三日目(The third day)

 二日目の夜、ベッドのなかでまゆは嗚咽を続けていた。アヌスをいじられたのがよほどショックだったようだ。わたしは添い寝をしながら、その髪をなでつづけたが、時折まゆは身体を震わせ――まるでわたしの手を嫌悪しているかのようにだ――さらに激しく泣くのだった。

 わたしは何度もくりかえし言い聞かせた。

「まゆちゃんはおじさんのものになったんだ。もうおじさんから離れることはできないよ。まゆちゃんがどこへ行ってもわかる。逃げることはできない。わかったね」

 まゆが泣き疲れて眠るまで、呪文のようにわたしはそうつぶやき続けたのだ。

 翌日――すなわち今日だ。マンションへ着くと、家政婦が青い顔をして出迎えた。

「だ、だんなさま……」

 はいつくばって声をしぼりだす。

「ま、まゆ様が、いなくなりました」

「ほう」

 わたしの平静な声がかえって恐ろしかったのか、家政婦は顔を引きつらせ、額を廊下におしつけた。

「――置き手紙はあったかね」

「は……はい……」

 震える手で便箋を差し出す。たまごっちのキャラクターが描かれた子供っぽい便箋に、たどたどしい字が書き連ねてある。

「おじさま、わたしはやっぱりここにはいられません。おじさまとのこと、おとうさんとおかあさんが知ったらすごくかなしむと思います。わたしは、おじさまのものじゃないです。でも、親切にしてもらったことは忘れません。さようなら」

 何度も消しゴムで消した跡がある。それなりに気をつかった文章なのだろう。わたしが怒って捜したりするとまずいと思ったのかもしれない。頭の悪い子供だ。わたしは失笑してしまった。

「だ……」

 笑い声をあげたわたしを奇異に思ったのか、家政婦が声を出しかけて、とめた。こいつもばかだ。わたしの感情のありかをとらえかねて、迷っている。女はすべからくばかなのだ。わたしの精神の高邁さを理解するすべもない。それならば、若ければ若いほど、美しければ美しいほど、多少なりとも価値があるというものだ。それに、子供であれば愚かさも愛らしさにつながる。だからまゆは良い。かわいらしい、おばかさんだ。

「あんたの責任ではないよ。べつに閉じこめておけと命じたわけではないのだからな。なに、子供のちょっとした気まぐれだ、すぐにもどるよ。あんたは夕食の用意をして、帰りなさい」

「は……はいっ」

 家政婦は平伏して、叫ぶよう答えた。

 わたしは自分の書斎に入ると、何件かの電話をして、満足すべき結果を得た。

 地下駐車場にもどり、車で出発する。むろん車種はベンツだ。ガラスはスモークシールドにしてあるし、車内でも仕事ができるよう、電話、FAX、テレビ、パソコンなどが備えつけてある。

 車内から電話でターゲットの位置を確認する。

 狩りの雰囲気だ。

 わたしは車を多摩川にむけた。

 ――まゆが逃げだすことも予測のうちだった。むろん、そのような遺漏なく調教がすめば言うことなしだが、あんまり順調すぎるのも物足りない。わたしはこの事態を楽しんでいた。

 まゆに頼る先はない。唯一の身寄りの独身サラリーマンからは見放されたばかりだ。警察? まゆにそんな知恵はないだろう。それに、もしもそんな事態になったとしても、もみ消すのになんの苦労もいらない。このあたりの所轄の警察署に圧力をかけるなど造作もない。だいたい、署長とは地下SMクラブで知り合ったくらいなのだ。その男も年端のいかない少女を好むので、それはそれで厄介なのだが。

 いずれにせよ、まゆの行き先は決まりきっている。すでに網は張った。あとは獲物がかかるのを待つだけだ。

 電話が鳴った。きたか。わたしは運転しながら、受話器をとる。

「わたしだ。そうか――わかった。そのへんの公衆電話のリストはあるな? よし、転送しろ。あとはこっちでやる」

 電話を切って、前方をみる。まゆが、わたしに狩られるために生まれてきた小鹿に思えた。

 ――

 まゆは、もはや他人のものとなった家を少しはなれたところから見ていた。空き家であったら、なんとかもぐりこめるのではないかと思っていた。せめて両親の思い出の品だけでも手に入れたい。むりやり弁護士のもとに引きとられて、形見の品さえ手元にないのだった。

 だが。

 その家にはあらたな表札がかかり、ピカピカの外車さえガレージに停まっていた。

 ほんの数日前に越してきたのだろう、庭にはまだ荷物やガラクタの類が残っている。

 男の子向けの自転車が二台、玄関脇に置かれている。まゆは、自分の自転車のことを思った。キティちゃんのキャラクターがはいったかわいい自転車。それは捨てられてしまったのだろうか。

 まゆの家は裕福だったが、なんでも好きなものを買ってもらえたわけではなかった。その自転車も、何度もお願いをして、誕生日プレゼントにやっと買ってもらえたものなのだ。うれしくてうれしくて、一日中乗りまわしたこともある。

