Aprilfool
うづきはじめ
最近の梅雨明け宣言は、夏がきてしまってから「実は……」と切り出すものらしい。
弱腰な気象庁のおくればせながらの発表を待たずして、季節はさっさと新たなステージへと進んでいる。
7月下旬。
学生たちは夏休みに突入する。
快鳳学園中等部も例にもれず、一学期の終業式の日をむかえた。
おざなりな式典のあとに、ほんとうのイベントが待っている。すなわち、通信簿と、ある意味ではそれ以上に怖い存在の期末テスト成績表の授与である。生徒たちはその紙切れに一喜一憂する。
イの一番に成績表を受け取った色事好男は席にもどるなり机につっぷした。
身じろぎもしない。
五十音の法則に沿って次に名前をよばれた大河原真由美は、自分の成績を一瞥して納得の表情をうかべると、次にいぶかしそうに好男の方を見やった。
「どーしたのよ、色事くん。赤点補習なんていつものことじゃない。なに落ちこんでるのよ」
むろん、彼女としては励ましているつもりなのである。
好男は顔をあげた。引きつっている。
「なによ、成績が少々わるくったって死にゃしないわよ。だいたい、小学校時代から毎学期そうなんだから、そろそろ慣れたらどうなのよ」
真由美はたたみかけるように言う。くどいようだが、彼女に悪意はない。
「けっけっけ」
好男は引きつった顔から、奇怪な声をもらした。どうやら笑っているらしい。
「なによ、気味悪いわね」
「ぐふふふ、今日のおれはいつものおれとはちがうのだ」
好男は鋭い手さばきで成績表を真由美の鼻先につきつけた。
「なによ、ぶないじゃな……」
つきだされた成績表をボクサーばりのスウェーバックでよけた真由美の喉から、おもわぬ声がとびだす。
「はえっ!? なにこれえ!?」
「おれの成績だよ。文句あっか!」
「すごいじゃない。ぜんぶ平均以上よ。いったいどうしたのよ?」
ズバ抜けた点数はないが、全教科70点前後ある。教科によっては真由美が負けているものさえある。
「ふっふっふっ。聞きたいか」
「カンニング?」
「ちがうっ! 間髪入れずにそんなネガティブなことを言うなっ!」
好男は怒鳴った。が、いまは成績評授与中なので、クラスのあちこちから「うひゃあ」とか「むお〜」とか「死んじゃうう」とか「いやああご主人さまあ」といった声があがっている。少々の怒声はどうということもない。
「じゃあ、いったいどうしたのよ。脳の改造手術でも受けたの?」
「どーゆー発想だ、それわ。――勉強したんだよ。助平とな」
「助平くんと?」
そのときだ。担任の中条静香がうわずった声を出した。
「ひろひらくぅん! なんとダントツで学年トップぅぅぅ! えっらぁぁぁい!」
成績表を扇子のように振って、23歳のグラマー美人教師がおどっている。まるでジュリアナ系だが、ちょっと古い。
今学期の半ばからクラスに転入してきた助平勉が無言で席をたつ。好男と真由美と視線があうと、にっこりと微笑んだ。その長身と広い肩幅、男性らしい彫りの深い顔だちはとても中学男子のものではない。
「あいつに試験問題のヤマをかけてもらったんだ。そしたら」
「へえ、七割がた当たったんだ」
真由美が感動の面持ちで後を引きとった。
――ちげーよ、ぜんっぶ的中してたんだよ。問題の言いまわしまでな。
好男は声を出さずにつぶやいた。
――それも、試験の一か月以上も前にだぜ。先生だって問題つくっていない時にな……
「もうっ、こんな優秀な生徒を持って、先生感激っ! おまけにいつもはクラス平均を引きさげる色事くんまで成績が大幅アップして、静香のクラスが学年いちばんなのよお!」
心底うれしそうだ。成績表を取りにきた助平の手をつかんで踊っている。
「それを知ったときの学年主任の岩崎センセの顔色ったら、おっほほ、あー愉快つうかーい!」
キャラがすっかりかわってしまった静香先生である。
「あーあ、最近中条先生ったら陽気ねえ」
真由美が嘆息した。
「それに、美琴も……」
真由美は親友の鳥羽美琴を見やった。助平を見つめる目が完全にハート型になっている。
「このクラス、なんか雰囲気かわったわね。助平くんが来たころから……なんだか、お祭りみたい」
