「ったく、真由美のやつが言い出したくせによ」
美琴とふたり、歩きながら、好男はぶーたれた。
「真由美ちゃん、柔道部にどうしても顔ださなきゃいけないんだって。助平さんの家の地図はコピーしてもらったからだいじょうぶ」
美琴がとりなし顔で言う。
すれちがう通行人の男たちはほとんど例外なく、セーラー服姿の美琴に一瞬目をとめ、それから好男にむかって羨望のまなざしを送る。美琴は美少女なのだ。
好男も悪い気はしない。
こうやってならんで歩いていたら、けっこうつきあっている同士に見えたりすんのかな、と考えたりしている。
「このあたりのはずなんだけど……」
地図を見ながら、美琴が思案顔に言う。
「――かわったところだなあ」
好男はあたりを見回した。
不思議な区域だった。古い日本建築の広壮な住宅があるかと思うと、そのすぐ隣がラブホテルだったりする。かと思うと更地になっている場所がある。
「たしか、むかし、バブルとかがあって、それでこんなふうになったのかもしれないね」
美琴が首を傾ける。
地上げってやつか、と好男は納得する。それにしても、まるで――
「空き家が多いみたい」
美琴が指摘したとおり、門扉に看板が打ちつけられていたり、窓が完全に閉ざされた邸宅が、処刑を待つ囚人のように縛められて並んでいる。また、処刑された跡としての更地も目立つ。このあたりに来ると、人通りはなくなってしまい、ホテルに出入りするカップルくらいしかいなくなってしまう。
今しも、一組の男女が身体を密着させながら、ホテルに消えていく。まだ夕方だというのに。
美琴は黙ってうつむいてしまった。
好男も会話の接ぎ穂に困ってしまう。以前の好男だったら、冗談で「よお、これからおれたちもホテルに寄っていこうぜ」くらいは言っていただろう。
だが、いまは言えない。言えないのだ。
好男は先週の出来事を思いだしていた――
「これ、なんだよ?」
旧校舎の空き教室に呼び出された好男は、助平が持ちこんだ奇妙なものをしげしげと見つめた。
それは、たとえれば小型のテントのようなものだった。支柱が中央に一本立っており、その周囲をキャンバス地のような布が被っている。
しかし、サイズはごく小さく、人一人が横たわるどころか、しゃがんで座るくらいの容積しかなかった。
「まあ、見ていたまえ」
助平はいつもの微笑を浮かべたまま、手にしていたコントローラーのようなものを片手で操作した。
「あっ」
好男は目を見開いた。
目の前にあったテントが忽然と消えてしまったからだ。
「ど、どこに行ったんだ?」
「そこにまだあるよ。触ってごらん。危険はないよ」
助平に促され、好男はへっぴり腰で、テントがあったあたりを探ってみた。
すると、何もないはずの空間に手ごたえがあった。風景が少し歪んだ。まるで温かい空気ごしに見ているかのような、ゆらぎ。
「み、見えないのに、あるぞ?」
「原理はかんたん。生地そのものが高精細度の液晶ディスプレイになっていて、このテントの向こう側にある風景を映しているだけなんだ。すると、人間の目では、そこに何もないように見えるわけさ」
「すげえな……。これが最新の発明か?」
「まあね」
助平は鼻にかける様子もなく、うなずく。
「で、この部屋をこんなふうに飾りつけた訳は?」
好男は教室を見渡しながら訊く。
そこは空き教室なのだが、部屋の中央には大きなソファがひとつ、でんと置かれ、壁はスチール書棚で囲まれていて物凄い量の文献が詰まっている。机の上はわけのわからない実験器具の物置のようだ。
「やだなあ。ここはぼくらの部室じゃないか。『超科学研究会』のね」
「なんだよ、それ」
好男は唇をとがらせた。いろいろおいしい目にはあえるものの、助平とつきあっていると、事前相談なしに振り回されることが多い。この前はいきなり英研に入れられて、けっきょく英語劇でフォルスタッフを演らされることになってしまった。むろん、セリフがまともに言えるはずもなく、かなり恥ずかしい目に遭ったのだ。
だが、助平はあくまでもいつものペースを崩さない。
「今日が発足日なんだよ。で、ちょっとしたお客さんを呼んでくるから、きみはこのテントのなかで待っていてほしい」
「テントの中に……? て、ことは、おれは隠れるのか?」
「まあ、出てくるタイミングはきみに任せるから。じゃあ、ゲストを迎えに行ってくるね」
「おっ、おい、説明しろ、おい!」
好男は助平の背中に呼びかけたが、助平は振り返ることなく、教室を出ていった。
「なんだよ、いったい……」
訝しみながらも、言われた通り、手探りでテントにもぐりこむ。
中に入ると、布は可視状態になる。だが、覗き窓が作られていて、そこから外の様子は見ることができるようになっていた。
ほどなく、教室の戸が鳴った。入り口付近は覗き窓ではフォローされていないので、誰が入ってきたのかはわからない。好男は少しどきどきする。
「これが新しい部室なんですか? すごいですね……」
女の子の声が聞こえてきた。ちょっと舌たらずで、甘い声だ。好男の心臓が跳ね上がる。
「まだ、飾りつけの途中だけどね」
助平が女の子を部屋のなかに誘っているようだ。
覗き窓の視界のなかに、二人の姿が入ってくる。
(美琴……!)
