ジャリン戦記 ドリーマー編

最終話

ラ プ ン ツ ェ ル

10

 言い訳はしない。

 後悔もしない。

 こういう展開は想定範囲内だ。

 生き物は死ぬ。

 死なない生き物は生きているとはいえない。魔物でさえ死ぬのだ、たぶん。

 もっと早くここへ来ていれば、という考えはある。

 ゾーシュライを手っ取り早く締め上げていたら、とか、キースを放置していればとか、マモン抜きでなんとかしていれば、とか。

 そうすれば、べつに死人を作っていただけだ。

 可能性の選択、それ以上の意味はない。

 たぶんな。

 以前のおれなら間に合ってた。全部こなして、おつりがくるくらいに。

 だが、以前のおれだったら、誰かを助けるために力を使ったりしない。

 もとより、仲間とつるむことさえしなかったろう。

 だから、その状況はおこりえない。

 ――必然でない偶然はこの世にない。

 偶然であろうとなんであろうと、起こってしまったことはすべて必然なのだ。

 だから、この状況も受け入れなければならない。

 受け入れるためには、向かい合わなくてはならない。

 おれはアシャンティに近づいた。

 鎖につながれて、自由を奪われて、よってたかって犯されて――

 股間が裂けている。膣も肛門もだ。出血はそこからのものだ。男の体液があらゆる穴に注ぎ込まれたさまが見て取れる。

 おれはその身体の側に膝をついた。あらためて思う――ちいせえなあ。

 ふわふわの髪に触れてみる。三角の耳を探った。冷たく強ばっている。ここをなでると、こいつは目を細めて鳴いたものだ。

 ――にゃ。

 だが、もう、あの声を聞くことはない……

「……にゃ」

 あれ。

 聞こえたぞ。

 もっぺん、触ってみる。なでなで。

「うにゃ、にゃ」

 生きてるよ。

 おいおい……おれのウェットなモノローグが台なしじゃねえか。

 まあ、考えてみりゃ、数カ所の裂傷だけでは死なんわな。

「お……そいにょ、ジャリン」

 涙目、鼻水、ザーメンまみれでアシャンティが文句をいった。

 とりあえず、顔をなんとかしてやらねーとな。

 おれは、ティッシュを取り出して、アシャンティの顔をふき、鼻をチンさせた。駅前で配っていたア○ムのティッシュだが、役に立った。

 にしても、こっぴどくやられたもんだな、おい。

「やつら、シータおねいちゃんとあちしにひどいことしようとしたんにゃ。でも、あわや、のところで、黒ずくめのやつが現れて、シータおねいちゃんだけ連れていったんにゃ。残ったやつら全員で、あちしのことを――」

 おおきなアーモンド型の目から涙がぽろぽろこぼれる。

「くやしいにゃ。最初の子はジャリンの子って、きめていたにょに」

 おれは子猫の髪をくしゃくしゃにかきまぜた。

 生きてりゃ、いいよ。

「んにゃ?」

 片目をつむっておれを見上げる。

「なんか、いったにょ?」

「――いってねえよ。傷はどうだ」

「さいあくにゃ」

 裂傷はそうとうひどい。発情期にない獣人のアソコには指一本入らないから、シータの愛液を使うなりしてむりくり濡らしたんだろうが、多人数かによってたかって突っ込まれたらこうなるよな。大量に中出しされている。まっとうな発情ではないから妊娠する可能性は低いが、ゼロではない。

「めんぼくないにゃ」

 おれの表情の変化に気づいたか、アシャンティが目をふせる。

 おめーがあやまってどうする、アホ。

「ひとつ、訊いておきたいことがある」

「……なんにゃ」

「おまえをやったやつら、殺してほしいか」

 おそらく、塔のどこかにいるのだろう。いなきゃ、周辺にいる男を皆殺しにする。それでも足りなきゃ、村ごと全滅させる。今の体力ではちっと厳しいが、やってやれないことはない。

 アシャンティの琥珀色の瞳が瞬いた。

 ややあって、身繕いを始めそうな穏やかな表情で答える。

「殺したかったら、自分で殺すにゃ」

 うむぅ。そうきたか。

 まあ、猫獣人はもともと雑婚だし、オスとメスの行為は常にレイプに近いからな。メンタリティが人間とはちとちがう。貞操観念とか、そういうのはない。一番強いオスのタネを得ようとするのは生き残りのための戦略なのだ。

 こいつは独りで生きている。誰にも依存しない。

 餌はもらっても、飼われてるわけじゃねえ――ってとこか。

 まあ、こっちも飼ってるつもりはねえけどな。

 だが、おれの方はそれじゃあおさまらねえ。おれにも独占欲ってもんがあるんだ。人並にな。

「おい、ケツむけろ」

「うに?」

 おれは前を開いてペニスを取り出す。むろん、勃っている。男は、女と二人だけになったら、いつでも勃起していなければならない。それが決まりだ。

「えあ? ま……ましゃか」

 アシャンティの顔に縦線が何本も入る。

「あの、しょの、いまは、ちょっと……」

「つべこべいうな」

「しかしですね、あちしは、いまちょっとケガを……」

「るっせ。ほかの男の精液の匂いプンプンさせやがって。おれが全部掻き出してやる」

「ひょええ……」

 声を震わせるが、しかし、観念したようにおしりをこちらに向ける。

「――あんまり痛くしないでほしいにゃ」

「おれをだれだと思ってる?」

「うにゃあ……」

 半泣きのアシャンティの膣に、容赦なくおれはぶちこんだ。

 

 ちんぽのカリはなんのためにあるか?

