ジャリン戦記 第三話 仔猫モノ騙り(第四回)
「だから、あいつに襲われたといってるだろーが!」
「襲っていたのは明らかにおまえのほうだろう!」
キースが決めつける。
「のどをかき切られそうになったんだぞ。それを取り押さえて、背後関係をはかせようとしていたんだ」
「前をそんなふうにしてな」
軽蔑しきったようにキースが言う。視線は慎重におれの股間から外している。
おれのものは屹立してはいない。だが、半立ちでも充分にでかい。まあ、そんな自慢はいいや、この際。
「これはやむをえない生理というやつだ。おれはガキとやる趣味はない、とはいわんが、今回はちがう」
「見苦しいぞ、ウニ頭! おまえは、母親を探してたった一人で街にやってきたハーフキャットの少女をむりやり犯そうとした人非人だ! この場で斬り捨ててやるから、そこになおれ!」
キースはヴュルガーに手をかけている。
「だから、ちがうといっとろーが!」
おれとしても、少々血が頭にのぼっている。声が荒くなる。
キースが一歩踏み出す。おれも片足を出した。向こうが抜けば、こっちも動く。丸腰だが、戦いようはいくらでもある。
――やるか?
「待ってください、マスター、そしてキースさま」
絶妙の間でシータが割って入った。
「今は争っているときではありません。それよりも逃げ出したアシャンティを探すべきではないでしょうか。あの姿で、夜、街をうろついていては、さらに危険なことになるかもしれませんよ」
「そ、そうですう、ねこちゃあん、ねこちゃあん」
エミイがうろたえてあちこちに呼びかける。
「フン。クズはいつでも始末できる、か」
キースが抜きかけたヴュルガーを元にもどす。
おれは素っ裸で立ち尽くしていた。まったく、格好がつかないったらないぜ。
――そして。
エミィたちは手分けして宿屋の周囲を探しはじめた。
路地のひとつひとつに声をかけて回ったが、アシャンティは見つからなかった。当然だ。暗殺者であることがばれたのだ。特におれの前には絶対姿をあらわさないだろう。
「また襲われると思って、怖がってるんですうっ!」
エミィはおれの分析を頭ごなしに否定した。しかも、おれがいたらアシャンティが警戒して姿を現わさないかもしれないという理由から、それ以降の捜索からも外されてしまった。
真夜中をすぎて、ようやくあきらめたようで、エミィたちはもどってきた。
「また明日探せばいいじゃねえか。疲れただろ? まー、おれがベッドでマッサージとかイロイロしてやるぜえ」
おれはエミィとシータにねぎらいの言葉をかけてやった。とっとと寝室にもどって、おれにまつわる誤解を解いてやる。けけけ。男と女は一発やればすぐに仲直りできるんでい。
ところが。
「ジャリンさんとは、もう同じ部屋で寝たくありませえん」
エミィがジト目(業界用語だ)で言った。
「なっ」
「今夜はキースさんの部屋に泊めてもらいますう」
「なんだとっ!」
おれの頭に一気に血がのぼる。
しかし、エミィはおれから目をそらし、キースの影に隠れるようにしている。
「そ、そんなこと、ゆるさんっ!」
「マスター」
シータがおれに声をかける。いつもにまして冷たい声だ。
「エミィさんは本気で怒っていますよ。冷却期間をおいたほうがいいと思いますが」
「だからといって、キースと、よそのヤツと、同じ部屋だなんて」
「だいじょうぶです。わたしもいっしょですから」
ぬわにぃ〜!?
「それに、キースさんはわたしたちにヘンなことはしませんよ。だれかとちがって」
シータは落ち着きはらって言う。たしかにキースは短小で早漏で素人童貞にちがいないが、だからといって、おれの女たちは水準をはるかに超えているのだ。オトコならぜったいにクラッとくるはずだ。なにせ、おれが仕込んでいるからな。外見ばかりか、あっちのほうもすごいのだ。
「シータ、おまえまでも、そんなことをいうのか」
「――わたしは、こんなことでエミィさんを失いたくありません。それに、マスターにも反省していただきたいですし」
「おまえも、おれを疑っているのか」
「処女だったわたしの寝込みを襲ったのはどなたでしたっけ?」
がくん。
「まったく、見下げはてた男だな、ウニ頭。ようやく女性がたもおまえの愚劣さに気がついたらしい。今後はおまえが不埒な振る舞いに出られぬように、わたしが女性がたを守ってみせる」
キースばかりが張り切っていた。
夜も更けた。
なんということだ。
おれは独りで寝室にいる。
こんなことっていつ以来だ?
シータを手に入れた時からはむろん絶無だし、その前にしたって、街で宿をとれば確実におれの隣には女がいた。商売女じゃないぜ。みんな素人だ。生娘もいれば人妻もいた。翌日、結婚式を迎えるという娘もいたな。みんな、おれの魅力にメロメロになり、一夜限りでもいいから、と向こうからおれのベッドに押しかけてきた。まあ、邪掌もつかったけどな。
それにしても。
こんなことってあるか?
