偉大なる助平FF(5)


第二章 真由美

「じゃ、そゆことでよろしくっ!」

 後輩たちに練習の指示を出し、顧問の先生にあいさつして、真由美は元気よく柔道部室をとびだした。つぎの大会までしばらく余裕があるから、早退はすんなり受け入れてもらった。もともと人一倍練習をする真由美だからこその対応である。やっぱり人間はふだんのおこないが大切なのだ。

「ああ、もう二人とも行っちゃったろうな……」

 腕時計を見ながら真由美はつぶやく。もう好男と美琴は助平家に着いているかもしれない。

 美琴が助平に片想いしていることは、真由美にはわかっていた。最初は気味のわるいところもある少年だと思っていたが、いまではすっかり美琴の応援をするつもりになっている。

 ついててあげなきゃ、心配だもんね。好男、じゃなくて、色事くんにまかせていたら、美琴の身が危険だわ。

 近道をするつもりで、旧校舎の角を曲がった。そのとき。

「大河原さんじゃないか」

 声をかけられた。

 反射的にストップする。ふりかえると、そこに小太りの男子生徒がいた。同学年らしいが、ほとんど会話もしたことがない生徒だった。たしか映研の……

「ぼく、長崎。おぼえてない? 一学期に、ビデオを撮る件で会ったろ」

「ああ、そういえば」

 好男との賭けに負けて、ヌードビデオを撮る、撮らない、といった話になったときのことだ。その打ち合わせと称する集まりで、たしかにこの少年と、もうひとり、ひょろっとしたのと顔をあわせたような気がする。その程度の印象だ。

 その長崎なる少年がねちっこい口調で話しかけてきた。

「あのビデオ、惜しかったねえ。せっかくあそこまで撮影したのに、完成させないなんてもったいないよねえ」

「なにいってるのよ、撮影なんかしなかったじゃない」

 真由美は眉をひそめた。どうも、長崎とかいう少年の表情が気に入らない。どこか居丈高で、自信満々だ。それでいて、ラリっているかのように目の焦点がいまひとつあっていない。

「撮ったんだよ、ほんとうは。きみが忘れているだけさ」

「なに言ってるのか、わかんないわ。あたし、急いでるから」

 相手にしていられない。真由美はさっさと行こうとした。

 と、行く手にもうひとり少年が出現している。痩せているが、長身だ。

 たしか、小出、とかいったか……すこしずつ真由美の記憶がよみがえる。あのとき、すごく不愉快なビデオを見せられた気がする。たしか助平が作ったとかいうCGムービーだ。内容ははっきりとは覚えていないが、なにか、いやらしい内容で、それで真由美は怒って……。

