の言葉に嘘はなかった。
おれでさえ名前を聞いたことのあるレスラーが次々とリングにあがり、熱のはいったファイトを見せつけた。宴会の余興なんてもんじゃない。高い技術と鍛え抜かれた肉体による芸術といっていい。
おれでさえ感心するくらいだから、気恵くんの昂奮しまいことか。立ち上がり、声をあげ、腕をふりまわす。こら、あぶないから! おれの首を絞めるな……ギブギブ!
だが、エニウェア・ドアの社員たちは戦いそっちのけで飲めや歌えやの勝手な騒ぎを続けている。当のドリエモンもつまらなさそうな顔で、酒をのんでいる。プロレスファンってわけじゃないのか。
雇い主の不興加減は会長も気になるらしく、何度もチラチラとドリエモンの方を見やり、それから思い出したよように気恵くんをじっと見つめる。なんだか悩んでいるような……なんだ、いったい?
だが、そんなおれのささやかな疑問を吹き飛ばすような大音響が会場を揺るがした。
「きたよ! HHHHとアンダーファッカーの入場!」
フラッシュライトがまたたき、スモークが焚かれる。和室なんだけどなあ。
一人はペットボトルの水を口に含んでは霧吹きよろしく周囲に吹きまくり、もう一人は死人のように青ざめた肌をして、ゆっくりゆっくり歩いてくる。すごい存在感だな……
HHHHとアンダーファッカーがリングにあがり、それぞれの決めポーズを見せつけると、気恵くんはもう半分卒倒寸前になっていた。昂奮しすぎだ。
「だって、ホンモノなんだよー!」
わかった、わかった。
だが、タッグ戦ということだが、なかなか相手チームが登場しないな。
間があいて、さすがに会場がざわめきはじめた時だ。
いきなりライトがおれたちに向けられた!
まぶしい、まぶしい! なんだ、これ?
「本日のメインイベント、スペシャルタッグマッチの相手を発表します!」
いつの間にかマクガバン会長がマイクを手に、リングに立っている。
「先日、衝撃のデビューを果たした日本女子プロレス界の新星、キエ・ウタカタ!」
ライトが集まっているのは、気恵くんにだった。いきなりのことで、さすがの気恵くんもあっけにとられている。
とたんに会場が沸き立った。これまでのシラケムードが嘘のようだ。
気恵コールが起こる。ドリエモンも手を叩いて声を張り上げているではないか。なんなんだ、いったい!?
「あ……あたしが?」
ボーゼンとする気恵くん。当然だ。いきなりリングに上がれ、と言われて、はいそうですか、と応じるレスラーがいるもんか。
ところが。
「ほんとにリングにあがっていいの? マジで?」
喜色満面で立ち上がる。やる気らしい。
ちょっ、ちょっと待て!
「2対1なんて不公平だろーが! ただでさえ体格差がめちゃくちゃあるってのに!」
おれが抗議の声をあげると、申し訳ていどの細いライトがおれを照らし出した。
「このミックスド・タッグマッチにおけるミス・キエのパートナーは、きみにお願いしよう。どうかな?」
マクガバン会長がおれに笑いかける。え? ぼくがですか? あのその、肉体労働はちょっと勘弁してほしいのですが。
「遊一! こんなチャンスめったにないよ!」
おれの肩を叩く気恵くん。たしかにめったにないことですが、チャンスか、これ? 違うような気がしますですよ。
「だいたいにして、おまえ、浴衣姿でどうするつもりだ? ノーブラだろ? 乳出るぞ!」
いついかなる時でも理性的に振る舞うことをモットーにしているおれは、道理にかなった指摘をしてみた。
「ふん、リングがあたしを呼ぶんでい!」
伝法な口調で気恵くんは言い捨てると、大胆にも浴衣の帯を解く。おいおい!
止める隙もあればこそ、ばっ、と脱ぎ捨てる。大胆すぎるぞ!
生まれたままの白い裸身をライトにさらす気恵くん――って、白すぎる。
白スク?
「こんなこともあろうかと水着を着込んでいてよかったよ!」
気恵くんは親指を立てて突き出す。
「ほんとうは温水プールに行くつもりだったから、着込んでたんだけどさ」
それにしても白スクール水着ってのはマニアックすぎないか、気恵くん。
つーか、マクガバン会長に呼び止められなかったら、そのままおれとセックスしてたはずだぞ。うあ……いま鼻血でかけた。
「行くよ、遊一!」
おれの手をつかんで、走り出す気恵くん。ばっとジャンプしてリングに駆け上がる。当然、おれはリングのエプロンにぶつかり、試合開始前に大ダメージだ。
リングに降り立った白い天使。気恵くんは二人の外人レスラーたちに対峙した。
酔っぱらいたちがやんやの歓声を送る。貴賓席のドリエモンも興味深そうに気恵くんを眺めている。
気恵くんはHHHHとアンダーファッカーに手をさしのべた。
だが、二人の外人レスラーは握手しようとはせず、たがいに見合って、ニヤニヤ笑うだけだ。感じわりぃな。
「おいおい、ガキじゃねーか?」
「ほんとうにヤッちまっていいのか? しんじまうぜ?」
「まあ、成金社長のご指定とあれば、しょうがねえな」
英語の会話だが、いまのおれはスーパーヒヤリング力が備わっているので、わかってしまう。うーむ、不良外人だな、こいつら。
「こんな細っこいガキ、片手で充分だぜ」
HHHHはおどけて左手だけでかまえた。子供を相手にするように中腰になっておどけて見せる。気恵くんの表情が引き締まった。
「日本の女子レスラーを……」
うわ、やる気だよ。
「ばかにするなあ!」
いきなりの回し蹴りだ。HHHHの二つに割れた顎に炸裂する。
思わずのけぞるHHHH。それをきっかけにゴングが鳴り響いた!