 その自転車のことを考えると、自然と両親のことが思い浮かばれて、涙がにじんでくる。両親の死の実感が今更ながらせまってくる。

 なぜ。

 どうして。

 こんなことになってしまったのだろう。

 わからない。考えてもどうしようもない。ただ泣きたくなるだけだ。

 まゆは多摩川にむかう道を歩きはじめた。もはや、うちは他人のものになってしまっている。帰る場所ではなくなっている。ふと、弁護士のことを思いうかべた。帰ることができるとすれば、あそこしかない。だけど……。

 弁護士のふるまいが正常でないことはまゆにもわかっていた。おしりをいじられた時の指の感触がふいによみがえり、背筋が寒くなる。そういえば、言っていた。まゆがどこへ行ってもわかる、と。そんなことがあるだろうか。超能力者じゃあるまいし。

 と、思った時だ。

 まゆが通りかかったたばこ屋の赤電話が鳴った。

 店番のおばあさんがけげんそうな顔をしながら受話器を取ったようだ。まゆはそれを横目で見ながら、赤電話でも鳴ることがあるんだ、などと漠然と考えていた。

 と。

「まゆちゃん――」

 おばあさんに声をかけられて、まゆは心臓がはねあがった。だが、もともとこのへんに住んでいたのだ。名前を覚えられていても不思議ではない。

「は……はい」

 まゆの目の前に、赤電話の受話器が差し出された。

「お電話よ」

「え」

「なぜだか知らないけど、いま店の前を通ったまゆという名前の女の子を電話口に、っていうのよ」 

 おばあさんも半信半疑の様子だ。まゆは、指先が冷たくなる感じを味わいながら、受話器をとった。

『まゆちゃん――』

 その声が耳元に響き、まゆは叫びだしそうになった。舌なめずりをするような独特の言いかた。弁護士だ。

「お……おじさま……?」

『そうだよ、まゆちゃん。いけないなあ。保護者に無断で外出しては。でも、わたしにはまゆちゃんがどこにいてもわかるって言っただろ。さあ、早くうちにかえるんだ。いまならお仕置きは軽くてすむよ』

「い……いや!」

 まゆは思わず電話を切っていた。

「どうしたの?」

 目をまるくするおばあさんの声が終わらぬうちに、また電話が鳴る。

 まゆは走りだしていた。ほんとうだったのか? 弁護士は自分がどこにいてもわかってしまうのか?

 走りすぎて息切れしたまゆの傍らの電話ボックスが鳴りはじめる。まゆは引きつった顔でボックスを見つめ、それからおずおずと受話器を取った。

「もしもし」

『まゆちゃん、逃げたらいけないよ。ご主人様のいうことをきけない子は折檻だよ』

 まゆは受話器を叩きつけた。『保護者』が『ご主人様』にかわっていたことに気づくよしもなかった。恐怖がなによりも強かった。

 走った。こまかい路地に飛び込み、でたらめに曲がった。そして、四つ辻で大きく息をはいた時、またも公衆電話が鳴った。どうしてこの町には電話ばかりあるんだろう、とまゆは思った。そればかりではない。おとなはみんな電話を持っている。それは、こうやってまゆみたいな子を追いつめるためなんだろうか、とも思った。