「きみが見たビデオって、これでしょ」

 小出というらしい長身の少年が、まるで真由美の思考を読んだかのように、ノートパソコンの液晶部分を真由美の目の前に突き出した。

 パソコン上で、ムービーが再生されている。

 CGなんかではない。リアルな映像だ。真由美自身が映っている。

 真由美が笑っている。

 真由美が泣いている。

 真由美が踊り、そして歌っている。

 そこにいるのは演じている真由美だった。女優としての大河原真由美だった。

「これって……あたし……?」

 信じられない。そんな表情を自分がうかべることができるなんて。そんな表現を表情と仕草だけで実現できるなんて。

 だが、映像のなかの真由美はそうしたことを完璧にこなしているのだ。

「あたしが……これを……?」

 真由美は茫然として、長崎と小出の顔を交互に見た。

 長崎と小出はうつろに笑っている。

「そうだよ。きみがすべて演じたんだ」

「きみは最高の女優さ」

「あたしが……女優……」

 真由美はディスプレイのなかの自分を見つめていた。ディスプレイのなかで、真由美自身がうなずいた。

「そうよ、わたしは女優」

 その時にはすでに真由美の意識は何者かに操られていたのかもしれない。あるいは、封じられていたほんとうの真由美が目ざめさせられたのかもしれない。

 いずれにせよ、そこにいるのは表現のためならばなにものもいとわない女優・真由美だった。

「さあ、撮影の続きをしよう」

 長崎が真由美の手をとった。

 いつもなら速攻で振り払い、逆に関節を極めているところだが、そうはしない。

「もう、準備はできている」

 小出がいざなうように歩きだす。真由美はそのあとにしたがった。

 旧校舎の一角。誰もが忌避して決して近づくことのない映研の部室へ。

**

*

 呼び鈴を押してからどれくらい待たされたのだろう。

 好男にとっては気まずい沈黙の時間だった。

 傍らにいる美琴の肉体を意識しないではいられなかった。

 ほんの一週間前、好男はある程度助平に操られていたからとはいえ、この鳥羽美琴を抱いてしまったのだ。

 その肢体の感触、体内の熱は、今でもはっきりと思い出せる。

 そして、その翌日以降、好男は美琴の変化をはっきりと感じていた。

 身体からあふれだす女らしさというか、明確なフェロモン。それまでの美琴は愛らしい人形だった。だが、あの日以来の美琴は「女」としての存在感を持つようになっていたのだ。

 子供子供した甘えた態度が見られなくなり、しっとりとしながらも芯の強さを感じさせる――そんな感じ。

 その変化は、わずかずつだが、周囲の美琴評をも変えつつあった。

 美琴は、真由美の庇護下になければ、女子の一部グループからいじめにあいかねない脆弱さがあった。それは、異性にとっては魅力的だが、同性には好かれにくい「甘ったるさ」を彼女が持っていたからだ。

