「アルセアはずっと、呪われた地と呼ばれておりました。土地柄が悪く作物が育ちにくい、ほかの土地から隔絶している、さらには、生まれながらにして魔道の力を持つ者が多い――と。言い伝えでは、神人の血を受け継いて異能の力を得た一族が、普通の人間から迫害されて移り住んだのがアルセアの始まりとさえ言われております」
ゾーシュライが長話を続けている。まったく、年寄りの話が長いってのは本当だな。
しても、ポリゴンムービーはどうなったんだ? ハッタリかよ。
まあ、ここにそんなものがあったら、たちまち世界観崩壊だがな。
「ヴィアーツァ伯爵も古くからこの地に根を張った家系でしてな。まあ、アムリア姫が最後のひとりで、実質、その家系は途絶えたわけですが――ドリーマーの能力も、この地なればこそのものでしょうな。そもそも――」
「おい、じじい、アムリアが封印されていた館ってのは、この近くなのかよ」
ゾーシュライの話の腰を叩き折って、おれは質問した。キースのやつ、年長者の話は傾聴すべし、とでも言いたげに、おれに非難の視線を送ってくる。
だが、ゾーシュライは意にも介していないようすで首を縦にふった。
「なにしろ、アルセアは広くもない盆地ですからな。ここから少し北に行ったところにヴィアーツア伯爵の館はありますのじゃ。この地はヴィアーツア伯爵領の南の守りとして造られた砦がもとでしてな。砦には塔もあって、かつての大水害のときもその塔に逃げ延びた者だけが生き残って、われらの祖先となったのです」
塔ね。そういえば、村に入った時、森のなかにそんな建物が見えたような気もするぜ。
「いわば、この村はヴィアーツァ伯爵のおかげでできたようなものでしてな。しかも、災害を切り抜けた者には少なからず魔道の力があったせいで、ここの住民はみな何かしら魔道の力をもっているわけです」
ゾーシュライはほほ笑んだ。たしかに、このじじいも見た目以上に力がありそうだ。鳩を召喚する余興レベルの魔法は、このじじいの能力のごく一部なのかもしれない。
「にしても、それくらい力があるんなら、もっと栄えていてもよさそうだがな」
おれはあくびをしいしい言った。いいかげん、飽きた。とっとと宿へ帰って、パコパコやりてーな。さっきキースから「なにしてもいい」約束を取り付けたから、とりあえずアナルを開発してやろう。ガキ猫も並べて、シータに見せつけてやる。そうしたら、シータもやりたくなるにちがいない。
にしても、さっきからキースがおとなしいな。脚を触っても反応しねえし……
「さよう、かつては――。魔道士ギルドの黎明期にはアルセア出身者が要職を占めたこともあります。が、魔道士ギルドが力を増し、政治化するにともない、国家が介入してきました。いまではギルドはヴィアンシード王国に牛耳られ、辺境出身者は軽んじられます」
じじいがため息、色っぽくねえ。
「むろんわれらも手をこまねいていたわけではなく、優秀な者を選び中央に送り出し続けています。エメランディアもその一人ですし、かつてはザシューバもそうだったのです。その目的は、このアルセアの地の再興――そのためならば、われらはどんな犠牲でも払いますのじゃ」
そのときだ。おれはようやく気づいた。
周囲を白いもやが包みつつある。
同時に激しい、といってもいいほどの眠気が襲ってくる。
となりではキースがテーブルに突っ伏していた。すでに眠っている。
「じじい!?」
おれは吠えた。身体を動かそうとしたが鉛のように重い。くそ――呪文か薬かわからねえが、はめられた。
「封印されたドリーマーの力を使い、今度はアルセアを世界の中心地としてよみがえらせる。そのためにわれらはザシューバを中央に送りだしたのです。ザシューバはその方法を見つけて帰ってきた。ゆえに、われわれはザシューバをかくまい、援助してきた。ふたつの宝石も、ザシューバの研究のためにあたえた道具にすぎませんのじゃ」
ゾーシュライが口をあけて笑っていた。
その声がわんわんと頭のなかを飛び回っている。この声か。声そのものに幻覚作用を持つ――それがこのじじいの能力だったのだ。どうりで変な道具を出すと思ったが、それ自体が術の一部だったとすれば得心がいく――
「命まではとりませぬ。ただ、ザシューバの実験が終わるまで、しばし眠っていてもらいましょう。ただ、そちらの女騎士――その方はいただきます」
じじいが好色そうな笑みをうかべた。
「お気づきでしょうが、この村には若い女がほとんどおりませんでな。子を生ませるために必要なのですじゃ。その女、たくさん子を生んでくれそうじゃ」
うむ。さすがは年の功、キースが多産系であることを見抜くとは。
だが、こいつはおれの女だ。指一本ふれさせねえ。
「くっくく……いかがかな、指一本うごかせまい」
余裕しゃくしゃくのゾーシュライ。たしかに、術をまともにくらって意識がもうろうとしている。
でもな、おれはほかの誰でもねえ、ジャリンさまだ。
「なっ……!? う、動けるのか」
蹌踉と立ち上がったおれを、驚愕しつつ見つめるゾーシュライ。
「おれにまやかしは効かねえ」
そう言ったものの、それなりに術は効いている。まあ、ハッタリだ。
「ザシューバをかくまってるといったな。それはどこだ? アムリアも一緒なんだろう?」
おれは刀のコジリをあげて言った。
ゾーシュライの顔がゆがんだ。
こいつとしては、どのみちおれたちを眠らせるつもりでいたから、つい、ほんとのことをしゃべってしまったのだろう。ばかめ。ぐー。
はっ、いまちょっと寝てしまったみたいだぞ。
いかんいかんいかん、ここで眠ってしまっては敵の思うつ、ぐごー。
うあ。やばい。マジ落ちそう。
たのむ、これを読んでるやつら、おれが眠らないようにモニターの前で歌ったり踊ったりしてくれ! つーか、しろ! ぐー。
おごあ!?
