ジャリン戦記 第四話 ダンジョン・シーカー(第九回)


15

 

 けっきょく、キースとは、さらに五発ほど膣出ししてからお開きにした。

 まだまだ余力はあったが、キースが失神しまくりで、それ以上はできなかったのだ。

 終盤はキースのやつ、めろめろだったからな。首筋や脇腹をなでるだけイッちまうし、いれちゃったりしたりなんかすると、もう、あえぎまくって酸欠になりかけるくらいだった。まあ、三十回はイってるよな。

 でもまあ、マモンにやられたら、こんなもんじゃすまなかった。さらに十回は、余分にイかされてたろう。

 む。そんなにかわらないだと?

 ――まあ、そうかも。

 だが、魔神の疑似チンポにやられるよりも、モノホンにやられた方がいいだろ? 蛋白質も摂取できるしな。

 おかげさまで、キースの腹の中はおれのザーメンでぱんぱん。あえぐたびに、どぷどぷ、あふれ出るほどだ。

 あかんぼ、できちまったら、どーしよっかな。

 とりあえず、名前でもつけるか。

 女の子だったら、チエに決まりだな。理由は言うまでもあるまい。

 などと、よしなしごとをのたまいつつ、モーローとしていたキースを洗ってやり、おれは風呂場を後にした。あすこなら暖かいから風邪をひく心配もないだろう。

 

 そして、いまはおれ一人というわけだ。

 それにしても、寝室のない家ってのは、なにか不思議なものだ。

 くつろげないっつーか、「半分しかない」っつーか。

 アムリアのための空間には、ベッドが存在しない。ソファもだ。あるのはケツが痛くなりそうな木製の椅子ばかり。

 眠らないからベッドは要らないとしても、手足を伸ばしてくつろぐくらいのことはしそうなものなのに、アムリアにはそれさえも許されなかったのだろうか。

 おれは、比較的状態のいい一室の床に横になりつつ、アムリアの肖像画を思い出した。

 濡れそぼったような長い金髪、いつも夢見ているような双眸、ほのかに染まった頬。

 夢見る美少女と、いってしまえばそれまでだ。だが、この娘が眠りに落ちて夢をみたとたん、それはすべて現実になってしまう。因果律とは無関係に。

 その存在はあまりに危険すぎる。世界を滅ぼしかねないデタラメさだ。

 殺してしまうのが一番手っ取り早い解決策だったろう。

 だが、ドリーマーとしての能力が発現したのはアムリアがまだ十歳にもならないころだ。

 親や周囲の者たちは悩みぬいたろう。肉親でなくったって、まだオナーニも知らないような愛らしい少女を殺したくはない。

 だから、眠りを封じたのだろう。眠らなければ夢をみることはない。

 だが、その処遇がはたして正しかったのか、どうか。

 眠ることがないということは、一日がずっと続くということだ。リセットされない。つまり、過去も存在しない。

 現在がえんえんと継続する。

 それが、百年も――

 

 だいたいにして、ザシューバという魔道士がアムリアを誘拐した理由はなんだろうか。

 美少女だからエッチしたかったのか。

 それとも、かわいい女の子だからオメコしたかったのか。

 はたまた、おいしそうなギャルだったからチョメチョメしたかったのだろうか。

 ――いかん、ほかに理由が想像できん。

 ザシューバがアムリアに惚れて強奪したんなら、べつにどーでもいい。勝手にやっとれ。

 だが、野心的な魔道士にとって、ドリーマーは魅惑的な実験材料だ。世界の因果律に縛られない存在。最強のワイルドカード。その力を我が物にできれば――

 世界を支配することなどたやすい。

 

 まあ、いい機会だから、魔道について整理してみようか。

 問い――この世界において、なぜ、魔法は効力を発揮できるのか。

 答え――ファンタジーだから。

 ピンポーン!