 その「甘ったるさ」を卒業して、おとなの女性に変化しつつある兆しを、同級生の一部は感じつつあるようだ。

 ここ数日、真由美以外の女子とも頻繁に言葉をかわすようになってきている。男子ともだ。赤くなることもなく、対等に、自然に会話ができている。

 美琴にとって、あの「体験」は無意識の領域で彼女を成長させたのだろうか。あるいは、それも助平の「操作」なのだろうか。

 いずれにせよ、美琴と共に、助平と顔を合わせることに、好男はある種の感慨とためらいを感じずにはいられない。

 と。

 玄関が開いたようだ。だれかが出てくる。助平だろうか? いや、お手伝いさんとかかもしれない。

「いらっしゃい――ませ」

 門が内側から開いて、小柄なひとが頭をさげていた。

 好男は息をのんだ。

 白のワンピース、まるで下ろしたての一着にそでを通したばかりのような初々しさを放つ少女がそこにはいた。

 栗色の髪がさらさらとほのかな風にゆらいで、シルエットを微妙に変えている。

 抜けるような白い肌に、絶妙な角度を持つ輪郭――骨格から整っている、そんな印象をあたえる容貌だ。

 ヨーロッパの映画でありそうな、「高原の避暑地にやってきた美少女」といったおもむきがある。

「あ、あの……」

 好男は度胆を抜かれて言葉がでてこない。

 かるく小首を傾げた少女の髪がゆらいで、不思議な芳香が鼻腔に届くと、さらに動転してしまう。

「あの、わたしたち、助平さんの――勉さんの――同級生です。しばらく学校にいらっしゃらないので、心配になって、お邪魔したんです」

 美琴のほうがずっとハキハキしていた。以前なら好男の陰に隠れてしまいかねなかったのに。

「わたしは鳥羽といいます。こちらは色事くんです。あの――勉さんは、おうちにいらっしゃいますか?」

 美琴に視線を向けた少女の表情がわずかに柔らかさを増した。

 ていねいに頭をさげる。

「兄の同級生の方ですか――。わたしは朱理といいます。もしもよろしければ、おあがりいただけませんか?」

 助平について、いる、いないとも言わず、朱理と名乗った少女は、美琴と好男を玄関の方へいざなった。

 問い詰めるわけにもいがず、半ば誘導されるようにして、美琴と好男は門をくぐった。玄関までは石が敷き詰められ、清潔な感じで打ち水されている。

 ふと、好男は門の方を振りかえって、奇異の念におそわれた。

 門の外が奇妙に暗い。まるで、その外だけが夜のように、あるいは、映画のスクリーンに映った映像のように――どことなく異世界のようだ。

 だが、朱理と美琴がどんどん先に行くので、取り残されまいと、好男もその後を追った。

**

 柔道部の練習場は、講堂の二階部分にある。剣道場は隣だ。

 すでに通常の部活時間は終わっていたが、試合の近い男子部員が十名ほど、居残り練習の乱取りをしていた。

 練習を監督していた三年生で部長の佐々木は、練習場の戸が開いたのに気づいて振りかえった。

 そこには、柔道着姿の大河原真由美が立っている。

「あれ、大河原、今日は早退したんじゃなかったのか?」

 佐々木の問いかけに、真由美は愛くるしい笑顔を浮かべた。佐々木はちょっとドキっとする。大河原真由美は女子柔道部のエースというばかりではなく、柔道部全体のアイドル的な存在だった。むろん、さっぱりとした真由美の性格からして、それはどろどろとしたものにはなりえず、あくまでも柔道を通じての交流なのだが。

 しかし、最近とみに可愛さを増している真由美を女子としてまったく意識しないようにすることは、健康な中学三年生の男子には難しい。

 真由美は上ばきを脱いで、柔道場にあがりながら、おどけたように舌を出す。

「やっぱり、練習したくなっちゃって――女子部、もう帰っちゃってますよね」

 男子に比べて人数も少なく、真由美以外はさほど強くない女子部は、居残り練習には参加していなかった。

「先輩、悪いんですけど、乱取りに入れてもらえますか?」

 実力的に女子部のなかで隔絶している真由美にとって、男子にまざって練習することは珍しいことではない。

「いきなり乱取りでいいのか? まあ、大河原なら問題ないだろうがな」

 身長百七十センチ、体重六十五キロの佐々木は、一応、黒帯も持っている。その佐々木でさえ、本気モードでは真由美にかなわないのだ。体重的には二十キロ以上の差があるのに、である。

「じゃあ、まずおれとやろう」

 佐々木が言うと、小柄な真由美は嬉しそうに畳をとたとたと蹴って、駆け寄ってくる。

 佐々木は違和感を持った。おかしいな――なにかが、いつもと違う。

 真由美が佐々木の左衿をつかみ、右袖を取る。

 神速の内股がくる。

 わかっていてもどうしようもない。

 世界が回転し、佐々木は畳に叩きつけられた。むろん、受け身は取っている。

「先輩、隙だらけですね」

 真由美が笑いかけてくる。練習中に笑うのは、真由美にはめずらしいことだ。

 悪意はないとわかっているのだが、下級生の女子にそう言われると、佐々木もちょっとおもしろくない。

「よし、じゃあ、次からは本気でいくぞ」

 真由美と持ち手争いになる。

 両衿が取れた。よし、と思って、衿を引く。

 その時だ。

 佐々木は目をうたがった。

 真由美の白い胸が見えた。全体ではないが、付け根からふくらみの大半が露出している。

 あわてて佐々木は手を放した。

「おっ、おい、大河原、Tシャツ、忘れてるっ」

「せやっ!」

 佐々木は真由美に潜りこまれた。真由美の得意技の背負い投げだ。

 背中からモロに畳に落ちた。星がとぶ。

「おい……そりゃ、ないぜ」

 佐々木は咳き込みながら畳にはいつくばった。

 真由美が屈みながら、佐々木を助け起こす。

 その姿勢だと、柔道着の中がほとんど覗けてしまう。真由美の胸はそんなに大きくはないから、先端さえ見えそうだ。

 佐々木は顔をそむけた。ラッキー、と思うより先に、刺激が強すぎる。

「先輩、ちゃんと練習しましょうよ。どうしたんです、さっきから」

「あのな、大河原、おまえ気づいてないのか」

 目のやり場に困りながら、佐々木は言う。真由美はくすくす笑った。

「なに言ってるんです、先輩。邪念多すぎですよ」

「おい……いい加減にしろよ」

 佐々木としても、あまり下級生に舐められていては、部長としてのしめしがつかない。眉をしかめて、真由美を見あげる。二度の組み手で少しゆるんだ柔道着の下の白い肌が目に灼きついた。思わず、唾を飲みこむ。

