まゆ、それから

〜薔薇色の涙〜


 店内は激しいBGMと効果音の喧騒に満ちていた。モニターが幾度もフラッシュし、慣れない者なら数分で卒倒しかねない光の奔流を垂れ流している。

 まゆはその音と光の洪水のなかに立っていた。

 ゲームプレイに興じている少年たちの姿をぼうっと見ていた。

 少年たちはモニターを凝視し、たまに笑い、たまに怒っていた。モニターのなかに真実があるかのように、周囲のことには無頓着だった。

 べつにまゆはそんなゲーム少年たちを見物したいわけではなかった。むろん、自分でもゲームをしたい。でも、サイフのなかの小銭は浪費のためのものではなかった。

 まゆは待っていたのだ。

「お嬢ちゃん、なにしてんの」

 十分と待たず、声がかかった。

 中学生くらいの少年だった。いまふうに髪を伸ばし、どうやらヘアマニキュアもしているようだ。遊びなれているという感じだが、歯並びがわるかった。

「なに? ゲームの順番待ちしてんの?」

 なれなれしい口調だ。すぐに肩を寄せてくる。

「おい、小学生の女、ナンパしてどうすんだよ」

 その少年の仲間らしい、やはり中学生っぽい面々が寄ってくる。顔はみんな似ている。妙にあごが細くて歯並びがわるい。そして、目だけが狡猾に光っている感じだ。

「でも、最近の小学生は遊んでっからな。けっこうすげーこなれてるやつとかいるぜ」

 少年たちは、まゆの全身を舐めるように見る。とくに、最近めだってきた胸のふくらみのあたりを凝視した。まだ、ブラをするほどではないが、そろそろかな、とまゆも考えているバストだ。

「るっせーよ、おまえら」

 最初にまゆに声をかけた少年が仲間たちを振りかえって一声ほえる。それから、まゆに向きなおって、猫なで声をだす。

「な、ゲームしたいんなら、させてやろうか」

「……いいの?」

 はじめてまゆは声をだした。

 少年がニタっと笑う。

「いいともさ。おごるよ」

「じゃあ、あれがいいな」

 まゆが指差したのは、人気の高い対戦格闘ゲームだった。通信対戦タイプだ。

「意外とゲーマーだな。いいぜ、えー、名前は?」

「まゆ」

「マユか。おれヒムロ。よろしく」

 ロックシンガーのマネでもしているのか、気取った言いかたを少年はした。

「くっそー、マジかよぉ……」

 ヒムロが顔をゆがめた。

 ギャラリーと化したヒムロの仲間たちは腹をかかえて笑っている。

「小学生の女に五連敗くらってやんの、バーカ」

「ぜんぜん歯がたたねえじゃねえか」

「るせーな!」

 ヒムロがわめいた。そして、敵意に満ちた視線を、向い側の筐体前にいるまゆにあてた。

 まゆはすまし顔だ。このタイプのゲームは、対戦に負けた側がコインを入れなければコンティニューできない。勝った側はタダで次のゲームができる仕組みだ。

 一回目のプレイはヒムロに払ってもらった。が、つづく四回のプレイはまゆ自身の腕で稼ぎ出したものだ。

「おーし、次はオレね」

 仲間の少年がヒムロを押しのけた。

 だが、その少年もまゆの敵ではなかった。

「うそだろー、こいつマジ強だぜー」

 そうなのだ。まゆはストレス解消のためにゲームをはじめ、たちまちうまくなってしまったのだ。少ないこづかいで、できるだけ長く楽しめるようにと、集中してプレイしたことが上達につながった。それに反射神経も眼もよかったから、シンナーぼけの少年たちを負かすのはかんたんなことだった。

 それから、むきになった少年たちが次々と挑戦してきて、まゆの連勝は十を超えた。

 そろそろ潮時かな、とまゆは思った。外も薄暗くなってきた。どうせ良明の帰りは遅いに決まっているが、小学生は店内にいられなくなる。

 もっとも、ランドセル姿のまゆを平気で遊ばせているような店だから、もしかしたら何時までいても平気なのかもしれない。店員の姿もめったに見えない。たまに灰皿の掃除に奥から出てくるくらいだ。

