まゆは、弁護士のペニスをしごきたてる腕に力を入れた。
指で輪をつくり、その部分でペニスの亀頭のくびれを刺激する。
「そっ、そうだ、うまいよ、まゆ……ううっ!」
「ほんと? おじさま、まゆ、うまい?」
ペニスの先端から出たネバネバが手指にひろがり、それがニチャニチャと音をたてている。
「も、もういいよ、わかったから……このままだと出てしまう……っ」
弁護士が快楽をこらえるために、老いた顔をゆがませる。
「いいの、おじさま、いろいろ教えてくれたら、お礼」
さらに指を激しく動かし、アナルに舌をはわせる。
「おっ……お礼ならっ……くうっ、せめて口にっ……かはっ!」
弁護士はわななき、そして、射精した。
本革のソファに精液がはねとぶ。
良明のとくらべて薄いし量も少ないんだな、とまゆは思った。
「く……っそう」
弁護士が小声でつぶやいた。
「じゃあ、おじさま、ばいばい」
まゆは弁護士に向けて手をふった。
「また何かあったらおいで。また、練習しようね」
放出してしまった弁護士は目の下にくまをつくっていた。それでも、精一杯の笑顔をうかべている。
「もうだいじょうぶ。おにいちゃんに、おとなの女と思われるようにがんばる」
「ああ、いい報告を待ってるよ」
「うん」
にっこりと笑って少女は弁護士事務所の裏口から外へ出る。
――もう夜に近い時刻だ。
でも、おにいちゃんは戻っていないだろうな、とまゆは思う。どうしようか、裸で待っていようか、色っぽい下着なんか持っていないし、あんまりあからさまなのはおにいちゃんいやがるし。
練習した技を試させてくれるかな、喜んでくれるかな、エッチがじょうずになったってほめてくれるかな。
また、愛してくれるかな。おとなの女の人として認めてくれるかな。
まゆの足は、家に近づくごとに速くなる。
ひさしぶりだった。こんなに家路をたどるのが長く感じられたのは。
背中のランドセルにつけたマスコットが揺れはじめ、アパートが見える角をまがった時にはまゆは走っていた。
――あ。
アパートの部屋の窓に電気がついている。
帰ってる。
心臓が跳ねあがった。
計画が狂った。どんな顔をして会えばいいのだろう。下着にはしみがついている。もしかしたら、練習したことがばれてしまうかもしれない。
どうしよう。
でも、それもみんな良明のためだ、とまゆは心を落ちつける。
最後までしてはいないのだし、あれくらいはみんなしていることだ。
それでも、良明には黙っていたほうがいい、というくらいの計算はまゆにもはたらいた。
どきどきしながら、アパートの階段――むきだしの鉄製のものだ――をのぼる。
部屋の前に立ち、ポケットからキーホルダーにつながった鍵を出す。できれば、そっと部屋に入りたかった。が。
ドアが内側からひらいた。
「遅かったじゃないか」
良明が顔を見せる。すこし怒っているような感じだ。
「寄り道していたのか?」
まゆはあわてて直立不動になる。
「あの、おじ……じゃなく、友達のうちに寄ってたの、ごめんなさいっ」
「……いいよ、そんなにあやまらなくても。入れよ」
「うん……」
言ってから気づいた。こんな会話さえ、ひさしぶりだ。
上がったところがすぐに台所だ。食堂に使えるほどの広さもない。あとは和室が一部屋あるだけだ。
食卓がわりのコタツには、夕食の支度が整っていた。
「ごめん。おにいちゃんが早く帰れるとわかってたら、ごはんの支度したのに」
まゆは自己嫌悪におちいった。これじゃあ、大人の女どころではない。
「なに言ってるんだ? さっさとめしにしよう。おれも腹へっちまってさ」
良明は軽く笑って、まゆの髪をくしゃっとつかんで揺さぶった。
「なにかあったのか、まゆ?」
食が進まない様子のまゆに、いぶかしさを感じたのか、良明が声をかける。
「……ううん、なんでもない」
まゆは首を横に振った。苦しいのは、うそをついたせいだ。食事の会話のなかで、なにげなく良明が今日のことを聞いてきた。寄り道って、どこに行ってたんだ、と。
まゆは本当のことが言えなかった。言うべきではないと思った。そうしたら、胸がどんどん苦しくなってきた。
せっかく、おにいちゃんといっしょのごはんなのに、どうしてもっと楽しくお話しできないんだろう。いろんなことをおしゃべりしたいのに、頭にうかぶのは、弁護士事務所で自分がしていたことばかりだ。
――あんな練習、するんじゃなかった。
罪悪感がふくれあがる。でも、とまゆは思う。
――おとなの女のひとみたいにできれば、きっとおにいちゃんも……
あの弁護士だって、まゆの手指のテクニックでイってしまったのだ。
――そうだよ、みんなしていることなんだから、言ったってかまわないよ。
モニター画面のなかで屈託なくセックスしていた少女たちの姿が思いだされる。
――もとはおにいちゃんが……
手ひどくはねつけられた記憶が胸によみがえる。
――まゆを子供あつかいするから……
そう思うと、目の前で箸をつかっている良明が憎らしく思えてきた。
まゆの口がひらいていた。
「ほんとうは今日、おじさまのところに行ってたの」
「おじさま?」
「弁護士のおじさま」
「ああ、神村さんか。どうしてだ?」
咀嚼しながら良明が聞き返す。
「あのね、まゆね」
気負いこんで言いかけて、言葉につまった。言ってしまったら、すべてが壊れるのではないか、と思った。
「……相談事があって」
声のトーンが落ちた。
良明の目がほそまり、すべてを了解した光がうかんだ。
「そうか」
