偉大なる助平FF(13)


第四章 沙世

 朱理に導かれて、好男と美琴は階段を降りていった。この屋敷には地下室があるのだ。

 階段は暗く、やや急だ。

 好男は、傍らの美琴がごく自然に自分の腕にすがってくることに驚きをおぼえる。

 闇が不安だからだろうが――悪い気分ではない。手を握ってやる。手と手が触れあうだけで、どきどきしてくる。なぜだろう。

「こちらです」

 階段を降りきった朱理が白い顔を見せる。

 好男の手を握る美琴の指に力がこもった。うっすら汗をかいているのがわかる。

 朱理の背中を見失わないように二人は地下室の廊下を進んだ。廊下はうっすらと青い照明が明滅していて――なぜだか海の底のようだ。

 どれくらい歩いただろう。暗闇のなかだと距離感ばかりか時間の感覚さえも不確かになる。ものすごく長いあいだ歩いたような気がする。

 と。

 朱理が立ち止まる。

「ここが――兄の部屋です」

 扉があった。金属製の大きな扉だ。まるで業務用の冷凍庫の扉を思わせる。

 美琴が小刻みに震えている。好男は助平の発明の異常な才能を知っているから、さほどの違和感はない――まさにマッドサイエンティストの巣窟にふさわしいとさえ思う――が、美琴にとっては驚きの連続だろう。

 その巨大な扉はほっそりとした朱理ではとても開けられなさそうに見えたが、その白い掌が押しただけで、すっと開いた。

 朱理が扉の内側に姿を消す。まるで闇に飲みこまれたように見える。

 好男はたたらを踏んだが、美琴のほうは先に進んだ。わずかな照明に照らされる美琴の横顔は、唇をきゅっと引き締めていて真剣そのものだ。

 美琴は対決しようとしている。大好きな助平の正体を知ろうとしている。好男は尻込みしている自分が恥ずかしかった。

 美琴の後に続いて、扉のむこうに足を踏み入れた。

 ――軽いめまいがした。頭のなかの軸がぶれるような――不思議な感覚だ。

 気がつくと、明るい部屋のなかにいた。ふりかえると、扉はもう閉まっている。

 その部屋は――広かった。そして、雑然としていた。

 壁はコンクリートの打ちっぱなしだ。床はリノリウムとでもいうのか、病院の廊下のような素材で、白と黒の市松模様が描かれている。

 壁際のキャビネットにはファイルや磁気ディスクのようなものがぎっしりと詰められているかと思えば、見たことのないような機械やモニターが突っ込んでもある。

 部屋のほぼ中央には大きなデスクがあり、その上はそれこそ混沌(カオス)だった。絶妙なバランスで機械や工具が積みあげてあり、咳払いをするだけで様相がかわってしまいそうだった。それらの機械のなかには好男が見知っているものもあったが、ほとんどは用途さえ見当つかない。

 なにごとにも几帳面な助平のイメージとはちょっとそぐわないが、助平もこの空間でだけはリラックスをしていたのかもしれないと思う。

 デスクの上にはコンピュータが置いてあったが、それはなんのへんてつもないメーカー製のPCで、その点は意外だった。てっきり、ものすごい自作PCだと思っていたのだが。PCは立ちあがっており、モニターではスクリーンセーバーが動いていた。

