ジャリン戦記 第三話 仔猫モノ騙り(第八回)
おれは軽くなった腰のあたりをぽんぽんとたたいた。丸腰というのはひさしぶりだな。
まあ、持っていても、使わないんだけどね。というか、使えない、だな。あんな呪われたカタナをのべつ抜いていたら、周囲はたいへんだ。男は皆殺し、女は全員犯される。おれが持つことによって、かろうじて暴走を抑えているのだ。
おれにだって分別というものはあるのだよ。
たとえば、1*歳未満の娘とヤるばあいは親の承諾を得る――心のなかで――とか、人妻には中出しをしない――三回に一回くらいは――とかな。人としてあたりまえのことはきっちり押さえているのだよ。
おれは、シルヴァイラから教わったとおり、地下室へ続く扉を探しあてた。
地下は広い部屋になっていた。賭場だ。夜になればここに多くの金持ちが集まり、獣人の娘をはべらせながら、ギャンブルに興じるのだろう。中央にはステージらしきものがあり、そこではどうやら獣人の娘がストリップやそれ以上のことをさせられているようだ。ムチや刺のついた棒、首輪などが小道具としてセットされている。
まったく、どーゆー趣味なんだ。あきれるぜ。その愚劣なショーを、後学のために見てみたいものだ。ぐひひ。
――ぐひひはまちがい、ウソだぞ。おれはそういう下品なショウは大嫌いなのだ。げへへ。
さすがに地下室は無人だった。
もちろん、番人がいたってかまわないんだけどな。どーせ、やっつけるし。でも、そうすると、この下にいるはずのゾルドを警戒させちまうことになる。
隠密行動がいちばんってことさ。
おれは、地下室の隅の小部屋――倉庫になっているらしい――に入り、その壁の一部を押した。
ぐぎ。
動いた。隙間から生暖かい風が吹きこんでくるのを感じる。
いるな。匂うぜ。
おれは隠し扉をひらいて、中にもぐりこんだ。
足音をしのばせて――というか、もともとおれは足音をたてずに歩けるんだが――隠し階段をおりた。さっきよりもさらに暗い、というより真っ暗だ。夜目がきくおれだから歩けるが、そうでなければ一歩も前に進めないだろう。
そこはせまい廊下になっていて、片側にいくつも部屋があるようだ。
各部屋には廊下に面した窓がある。のぞいてくださいと言わんばかりだ。
部屋のそれぞれはあまり広くはなく、内部には、ベッドのほか、いろいろな調度品が詰めこまれている。
調度品というのは、さっきのステージにあったやつをさらに本格的にしたようなモノだ。
産婆さんのところにあるような、あんよを大きく開かせて寝かせるような寝台とか、天井からぶらさがった鎖と腕輪だとか。壁には先端がトゲトゲのムチだとか、大小さまざまな張り型だとか、オシリ用の注射器だとかがごてごて飾ってある。
ようするに、上の部屋でおこなわれるエッチなショーを見るだけでは満足できなくなったお得意様用のプレイルームだろう。そして、そういった筋の方々は自分のプレイを他人に見せることもお好みになるというわけだ。
おれにはムチで女をぶったたいて興奮する趣味はないな。女ってのは苦痛に泣き叫ばせるモンじゃない。よがらせて、よがらせて、色っぽい声をあげさせるモンだぜ。そうだろ、な?