学級委員の見識なのか、真由美がそう結論づける。
「もっとも、最大のイベントは色事くんが補習から合法的に脱出できたことね」
「えっ、海に?」
「と、とまりがけですか……」
真由美は眉をひそめ、美琴はあからさまに動揺した。
その日の帰り道である。
方向がいっしょである、という理由だけで同道していた――と真由美は主張するであろう――真由美、美琴、好男、そして助平の四人のとりとめのないおしゃべりの合間に、その提案がとびだした。
提案者はむろん好男だ。
「ああよ。フェリーで二時間、槍倒島といえば、海洋リゾートのメッカだからな。泳いでよし、肌を焼くのもよし。おもしろいぜ」
「槍倒島にぼくの叔父の別荘がありましてね。そこを使わせてもらえることになったんです。小さいものですがヨットもありますし」
助平がすずしい顔でつけくわえる。
「なにいってんのよ、あたしたちだけでそんなの行けるわけないじゃない」
真由美がまじめくさって反論する。
「だいいち、美琴のおうちの人が許すわけないじゃない」
美琴は箱入り娘なのだ。会社重役であるという父親のチェックぶりはけっこう厳しいらしい。
ちなみに真由美の家庭はよくいえば自立性を重んじ、悪くいえば放任主義である。というか、「うちの娘は熊よっか強いからなあ、あっはは」とか言っちゃう両親なのだ。
「え……あ……」
美琴は真由美と助平のあいだで視線を行き来させた。
優柔不断な彼女はいつもは真由美の意見に全面的にしたがうことを則としている。しかし、今日はなにかしら迷っている様子である。
「あの……わ……わたし……その……」
「鳥羽さんは行きたいんだよね?」
やわらかく助平が言う。美琴はつりこまれたようにうなずいてしまう。
「おっ、なんだ。これで決まりじゃん」
好男が手をたたく。
「美琴っ! いくら同級生でも男の子たちよ! 泊まりがけなんてダメに決まっているじゃない!」
真由美が毅然とした声をあげる。ひう、と美琴が首をちぢめる。
「まあまあ、大河原さん。中学生だけでの旅行はだめだというなら、おとなの引率者がいればよいのでは?」
助平がにこにこ笑いながら提案する。この男が面白がっていない時はめったにない。いつも楽しげに目を細めている。
「おとなの引率者って……」
そのとき、真っ赤なスポーツカー――MR2だ――が近づいてきて、四人のそばで停車した。窓がするするとひらいていく。
「はあい、みんな、あした集合する場所と時間は確認できたかな?」
顔をのぞかせたのは、もうすっかりリラックスムードの中条静香教諭だ。
その静香を助平がうやうやしく紹介する。
「今回の<英研合宿旅行>の引率者、中条先生です」
「ええっ!?」
真由美と美琴が声をあわせる。
「いちおう、ぼくと色事くんは英語研究会に入部したんですよ。これで、この旅行は公式なクラブ活動の一環というわけです。それなら問題ないでしょ?」
「うふ。助平くんが入部したからには部活もがんばるわよぉ。なにしろシェイクスピアのマクベスの全編を英語で暗唱できちゃうくらいなんだから。ああ、ワクワクしちゃう!」
静香先生はすっかり舞いあがっている。それから、はたと気づいたように、
「あっ、先生、おニューの水着をこれから仕込んでくるからね! 男子諸君は乞うご期待! みんな、あしたは遅れないように!」
と言うなり、アクセルを踏みこんで走り去ってしまった。
「……なんなのよ、いったい」
真由美はあきれはてたようにつぶやいた。
「――というわけで、決定だな」
「決定じゃないっ!」
まとめようとした好男に真由美がかみつく。
「あたしはいいって言ってないわよ。柔道部の練習だってあるし」
「ほーお」
好男はあごをつきだし、目を細めた。
「そういうことをいうか〜、約束をやぶっておきながら」
「約束?」
聞きかえしかけて、真由美の表情に「しまった」という色がひらめく。
「そんなつもりなら、またやるかあ、ビデオ撮影〜」
「なによっ、あんたたちがあんなヘンな脚本をっ……」
反論しかけた真由美だが、美琴のものといたげな視線に気づいて口をつぐむ。
「……わかったわよ。つきあえばいいんでしょ、つきあえば」
「決まりですね」
