偉大なる助平FF(16)


 朱理は先に立って歩きだした。

 暗い入り口をくぐって隣室に入った朱理を好男と美琴は追った。追わずにはいられない。

 その部屋は暗かった。足許がふわふわする。カーペットというより、防水されたマットがしきつめられている――そんな感じだ。

 朱理が壁際を進み、電灯のスイッチを入れる。

「あっ」

「なんだ、これは――」

 美琴と好男は口々に驚きの声をあげる。

 部屋の中央に浴槽のような――ものがある。いや、それは浴槽というよりも、棺桶のほうにはるかに形状は近い。人一人が横たわれるサイズが充分あって、そして、そのなかには緑色の液体が満たされている。

「これは――わたしのベッドだったものです」

 朱理がぽつりと言った。頬を染め、耳まで赤くしている。

「ベッドって……これが?」

 好男は棺桶ふうのものと朱里を交互に見た。

「細胞の賦活を早め、変換を助けるためのものなんです」

「フカツ? いったいなにを言ってるんだ、朱里ちゃん」

 美琴が好男に身体をよせてくる。美琴は震えていた。かたかたと歯を鳴らしながら、さっきまで責めていた好男の腕にすがる。どんなに憎い相手であっても、すがりたくなる――それほどのなにかが美琴を脅かしているのだ。

「美琴――?」

「まさか……そんな……」

 声がかすれている。

「どうしたんだ、美琴?」

 好男は美琴の肩をつかんだ。

 朱里が哀しそうに微笑んでいる。

 その指が壁に取りつけられている装置にふれた。

 電子音が鳴って、ぽうっと立体映像が投影される。

「助平!」

 好男は映像を見て叫んだ。

 助平勉の立体映像だ。学校にこなくなってからの映像だろう。かなりやつれている。華奢で、骨格そのものが細くなったような。

「やあ、色事くん。よく来たね」

 立体映像が力なく笑った。

「助平っ! おまえいったい――」

「これは録画だから、こちらから一方的にしゃべらせてもらう」

 勢い込んだ好男の機先を制するかのように、あらかじめインプットされた音声データが流れる。

「今回のことは完全にぼくの失敗だった。きみにも、美琴くんにも、あやまらなければならない。意識のすべてを――感覚器が受け取る刺激のすべてを――快感に転化することで、セックスのほんとうの意味がわかると思ったんだ。でも――ちがった。色事くんを、そして美琴くんを傷つけてしまった。その過ちは、おそらく大河原さんにも、中条先生にも――映研の男子生徒たちにもおよんでいるだろう」

「助平……」

 立体映像は言葉を続け――告白を始める。

「ぼくは――ぼくと朱里は――未来からやってきたんだ――いや、それは正確な表現ではない。この宇宙は時間軸が複雑にからまりあっていて、いろいろな可能性をはらみながら拡縮をくりかえしているから。僕たちの世界の歴史は、この世界の歴史とここまでは完全に一致はするけれど、この世界の未来がぼくたちの世界そのものであるという保証はない。でも、ごく近い歴史の流れをもつことだけは確かだ。どうも宇宙には無数の時間の流れがあって、それもいろいろよじれてからまっているらしい」

 立体映像の助平は衰えた身体に鞭打つように説明をつづける。

「ぼくたちの世界では、科学は発達していたけれど、もうずいぶん昔からセックスというものがなくなっていた。雌雄による生殖活動というものを封印してしまったんだ。そのかわり、自己受精をしてみずからの複製を作っていたんだ。つまり、同じ人間が肉体の器を取り替えながら、何百年も何千年も生きつづけていたんだ。記憶を引き継ぎながらね」

 立体映像の脇に立っている朱理がかなしげに顔をふせる。もしかしたら、恥じているのかもしれない。

「でも、だれも死なない、だれも生まれない――新しい遺伝子の組みあわせという意味で――そんな世界は次第に衰えていったんだ。すこしずつ人が減っていった。自己受精による肉体の複製を拒否して、死をえらぶ者が増えていった。そのままではぼくらの世界は滅んでしまう。だから、ぼくたちは雌雄のセックスというものを復活させようと考えて、まだその仕組みを残している色事くんたちの宇宙――つまり、この世界に、性を学びにやってきたんだ。次元の壁を超えてね」

 トンデモ本でも書かないようなふざけた話だ。ふつうならば一笑にふしてしまうところだ。だが、好男は笑えない。好男自身が体験したことそのものが明白な証拠だからだ。

「ぼくたちの死にかけた世界にくらべて、こちら側の世界は生命に満ちあふれていた。その秘密が、雌雄の性にあると考えて、ぼくは人間のセックスを研究することにした。そして、選んだ――実験体が――きみだったんだ」