 正解だ。正解だけれども、もう少しちゃんと説明しよう。

 この世界は、一説によると、造物主の一言からはじまった。

 「光りあれ――」

 その言葉が原初の世界に光をもたらし、同時に影を闇から分離した。

 光と闇はせめぎ合いつつ、さまざまな事象を創りだしていった。

 混沌から秩序が生み出され、秩序が情報となって、自らをコピーしつつ増殖していったのだ。

 まず、もとになる情報があって、それが形象・フォルムになり、それが集積して物質となる。つまり、情報こそが世界の本質なのだ。

 であれば、だ。

 世界のもとである情報のありかたを模倣しよう、というのが魔道の基本理念だ。

 つまりは、物質や事象を形作る情報のありようを探り出し、それを応用することによって、造物主の言葉を再現しよう、というものである。

 もちろん、魔道には他にもいろいろな流派があって、聖霊の力をかりてうんたら、とか、魔神がすんたら、とか、オカルトチックなものもたくさんある。だが、ひとつだけ共通しているのは光と闇の二元論である。創世神話としての、光と闇の戦いについて疑義を差し挟む流派は存在しない。

 というのは、記録が残っているからだ。

 神人と魔人――聖魔の争いの歴史が。

 光に属する情報連続体の究極が神人であり、闇に属する情報連続体の究極が魔人だ。

 神人は世界を秩序づけようとする。世界を光で包み込み、影の一片さえ残すまいとする。

 魔人は世界を混沌に還らせようとする。闇の手に世界をゆだね、漆黒に塗りつぶそうとする。

 その戦いの記録が書物として残り、遺跡も数多く発見されているのである。現存する宗教や魔道も、その戦いの系譜のなかから生まれ、伝えられてきたものだ。

 たとえば――

 光の系譜から生まれたのがヴィアン教であり、それはヴィアンシード王国の国教として信奉されている。ヴィアンシードは大陸の大動脈である虹の街道の発着点であり、いわば世界の文化・経済の中心だ。

 闇の系譜から生まれた、魔人やその眷属たる魔神を崇拝する邪教もたくさん残っている。いまは、ヴィアン教の勢いの影にひそんでいるが、邪教が主流であった時代もあったのだ。たとえば、マモンにしたって、いまではしがないマジックアイテムだが、世が世なら神殿のひとつでも持っていておかしくない高級魔族なのだ。

 てな感じだから、魔道ってのも、畢竟、光と闇、聖と魔の二元論の枠内でしか機能しない。所詮は因果律に縛られた存在だ。

 ところが、である。

 ドリーマーは別枠なのだ。世界の秩序と混沌のルールから逸脱している。因果律もへったくれもないのだ。

 いわば、世界というプログラムに対するチートコードのようなものだ。

 ドリーマーの重要さと危険さはそこにある。

 その能力を手中にすれば、世界を滅ぼすことも容易だ。制御ができれば、自由に世界をデザインし直すことだってできる。

 造物主の能力のかけら――

 それが眠らない少女の小さな肉体のなかに宿っているのだ。

 ザシューバって野郎、その力を使って何をしようとたくらんでいるのか。

 

 と。

 遠くないどこかで、空気がゆらぐ。

 なんだ? まるで、なにかが忽然と現れたような。

 次の瞬間、殺気が闇の奥からほとばしった。

 おれはとっさに床を転がった。

 石畳をエネルギーの固まりが叩く。おれはマントで顔を覆った。

 ――ズガッ!

 なんと。穴があいた。

 続けざまに攻撃が来る。なんと、飛んでくるのは鋭い氷のつぶてだ。

 キースがおれの寝首をかきにきたのかと思ったが、ちがうようだ。これは、呪文による攻撃だ。

 あいつは剣士としてはそれなりだが、自力では魔法を使えない。そして、ヴュルガーはマモンに搾り取られて、しばらくは足腰も立たない。

 おれはひざ立ちになり、得物を引き寄せた。つっても、マモンの方も現在はお休み中だ。いま、この時に限っては、単なるカタナでしかない。

「だれだ」

 とは聞かない。

 声を出すことで、こっちの正確な場所を知られてしまう。まあ、むこうも夜目が効くのなら無駄な話だが、そうでない可能性もある。

 相手の位置を探る。

 うまく気配を断ってやがる。なかなかの手だれだな。

 だが、次に魔法を使ったときが相手の最期となる。

 魔道士の弱点、それは、魔法を使う時に精神集中を行わなければならないことだ。高度な魔法を使おうとすればなおのこと。その瞬間が「隙」となる。

 きた。

 衝撃波だ。第一撃と同じ攻撃。空気を振動させて、対象物にぶつけて破壊する。おれの胸当てに亀裂が走った。おいおい、神人の技術で造られたセラミックス製だぞ。

 だが、皮一枚でおれさまは無傷。反撃だ。

 その鼻先をでかい火球が擦過する。

 うげ!