だ、だれだ、モニターをどついたやつは……もうちょっと、やさしく起こしてよお……すぴー。
おれは睡魔と戦いながら、ゾーシュライに迫った。いつでも刀は抜ける体勢だ。
たぶん、傍から見れば、まぶたを薄く閉じて、いかにも達人が気を練っているように見えるかもにゃむ……
「く……っ!」
ゾーシュライが後ずさった。あきらかにびびってやがる。戦いになれていないのだ。プロの殺気を目の当たりにしたら、素人はそれだけですくんでしまう。まあ、やむをえないかな。むにゃむにゃ……
これなら勝てそうだ。身体はほとんど寝ているが。
しかし――
「なにを手こずっている」
固くて透明度の高い声がきこえた。
ゾーシュライの顔が引きつる。
「デ……ディー」
きたのか。
おれは声がした方を見やった。
黒いローブに黒いフード。顔は口元しか見えないが、まちがいねえ。
ディアマンテのディー。
その肉体はエメロンかもしれないが、精神はディーそのものだ。ザシューバの第一の弟子。たぶん、唯一の弟子でもあるんだろう。
「い、いま、なんとかしようと思っていたのです……!」
ゾーシュライが弁解にこれ努める。もう族長って感じじゃないな。
「もとよりおまえたちに期待など、ザシューバさまはされてはおらぬ」
どこか自嘲的な笑みをディーは浮かべた。
「ゾーシュライ、おまえが先ほど言ったとおりだ――ふたつの宝石も、ザシューバの研究のためにあたえた道具にすぎない、とな。だが、わたしも含めて、おまえたちもしょせんは道具なのだ」
「な……は……はぁ」
ゾーシュライが苦しそうに胸をおさえ、あえいでいる。おいおい、ぽっくりいくんじゃねえだろうな?
「気にするな、副作用だ。邪魔者どもを足止めさせるために、魔力を高める術をほどこした。もともとザシューバさまが仕込んでおかれた呪文を発動させただけ――だがな」
「もともと――だと?」
「そうだ。もともと、だ」
ディーの唇がめくれあがって、白い門歯が見えた。
「はじめから、おまえの旅はわたしに操られていたのだ」
な、なんだってー!?
まあ、そういえば、そうだよな。
ベルカーンツの図書館に閉じ込められたのは、だれのせいか。アホのエメロンのせいなわけだが、それもおれたちの足止めが目的だったのかもしれない。
バイラルでアシャンティがゾルドたちにからまれているのを見つけたのもエメロンだ。そのアシャンティはディーに雇われたアサッシンだった。
おれがアシャンティを救い、ゾルドを追い詰めたとき、娼館の地下に最初に踏み込んできたのはだれか――これもエメロンだ。その次の瞬間、ゾルドにかかっていた魔法が解除されてしまった。魔法の解除は、術者本人でないと難しい。エメロンとディーが同一人物だったとすれば、こんなかんたんなことはない。
そして、アルセアへの道の途中で、神人の遺跡を発見したのもエメロンだったではないか。さらに、地下道への入口を開けたのも、すべって転んだ以下同文。
たしかに、ことごとく、おれたちの進む道を誘導してきたのはエメロンのドジだった。その裏にディーの思惑が働いていたということか――
気にいらねえ。
徹底的に気にいらねえ。
「うそつくな」
おれは言った。
「ぜーんぶ行き当たりばったりだろ、タコ。大物ぶってるんじゃねえ。大物をブルブルさせるのはオッパイだけにしろ」
「なっ」
ディーの顔が赤くなった。
「いいから、服を脱げ。抱いてやる。そろそろしたくなってきたろ? なにしろおまえは好き者だからなあ」
さらに赤らむ頬に、引きつった表情を浮かべるディー。
「ばかを言う。おまえごときに抱かれて誰がうれしいものか。すべてはザシューバさまの大望をお助けするための――」
「感じた芝居をしてたってか? たしかに、下手くそな男相手に感じてるふりをする女はいるが、おれ相手には意味がない。なぜなら、おれに抱かれて気持ちいくない女は皆無だからだ。とくにおまえはおれのチンポにすぐなじんでたぜ」
「お、おのれ……」
きれいな歯を食いしばる。だが、身に覚えがあるのだろう。理を尽くしての反論はしてこない。あとは感情だ。