 立体映像の視線は宙をおよいでいるが、朱里の悲嘆をたたえた眼が好男をとらえていた。

「実験……体……か」

「色事くんのまわりにいる人々も実験に使用――することにした。人々の性に対する考え方や衝動、そして実際にセックスをしたあとの変化など――を調べたんだ。なにしろぼくたちは何千――いや何万年も性というものから切り離されてきたから、それを一から学ぶ必要があったんだ」

 助平の映像が舌で唇を湿した。

 好男は拳を握りしめて立ちつくしていた。立体映像は殴れない。だが、殴りたかった。馬乗りになって思いきり殴りつけたいと思った。そして、たぶん、助平もそうされたがっているのではないか――という確信があった。

「色事くんが怒るのは当然だ。ぼくは色事くんの性衝動さえ操ったんだから。そして、美琴くんの――ぼくに対する気持ちもおぼろげにわかっていながら――それを利用したんだから。彼女にもしも会えたら、彼女にもあやまりたい」

 美琴は自分の名前を呼ばれた瞬間、身体をぴくんと震わせた。おそらく立体映像を作成したときの助平は、ここに美琴が来ることまでは予測していなかったのだろう。

「でも――それに気づいたときには――すべてはおそかった――ぼく自身の仮説の誤りと、それに基づいて動き始めてしまったプログラムを止めることができなかった――」

 その後を朱里が引きとるように口をひらいた。

「兄が送ったデータから、セックスというものが持つ力に気づいた一部の者たちが独自に動きはじめたのです。彼らは、この世界を利用しようとしているのです。自分たちの――わたしたちの――世界を救うために」

「救う……? 救うって?」

「この世界の人々をすべて無差別に交合させて――子供をつくるのです。われわれの世界の新たな担い手にするために」

***

「セックスこそすべてだ。快楽こそが万能なのだ」

 極太は自分の頭の中に流れこんでくる真理に酔いしれていた。これなのだ。静香をあんなにも妖絶にし、強くしたものは。小出にしろ長崎にしろ、この真理を悟ったからこそ、正しく振る舞えるのだ。おそらくは真由美や沙世も、この真理にそって動いているのだ。

 人間は神経の刺激ですべてを認識している。

 眼が見ているものは、視細胞の興奮だ。

 耳が聴いているものは、聴細胞が受けた刺激だ。

 そこにあると思っているものは、触覚がそう信じているだけだ。

 温かさも、冷たさも、皮膚のセンサーが採取したデータを脳が翻訳しているだけなのだ。

 脳が「そうだ」と思うからこそ、世界は在る。

 人間が感じる苦しみ、肉体的な痛みや、哀しみ・恐怖・怒り・嫉妬――負の感情のすべても、脳がそれを自らに架しているのだ。

 だとするなら、脳が受ける刺激をすべて「快」にしてしまえばいい。

 ただ気持ちよくなればいい。

 性がもたらす快楽で神経を満たしてしまえば――脳を溺れさせてしまえば――幸福ではないか。ほんとうの意味での解放ではないか。

 そのステージにおいては、親子であろうが兄妹であろうが、禁忌など完全に消滅する。肉体という器さえ、さほどの意味を持たない。快さえあれば、身体が壊れても、究極的には肉体が死んでしまっても、べつにかまわないではないか。

 それが愛そのものだ。人は、まぐわうことで、愛そのものになれるのだ。

 極太はイメージした。人類そのものがひとつの愛になっているさまを。それは光り輝く一個の球だ。だれもが快楽にうちふるえている。無色の光輝のなかで、ひとつに溶けて喜悦の声をあげつつげる。なんとすばらしいことだろう。

 そもそも、なぜ、個々の肉体に分かれている必要があるのか? ひとつになればこんなに気持ちがいいというのに。肉体の垣根をこえて、とろけあえば――それぞれの神経をつなぎあって、オルガスムスを共有すれば――あらゆるいさかいも憎しみもなくなってしまうだろう。それが人類の究極の姿でなくてなんであろう。

 極太は、沙世のアヌスから男根を引き抜くと、今度はそれを膣の入口にあてがった。射精したばかりだというのに、硬度もサイズもまったく衰えない。それどころか、さらに大きさを増している。黒い竿に太い血管が走りまわり、瘤を作っている。