小柄な鳥羽美琴が助平の隣にいる。
自然にウェーブを描く繊細な髪が、すりガラスから射しこむ光に微妙な陰影を浮びあがらせている。
色素の量が生まれつき少ないのではないかと思われるくらいに、肌は白く、髪も栗色に近い。
以前は病弱なイメージがつきまとったが、しかし、ここのところ、可憐さはそのままに健やかさを感じさせるようになってきた。
しかし、いまの美琴は傍目にもわかるほど、固くなっている。
不可視のテントのなかに好男がいることには、まったく気づいていないようだ。もしかしたら、不可視状態でなくても、好男のことらには気づかないかもしれない。
「色事くんと一緒に作ったんだ。ぼくの研究のためにね。まだ正式なクラブにはなっていないけど、中条先生に言ったら、顧問を引き受けてくれるって」
「そうなんですか……」
おれもさっき知ったんだがな、と好男は腹のなかでつぶやく。
「でも、残念です。せっかく英研のメンバーが増えて、劇も男の人のキャストをやってもらえるようになったのに……」
「ごめんね、すぐにやめちゃって」
美琴が飛びあがるようにしながらうろたえた。
「ち、ちがうんです。責めたんじゃないんです。ただ、助平さんと同じ部活になれて嬉しかったから……あっ」
あわてて口を押さえる美琴。顔が赤くなる。
「実はね、そのことで美琴くんにちょっとお願いがあって」
「え?」
「まあ、立ち話もなんだから」
助平は美琴をソファに座らせ、自分もそのとなりに腰かけた。
美琴はちぢこまっている。かなり緊張している様子だ。一方の助平は春風のように微笑んでいる。
「実はね、鳥羽さんにもこのクラブに協力してほしいなって思ってね」
「え……」
ややあって、美琴は消え入りそうな声を出した。
「でも……わたし……理数系だめだし……英研やめられないし……」
助平はごく自然に美琴の肩に腕をまわした。美琴の頬から耳たぶまでが朱に染まっていく。
「大丈夫。ぼくの研究の手伝いを今日一日だけしてくれれば、それでいいんだ」
深い響きのある声。たしかな肺活量に裏打ちされた声だ。
「お手伝い……ですか?」
「そうだよ。ぼくのお願いをきいてくれるかい?」
助平の顔が美琴に接近する。テントのなかで好男の鼓動が早まった。おいおい、と思う。
「どんな……」
――研究なんですか?
と、美琴は続けようとしたのだろう。だが、助平はその前に動いた。ゆっくりと。美琴に覆いかぶさっていく。
「それはね……<男と女がひとつになることの意味>を探ることさ」
助平がささやく。優しく、邪悪に。
ソファに押し倒していきながら、美琴の唇を奪う。
美琴は一瞬だけ身もだえし――すぐに溶けた。
(すげえ……)
好男はソファの上の出来事に見入っていた。
(まさか……美琴をやっちまうってのか?)