にっこりと助平がしめた。
「うっわあ〜、すっごいきれ〜」
潮風をいっぱいに受けながら、真由美が大声をあげた。
フェリーの甲板である。手すりからは錆とせめぎあう塗料の匂いがする。それもまた船のにおいだ。
「ちぇっ、しぶってたやつが一番はしゃいでるじゃねえか」
好男が小声でつぶやく。
「まあまあ。かわいいじゃないですか、大河原さん」
アロハシャツに短パン、サングラスまでかけた助平はどう見ても大学生だ。老けて見える、というより男性らしいのだ。いっぽう、洗いざらしの白Tシャツに膝抜けジーンズ姿の好男はちょっとかっこつけた中坊そのものだ。
女性陣はといえば、真由美はデニム地のミニキュロットに男物の開襟シャツをおおらかに羽織り、まるでやんちゃな小学生の男の子のよう。美琴は夏らしい白を基調にしたワンピースに、日焼けよけの大きなつばひろ帽子をかぶっている。問題の静香先生は上はビスチェ、下はパレオ風のスカートで、ばっちり太股を見せている。胸元も臨戦体制オッケー、といったあんばいだ。なにしろ95のFカップだし。
フェリーは真っ青な海原に白い波の軌跡を刻みながら、晴天のもと、乗客を日常からフェスタの狂騒へといざなっていく。
「美琴、英研の合宿で真っ黒に日焼けしたら、やっぱりへんかなあ」
「あ、わたし、日焼けどめ持ってきたよ」
「なにいってるの、あなたたち。若いんだからこんがり灼かなきゃ。んふふ、先生は今年は全身日焼けめざしてみよーかな」
まさか砂浜ですっぱだかになるのではあるまいが。ノリノリの静香先生にタジタジの女子中学生二人である。
そんな女性陣をややはなれたところからながめながら、好男はしみじみと言葉をはく。
「しっかし、よくみんなを連れ出せたよな〜。なにしろ場所があの槍倒島だからなあ」
「サマーリゾートのメッカ――でも、その実態はナンパのメッカ、青カン天国」
にこにこ笑いながら言うことでもあるまいに、あくまでも助平は温厚な表情をくずさない。
「ある意味、女の子たちを連れていることが隠れ蓑だよな。相手も、こっちが女連れだったらそんなに警戒しないだろうしな」
「そう。相手の警戒心を解いて接近できれば、あとは<サマーメモリー1999>の出番だよ」
「ほんとなのかよ? ほんとにそれを使えば……」
「どんな女の子でも、かならず落とせる。なんだったら大河原さんで実験してみようか」
助平の眼鏡がキラーンと光る。
「だっ、だめだ……あいつは女らしくないからな。それに、ビデオ撮影のときも失敗したろ?」
「――そうだった。忘れてた」
助平の口許がまた笑みをかたちづくる。
「まあ、ぼくとしてはデータがとれればいいんだ。相手の選択はきみにまかせるよ」
フェリーは汽笛を鳴らした。槍倒島の緑が行く手に見えている。ジャングルさながらの原生林、そして白い砂浜、遠浅の海、周囲にいくつもある無人島。槍倒島はエンタテインメントを満載した、快楽の島だ。
この島に遊びにきて、処女のまま帰る女の子は一割にも満たないと言われている……。
陽射しは強く、砂浜が白くゆがんで見える。
サンダルごしにも焼けた砂の熱気が感じとれる。
中条静香は身体のなかにバスドラムが仕掛けられているような気がした。突き上げてくるものがある。その正体はわからない。ただ思うこと、それは。
――わたしは、ここに、帰ってきた。
「うっわあ、先生の水着、すっげえ」
やや腰を引きぎみにした色事好男が静香を見て声をはなった。
「だいた〜ん。すっごいカット」
大河原真由美も調子をあわせている。
たしかに、静香が新調した水着は超がつくハイレグ。色はホワイト。背中も大きくひらき、ほとんどヒップの上半分までむきだしになっている。胸のカットも極限まできわどい。
なぜ、そんな水着をえらんでしまったのか、静香自身、理由がわからなかった。生徒の引率をしている手前、まずいのではないか、という考えが浮かばなかったわけでもない。だが、がまんできなかった。それに尽きる。
予感が、あった。
自分がかわってしまいそうな予感が。
大学一年のとき、砂浜で輪姦されてからというもの、静香は海がきらいだった。
砂浜のイメージや、波の音にさえ嫌悪感をいだいた。