 いずれにせよ、まゆはストレス解消の目的は果たした。今日はすっきり眠れそうだ。

 まゆが席をたちかけた時だ。大柄な少年が、向い側の席に座った。

「おっと、勝ち逃げはよくないぜ、まゆちゃん。おれとも勝負してくれよ」

 やはり中学生なのだろうが、ずいぶん身体が大きかった。ヒムロたちとタメ口をきいていなければ高校生かと思うくらいだ。ドレッドヘアというのか、髪をチリチリにして長く伸ばしている。自分でジェフリーだと名乗った。ゲームキャラクターの名前をとったニックネームらしい。そういえば、顔つきとか、そっくりだ。

「じゃ、ラストね」

 まゆは気軽にボタンを押し、キャラクターを選択する。

「おいおい、おまえのためにおれたちがいくら使ったと思ってんだ? 一回こっきりで逃げるのかよー」

 ジェフリーはかるい笑いを含んだ声で言った。すごんでいるようには見えない。

「だって、もう暗いし」

「オッケ、じゃ、こうしよう。三本勝負でさ。二本勝ったほうが、負けたほうに罰ゲームを命じるってのはどうだ? それならすぐすむだろ?」

「罰ゲームって?」

「ちょっとへんなカッコでプリクラに映るとか、そんな楽勝の罰ゲームみたいなの」

「……うん」

 なんてことはない、とまゆは思った。

 どうせ勝つに決まっているし。

「オーマイゴーッド!」

 案の定、まゆの圧勝だった。ジェフリーはおおげさに髪の毛をかきむしった。

 その仕草が滑稽で、まゆはつい笑ってしまった。

「くそー、もしも負けたら、オレはパンツ脱いでプリクラ・コーモン写しの刑に処されてしまう、マジヤバ!」

「うそ、そんなことするのー?」

 まゆはおかしくてたまらなかった。お腹がいたくなるほど笑っている。

「もちろんじゃん。もしもまゆちゃんが負けてもそれするんだぜー?」

「そんなことしないもん」

 まゆはまだ笑っている。

「でも、負けたらやんないと」

「いいよ、まゆ負けないもん。ジェフリーこそ、パンツもう脱いでたほうがいいよ。すぐやっつけちゃうから」

 軽くまゆは言った。ジェフリーの細い目が狡猾に光る。

「じゃ、約束。まゆちゃんが負けたら、プリクラ、コーマン写しの刑!」

 卑猥な単語に、まゆはさらに笑う。笑いながらうなずく。もうゲームは始まっている。

 余裕しゃくしゃくで残り体力ゲージを見ると、もうずいぶん減っている。

「ずるいよー、笑ってるあいだに攻撃するなんてー」

 それでもまゆには余裕があった。反撃を開始する。大技をひとつふたつ叩き込めば、すぐに形勢逆転だ。

 が。

 まゆの出した技はことごとくキャンセルされ、逆に攻撃を受けた。

「おっ、やった、超マグレ!」

 ジェフリーが勝利のポーズをとる。まゆは苦笑する。ついに連勝ストップだ。だが、それも半分以上体力を削られてからプレイをはじめたせいだ。

「まゆちゃんのコーマン、まゆちゃんのコーマン!」

 ジェフリーが歌っている。まゆはついふき出してしまう。だが、今度は油断できない。ゲームに集中する。

 だが、どういうことだろう。まゆの攻撃はまったく相手に通じない。すべてブロックされたりキャンセルされている。逆にあっというまに連打を受け、劣勢に陥る。

「うそ、なんでそんなに強いの!?」

 思わず声がでていた。

 がらりとジェフリーが声質をかえた。

「ばーか、最初は手加減してたんだよっ! 調子のってんじゃねえーぞ、こら!」

 まるでヤクザのような恫喝のしかただった。

「ま……まけちゃう」

 まゆはあせった。

 周囲に肉の壁を感じた。ヒムロだ。タクローもいる。少年たちが数名、まゆの背後、そして左右をふさぐように立っている。

「おい、おまえらも証人だよな。負けたら、プリクラでコーマン写しの刑だったよな」

「ああ、そうだ。確かに聞いたし、まゆちゃんもうなずいてたぜ」

 ヒムロが舌なめずりするような口調で言った。

 まゆの掌が異常に汗をかいていた。

 心臓が早鐘のようにうっている。

 そんな、そんな、冗談だよね、ね。

 まゆは最後のコマンドを入れた。

『GAME OVER』

 非情なボイスが響き、ジェフリーが雄叫びをはなつ。

「アーイ、ウィーン!」

つづく