 いうまでもない。

 ほかのオスの精液をかき出して、おのれの精子だけをメスにぶっかけるためだ。

 生存競争はかくも厳しい。

 愛し合っているから子供ができるわけじゃない。

 ほかのオスを出し抜いて、メスを凌辱することでだって、子供はできる。

 そうやって生まれてきた命にも同じだけの価値がある。

 望まれようが、望まれまいが、命には同じだけの意味がある。

 レイプを是認しているわけじゃない。だが、生命は、善と悪の二元論では語り尽くせない。命とはカオスそのものだ。

 おれのこの行動だって、まったく筋が通っていない。

 子供が欲しいわけじゃない。アシャンティを慰めたいわけでもない。ようするに、がまんならねえ――それだけだ。

「にゃ……ぐるるる」

 アシャンティが喉を鳴らしている。

 おれは構わず突いた。浅い膣、すぐに天井に当たる。引き抜く。血と精液があふれだす。くそっ。こんなに出しやがって。

 肛門を指でほじる。指にも粘液がまといつく。くあああ、むかつくっ!

 せめてアシャンティを悦ばせたんならともかく、重傷だけ負わせやがって。こんなやつら、チンポをつけてる価値なんてねえ。

 なに? ケガしてるアシャンティに突っ込んでるおまえも同じだって?

 ばかいえ。

 おれの場合は、ちゃんと感じさせてるぜ。こんなふうに。

 左掌に力を集める。魔界から放出される闇の波動だ。むりやり名前をつけるとすれば、タナトス、というやつだ。

 死に向かう波動と呼ばれ、生をつかさどる波動エロスに相対するものと言われるが、なんのことはない。ふたつは同じものだ。あしゅら男爵みたいなもんだ。一人なのに、右から見たら男で、左側から見ると女。

 死に向かう波動であり生をつかさどる波動でもあるということは――それは、性そのもの、ということだ。

「にゃあ……あったかいにゃ」

 コタツで丸くなる子猫のように、目を細めるアシャンティ。裂けた膣が発するはずの痛みの警報が、遠赤外線のホカホカ感に変わっているかのようだ。

「なじぇ、痛くないん?」

 当然だ。

 神経が痛みを、苦しみを伝えるのは、それは生きるためだ。肉体に異変が起こっていることを、危機が迫っていることを知らせているのだ。

 邪掌は、嫌悪を愛欲に、痛みを快楽に、秩序を混沌に、紛れこませてしまう。相反するものに取り替えるのではない。ないまぜにしてしまうのだ。

 それが混沌だ。

 痛いこと と きもちいいこと

 いやなこと と うれしいいこと

 出会うこと と 別れること

 生きること と 死ぬこと

 それらを区別せずに、ただあるがままに受け入れる――それが混沌と折り合うってことだ。

 猫はいやなことを忘れる才能をもっている。混沌とはもともと相性がいいのだ。

「うにゃああああっ!」

 アシャンティが声をはりあげ、しっぽをピンと伸ばす。

「すごいにゃ、ジャリンはやっぱりすごいのにゃ――」

「たりめーだろ」

 子宮まで突きまくる。急速に発情しはじめたアシャンティの生殖器官がそれに応える。

 ちっちゃなきんちゃくが口を開き、おれの精液を求めて下降をはじめる。

「はにゃ、にゃ、おまんこがとろけそうにゃ――こんなの、はじめてにゃ――すごい……すごいにゃぁ」

 そういや、こいつ、子宮でイクのははじめてかもな。

 味わわせてやるぜ、たっぷりと。

 子宮に注ぎこむ。大量に。他の男たちの百倍は軽く。やつらの精虫が残存していても、一匹残らずぶち殺してやれるほどに。

「なごぉおおお――お、おなか――あついぃぃ――にゃるうううう!」

 子猫、いっぱい、生まれるといいな。

 一瞬だけ、マジで、そう思った。

 ハリネズミみたいに毛のとんがった、目つきの悪い子猫たちが、びゃあびゃあ鳴くさまを想像した。

 それも、楽しいかもな。

 どっちに似ても最悪だが。

 だが、おれは――

 おれには――

 

 そんな未来は最初っから、ないんだ。 

つづく