 マジかよ。隙もへったくれもねえぞ。気配がつかめねえ。しかも、攻撃呪文連発。

「おい! 反則だぞ!」

 おれは思わず文句をいった。その声を手掛かりにしてか、正確に衝撃波が、飛礫が、火の玉が飛んで来る。

「いでっ! づめでっ! ぶあぢっ!」

 もー大変。

 これがゲームだったら三連コンボをくらって即死にゲームオーバーだ。クソゲー認定でソッコー中古屋にたたき売るところだぞ。

 なんとか切り抜けたものの、情けねえ、相手の位置がわからないまま逃げ出すはめに。暗い迷宮のなかを駆けずりまわる。せまい部屋にいたんじゃあ、逃げ場がなくなっちまうからな。

 それにしてもなんてやつだ。精神集中の必要な、しかもマナの消費の激しい攻撃呪文を苦もなく連発し、しかも気配を完璧にシャットアウトしてやがる。

 称号でいえば、メイジか初級のウィザードか――レベル換算で25は堅い。

 ザシューバ――その名前が脳裏にひらめいた。

 まさか、いきなりボス戦か?

 いずれにせよ、魔法の支援がないのはつらいところだな。

 シータやエミィとはぐれなければ……もっとも、シータはともかく、エミィのやつは戦いの役には立たないだろうが。まあ、あいつの価値はべつにあるからいいけどな。

 と。

 背後に殺気が走り、かかとのすぐ側で石畳が砕け飛ぶ。うおお、もう追いついてきたぞ!

 そこは、広間っつーか玄関つーか、あれだ。キースと二人、最初に飛ばされてきた場所。ようするに行き止まりってことだ。

 壁には奇妙なパターンが走っている。キースが言ってた、「構造魔法」ってやつ。

 マナ――魔法のもとになる目に見えない霊力の粒子が荷電して、可視状態となって現れる。あたり一面、壁が、天井が、床が、マナを放出している。

 その力が闇の奥に吸い込まれていくのがわかる。

 なるほど、これが「構造魔法」か。このエリア自体が魔道士に活力を与えるようになっているのだ。

 だから、強力な攻撃魔法を使いつつ、気配を完璧にシールドするなんて芸当もできたのだ。

 ズルだ、ズル!

 とか言ってもしょうがない。

 相手は、もとよりそれを狙って、おれたちをここに誘いこんだんだろーしな。

 闇の奥から強い波動を感じるが、それが隙にならない、打ち込みどころをつかませないってのは、やはり、魔法の力だろう。

 マナの爆発的な励起を感じて、おれは身をひるがえす。すぐ側の壁が粉砕される。ぽっかりと穴がひらいた。

 すわ脱出口か、と思いきや、すぐさま第二撃、第三撃が襲ってきて、おれは奥に追い詰められる。

 闇をまとった人影がおぼろに感知される。どうやら小柄な人物だ。だが、内在させる魔力は膨大で、しかも邪悪な"気"に満ちている。

 あれがザシューバなら、捕らえて、アムリアの居場所を白状させなくちゃならない。そのためには殺しちゃまずいわけだが、全力で打ちこまなければこのシールドを突破することはできないだろう。だが、おれのフルパワーでの打ちこみは、シールドもへったくれもなく、相手を両断することになってしまう。