「しらねーぞ、どうなっても」

「望むところですよ」

 真由美が挑発的に言う。

 佐々木は今度はいきなり真由美の柔道着を掴みにいく。

 衿を取る。左右に開く。全開される真由美の胸――と思った瞬間、足を払われている。

「まだまだ!」

 真由美があおる。

「くそっ!」

 佐々木がつっかかる。もはや目的は、真由美の柔道着をはぐことにかわっている。

 それをいなされ、腰を払われる。

 傍から見ていると、熱のこもった乱取りに見える。

 が、じょじょに周囲の男子部員も異変に気づいてきた。

 真由美の肌の露出がいつもとは比較にならない。

 衿がゆるんだ柔道着から胸のふくらみを半ばのぞかせながら、ほどけかけた帯を直すそぶりも見せない。

「おいおい、マジかよ……大河原のやつ、Tシャツ、着てないんじゃないか?」

「ノ、ノーブラだぜっ」

 練習の手をとめて、真由美と佐々木の乱取りを注視しはじめる。

「おっ、いま、一瞬見えたぜ!」

「ち、乳首……っ?」

「うそっ、おれ見てねえっ」

 もはや、練習にならない。乱取りしているのは、真由美と佐々木、一組だけだ。

 十数度目の畳への落下で、佐々木が立てなくなった。

「次、だれか相手願います」

 上気した肌に汗をうかべた真由美が、周囲の男子部員たちに声をかける。もはや、ほとんど上衣がはだけ、隠れているのは胸の先端の肝心なところくらいで、おへそまで見えてしまっている。

「お、おれが」

 二年生の西田が応じる。西田は、最近、真由美にラブレターを送ったばかりだった。きちんとした返事が来たが、内容は「ごめんなさい」だった。いまは特定の男子と交際する時期ではないと考えていること、柔道部の仲間として西田と一緒に部活をがんばりたいと思っていること――が真摯な文章で書かれてあった。

 ふられたとはいえ、悪い気はしなかった。むしろ、まじめに返事をしてくれた真由美の態度に感動した。それ以降の真由美の態度も悪びれておらず、かといって西田を避ける様子もなく、まったくふだんと変わらなかった。おかげで西田もごく自然に真由美に接することができた。

 あらためて真由美に惚れなおしていたところだったのだ。

 それが、この異常な――考えられないふるまいである。西田の脳はスパークしていた。矢も盾もたまらず、志願した。

 ほかの男の目に真由美の肌をさらしたくないと思う気持ちと、自分がそれを最初に見たいという気持ちと、こんなことはやめさせなければならないと思う気持ち、それらがぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。