まゆは身体をちぢこませた。見ぬかれたのだろうか。
「おれも、相談していたんだ、実のところはな」
「え」
「ほんとうは食事が終わってから驚かそうと思ったんだが、まゆも神村さんと話しているんなら、隠してもしょうがないな」
「なに?」
まゆは恐くなって半身を引いた。もしかして、練習のことが良明に伝わっているのではないか。そういえば、撮られたビデオは――
全身から血の気がひいた。
「ほら」
良明が差し出したのは大振りな封筒だった。なにか文字が書かれているが、まゆの目には入らない。震える手で受け取った。封は閉じられていない。
なかは書類らしい。固い紙も入っている。写真だろうか。ビデオのシーンを焼きつけたなにかかもしれない。
良明の姿が遠くなっていく気がした。かけがえのない何かが永久に失われていく感覚。
「どうした、早くあけてみろよ」
特に感情がこもっているようには思えない良明の声に背中をおされて、まゆは封筒の中身を取りだした。
それは――
意味がわからなかった。
何種類もの記入用紙、写真と思ったのはパンフレットのような小冊子だった。
表紙には『祥英学園中等部 受験案内』と書いてある。
「祥英の願書一式だよ。今日、申し込んできた」
良明がやさしくまゆを見つめている。
「どうして……?」
「行きたいんだろ、祥英。受けてみろよ」
「だって……」
お金が、とは言えなかった。
「カネのことならめどがついたんだ。バイトかけもちしたり、残業したり、まゆにも迷惑かけたけどな。神村さんにも事情を話して、カネ払いのいい仕事を紹介してもらったよ」
「……そのために?」
まゆの指に力がこもった。受験票にしわが寄る。
「おい、破るなよ」
あわてた様子で良明が言いかける。
受験票に水滴が落ちた。なんだろう、とまゆが思うよりも先に、ぽたぽたと水滴が増えていく。
「濡らすなってば」
「ごめんね」
「は?」
「ごめん、おにいちゃん」
まゆは良明の身体にしがみついていた。
子供のように、わんわん泣いた。
「泣くのは受かってからにしろよなあ」
まったく、と言いながら、良明がまゆの髪の毛をやさしくなでてくれる。その感触が快く、そしてものすごく満たされるような気がまゆにはした。
ふとんに入ったとき、まゆの心臓は高鳴っていた。
「おやすみ、まゆ。明日からはちゃんと勉強しろよ」
隣に敷きのべたふとんから、良明が声をかけてくる。
まゆは良明を見つめた。電気はもう消しているが、近くのビルのネオンが窓に映りこむので、薄明るい。
「するよ。絶対合格する。だから」
「うん」
「だから、まゆのこと、今夜は抱いてほしいの」
良明はだまった。
「わかってる。まゆ、子供だから、おにいちゃんには物足りないってこと。でも、まゆ、もう子供じゃないんだよ」
「まゆ、あのな」
「勉強する。寄り道もしない。おにいちゃん以外のだれも見ないよ。でも、おにいちゃんがまゆに何もしてくれないと、すごくさみしいよ。不安だよ。だって、まゆはこんな子供の身体だし」
「もういい、まゆ」
抱き寄せられる感覚があった。気がついたときには、良明の顔がすぐそばにあった。
「おにいちゃん……」
うるんだ瞳で良明を見つめ、まゆはまぶたをとじた。
軽くキスされる。舌は入ってこない。
「まゆは子供じゃない。そのことはおれがいちばんよく知ってる」
良明が言う。
「もう生理もあるだろ? すぐに胸も大きくなるし、おとなの身体になるよ。でも、まだ子供の部分も残ってる。おれはそんなまゆを大事にしたいんだ」
「……大事にするってずるい言葉だよ」
やっぱり抱いてくれないんだ、という失望とともにまゆはすねる。
「好きなだけじゃだめなの?」
「好きだから抱く、セックスする、それはそれで正しいんだとおれも思っていた。愛しているから、そうするのは当然だとね。でも、それだけなのかな。それでいいのかな?」
「ずるい、訊いているのはまゆなのに」
「そりゃ、おれだってまゆのこと抱きたいよ。毎晩ドキドキしてた。でも、思うままに振る舞って、まゆのことを固めてしまいたくなかった。まゆの可能性を奪いたくなかったんだ」
「可能性?」
まゆは暗い天井をみあげた。まゆはいま、ここにいる。そのことしかわからないし、興味もない。
「まゆは大人になったら、なにになりたい?」
「お嫁さん」
「だれの?」
「決まってるでしょ」
まゆは唇をとがらせる。
「そうなったらおれもうれしいけど、それしか可能性がないようにはしたくないんだ。いろいろな道があってさ、そのなかからまゆ自身の判断で将来をえらんでほしいんだ。スチュワーデスとかさ、アイドルとかさ、無限なんだよ、未来って」
「まゆはおにいちゃんといっしょにいたいよ」
「その気持ちはその気持ちとして、新しい学校に行って新しい友達を作ったり、いろんな本を読んだり、クラブ活動をしたり……そうやって、少しずつ変わっていけばいいんだ。おれはそんなふうにまゆをサポートしたい。まゆがいいおとなになれるようにね」
「うーん、よくわかんない。でも、まゆのことが嫌いになったわけじゃないんだね」
「大好きだよ」
「……なら、いい」
言いくるめられたような気もするが、良明の体温にくるまれて、まゆの身体はぽかぽかしてきている。心地よさとともに眠気が血液のなかで濃度を増していく。
「でもね……たまには、してね。でないと……」
ウワキシチャウカラ……
その言葉は眠りとともに溶けて流れさった。
ちいさな寝息がまゆの鼻からもれはじめ、良明はその頬にそっとくちづけた。