泳ぎは好きだったからプールへは行った。しかし、海はいやだった。
それが。
助平勉に<英研合宿旅行>についの相談を受け、あれこれリゾート地のパンフやビデオを見せられているうちに心臓が高鳴った。
そして、濡れた。ほんとうだ。海のイメージが頭のなかに広がっただけで股間があつくなり、快感の記憶がよみがえった。
助平がそばにいなかったら、その場でオナニーをしていたかもしれなかった。
けっきょく、助平の提案を受けいれた。引率については、自分から買ってでたほどだ。
海が――よんでる。
いま、こうして潮の香りを胸一杯に吸いこみ、波が足元を洗うだけで、押し倒されたい欲求が励起してくる。
「先生、海に入ってあそぼうよ」
生徒たちがはしゃいでいる。みんなかわいい子供たちだ。静香はみずからの職業を思い出し、生徒たちとのコミュニケーションをはたそうとそちらに足をむけた。
海の水の、すこしぬるっとする感覚。これはプールにはない。どこかしら官能的な感触だ。ましてやこの匂い。まるで口腔におしこまれた男根のようで――ああ。
「どうしたんですか、先生?」
腰まで水に使ったところでよろめいた静香を助平の太い腕がささえた。静香はぞくっとした。こんな腕で抱きしめられたら。
――いけない、助平くんは生徒よ。しかも、すばらしい優等生だわ。さらに立派なおとなになるように指導しなきゃ。
と思いつつ、妄想が加速する。
――立派なおとなにならなきゃね。
――先生……そんな……
助平の股間に手をはわせ、固くはりつめたその部分をやさしくしごく。
きっと、彼、童貞だわ。いえ、もしかしたら、女慣れしているのかも。
「先生?」
助平の顔が間近にあることに静香は気づき、狼狽した。妄想のあまり口許がゆるんでいたかもしれない。
「ごめんっ、ちょっと、先生、休むわ」
静香は助平の腕から身を離し――すこし惜しい気がしたが――砂浜にむけて、きびすをかえした。
「おっ、静香先生、どうしたんだ?」
真由美にさんざん水をかけられていた好男が、ほうほうのていで助平のそばにやってくる。
「きいてきたみたいだよ、暗示が」
「暗示?」
「静香先生と色事くんがセックスしたときのデータを解析してみたら、どうも静香先生には海にまつわる性的なトラウマがあるみたいだったんだ。だから、それを逆手にとって、海にまつわるイメージにふれると性的に高まるように暗示をかけたのさ」
「えっ、じゃあ、海なんかに入ったら、先生」
好男がごっくんと唾をのみこむ。
「ああ。いまはもう濡れて濡れてどうしようもないだろうね。相手が中年オヤジでもなんでも、いまの先生なら即OKのはずだよ」
「うおおっ、マジかよ?」
好男の股間にはもうすっかりテントができあがっている。
静香のダイナマイトボディは後ろ姿からでもすぐにわかる。すれちがう男たちが例外なく振り返っていく。すばらくもりあがったヒップがぷりぷりと動いている。その肉の山の間に隠された谷間は、いまや準備万端整って、ぬるぬるに潤ってるのだ。これをほっておく手はない。
どうやら海の家にむかっているようだ。そこには休憩所や個室のコインシャワーもある。
「お、追わなきゃ」
好男が走りだしかけたときだ。その足首がぐいっとひっぱられた。
「うぎゅ」
奇怪な声をたてて、好男は水没した。
かわりに、してやったりの真由美の顔が水上にあらわれる。
「やあい、色事くんのドジぃ」
「でべっがばっだんだぼろうばは……げげげ」
続いて顔を出した好男が、水を盛大に吐き出しながら抗議する。どうやら「てめえがやったんだろう、ばか」と言いたかったようである。
「へーん、先生の水着姿に見とれてたバツよ」
そう言う真由美は、意外にもセパレーツの水着を着ている。新緑のようなグリーンが目にも鮮やかだ。ビキニ、というほどの露出度ではなく、スポーティな印象をあたえるデザインだ。それでも胸のふくらみは充分に認められる。なによりもスポーツで鍛えた身体は、水着で覆うよりも水の皮膜だけにまかせたほうがずっと魅力的だ。
「なんでえ、似合わないカッコしやがってよ」
視線の動きからして、好男のその言葉は負け惜しみでしかない。