「西田くんか――いいよ」

 真由美がにやっと笑う。いつもの男の子っぽい笑みだ。だが、それだけではない。西田の心をかき乱すようなエッセンスが含まれている。

 強いていえば、「誘い」だ。

 乱れた上着を直すこともなく、真由美が両手を前に差し出して、構えをとる。

 西田の視線はどうしても胸元に向かってしまう。

 夏の名残の日焼けも、さすがに胸元までは及んでいない。肌のコントラストがさらに西田の視覚を刺激する。

 そこに気を取られていたせいか、いいように真由美に技をかけられて畳に激突する。

 痛みよりもなによりも、その瞬間の真由美の肌の露出にばかり神経がいってしまう。

「どうしたの、西田くん。それっきりでいいの?」

 真由美のからかうような口調に、西田は我にかえる。

 そうだ。大河原の真意を確認しなくちゃ、ならないんだ。

 西田は立ち上がり、真由美に飛びついていく。

 周囲の男子部員が真由美を注視していることが痛いほどわかる。

 真由美の片衿をなんとか取り――それは真由美が取らせてくれたっぽいが――身体を寄せていく。

「大河原、なに考えてんだ!? こんなことしてたら――みんな、なにすっかわかんねえぞ!」

 真由美に叱責口調で言った。むろん、なにするかわからない中には、自分自身も含まれている。

「西田くんは、なに――してくれるの?」

 真由美は笑っている。身体をひねった。肩から柔道着が抜ける。

 完全に左の乳房が露出する。桜の花びらの色をした乳首が西田の視界に飛び込んでくる。

「あっ」

 西田は頭の中が白光で包まれた気がした。

 好きな女の子の胸を、こんな形で見ることになるなんて――

 その一瞬のち、西田は背中から畳に激突していた。意識が遠のく。

 それから、数名の男子部員が乱取りに挑み――玉砕した。真由美の柔道着はもはや帯も解けて、羽織っているだけ――だが、その柔道着を引き剥がすに至る前に、男子部員の身体は畳に叩きつけられていた。

「次は、おれが行きます」

 真由美の前に大柄な少年が進み出た。まだ一年だが、身長は百七十五センチ、体重は九十キロ近くある。

 金原正男。今年の柔道部の新入生のなかでも大器と目されているが、素行はよろしくない。先輩を先輩として見ない傲慢さがあり、佐々木部長の頭痛のタネでもある。

 なにしろ巨体であり、小学校時代にすでに全国トップクラスの実力を備えていることを鼻にかけ、自分よりも弱い上級生に対して、あからさまに舐めた態度を取ったりした。

 その金原を入部以来はじめてヘコませたのは、真由美だった。

 倍以上も体重差があるにもかかわらず、練習試合で金原から見事に一本を奪ってみせたのだ。

 以来、金原の傍若無人さはすこしはマシになった。なぜなら、少しでも上級生を舐めた態度をとろうものなら「女に負けた」ことを持ちだされるからである。

 だが、同時に金原の真由美に対する恨みは深く刻みつけられ、深く潜行した。

 その金原が、半裸の真由美の前に立ち、舌なめずりをした。

「大河原センパイ、おれが相手でも、いいっすよね」

「いいわよ、金原くん」

 真由美は目をわずかに細めて応える。息はさすがに荒く、汗も噴き出している。だが、表情に浮かぶ余裕はいささかも失われていない。

「センパイ、寝技もアリっすよね」

 じりじり間合いを詰めながら、金原は言う。

 真由美は不敵に笑う。

「もちろん。あたしを倒せたら、ね」

 金原はそれには答えず、いきなり突進する。体格差を武器に一気に真由美を押し倒そうとする。

 真由美は軽くサイドステップして金原の突進を暴走に変えた。

 金原は足をすくわれ、巨体を宙に舞わせた。

 ものすごい音がして、畳が揺れる。

「まだ……まだっ!」

 金原がすぐさま立ち上がる。

 突進をかける。

 真由美がそれをかわす。

 ――惜しい!

 ――金原、次はいけるぞ!

 奇妙なことに、部員たちが金原に声援を送りはじめていた。乱取りで真由美にこてんぱんにやられた連中ばかりではない。部員たちは誰もが、真由美が金原に捕まるシーンを期待するようになっていたのだ。

 それに気をよくしてか――金原の突進が鋭さを増した。

 一方で、真由美のフットワークには翳りが出はじめていた。

 なんだかんだいって、何人もの男子相手に乱取りを続けているのだ。

 さしもの天才柔道少女にも疲れが出ておかしくない。

「金原! 膝を刈れっ!」

 佐々木からアドバイスが飛ぶ。

 金原の身体が低く沈んだ。

 真由美の対応が少し遅れる。

 金原の腕が真由美の膝にあたりに巻きついた。

 そのまま、肩で押す。体重をかける。

 真由美のバランスが崩れた。

 一本負けを防ぐ本能的な動きで、真由美は身体を回転させ、うつぶせに畳に倒れる。

 そこに、金原は覆いかぶさった。

 寝技の攻防だ。

 金原は、後ろから真由美の首に腕を回そうとする。真由美はその腕から逃れようと身体をねじる。そうはさせじと、金原は真由美の胴を脚ではさみつける。

 体重差が五十キロ以上あるのでは、いかな真由美でも苦戦する。

 首に金原の腕が食い込むのを防ぐのが精一杯で、柔道着の前が完全にはだけてしまっても、もはやそれをどうすることもできない。

 おおっ!