 ああ、強すぎるって、罪。

 だが、そんなことも言ってはいられない。もう逃げるスペースはない。

「おい……おまえがザシューバか? アムリアちゃんを拉致監禁して、日々性的ないたずらをくりかえしている変質者は」

 うらやましいぞ、コンチクショー。

 だが、相手は無言のままだ。シカトされてしまった。

 しょーがねえ、とりあえずちょい手加減して打ちこんでみるか。カウンターを食らう危険性はあるが、しょうがない。

 おれは闇に向かって歩きはじめた。間合いをつめるコツは殺気を抑えることだ。アドレナリンも出しちゃだめ。これがけっこうむずかしい。

 闇が動いた。おれの無造作な接近に驚いたのか。

 だが、すぐに崩れは修正された。呪文の力が盛り上がる。真っ正面からぶつける気だ。

 おれは、ステップを変えた。悪いが、ここからは別メニューだ。

 神経を切り替えて、別の時間の流れに乗る。

 アニメでいえば、ドラゴンボールで、シャッシャッって、線だけになる時があるだろ、悟空とか。あれだ。あんな感じ。

 レベルでいうと、30越えくらいからかな、この世界が見えてくるのは。いわゆる達人クラスだ。

 だが。

 驚いたことに、敵のシールドはおれの動きを予測していたかのように対応した。術者の周囲に見えない壁を作って、物理遮蔽をかましやがる。

 くお。

 しゃきん。

 ばば。らば。

 刀を抜いた。壁を斬る。

 つか。

 シリーズ初かもな、おれが剣を抜いたのは。

 敵のシールドは両断した。だが、本体はすでに間合いをあけている。ちぃっ、斬ったのはダミーかよ。

 ――おれの動きを予測するなんて、何者だ?

 いずれにせよ、刀使いとしては一番やばい状況だ。

 抜く前なら変幻自在だったものが、抜いてしまった後は隙だらけになる。ましてや、空振ったときた日にゃ、剣そのものが死に体だ。

 この機を見逃してくれるほど相手も甘くねえ。

 くる。

 さしものおれも首筋のあたりが総毛立った。

 

16

 

 こちらはアシャンティにゃ。

 わりと順調に探索継続中なのにゃ。

 虫けらの巣の奥に、階段があって、それがどうやら、地下迷宮の非常階段みたいなものだったのにゃ。

 地下の住人――どんなやつかはわかんないのにゃ――が地上と行き来するのに使ってたっぽいのにゃ。

 このへんはシータねえちゃんの受け売りなのにゃが。

「不思議です。普通は減衰するはずのマナが、潜れば潜るほど強まっていく」

 シータねえちゃんは、手をかざして、つぶやくように言ったにゃ。あちしには見えないものを見ているようにゃ。

「それより、怪物が出ないのがなによりにゃ」

「そうですね。エミィさんが残してくれた薬剤の匂いが魔物よけになっているのかもしれません」

 シータねえちゃんは服のポケットを手で抑えたのにゃ。そこにめがねちゃんのメガネが入っているのにゃ。カタミってやつかもにゃ。アルセアにいるはずの、めがねちゃんの家族に渡さなければならない、とシータねえちゃんは言ってたのにゃ。

 アシャンティも、もしも死んだら、首輪をかーしゃんのところに届けてもらいたいのにゃ。

「シータねえちゃんは、どうするのにゃ?」

 アシャンティは訊いてみたのにゃ。もしも死んだら、だれにカタミを渡したいか――

 そうしたら、シータねえちゃんは無表情に答えたのにゃ。

 ――育ててくれた人はいますけど、家族はいません。わたしは、造られたモノですから。

 ほむんくるすの気持ちはわかんないのにゃ。どうして、笑いも泣きもしないのか、アシャンティにはりかいふのーなのにゃ。

 とかなんとか言ってるうちに、十三階層くらいまでもぐったのにゃ。そろそろ底に着いてもよさそうなもんにゃ――と思ったら、行き止まりになってしまったのにゃ。

「困りましたね……また、別のルートを探さないと」

 シータねえちゃんがつぶやく。

「にゃあ、もうヘトヘトのにゃ」

 あちしは、階段に座り込んだにゃ。

 ふと、目をあげると、壁になにか書いてあったのにゃ。

「にゃご、にゃむ……にょ?」

 よめにゃい。

 むつかしー、ふるい文字だったのにゃ。アシャンティ、ばかじゃないにょ!

「これは……古代文字の一種ですね。遺跡にはよく残っています。古い魔道書なども、こうした文字で書かれていることがあります」

 のぞきこんできたシータねえちゃんが教えてくれたのにゃ。さすがはものしりなのにゃ。

「んで? なんて書いてあるのにゃ?」

「人が走っているような絵文字があるでしょう? あれは"非常口"ということです。そして、こっちのは、"メンテナンス用出入口"と読めますね。意味はよくわかりませんが」