「ほうら、ちゃあんと女の子してるでしょ! これで約束はたしたからね」
「そんなのあるかよ!」
好男は逆襲に転じ、水攻撃を真由美にしかける。きゃいきゃいとわめきながら、男の子と女の子は無邪気なあそびの世界に没入する。
そんな光景を微笑ましげに見つめていた助平は、ふと砂浜に視線をもどした。もう静香の姿はみえない。
「――まあ、おとなですからね、静香先生は……」
口のなかでつぶやくと、助平は美琴のほうに目をむける。白い水着を着た美琴はすこし離れたところに立っている。助平のほうを見ていたのかあわてて視線をそらせる。そんな美琴に助平は笑いかけた。
「鳥羽さん――美琴ちゃん、ぼくたちもあそぼう」
助平の眼鏡ごしの美琴は、ほとんど全裸といっていい状態に――水着が透けていた。
浜茶屋――いわゆる海の家は儲かる。飲みもの、食べものが飛ぶように売れる。人が集まるところに店を出しているのだから当然である。こわいのは天候不順だけだ。
だが、その浜茶屋はすいていた。ふつうこれだけの人出があればどこの店も満員になるはずである。現に、その浜茶屋の近くにある店はいずれも客がたかっていた。
人目にあまりふれたくない気分の静香は、あえて客の姿のまばらな方をえらんだ。
浜茶屋というのはたいてい安普請だが、そこはとくにひどかった。ほとんど掘っ立て小屋だ。その小屋のとなりに、四方を囲っただけのシャワー室がある。
店の前の椅子にすわっている中年男と目があった。ヒマそうに、鼻をほじっている。白ステテコをはいて、うちわをつかっている。陽によく灼けた肌をしており、三白眼だ。
その男のかたわらには、海にはめずらしいことに、僧侶らしき扮装の老人がいる。小柄な、猿を思わせる容貌だ。アップでは見たくない。老人はイカ焼きをもしゃもしゃ食っている。客というより、男の知人であるようだ。ほかに客らしき人物は周囲には見当たらない。
静香は男たちの視線をさけながら、シャワー室にとびこんだ。
コイン式ではなく、蛇口をひねればそれだけで水が出た。なまぬるい。だが、火照った肌には心地よかった。
「ああ……」
静香はブラを外した。たっぷりとした重量のあるバストが、ブラのプレッシャーから解放されて、ぶるんと震える。
乳首が立っている。静香は指でその尖りをつまんで引っ張る。
「あん……ん……気持ちいい」
この部分を乱暴にいじられたい。強く吸われたい。静香は男の指と舌を想像しながら、激しく胸をもみしだいた。
がまんできなくなった静香は股間に指をやった。
ぬるぬるだ。水着の上からでさえわかる。
布地ごしに谷間をこする。身体のなかに燃えている炎が、あらたな酸素が供給されたかのように激しさをます。
「うっ……くっ……」
自分の意志を無視して指がうごきだす。はりつめた芽が水着の上からでも感じられる。もどかしさに衝き動かされて、指は布地をくぐって、直接その部分に達する。
「はあっ! あんっ!」
声がおさえられない。
「んああ……」
静香はヒップをうごめかせ、ショーツをひきおろす。尻の割れ目に水がじかに当たると、その生ぬるさが男の体温を連想させた。肛門がひくつくのがわかる。その括約筋の反射が、子宮をふるわせる感じがする。
「あっ、あっ、あっ」
静香は壁に手をついて、尻を突きだした。片手で胸をさわりながら、もう一方の手は貪欲に性器をいじっている。
――こんなとこで、あたし、オナニーしてる。
空が見える、こんな無防備なシャワー室で。
砂浜に流れるBGMさえはっきりと聞こえている。少し離れたところでは家族連れもたくさんいるというのに。
「だめっ、あっ、あっ、はああっ!」
指が内部に侵入している。自分の指なのにまるで犯されているかのようだ。
「うあっ、ああっ、ひいっ!」
絶頂は少しずつ近づいている。
だが、充分ではない。これでは足りない。
「い……いれてえ、なかに……ああっ」
請願の声をあげていた。だれでもいい。男のモノが必要なのだ。
――その時だ。
きい、とドアがきしんだ。
「お手伝いしましょうかな、お嬢さん」
浜茶屋の主人らしきステテコ男と、猿のような僧侶がシャワー室をのぞきこみ、静香の痴態に目を細めた。