まあ、ぶたれて悦ぶ女もいるらしーからな、人の趣味にはとやかく言わんけど。
部屋はすべて無人だった。
そうだろうな。いまは営業時間外だ。こんな時間にプレイにふけっているとすれば、それは――
廊下の奥から声が聞こえた。かすかだが、まちがいない。
あのガキ。
おれはすすすと奥へと進み、その部屋の扉の脇に立った。
覗き窓から中をうかがう。
とりあえず、敵情視察しないとなあ。
――その部屋はほかの部屋とは一線を画す広さだった。
おそらくゾルド専用の特別な部屋なのだろう。
責め道具はフルセットでそろっている。どんな嗜好でも満足させられそうだ。
そして、部屋の中央には大きな三角木馬がある。
三角木馬を知らない人のために説明すると、三角形の木馬だ。説明終わり。
――てゆうか、みんな知ってるだろ? ぐふふ。
問題は三角木馬そのものではない。
それにまたがらされている、仔猫くんの状態だ。
はー、服は全部とられちゃってますね。
かわいいおしりがむきだしにされている。手首足首が革のベルトで木馬に固定されているから、身動きもできないらしい。
おれのほうからは、おしりの間の大事なトコロもまる見えだ。うひょひょ。
といっても、そこは基本的に縦線だけなのだ。ぴったり閉じていて、赤っぽいベロもポッチも飛び出していない。
どーやら、まだヤラれてはいないようだ。ちっ。じゃない。ほっ。
と、思ったところで、仔猫のヒップの前に中背の男が立った。格闘士がコロッセオで身につけるようなぴったりとしたパンツひとつだ。おえおえ。男の半ケツなんか見たくないぞ。
その男が放つ、ややかん高い声が耳に届いた。この声は聞き覚えがあるなー。
「アシャンティ……おまえにゃ失望したぜ。あっさりとしくじりやがってよ」
「ちょっとしたミスにゃ! つぎはうまくやるのにゃ!」
アシャンティの声だ。虚勢をはっているとすぐに知れる。わずかに震えを帯びた声。
「次だと? プロに二度めはないんだよ」
別の男の声だ。視線を動かすと、調教用のムチらしきものを手にして、目の細い背の低い男がいる。こいつもパンツルックだ。股間のもっこりが嫌な感じ。
「だって……あいつ……ただものじゃなかったのにゃ」
アシャンティの声が弱々しくなる。おれのことだな? おれの強さを崇拝しているのだな?
「髪の毛がヘンだったのにゃ。それで可笑しくて油断してしまったのにゃ」
ぬな。
「――たしかに、あの男の髪の毛は笑ってしまうな。だが、それは言い訳にはならんぞ」
むっかー。としつつも、おれの耳は、奥まったところから聞こえてきた三人目の男の声がゾルドのものであると聞き分けていた。ということは、最初の二人はあれか、酒場の前でわざとらしく逃げていった男たちだな。うん、そーいえばそーだ。
あの茶番そのものが、アシャンティをおれたちのところにもぐりこませるための芝居だったわけだな。
――にしても、おれたちがあの場にやってくることをどうやって予測した?
もう少しこいつらの話を聞いたほうがよさそうだ。
部屋の奥を覗きこむと、ゾルドは大ぶりなひじかけ椅子に腰かけている。優雅に酒なんぞ呑んでいるようだ。高みの見物というわけか。
「理由はどうあれ、おまえは任務を果たせなかった。アサッシンとしてはたいへんな失態だ。それをあがなうにはどうすればいいのか、わかっているな?」
「にゃっ……」
アシャンティが絶句する。ということは心当たりはあるのだろう。
いったいどんなコトするんだろーな、うきうき。
と思っていたら、中背の男が振りかえった。おやおや。鼻髭をなでつけて、油かなんかで跳ね上がらせてやがる。命名、ターンエー。今後、こいつはターンエーと呼ぼう。もう一人のムチ男はグフだ。理由は聞くな。
「さあて、お前たちの芸を見せてもらうとするかな。わが地下ステージの目玉、獣人調教ショーを」
ゾルドが男たちに声をかけた。楽しんでいやがる。
「かしこまりました」
ターンエーが笑う。
「すぐにひぃひぃよがらせてやりますよ」
グフも手にした鞭の先端をちろちろ舐めながら、糸目をさらに細くする。
さあて、と。
おれは手をゴシゴシした。
余興の始まりだ。