おれは被害者のはずだ。捕らえた犯人をどう尋問しようがおれの自由だ。なのに、だれ一人としておれの言い分を信じない。理不尽だ。神はいないのか?――いなくてもいいけど、おれの立場上。
隣の部屋のことが気になった。
壁をへだてて、そこにはおれの女がふたりいる。ほんとうなら、いまここにいて、おれのチンポをしゃぶったり、乳首をなめたりしているべき女たちだ。そして、おれのモノをかわるがわるすべての穴に受け入れて、何度も天国にのぼりつめることが許されている女たちなのだ。
なのに。
いま、その女たちは別の野郎とともにベッドに入っている。
むろん、激怒した。許さねえとわめいた。だが、エミィの冷たい視線と、シータの冷徹な言葉によって、おれの怒りは萎えた。
女に選ばれずして、なにが男か。
ドラゴンだって、オスは繁殖期になったらウロコを鮮やかに変色させて、メスの気をひく。ほとんどの生き物は、オスが自分を飾り、強さを誇示し、メスに選ばれて配偶者たることを獲得するのだ。花だって、なあ。おしべが花粉を飛ばし、これは運まかせっぽいが、めしべへとたどりつくのだ。めしべはただ待つだけだ。一番目にたどりついたものを、その強運さと、競争者を蹴落とした強靭さを理由に、おのが伴侶と認めるのだ。
だから、エミィとシータの心がかわらないの知ると、おれはだまって部屋にもどった。ここでキースに決闘を求め、勝利することはたやすい。だが、そのようにしたところで、エミィやシータの心がおれのもとにもどるとは思えない。だいいち、おれ自身が納得できない。
だから、こらえて部屋にさがった。そうして、いまこうしてベッドの上に横たわっている。待っている。エミィとシータがおれのもとに戻ってくることを。あるいは、キースの野郎に襲われて、助けをもとめてくるのを。
まんじりともできない。
――となりの部屋ではどうやら寝支度がととのったらしい。
ひそひそと声が聞こえる。壁が薄いからだ。おれは聞き耳をたてていた。
(え、でも、キースさん……)
これはエミィの声だ。なんかかわいこぶった声だ。
(だいじょうぶですよ。ウニ頭はどうせもうぶざまにヨダレをたらして寝こけているでしょう。気にすることはありません)
キースめ。むかつくぜ。
(――その可能性は高いですね)
シータ……おまえなあ。
(これはわれわれの教団に伝わるやり方なのです。心身をリラックスさせ、心にたまったいやなものを外に出すことができます。たしかに見た目はちょっと――その――奇異に見えるかもしれませんが)
なんか、おかしいぞ。キースめ、声がおどおどしている。
それに、さっきから衣ずれの音が聞こえるんだが――気のせいか?
(ひゃんっ、キースさん、裸に……)
おいっ、なんだと?
(このやり方では衣服はじゃまなのです。さあ、エミィさんも、シータさんも)
(そんなあ……恥ずかしいですう)
おれはベッドに立てかけていたカタナを手にとった。おれに助けを求める叫び、あるいは悲鳴で、おれは飛びこむつもりだった。部屋が汚れるがしょうがねえ。マモンのやつがうまいことしてくれるだろう。おれは久々に血がギシギシ騒ぐ感覚を味わった。
さあ。さあ!
(じゃ、脱ぎますう)
こて。
おれはベッドの上で転び、それから壁に耳を押し当てた。なんでだ? おい?
衣ずれさやさや。ああ。エミィがアンダー70センチのCカップをキースの野郎の目にさらしているのか?
(てへ。脱いじゃいましたあ)
なんでそんなに軽いんだ、エミィ。
(ああ……きれいな身体ですね、エミィさん)
(はうん、恥ずかしいですう。でも、キースさんにはかないませんですう。あたしの目から見ても、きれいですう)
(訓練は絶やしていませんからね――じゃあ、始めましょうか。シータさんは?)
(わたしは見学します)
シータの声はいつもとなんらかわりがない。
(いつでも参加してください)
(見てたら、きっとがまんできなくなりますう)
きし。
隣の部屋でベッドが鳴った。
ぎっ、ぎい。
(やん、ぜんぶみえちゃいますう)
(気にしないで……)
キースの声がささやいた。
(エミィさん……はじめますよ)
(はい、ですう……)
ベッドがきしみ、息づかいが聞こえた。
おれは壁から耳を離すことができなかった。うそだ、と叫びたかった。だが、音は聞こえつづけた。
(あっ、うっ……)
(エミィさん、力をぬいて……そう……上手ですよ)
きし。
きし。
ぎっ。
(いっ……いたいですう、キースさあん……)
(すみません。この体位はちょっと早かったかもしれません。これならどうですか?)
ぎゅいっ。
ぎいっ、ぎっ。
(はんっ、あっ、あ……これなら……だいじょうぶですう)
(じゃあ、続けますよ)
ぎしっ。
ぎしっ。
ぎしいっ。
(あっ、はん、身体があったかく……なってきましたあ……)
(わたしもです。もっと続けましょう)
ぎしっ。
ぎいっ。
きゅんっ。
ベッドがきしんでいる。その上で確かに肉体が運動している。息づかいが激しい。
おれは聞きながら眼を閉じていた。
(もっと脚を開いて、エミィさん)
切迫した、キースの声。
(だってぇ……はずかしいですう)
(もっと、大胆にしないと、イけませんよ)
(はあい……)
(そう――いいですよ)
ぎっ。
くちゅ。
湿った音が聞こえてくる。まるで粘膜同士がこすれあっているかのような――
ちゅくっ。
(はあんっ)
くちゅ、くちゅ、くちゅ。
(キースさあん……これ、すごいですう……)
(わたしも、感じてきました……さあ、もっと)
ちゅくっ、ちゅく、くちゅくちゅくちゅ。
ベッドのきしみも激しくなる。
(はあっ、あっ、ああっ、だめっ、だめえですうう)
ぎっ、ぎっ、ぎっ、ぎっ、ぎ。
(んうっ、うう……あ……)
息も絶え絶えなエミィの声。
おれは声をこらえ、歯を食いしばった。
たえられなかった。
おれは鞘をつかみ、身の回りの荷物だけを持って、宿を後にした。
キースの部屋からは、ベッドのきしみ音と、いまやあたりはばからぬエミィの声が聞こえていた。