 どうやら部屋はここだけではないらしく、奥の壁にぽっかりと入り口が開いているが、その向こうは暗くてなにがあるのかまではわからなかった。

「ここ、助平が出ていったままなの?」

 好男は机のそばに立って、朱理にたずねた。

 朱理は隣の部屋の方を見ていたようだ。好男の声にはっとふりむく。

「……ええ」

「ベッドとかないけど……寝るのは別の部屋? あ、隣がそうなのかな」

 好男は暗い入り口の方に歩きかけた。朱理がその腕をつかむ。

「だめ……です……。そっちは……」

 朱理の顔がかすかに紅潮している。細くて長い指にはかなり力がこもっている。

 好男は朱理の香りを感じて、立ち眩みに似た感覚を味わった。なんて心地いい香りなんだろう。香水じゃない。朱理自身の匂いなのだ。

 朱理の顔を見つめていた。自分でも気づかないほど長いあいだ。

「え……と……ごめん」

 好男はなぜか照れて、自分から身体を離した。

「でも、なんで? なにか都合悪いの?」

「その……あっちの部屋は――」

 朱理は口ごもった。言いづらそうだ。

 その時だ。美琴の声がした。

 美琴はキャビネットの機械類の前にいた。立ちすくみ、一点を凝視している。

 そこにはモニター類と機材がごてごてと固まっている。そのモニターがいくつか点灯していた。偶然、スイッチに手が触れたか、したのだろう。

「そ……んな……」

 美琴が肩を震わせている。何かが自分の中から這い出してこようとしているかのように、自分自身に腕を巻きつけ、いましめている。

「これは――ヨットのなかの――ああ……っ!」

 頭を抱える。身体を折り曲げる。

「美琴!?」

 好男は驚いて、キャビネットの方に走りだす。

 美琴の細い身体を後ろから抱きとめる。そうしない、床に倒れこんでしまっていたろう。

「どうしたんだ!?」

 好男は美琴をのぞきこむ。美琴は真っ青だ。唇まで変色している。

「色事くん……!」

 その瞳に、かすかな理解の光が浮かぶ。次の瞬間、美琴は身体を硬くし、自分の脚で立とうとする。

「さわらないでっ!」

 強い拒絶だ。怒りすらはらんでいる。好男は戸惑ってしまう。

 美琴の態度の急変に対応できない。

 好男は手がかりを求めて、モニターの方に目をやる。美琴がハッとした表情になり、好男の視線をさえぎるように身体をモニターの前に入れた。

「だめっ! 見ちゃだめっ!」

 美琴は恐怖さえ感じているかのような切羽詰まった声を出した。

「なんだよ……いったい……」

 好男は呟くしかない。と。どこからともなく小さな声が聞えてくる。どこかにスピーカーがあるのだ。

 女のあえぎ声のようだ。

 どこかで聞いたことがある声だ。身近でよく知っているような――

 好男の頭のなかで、どこかとどこかがつながった。言葉にはできないが、理解した。

「どけっ!」

 好男は美琴の身体に手をかけて払いのけていた。体重の軽い美琴は小さく悲鳴をあげて床に投げ出される。

「だめよ、色事くん! あなたは見ちゃ、だめぇっ!」

 美琴の泣き声を聞きながら、好男はそれを見た。

***

***

 極太と静香の粘膜の触れあいは一体何度の絶頂を数えただろう。

 静香のあらゆる穴が、あらゆる箇所が、極太の身体に快楽をもたらした。

 その快楽にはおそろしいほどの説得力があった。

 もともと性行為を平凡な男の何倍・何十倍も愉しんできた極太ではあったが、その極太をして、快楽だけがほんとうのことで、それ以外のすべて――極太がいままで歩んできた人生そのものが無意味なものだと「悟らせる」ほどだった。

「これ以上の快楽はない……んだろうな」

 極太が夢見ごこちのうちにもらした述懐を、静香は優しく嘲笑した。

「そんなことはないわ。まだまだ、ほんとうのお愉しみはこれから」

 そのとき、面談室のドアがノックされた。

 極太の理性がわずかによみがえる。服のありかを思い出そうとした。

 だが、静香は余裕たっぷりに――

「お入りなさい」

「お、おい、先生――」

 静香を止めようとした極太は、ドアがゆっくりと開くのを見た。

 そこに立っていたのは――

「お、おじさん?」

「真由美ちゃん――か?」

 廊下にいたのは、制服姿の大河原真由美だった。シャワーでも浴びたのか、髪の毛が濡れている。極太に気づいて、さも意外な人物を見たように眼をまるくしている。

 極太にとっては近所の娘さんだ。子供のころはよく好男のところに遊びにきていた。

「あら、大河原さんだったの。そんなところに立っていないで、まあ、入りなさいな」

 素裸の静香が笑いながら招じ入れる。

「ま、待て、なにを考えて……わっ」

 極太が言いかけて、自分の股間の状態にあわてる。

 ためらいながら真由美がドアをくぐって室内に入ってくる。極太の下半身を見ないように視線をずらしている。

「あの……小出くんと長崎くんは……?」

「んふ……そうね……」

 静香は意味ありげに微笑みかける。

「あの二人は取り込み中だから、もうちょっとかかるかもね。先に始めておく?」

「え……でも……」

 真由美はちらちらと極太のほうを見る。ためらっている。

「好男くんのお父さんだからとまどってるの? でも、もう極太さんも仲間なのよ」

 静香は極太にしなだれかかり、その股間に手をそえる。

「よっ、よせ!」

「なにをいまさら……」

「子供が見ている前で――やめろ」

 わずかな常識が――すでに押し流されたと思っていた感覚が、うっすらとよみがえる。大河原真由美は息子のガールフレンドだ、という認識がある。それに、真由美の父親とは気のおけない飲み友達だ。

「大河原さんはもう子供じゃないのよ――ほら」

 どういう仕掛か、テレビの画面がまた光をとりもどす。

 ぽう――と輝くブラウン管には、真由美が柔道着姿の少年たちとからまりあっている姿が映し出される。

 全身をまさぐられ、肌を上気させ、汗みずくになって、淫語をわめきつづけている。膣をえぐられ、肛門をさらし、唇をつかって精液をすすっている。

「いやっ……!」

 真由美は手で顔をおおった。

 極太は映像を食い入るように見つめる。

 信じられなかった。目の前のセーラー服姿の少女が、こんなにいやらしい――

 たしかに、最近、女っぽくなってきたと思っていた。正直なところ、食指が動かなかったといえばうそになる。

 だが、極太も父親だ。息子と仲がいい女の子に手を出そうとは思わなかった。それに、どうしたって、真由美の父親の顔がうかんでくる。

 あいつは知らないんだろうな、自分の娘がこんな――

 極太は思い、同時に気づく。

 おれだってそうだ。沙世があんなふうに――

 なにかが首をもたげた。

 欲望だ。それも、黒々として粘度の高い、狂暴なかぎろいだ。

「ああ……大きくなったわ」

 静香が華やいだ声をだす。

「大河原さんも、さわってごらんなさい。極太さんのオチンチン」

「でも……」

 真由美は声をくぐもらせる。でも、目はもう極太のその部分から離せなくなっているようだ。無意識にか、舌先が覗いてかわいた唇をしめらせる。

「じゃあ、いいわ。先生が独り占めしちゃう」

 静香は宣言すると、極太のものを口のなかにおさめた。音をたてて舌をからめる。

「まって……! せんせ……わた……しも……」

 真由美がスカートの前をおさえながら、切れ切れに言った。