「先生、なかなか帰ってこないね」
ビーチボールをかかえて、美琴がすこし心配そうに言った。
「もう十五分くらいたつかな」
さんざん好男に水をのませ溜飲をさげたらしい真由美が、すこし首をかしげた。
「うーむ」
好男は腕組みした。頭のなかでは、「海恐怖症」が一転して「海淫乱症」になった静香のが見知らぬ男たちとあんなことやこんなことをしている光景がエンドレスで映しだされている。
「……くそう、本来ならおれが……しかし今回は……とはいえ……惜しいっ」
ぶつぶつとつぶやいている。
「ちょっと、わたし、見てくる」
心配性らしい美琴が言いだした。
「ああ、じゃ、あたしも」
真由美が手をあげる。女の子はなぜだか団体行動をとりたがるものである。
「ぼくも行くよ」
「いいわよ、男子は。ここにいてよ」
助平の申し出を真由美は言下に拒絶した。
「女の子だけだと心配だよ」
「いいのよっ! ついでがあるんだから」
真由美がむきになる。助平は、ああ、とうなずいた。
「トイレ休憩かい? いいよ。気にしなくて。待っているから」
「だーっ! あんたにはデリカシーってものはないの!?」
真由美の顔が赤らむ。美琴もだ。
だが、助平にまるで動じた様子はなく、さっさと先に立って歩きはじめる。女子たちはそれに続かざるをえない。
「色事くんは? おしっこしなくていいの?」
開き直った感のある真由美が投げやりに聞いた。
「おれ? そうだな……」
ちょっと考えて、はたと気づく。そうだ。これは単独行動のチャンスではないか。
――<サマーメモリー1999>
「おれは留守番してるよ。荷物見とかなきゃいけないしな」
「そういえばそうね」
真由美は納得する。
「じゃ、色事くん、あとはよろしく」
助平は意味ありげな笑みを好男に見せた。むろん、助平には好男の考えはお見通しなのだ。というよりも、好男に単独行動をさせるために、わざと真由美を連れ出そうとしているのかもしれない。
助平たちが浜茶屋のほうに歩きだすのを確認して、好男は持ってきた荷物のなかから小さな香水瓶ふうのものを取りだした。
シュッとひとふきするだけで、女の子たちに「最高の夏の思い出」をプレゼントするという<サマーメモリー1999>。
――ほんとうにきくのか?
いつものことながら、そのあまりの突飛な発明品に、好男の頭はついていけない。
――たしか、嗅覚細胞を刺激して、脳にねむる意識下の願望をあたかも成就したように感じさせるとかなんとか。でもそれで、ほんとうにヤれるのかなあ。
だが、すでに好男の股間の血流量は増大しつつあった。
「いた? 先生」
「いないみたい」
それぞれトイレとシャワー室を確認してきた真由美と美琴がたがいの探索結果を報告しあう。
「売店や食堂にもいないようだね。あと、男子トイレにも」
「あたりまえでしょ!」
真由美は助平をにらみつけた。
「それにしても、どこに行っちゃったのかしら。引率の先生が迷子なんて、あべこべじゃない」
唇をつきだして真由美は文句を言う。べつに恨みはないのだが、持ち前の正義感がこんなときには顔を出してしまうのだ。
「――あっちの浜茶屋は調べた?」
すこしはなれたところにあるボロっちい店を助平は指差した。ひとけがほとんどない、うらぶれた感じのする店だ。
「まさか、あんな汚い店には行かないわよ。女性の感覚として」
真由美は断言した。
「なるほどね」
助平は意味ありげにうなずいた。遠くを見るように目をすがめている。その視線の先には、板塀で四方を囲っただけのシャワー室がある。なにが見えているのか、助平の口許に興味深げな笑みがうかぶ。
「たしかにこのあたりには先生はいなさそうだね。ぼくはもう少し探してみようと思うけど……美琴ちゃん、つきあってくれるかな」
「えっ、あの、その……」
つきあう、という言葉に過剰反応したのか、美琴の顔がぶあっと赤くなる。
そんな美琴の背中を真由美はかるく押した。
「いってきなさいよ、美琴」
「あっ……」
美琴はよろけるように助平のほうに歩みだした。
「あたしは荷物のところにもどってるから」
キューピッド役に徹するつもりか、真由美は屈託のない笑顔をうかべて見せた。
見知らぬ男たちが静香の乳房をむさぼっていた。
左右の乳首をちゅうちゅう音をたてて吸っている。じつに美味そうな音をたてている。
「あんっ、あああっ」
気持ちよさが静香の脳髄を真っ白にしている。無遠慮な男たちの手指による愛撫が快感をさらにかきたてている。
胸をもまれ、尻をつかまれ、太股をなでられた。
そして、むろん、股間にも。
ひとりは尻のほうから手をまわし、もうひとりは前から恥毛のはえているあたりをさわりはじめた。
「もう濡れ濡れですな、お嬢さん」
ステテコ男が静香の恥毛をかきわけて谷間をさぐっている。ねとねとした粘液を指にまといつかせ、クリトリスを刺激しはじめる。
「ひうっ!」
強い刺激に静香はのけぞる。抵抗しようという意欲はまったくわかない。
「こちらも汗と愛液でベトベトじゃの」