今までは、助平は「見ているだけ」だった。自分から行為におよぶことは皆無だった。「実験」は好男の担当だった。
その助平が美琴を押し倒している。
それ自体はいい。助平も男だったということだ。かえって安心した。美琴が助平にベタ惚れなのは、美琴の態度を見ればわかることだから、いつもの「実験」よりもずっと罪がない。
だが、それを好男に見せる意味がわからない。
(にしても、美琴が、あんな表情をするなんて……)
好男は、ふだんはおとなしいクラスメートの顔を覗き窓から盗み見た。助平の指に翻弄されて、さっきからくぐもった声をたてている。
思わず勃起してしまう。
(くうっ、助平のやつ、いいなあ……)
好男はズボンの上から股間をおさえつつ、助平と美琴の行為がエスカレートするのを観察していた。
助平の手が巧みに動き、美琴の制服を脱がせてゆく。美琴も抵抗しない。
ブラもパンティもホワイトだ。美琴のイメージに合っている。だが、ただのホワイトではなく、クリームホワイトだ。フリルも最低限ついている。派手すぎることはないが、女の子らしいものだ。このへんが真由美と違うんだよなあ、と好男は思ってみる。
「美琴くんって、胸、けっこう大きいね」
鳥羽さん――とはもう呼ばず、助平はブラジャーごしに美琴の胸に触れる。
「恥ずかしい……」
美琴が身もだえる。
「美琴くんの胸、じかに見たいな……いい?」
「……はい」
助平は、落ちついた手つきで美琴のブラジャーを外していく。
胸があらわになる。おわんを伏せたような形の胸だ。プチンと音をたてそうなほど張りきった乳房だ。その山の中心に、桜色の尖りが切ないほどの勃起を見せている。
(美琴の――おっぱいだ……)
好男は唾をのみこんだ。
同級生の――しかも、よく知っている女の子の――裸だ。
しかも、相手は好男が間近で覗いていることを知らない。
罪悪感とともに、激しい興奮が身体をかけめぐった。
「きれいな胸だね……すてきだよ」
助平が冷静な横顔を見せながら、言葉だけは甘くささやいた。
じかに、美琴の乳房に手を触れる。
ゆっくりと揉みはじめた。
助平の手つきは繊細なピアニストのようだった。だが、その指が奏でるのは情熱的な旋律ではなく、ノクターンだ。だから、固くて敏感な十四歳の少女の乳房にも、充分に快感をあたえることができる。
「あ……ああ……助平さん……」
美琴がうめいた。乳首をくすぐられて、くぅ、と喉を鳴らす。
さわさわと脇を撫で、そしてまた乳房をやさしくマッサージする。
「すごく……きもち……あ……」
美琴は夢見心地のようだ。
だが、好男は欲求不満が高まっていた。もっと激しく揉めばいいのに、とか、どうして乳首に吸いつかないんだ、という不満だ。アダルトビデオを見ている気分になっていた。もっとも、好男の父の秘蔵コレクション(たまに好男もこっそりと鑑賞する)には、こんなヌルい作品は一本もないが。
しかし、美琴はうっとりとしている。
そうこうするうちに、助平は美琴のもっと大事なところに指を移動させた。
「あ、助平さん……そこは……いや……」
「どうして? こんなに濡れているのに」
助平が指を動かしながらささやく。美琴のパンティの股間には大きなシミができている。
(美琴のやつ……濡らしてやがる)
好男はたまらずに、ジッパーをおろしていた。
こんなシーンを見せつけられて、がまんができるはずがなかった。
好男は自分の固くなったものを握りしめた。
「脱がすよ」
助平がささやき、美琴の身体から最後の一枚を剥ぎ取っていく。
(おおお、美琴の……あそこが……)
好男は自身をこすりたてながら、そこを凝視した。
もうすこし――割れ目が見えた――も、もう、少し――ひ、開いた!
好男はほとんどイキそうになった。それをなんとかこらえて、目の前に数十センチのところにある、クラスメートの性器を見つめた。
「いや……いや……助平さん、見ないで……お願いぃ……」
美琴がかすれ声をあげている。懸命に内股を閉じようとしている。
「どうして、いやなの? ぼくに身体を見せるのは、いや?」
「そんなことないです……でも……恥ずかしくて死にそう……」
美琴は半泣きだ。気持ちよさと恥ずかしさで感情が暴走状態なのかもしれない。涙も嫌悪のためではないらしい。
「じゃあ、ぼくが見てるって、わからなければいいんだね?」
助平は優しく美琴に囁いて、ハンカチを取り出した。
それを使って美琴に目隠しをほどこす。
「助平……さん?」
「ほうら、こうしたら、ぼくがどんないやらしいことをしても、美琴くんには見えないよ。だから、恥ずかしくないよね?」
「そんな……目隠しなんていやです……いや、あ……」
助平の指が美琴の唇に触れた。美琴の抵抗がやむ。
「いいね、ぼくがいいというまで目隠しを取っちゃだめだよ」
優しいが、威圧感のある声だった。
「――はい」
美琴は従った。これはもう催眠状態といっていい。もっとも、助平のことだから、なんらかの発明を使って、美琴をマインドコントロールしてしまっているのかもしれない、と好男は考える。
「じゃあ、いろいろなところに触ったり、キスしてあげるね」
「はい……助平さんのしたいこと……してください……」
少女は真っ白な裸体を無防備にひらいた。まるで生贄か――実験動物のようだった。