「ああ……お父さんのオチンチン……? これ?」

 沙世は手探りで父親の性器に触れる。亀頭の感触を熱心にたしかめる。

「そうだよ。さっきまで沙世のおしりの穴に入っていたオチンチンだ」

「お父さんの……すごい……固くて、熱くて、ビクビクしてる――これで、お母さんともエッチをしたの?」

「そうだ。おまえのお母さんのココに――」

 極太は沙世の性器の亀裂を指で広げていく。

「オチンチンを入れてこすりたてたのさ。そして、出来たのが好男と沙世だ。おまえのお母さんはすごい名器だったんだぞ。お父さんが知っているなかでも一番だった」

「ほんと?」

 母の記憶のない少女は父親を見あげて懸命に訊ねる。

「お母さんのって、よかったの?」

「ああ、最高だった」

「沙世のは? 沙世のはどう?」

「おしりは負けてなかったよ。こっちはどうかな?」

「はやくぅっ! お父さん、はやく、沙世のおまんこ確かめて! お母さんのおまんこと比べてみて、お願いっ!」

「わかった――入れるよ」

 もはやリミッターが壊れてじゅぷじゅぷになっている沙世の性器に、極太は巨大な陽物を挿しこみ奥に沈めていく。

「あああっ! おっ、おっきいよぉっ! お父さんのオチンチン、おおきいっ!」

 沙世がのけぞる。薄い胸に肋骨の陰影が浮かびあがり、肥大した乳首だけがピンと立ちあがって天井を指している。

「沙世の中――ものすごくきつい――ちぎれそうだよ」

 ぎゅちぎゅち音をたてそうなほど、入口の粘膜がひろがっている。その圧倒的に狭隘な肉の通路を松笠のように張りだしたカリが押しひろげながら、奥をえぐっていく。

「うあっ! ひぃう……っ! お父さんのオチンチン、感じるよ……お腹のなかが苦しいよ――お父さんので一杯……だよぅっ!」

「うねってるよ、沙世――お母さんと同じだ。お父さんの気持ちいいところでちょっと曲がってて、サイズは小さいけど――ざらっとしてる襞が――そっくりだ」

「ほんと? お母さんと同じ? 負けてない……?」

 父の快感にゆがむ顔を嬉しそうに少女は見上げている。

「ああ……すごく気持ちいいよ。沙世のはお母さんよりもいいよ。お父さんのために造られた身体だ」

「ああっ、お父さん、うれしいっ! 沙世、幸せ……ぇっ」

 泣きながら少女は腰を揺する。限界をはるかにこえるほど膣を拡張され、さらに子宮の中にまで長大なものを挿しこまれているのに、少女ははげしい快感と深い満足感を得ているのだ。

「沙世っ! 沙世っ! お父さん、出していいか? 沙世の中に出していいか!?」

 極太はテクニックもなにもかなぐり捨て、ただがむしゃらに腰をうちつけている。原始的なセックスだ。臀部の筋肉が変形するほど、激しい出没運動を続けている。

「あっ! あはあっ! いひぃっ! いひぃっ! 出してっ! 出して、おとうさんっ!」

 沙世も泣きむせびながら、父の苛烈な責めに耐えている。初めての海におびえてしがみついた時のように、ひしと抱きついて、父の汗の匂いを感じながら、陶酔しているようだ。

「お母さんと、おなじにっ、してっ! お父さんのっ、精液、ほしいっ! 中に、たっぷりっ! お父さん、お父さん、お父さん――愛してるっ!」

「あああっ、沙世っ! 沙世ぉっ! おれも、愛してるぞっ!」

 極太はペニスを沙世の子宮に突きたてた。娘の生殖器官の最も聖なる部分に亀頭を接触させ、内臓の熱と感触を感じながら、精嚢に残ったすべての精液を噴射する。

 真っ白になる。

 世界がこの瞬間終わってもなんの後悔もない。

 いや、むしろ終わってほしい。これ以上の瞬間があるとは信じられない。

 だが――愛の世界では、これが永劫、続くのだ。

「おああああっ! 沙世ッ!」

「お父さぁあああああああ――んぅッ!」

 射精が続いている。爆発的な快感がそのたびごとに灼熱し、細胞レベルでの興奮がピークメーターを振りきっていく。

 が――

 爆発のエネルギーはある一点においてどこかに向けて収束していった。吸い取られていく――

 どこへ?

 愛の世界は永久機関のように、終わりのない幸福を約束するのものではなかったのか――?

 なにかが空虚になっていく。奪われていく。

 快楽の余韻に翻弄されながら、親子は喪失の予感にたがいを抱きしめあった。

 生まれたものがなにかあった。

 奪われたものがなにかあった。

 なにかが――なにかが狂いはじめている。

第四章おわり