「んにゃ? 入口なんかないのにゃ――」

 あちしはシーフのスキルを持ってるのにゃ。罠とか、隠し扉にゃどは、あちしの領分なのにゃ。

 目を凝らしてみたけど、壁に仕掛けらしいものはみつからにゃい。

 壁を引っ掻いてみたけどだめ。にゃごるるる、喉を鳴らしてみてもだめ。ほっぺをこすりつけても、うんともすんともいわないにゃ。

 かくなるうえは――

「おしっこをかけてもむだだと思いますよ」

 や、やっぱり、そうかにゃ。あちしはずりおろしかけたパンツをひっぱりあげたのにゃ。

「どうやら、鍵が必要なようです。たとえば、術者の持ち物などの――」

 シータねえちゃんが文字を目で追いながら言ったのにゃ。

「どーするのにゃ、そんな、鍵なんてあるわけないのにゃ!」

「そうですね……」

 シータねえちゃんも困ったように手を壁に差しのべたのにゃ。打つ手なし、そんな感じだったにょに。

 がと。

 がが。

 ごとん。

 石の壁の奥でなにかが動いたのにゃ。

 ――にゃんと。

 壁がぽっかりと口を開いたのにゃ。それも――

「トランスポーターの扉、ですね」

 シータねえちゃんが複雑な表情をうかべて、つぶやいたのにゃ。

 

17

 

 激しく忍者が1000ゲット!

 ――特に意味はないが。

 

 そんなこんなで、おれは一瞬金縛り状態になっていた。いかに超天才でも、剣を振るった直後には隙ができる。しかも、その側面を突かれたのだ。

 すさまじいエネルギーがおれに浴びせかけられる。

 その時だ。

「愚か者ッ!」

 怒号とともに白刃がうなった。

 闇の波動が動揺する。

 呪文の勢いが薄れた。

 魔道はすべて精神力に依存する。術者の動揺は、すなわち、呪文の効力に悪影響をもたらす。

 つまり、攻撃の速度が鈍った。

 その隙に、おれは超サイヤ人並みのフットワークで危機を脱していた。

「まさか、おまえが助けてくれるとはな」

 おれは、広間の中央で剣を構えて立っているキースリング・クラウゼヴィッツに声をかけた。

 鎧を着込んではいるが、姿は女のままである。ヴュルガーの魔力が消失している状態では、鎧を着ても男性化はしないのだ。鎧はたんにヴュルガーの魔力を蓄えるだけのハリボテだからな。

 キースはおれに憎々しげな視線を飛ばした。

「おまえを助けるいわれなどない。ただ、ここから脱出するためには、そいつを捕らえねばならない――それだけだ!」

 照れちゃって、もう。

 闇をまとう魔道士はキースとおれにはさまれる格好になった。いくら凄腕でも、ふたつの標的に、同時に攻撃呪文をかけつつ、自らをシールドしつづけることはできない。

「キース、とりあえず、おまえ、おとりになれ。その隙におれがそいつをやっつける」

 おれは現実的な提案をした。キースが目をむく。

「あほうか、きさま! 敵に作戦をばらしてどうする! それに、なぜわたしがきさまの指図に従わねばならんのだ!?」

「ふむ、気づいたか。じゃあ、しょうがねえ。むりやり、おとりになってもらおうか」

 おれはきびすを返すと、闇からの距離をとった。戦略的後退。

「に、逃げるな、きさま!」

 キースが動揺して叫ぶ。

 呪文を使う者にとってみれば、間合いから出た剣使いはさほど脅威ではない。打ちこみに時間がかかるぶん、呪文による対処が楽になるからだ。

 つまり、このシチュエーションでは、より距離の近いキースのほうが闇にとっては脅威となるわけだ。

 手近な敵を叩け、というのは兵法の鉄則だ。

 闇がマナをまとう。力がみなぎる。一気に周囲の温度が数度下がる。

 キースが防御の姿勢をとる。だが、どんな魔法攻撃がくるかわからないんじゃ、しようがないな。

「ぼ、母子ともども、恨んでやる……ッ!」

 おいおい、もう妊娠したつもりかよ。

 闇がキースに対して、呪文を実効させようとしたとき――

 見えた。

 シールドの透き間。さすがに、全方位にむけてシールド展開はできなかったのだ。

 魔道士の実体が垣間みえた。

 おれはダッシュする。

 ふふん、見よ、この踏みこみを!