 男子部員たちの喉から低い吐息が一斉にもれた。

 真由美の乳房が露出した状態で、男たちの目にさらされていた。

 さっきから、ちらちらと見えていたものが、はっきりとあらわになったのだ。

 真由美がもがくたびに、ふくらみがぷるぷると震える。

「思ったよりも、小さいな」

 と失礼な感想をもらす者もいたが、中学二年生の少女の胸としては、相応のふくらみである。

「すげえ……大河原のオッパイだ……!」

 あからさまに興奮して、前かがみになっている部員もいる。だれもまわりにいなければ、速攻でしごきはじめそうな勢いだ。

「金原、触っちまえよっ!」

 そんなリクエストを出す部員まで出はじめる始末だ。

「そうだ、揉め! 揉みたおせ!」

 その声はたちまち部員たちのあいだにひろがり、「揉め揉め」の大合唱になった。

「へへへ、大河原センパイ、みんなが期待してるんでね」

 金原は糸のような目を嗜虐のかたちに歪めて、左手を下にずらした。真由美の抵抗は右腕一本で封じている。すごい膂力だ。さすがに、こういう展開になると、真由美の技も通用しない。

 金原の大きな掌が真由美の乳房をつかんだ。

「いたっ!」

 真由美が悲鳴をあげる。

「ひひ、いい手ざわりだぜ、大河原センパイ」

 引きつれた笑い声をあげながら、金原は指を動かした。金原の指の間で、真由美のまるいふくらみが、チューブから絞りだされた粘土のように激しく形をかえる。乳首が苦しげに尖っている。

「痛っ、痛いよっ! そんなに握りしめない……でっ!」

「何言ってだよ、センパイ。わざわざノーブラで、Tシャツもなしで挑発したのはそっちだろ? それに、いつもセンパイは柔道の天才だって、いばってたじゃないか。これくらい自力で脱出してくれよな」

 真由美の乳首を指でつまんで引っ張りながら、金原は嗤った。

「すげえ、あんなに乳首が伸びてるぜ!」

「大河原の乳首、ピンピンに立ってらぁ!」

 男子部員たちは、真由美と金原を取り囲んで、口々に興奮のつばのしぶきを飛ばした。

「さ、センパイ、もっとよく見てもらおうぜ。おれたちの寝技の稽古をよ」

 金原は両手で真由美の胸を弄びはじめる。

 胴体をがっちりかにばさみで極められているので、真由美は動けない。なにしろ、体重差がものすごいのだ。

「いやっ! やめて! ここまでするつもりはなかったの……っ!」

 背後から乳房を揉みしだかれながら、真由美は声をふりしぼった。

「なんだよ、じゃあ、どういうつもりだったんだよ?」

 反応したのは佐々木だった。まだ。畳に叩きつけられたダメージが残っているらしく、腰をさすっている。

「みんな……みんなの反応が……おもしろかったから……それで……」

 男子部員たちの顔に怒気がみなぎっていく。

「それで、胸をちらちら見せたってのか? ふざけんな! おれたちはおまえのオモチャじゃねえんだぞ! ちょっともてるからっていい気になりやがって!」

 怒声を発したのは西田だ。

「ご……ごめんなさ……ひぃっ!」

 左右の乳首を同時にひねられて、真由美は鋭い声をあげた。

「おれたちをオモチャにした罰に、大河原センパイに、みっちり稽古をつけてやりませんか? おれたち全員で」

 金原は真由美の乳首をひねくりながら、せせら笑うように提案した。

「いいな」

 佐々木がうなずいた。表情がドス黒い。

「望む、ところですよ」

 西田が指をぽきぽき鳴らす。目が血走っている。

 ほかの部員たちもおのおの同意の声をもらす。

「全員一致だ」

 金原が糸状の目に鈍い光をたたえながら言った。

「大河原センパイの身体に、柔の道を教えこんでやりましょうよ。たっぷりと、ね」