「いかに使命とはいえ、貴様のような者に身を汚されるとは――!」
ディーは吐き捨てた。
それから、ふと気づいたように嗜虐的な笑みを立ちのぼらせた。
「ふ、では、これはよい意趣返しになるかもしれぬな。わたしの身体をもてあそんだ報いに、おまえの女たちがゲスどもに犯される――というのは」
「へ?」
さすがに不意をつかれた。
「ザシューバさまが種をしこんでいたのは、このゾーシュライのみではないぞ。当然だがな」
ディーがようやくと取りもどした余裕を唇の端にたたえる。
と、いうことは――
「んにゃ?」
しっぽの先がピリピリする。
あちしは顔をあげた。シータねえちゃんのベッドによりかかって、いつのまにか、ねてしまっていたのにゃ。
部屋のなかにはあちしとシータねえちゃんしかいない。ジャリンはキースといっしょに長老さんの家にいったのにゃ。
シータねえちゃんはねむってる。つかれきってるのにゃ。ジャリンとえっちすればなおるのに、なんでなんにゃ? ジャリンのことがきらいになったんにゃ?
それはともかく、あちしのしっぽの毛がふくらんでる。ぶわっ、てかんじなのにゃ。
きてるのにゃ。かーちゃんからおそわった――これは「殺気」にゃ。ちかくに、敵がいるのにゃ。
そのとき――戸がノックされた!
――にゃっ!?
「食事を持ってきたよ」
戸がひらいて、顔をのぞかせたのは、宿屋のおじちゃんだったのにゃ。
ほ。
おぼんには、いいにおいのするスープの皿と、パンをもったカゴ。でも、そんなのたのんでないのにゃ。
「アシャンティ、おかねもってないにょ」
「はは、そんなのはいいんだよ。あんたたちはこの村のお客なんだから」
やさしげな笑顔をうかべながら、おじちゃんはお盆をあちしにさしだした。もちろん殺気なんかないのにゃ。
「にゃい」
あちしは皿のふちいっぱいまではいったスープをこぼさないように慎重に受けとった――そのときにゃ。
部屋の外から何人もおじちゃんがはいってきたのにゃ。下の食堂にあつまっていた人たちにゃ。でも――
ひとりのおじちゃんが小さなスプーンをふって呪文をとなえたのにゃ。
しまった――にゃ! からだがうごかなくなる魔法にゃ! いつもならにげられるのに油断してしまったにゃ! でも、なぜ、おじちゃんたちが――?
あちしはおぼんをもったまま、かたまってしまったにゃ。しっぽもうごかせない。でも、目はみえるし耳もきこえる。どってことない魔法なのに――くやしいみゃああ!
「監察官と男はどうした?」
食堂でカードあてをしていたおじちゃんがいった。
「あいつらは腕が立ちそうだったからな、族長さまがうまく誘い出した。いまころは、きゃつらも……」
宿屋のおじちゃんがこたえた。にゃ。いい人だとやおもったのに、とんだネズミだったのにゃ。にゃるる(怒)。
「にしても……なんと美しい娘だろうのう」
「まったくだ。族長さまの見立てではホムンクルスとのことだったが……」
「極上のヴェスパー・ホムンクルスは、さながら天魔のごとしというが、まさにしたりじゃのう」
おじちゃんたちの視線がシータおねいちゃんにあつまる。にゃ、美少女ならここにもいるにゃ!
「ところで、こっちの猫娘はどうする?」
「ついでに連れてゆく。人質は多くても困らん」
あちしをみおろす視線は、うってかわってモノをみるように冷ややかだったりしたのにゃ。それに、「ついで」とはなんにゃ!
「いずれにせよ、沙汰はディーに――いやザシューバさまにしてもらえればよい」
「そうだ。われわれはなにも考えない」
「おだやかに暮らせればそれでよい」
おじちゃんたちはたがいにいいあう。なんかへんにゃ。意識があるようで、それでいて、なにかにあやられているようにもみえる――にゃ!? さわるにゃ!
「よっこらせ、と。軽いな」
宿屋のおじちゃんがあちしをかかえあげた。
「こっちもだ。やわらけえ……それに、いい匂いだ……」
シータおねいちゃんもベッドからひきずりだされているにゃ。意識のないシータおねいちゃんはぐったりしたままにゃ。
「はやく運ぼう――お楽しみはそれからゆっくりとだ」
宿屋のおじちゃんが顔をひくひくさせながら いったのにゃ。