 ちょっとやそっと間合いを外したくらいでは――

 あ、やっぱり届かねえや。

「ば、ばかものぉ! 離れすぎだッ!」

 しょうがねえ。おれは持っていた刀を投げた。

 ひょろろろろろぉ……

 と飛んで行った刀が、闇のシールドの透き間に、

 すこぽん、

 と刺さった。

 ――ほんとは、もっと緊迫感のある効果音がよかったんだが。

 ともかくも、ストライク。結界にクサビを打ち込んだようなものだ。

 ゴムで包まれた丸いヨウカンを、ぷちん、と、やった感じ。

 今の子はわからんかね。

 んじゃあ、ぷりぷりのマスカットの皮に歯を当てて、ちゅるん、とやった感じ、で、どーだ?

 ともかくも、シールドは破れた。

 薄闇のなかに、黒いローブに身を固めた人物の姿が浮かび上がる――まあ、魔道士ってのは、みんなそんな格好をしていやがるんだが。

「いよう、初めまして。あんたがザシューバかい?」

 おれは声をかけた。

「な!? こいつが?」

 キースが声を高める。そういや、こいつ、ギルド監察官――掟に違背する魔道士を取り締まる警官、のようなもの――だったけっか。

「ふ」

 その人物はフードの陰で笑った。

 ばかにしたように。

「あの女の言っていたとおり――予想外の行動をするやつだ」

 な、なんだあ?

「逃げ足とハッタリだけとはいえ……たしかに、ただ者ではない」

 こ、こいつ、女、か。しかも……

 フードの中から女の形の良い唇が覗く。そして、長めの髪も。

 その色は――銀だった。

 いや、もっと輝いている。

 金剛石のように――

「わが名はディー。ディアマンテのディー。この世で最も偉大なる魔道の探求者、ザシューバ様の第一の弟子だ」

「ディー!? その名は、バイラルで……」

 叫ぶキース。たしか、バイラルでおれに刺客を差し向けてきた黒幕がディーという名の魔道士だった。だが、魔道士ギルドに登録されている魔道士に該当する者はいなかったはずだ。

「ジャリン……おまえは首を突っ込みすぎた。これ以上放置しては、ザシューバさまのお仕事の邪魔になる……」

 ディーと名乗る女魔道士は淡々と言葉を続ける。まるで、用意されているせりふを読みあげているかのように。つか、唇の動きと声がばらばらだぞ。まるで、い――

「おまえは、ここで死ね」

 言うなり、顔を昂然とあげる。その、瞬間!

 猛烈な魔力の奔流がくる。呪文の詠唱はすでに終わっていた。あの、棒読みのせりふはカムフラージュだったのだ。おそらく、まえもって用意していた声を時限魔法で再生しつつ、自分は呪文を唱えていたのだ。どうりで口があってないと思った。いっこく堂かよ、と突っ込みそうになったが、がまんしてよかった。

 とかなんとか言ってるうちに、思いっきり不意打ちな感じで攻撃魔法がきた。衝撃波。数値に換算すると1000万超人パワー。バッファローマン並みだ。

 さすがのおれでも、これを食らったら内臓グシャグシャだな。頭蓋骨のなかで、脳みそはスープ状になるだろう。

 さすがによけようがない。

 キースが目を見開いている。よかったな。おまえの仇敵はいま滅ぶぜ。まあ、おれを殺ったあと、ディーがキースを見逃すかどうかはわからねえが――たぶん、こいつはキースを殺さない――そんな気がした。

 その時、キースが叫んだ。

「死ぬな、ジャリン!」

 一瞬の出来事だ。そんなことしゃべってる暇なんか、ほんとはねえ。だが、たしかにキースはそう叫んでいた。

 なんだ、やっぱりおれに惚れてんじゃねーか。

 こういう皮肉な展開、嫌いじゃねえぜ。おれは、あまのじゃくだからな。

 思わず笑ってしまったおれの身体に衝撃波が当たる。

 

 と。

 