 なかば吸い寄せられるように、まゆは受話器を持ちあげ、耳に当てた。

『なんどやっても同じだよ、まゆちゃん。わたしはご主人様だよ。奴隷がどこにいようが、なにをしようが、すべてわかるんだ』

「おじさまは……魔法が使えるの?」

『そうとも。空を飛ぶことも湖の水を飲み干すこともできるのさ』

 なにが可笑しいのか、弁護士は電話口でけたたましい笑い声をあげた。

『まゆちゃん、いいかい。きみは何度もわたしから逃げた。これはとてもいけないことなんだ。わかるね』

「……はい」

 まゆはうなだれた。

『罰を受けなければならない。それもわかるね』

「……わかります」

『ならば、これからおじさんが言うとおりにするんだよ――そのあたりに人通りはあるかい?』

 まゆはあたりをきょろきょろと見まわした。車が二台すれちがうのがやっとという道だ。夕刻近い時間帯のせいか、人がいる気配もない。

「だれもいません」

『なら、まゆちゃん、そこでおしっこをしなさい』

「ええっ?」

『ええっ、じゃない。罰だよ。そこは電話ボックスだろ。公衆便所だと思って、しゃがんでするんだ。今すぐに』

「そんな……できません……」

『ならば、どんどん罰は重くなるよ。いいのかい? おじさんはなんでもできるんだよ』

 そうかもしれない……まゆの心は恐怖でしめつけられた。と、同時に異常な尿意に襲われた。恐怖にかられて走っているうちに、膀胱がパンパンに張っていたのだ。

『ほら、するんだ。でないと、ひとがくるよ。いまのうちだ。さあ!』

「……はい」

 まゆは片手でパンツに手をかけた。思いきってずらし、電話ボックスのなかでしゃがむ。

『しゃがんだかい? しゃがんだね。わかるよ。おじさんにはわかる。さあ、出すんだ。おしっこを、じゃあっと』

「んっ……」

 ちゃあっ、と尿が飛び出し、コンクリート床にはねた飛沫が内股を濡らした。コンクリートの床に黄色い水たまりが広がる。

『おっと、人が来たよ、まゆちゃん』

 まゆは、びくっとなって後ろを振りかえる。だれもいない。

 電話の向こうで弁護士が爆笑している。

「うそつき」

 泣きそうになってまゆは言う。

 でも、たまっていたおしっこは容易に終わりそうにない。

 まゆは白いおしりを外気にさらしながら、排尿を続けていた。

 ――

 そろそろ、いいだろう。

 わたしは車をその路地に乗り入れた。電話ボックスのなかで、人影が動いた。いきなり立ちあがり、パンツを引きあげる仕草。わたしは受話器にささやきかける。

「まだ、おしっこは終わっていないんだろ? パンツのなかにしているのかい?」

『おじさま……?』

 ボックスの中でまゆの唇が動き、声は受話器から聞こえてくる。心なしか、ほっとしたような響きがある。

「そうだよ。車のなかだ。さあ、おいで」

『はい……でも、ちょっと待ってください』

 まゆはくぐもった声で言うと、ふたたびしゃがんだ。やはり、おしっこはまだ終わっていなかったのだ。

 車の助手席でまゆは従順だった。わたしの力に圧倒されたようだった。予定通りだ。他人のものになった家を見せ、無力感をつのらせた上で、魔力的なわたしの力を見せつける。そして、自分が所有されていることを思い知らせるのだ。まゆはまんまとその罠にはまった。

 わたしは路肩に車を停め、助手席をリクライニングさせた。

「そんなおしっこまみれで、本革のシートを汚したらいけないよ。さあ、パンツを脱がせてあげる」

 まゆは抵抗しなかった。わたしの命ずるままに脚をひらいた。

 白いパンツをまゆの下半身からひきはがす。

 パンツの股間の部分がぐっしょりと濡れている。乾かせば、ここに黄色い大きなシミができるはずだ。そして、匂いも。

 わたしはとりあえずそのパンツを後部シートに置き、それからおもむろに用意しておいたガーゼで、ひらかれたまゆの股間を拭きはじめた。

「おじさま……はずかしい……」

「おもらしをした罰だ。じっとしていなさい」

「だって、おじさまがしろって……」

「口答えするな!」

「……」

 まゆは黙った。だが、恐怖だけではないようだ。確かにまゆにも、わたしに命じられること、叱責されることに、特殊な感情が生じつつあるようだ。

 おしっこは、まゆのワレメはむろん、おしりや内股まで濡らしていた。それをガーゼでたんねんにぬぐう。

「もっと、脚をひらきなさい。そう。なかがふけるようにね」

 まゆは、助手席で、下半身を剥き出しにして、これ以上ないほどに脚をひらいていた。

 亀裂が口をひらき、肌色をやや紅くした程度の色づきの粘膜が顔をのぞかせる。

 まゆのおまんこだ。なんという稚なさだろう。部品だけはおとなと同じものがそろっているが、すべてが小さくて、未熟だ。

 さすがに、もうがまんできず、わたしはそこに口をつけた。

「おっ、おじさま?」

 びっくりしたようなまゆの声。わたしはそれを無視して舌を動かす。

 亀裂の内壁を舌でこする。残尿のにがみと恥垢の鮮烈な匂い。これがまゆの味なのだ。

 わたしは至福の思いで舌を動かし続けた。

「おじさま……いや、やめ……んくう」

 まゆの小さな身体がえびぞり、舌にあらたな味が加わる。

 ああ。

 まゆが分泌をはじめた。

 愛液を、おさない部分から湧き出させている。

「うっ、はっ、はっ」

 息をはずませている。

 窓の外を買い物帰りらしい主婦二人連れが通りすぎる。こちらを一瞥する。

 まゆが悲鳴をあげた。見られたと思ったのだ。わたしもあわてて身体を起こした。

 主婦たちの表情は動かない。スモークシールドだ。よほど目を凝らさなければなかの様子はわからない。主婦たちは、めずらしいベンツにちょっと興味をひかれただけだったのだろう。すぐにおしゃべりにもどって歩み去ってしまった。

「まゆ。見られてしまったよ。エッチなまゆが大きく脚をひろげているところを」

 わたしは冗談口に言った。まゆは脚をぴったりとじて、下唇を噛んだ。

「外でおしっこはする、パンツはおしっこで濡らす、そしてはしたなく脚をひろげてしまう、なんて子なんだ、まゆ。これはおしおきだね」

「おじさま……ひどい……」

 まゆの鼻がすんすんいいはじめる。

「泣いても、だめだ。おしおきはする。明日の夜。さっきの続きをするよ、まゆ。ペロペロ舐めてあげる」

「……はい」

 まゆはちいさくうなずいた。こころなしか、頬があからんでいる。

 いよいよ、明日――か。

 わたしは上機嫌でエンジンをスタートさせた。