小柄なタコ坊主は静香の尻のほうにまわっていた。臀部の肉を左右にひらき、アヌスに標的をしぼったようだ。
「ここも使えそうじゃのう」
節くれだったふとい指を、静香の排泄口にねじこんでいく。
「うっ」
中で指をかきまわしているらしい。アヌスの門扉のかたちが、坊主の指の動きにあわせて変化する。
「ああっ」
「おうおう、こんなに柔らかくしてしまって、困ったのう」
タコ坊主がニタニタ笑う。
「こっちも……ずいぶんいやらしくしあがっとるぞ」
ステテコ男が指を膣に抜き差ししながら顔をゆがめる。
しゃがみこんで、舌により凌辱をその部分に加えはじめる。
「んむ、む。おいしい汁が、おお、どんどんわきだしてくるぞ」
ステテコ男は音をたてて静香の恥ずかしい部分に吸いつき、しゃぶりあげた。
静香はのけぞった。たえきれず、壁に手をついた。安普請のシャワー室がぎしぎしと揺れる。
「ああっ、あんんっ! ひいいっ!」
「おほっ、これは……なにか噴き出してくるぞ……っ」
静香の股間から熱いしぶきがとびちる。それはステテコ男とタコ坊主の顔面を濡らした。
「おお、これはまさに海の潮吹きじゃっ!」
坊主が奇怪な顔面をさらに引きつらせ、そしてステテコ男は絶叫した。
「海の味がするっ! うおおおーっ!」
ステテコ男は立ちあがり、股間を露出させた。巨大にふくれあがった男根がそそり立っている。
静香の尻にまわり、その肉を左右に開くと、一気に――
「海が好きィ〜ッ!」
「ああーっ! 大きいぃ〜ッ!」
「わしも〜ッ!」
「やかましいシャワー室だっちゃねー」
そのブン汚い浜茶屋のそばを通りかかったのは女の子の二人づれだった。
「なんか龍之輔くんのお父さんの声もしたような……」
ひとりはトラジマのビキニを着たロングヘアの女の子で、もうひとりがおかっぱ髪でワンピースの水着姿だ。タイプはちがうが、どちらもかなりの美少女である。年齢は高校生くらいだろう。
「なんだか、散乱坊の声もしたような気がするっちゃ」
ぴろろろ、と音をたてて、ビキニの女の子が空をとんだ。かなりかわった特技の持ち主だ。シャワー室をのぞきこもうというのか、少し高度をあげる。大きな胸と、くびれたウェスト、そして張りだしたヒップラインが印象的なスタイルだ。
「そんなことより、面堂さんたちをさがさなきゃ」
おかっぱの女の子がすこし苛立ったような声をあげる。こちらは典型的な日本人の体型だ。ようするに、胸がない。
「せっかく海にあそびに来たのに、あたるくんと行動してばっかりなんだもん」
「そうだっちゃ。ダーリンったら、臭太郎にそそのかされて女の子にモーションかけてばっかりいるっちゃ」
怒りを思いだしたのか、トラジマビキニの女の子の髪が帯電して緑色に光る。よく見たら、頭に角まで生えている。
――なんか作品がちがわないか?
……気にするな。
という、読者と作者の無言の会話がなされたところで、好男が登場した。
手には小さな香水瓶が握られている。視線はまっすぐに女の子たちに向けられている。
「あら、なにかご用?」
おかっぱ頭の女の子が、好男にむかって声をかけた。あからさまに中学生然とした好男に対し、お姉さんの感覚でいるのだろうか。
「彼女たち、いま、ヒマ?」
ぎこちないセリフだ。正直なところ、好男はナンパの経験はさほどないのだ。
「まあ」
おかっぱ頭の女の子の顔がすこし赤らむ。
空中でトラジマビキニの女の子がケタケタ笑った。
「幼児体型のしのぶには年下の子がお似合いだっちゃ」
気にしている部分を突かれたためか、おかっぱ少女が反論する。
「ラムこそ、いいかげんにあたるくんをあきらめたらどうなの? つきまとうばっかりで、ぜんぜん相手にされていないじゃない」
空中で、美少女の表情が一変する。
「うちらは夫婦だっちゃ!」
「ひとつ屋根の下に住んでるくせに、なんにもないんでしょ? それで夫婦だって力説されてもねえ」
「しのぶこそ、臭太郎とうまくいってないっちゃ! 臭太郎はうちのほうがいいって言ってるっちゃよ!」
「ぬわんですってえ!」
「やるっちゃ!?」
パリパリパリと電気がはぜる音が空中の少女の周囲から発せられる。
「まけないわよっ!」
おかっぱ少女は、なぜか浜辺に置き捨てられていたテトラポッドを持ち上げた。すさまじい怪力だ。
「えーと、そのー」
展開についていけない風情の好男は頭をポリポリかきながら、間合いをさぐった。
「らちがあかないから、えいっ!」
しゅっ。
好男の手の中から芳香をはなつ霧が吹き出し、まずはおかっぱ少女の鼻腔をおおった。
「ああ……いい……かお……り」
少女の目がとろんとなり、テトラポッドを抱きかかえるようにして、砂浜におしりを落とした。
「しのぶになにしたっちゃ!?」
けんかをしていたことも忘れ、角のある美少女が高度をさげて好男のほうに詰め寄ってくる。
指をつきだし、電撃を放とうとふりかぶった瞬間。
しゅしゅっ。
<サマーメモリー1999>の甘い香りが誇り高い鬼族の少女の意識を麻痺させた。