 逆向きの波動が背中から押し寄せてきた。突然に。

 波ってのはエネルギーの移動形態だ。光や音なんかも波のかたちで遠くまで届く。波はエネルギーであり、同時に情報でもある。

 対象物を滅ぼそうという意志を持った波に、その正反対の形の波をぶつけたらどうなるか。

 相反する波はたがいに打ち消しあい、消滅する。

 それが、起こったのだ。

 おれは無傷で、ピンピンしていた。

 キースが呆然としている。おれと目が合うと、うろたえた。

「わ……わたしが殺すまで、死ぬな、と言いたかったのだ」

 もう遅いよ、ふふん。

 おれは背後に目をやった。

 小くてやわらかい肉体がぶつかってくる。

「ジャリンなのにゃ! 会えたのにゃ!」

 おう、にゃんこ。ちょっと見ないうちに傷だらけになったな。

 するってーと、いまの干渉波は――

 白地のワンピース――かなりぼろぼろだが――を着た、青い髪のホムンクルスが両手を差し出した姿勢で固まっている。

 シータだ。あの強力な魔法に対抗できったってのは驚きだな。

 それにしても、こいつら一体どこから湧いた? おれとキースがはまった罠と同じようなテレポートゲートを、見つけたかなにかしたのだろうか。

「ジャリン、あのにゃ、話すことがいっぱいあるんにゃ」

「あとで聞いてやる。いまは仕事中だ」

 わにゃわにゃ言いたてるアシャンティを脇に押しのける。

「ディーをもてなしてやらなくっちゃならねえしな」

「ディーって……あにょ!?」

 アシャンティが耳をビッと立てる。

「しょ、しょのせつには、どーも、でしたのにゃ」

 こら、敵にあいさつすんな。

「だって、この先も仕事を紹介してもらえるかもしれないのにゃ」

 そういや、ディーの命令でおれを襲った刺客って、コイツじゃねーか。

「ジャリン! なにをぐずぐずしてる! 逃げられるぞ!」

 剣を構えつつ、キースがわめく。

 ふふん、あわてるな。すでに完全に形勢逆転している。

 ディーの背後にはキース。前面にはおれ。そして、アシャンティの遊撃と、シータの支援魔法がある。さらに、劇薬系魔道士にも働いてもらえば、万全ってやつだ。

 さあ、戦え、わがしもべども!

 だが、シータはどうやらさっきの一発で魔力を使い果たしたらしく、その場に崩折れた。

 アシャンティは元の雇い主が苦手らしく、しりごみ。

 キースもヴュルガーの魔法支援がないため、敵の退路を押さえるのがやっと。

 しょうがねえ。

「おい、エメロン、テケトーに魔法出せや、魔法!」

 はい〜

 とか、抜けた声が返ってくるかと思いきや。

 アシャンティがうつむいた。シータは床にへばって、肩で息をしている。めがねっこは、いない。

 いないぞ。

「ふっ……」

 ディーが口だけで笑った。なんだ?

「あの女は死んだ。無能な女だったが、最後に少しだけ役にたったよ。おまえの行動パターンや弱点を知ることができたからな」

「なに!?」

 ディーは、すっと脚を前に出した。深いスリットから、白い太ももがあらわになる。こいつ……!

「いい脚、してんじゃねえか」

「ま、ましゃか!」

 アシャンティが毛をぶわっと逆立てた。

 ディーが呪文の詠唱を開始する。まだ、構造魔法は健在だ。だから、マナの補充は問題ない。

 ちぃっ! これは、決着をつけなくちゃなんねえようだな。

 おれはダッシュした。刀は投げちまって、いまはディーの近くにころがっている。ひろいあげざま、斬る。それしかない。

「さらばだ、ジャリン――恨むなら、おのれの無分別を恨むがよい」

 ディーは――ディアマンテは呪文を放ちながら言った。

 おれは走る。エネルギーの波動のただ中に突っ込んでいく。

 波動の第一弾を浴びつつ、床の上にある刀の柄頭に爪先を伸ばす。

 蹴る。

 切っ先が石畳の透き間に引っ掛かる。

 刀身が浮く。そこに足をすべりこませて上向きの力をあたえる。

 腰の高さまで、刀が浮いた。

 そのとき――

 衝、撃、は、ぐわ、と、お、り、ぬ、

 なんとか心臓、肺は耐えたが、脾臓あたりはいっちゃったかも、だ。

 でも、得物は手の中にある。

 刀は構えて使うものにあらず。手にした瞬間の、体の流れでさばくべし。

 おれは、すぐ目の前の、ディーの胴体をなぎはらおうと――

 風圧でディーのフードが外れていた。

 なぶられて乱れる銀の髪、そのなかで笑っている顔は――

 エメロンがいた。その顔がみるみる泣き顔をつくる。

「ジャリンさぁん、殺さないでくださぁい」

 くそっ!

 おれの刃は虚空を通り抜けた。

 そして、ディーの第二撃もおれをそれて駆け抜けた。

 相打ち――じゃねえ、相ハズレ。

 おれの背後で盛大に壁が破壊された。ごう! と風がぬける。外界と通じてしまったのか、空気が新しい。

 その次の瞬間、ディーはおれの脇をすりぬけ、穴に飛びこんだ。逃走路を作るための第二撃だったのか。

 ディーの哄笑だけが響きわたった。

『きゃはははは、ばーか、ばーか、やっぱり、あんたは姉貴が言ってたとおりのあまちゃんだよ!』

 

エピローグ

 

「ディー……ディアマンテが、ザシューバの手下……だったとは……」

 キースが考えこんでいる。

「くんかくんか、この穴、外につながってるみたいなのにゃ」

 アシャンティは、ディーが逃げた穴のあたりを嗅ぎまわっている。

 シータはおれに回復魔法をかけている最中だった。魔力が足りないのか、効きが遅い。

「いったい、なにがあったんだ? エメロンのやつはどうしたんだ」

 おれはシータに膝枕されながら、質問する。

「それは……」

 憔悴しきったシータは言葉につまる。手当しながらも、さっきからおれと視線を合わせようとしない。

「アシャンティからざっとは聞いた。だが、肝心なところがわからねえ。エメロンはほんとうに死んだのか」

 ディーの顔――エミィそっくりの顔――を思い出す。だが、髪の色がちがう。性格もちがう。なにより、魔法の能力がケタちがいだ。同一人物ではありえない。

 とはいえ――エメロンがダンジョンで消え、そっくりな顔のディーが現れた。無関係とは思えない。

「わかりません……すくなくともエミィさんの死体はありませんでした……でも……」

「でも、じゃねえ。おまえ、なんか隠してるだろ」

 じろり、おれはシータをにらみつけた。

 だが、シータは無言だ。おれを見ない。どこを見ているのかも判然としない。

 人形の目だ。はじめて会ったときのような――いや、それ以上に隔たりを感じる。

 シータはうつろな表情のまま、ゆっくりと崩折れた。

「シ、シータさん!?」

「シータねえちゃん!」

 キースとアシャンティが駆けよってくる。

 小柄なホムンクルスは憔悴しきっていた。むりもない。ずっと戦いづめで疲労困憊していたところに、さっきは強大なディーの魔法を中和したのだ。まして、数日か、それ以上、精神の糧を取ってねえ。

 これは、エネルギー充填してやらねえとな。

 おれは、シータの膝に手をかけて、ぐわば! と開いた。

「なっ! なにをする気だ、こんなときに」

 キースが顔を赤らめる。

「こんなときだからするんじゃねーか。おまえらも参加してもいいが、ザーメンはぜんぶシータに飲ませるぞ」

「しょーがないのにゃ。ジャリンのせーえきを採らないとシータねえちゃんはしんでしまうのにゃ!」

 アシャンティが同意する。よしよし、えらいぞ。

「や……やむをえまい……緊急時だ」

 苦しそうにキースがつぶやく。とかなんとかいって、うらやましーんだろ?

 ともかく、シータを助けてやらないと、な。おれは、いつなりとも使用可能な道具を取り出した。つーか、戦いの余韻のせいか、いつも以上に猛ってるぜ。

 おれは、シータの下着に手をかけ――

「やめて、ください」

 シータが苦しげな声をあげた。ぬな?

 膝を固く閉ざし、スカートの裾を押さえる。息もたえだえのくせに。

「なんだ!? いまさら恥ずかしがる仲かよ? めんどくせーやつだな」

 おれは、キースとアシャンティに手を振って、あっちいけ、のサインを送った。だが。

「キースさん、アシャンティさん、どうか――わたしを――この人から引き離して――ください」

 おいおい、なんだよ!? 餓死寸前のくせにセックス拒否か!? いったい、どうなってやがんだ?

 そのとき、シータがいつか言った言葉が現実味を帯びて迫ってきた。

 

 ――白き血の誓いは盲従を意味するわけではありません。

 ――わたしたちは自ら死を選ぶことだって……

 

 おいおいおい! ここで終わりか!? そりゃねーぜ!

 

「ダンジョン・シーカー」 おしまい