偉大なる助平
SUPER

番外編
199なつやすみ

by うづきはじめ

11

「んもうっ、色事くん、どこに行っちゃったのよ!?」

 とりのこされた真由美はぶーたれた。けっきょく、自分が荷物番のようになってしまったではないか。

 美琴のところに合流することも考えたが、助平とふたりっきりなのだ。じゃまをしてはいけない。

 引っ込み思案の美琴がせっかく積極的になっているのだ。助平のことは気に入らない――というか、正直、得体がしれない部分があるが、紳士であることはみとめていた。美琴をまかせても、まあ、だいじょうぶだろう。

「――それにしても、引率者が率先していなくなるなんて、どういうこと?」

 さっさと消えた静香に真由美の怒りの矛先はむけられた。

 そのときだ。

 携帯電話が鳴った。こんなリゾート島にも携帯電話のアンテナは来ているのか。

 むろん、真由美のではない。彼女の家は娘に携帯電話を持たせるほど甘くはないし、娘を信じていないわけでもなかった。

 呼び出し音はなかなかなりやまない。ただでさえイライラしている真由美のカンにさわった。

「だれのよぉ」

 荷物をでたらめにあけてみた。むろん、まずは好男のかばんを怒りまぎれにえらぶ。そこにはやはり携帯電話などはなかった。そのかわり。

「へえ、コロン? あいつってば、似合わないモノを」

 それは香水瓶だった。詰め替え用らしく、わりと素っ気のないデザインの瓶だ。アクアマリンの美しい色をしている。

「サマーメモリー1999か……きいたことないわねえ」

 呼び出し音はとまっていた。真由美は試しとばかりに香水瓶のふたをあけて、くんくん嗅いでみた。

「へえ、意外にいい匂いじゃない。あいつの趣味にしては」

 あまい、やさしい、郷愁をさそうような香りだ。真由美は大きく息をすって、その香りを受け入れた。

 ――あれ?

 空がまわったような気がした。

 ――気のせいかな。

 真由美は周囲を見渡してみた。なにもかわりがない。真由美がひとりぼっちということもふくめて。

 ――もう……荷物なんか知らない。

 真由美は砂浜を歩きはじめた。

 まわりはみんな水遊びに興じている。楽しそうだ。

 周囲が美しくて、楽しげだからこそ、真由美の孤独感はつのった。

 ――色事のバカ! ナンパされても知らないからね!

「かのじょ〜、ひとりぃ〜?」

 いきなり、耳元で声が聞こえた。なれなれしく肩に触れられる。反射的に肘が出た。格闘家の習慣だ。

 ガスッ、とにぶい音がして、海パン姿の男が砂にめりこんでいた。

「す、すみません!」

 これも好男のせいだと思いながら、真由美はあわてて男を助けおこす。

 相手は、真由美よりも年上のようだ。たぶん、高校生だろう。にやけた、しまりのない顔をしている。

「いやー、ぼく慣れてるし」

 いいつつ、差し出した真由美の手をなで回している。ぞぞっ、と寒気が背筋をはしったが、乱暴をしてしまった手前、むげにはできない。

「ケガとかなかったですか、そうですか、じゃさよなら」

 一息で安否を確認してそのまま立ち去ろうとした真由美だが、相手は手をはなしてくれない。

「そんな〜名前と住所と電話番号おしえてよぉ〜」

 男は真由美にしがみついてくる。

「こ、困りますっ」

 振りはらおうとした真由美だが、相手は軟体動物のように手ごたえがない。まとわりついてくるようだ。

「はなしてっ!」

 払い腰をかけて相手を砂浜にたたきつけた瞬間だ。

「お嬢さんっ、あぶないっ!」

 べつの男が真由美の腰を抱き、そのまま倒れこんだ。

 すぐ間近に顔がくる。髪をオールバックになでつけている。年齢はさっきの男と同じくらいだろう。顔の傾向がよく似ているが、こちらのほうが多少二枚目だ。

「あぶないところでしたね」

 微笑むと、白い歯がキラーンと光る。なんか歯のマニュキュアくさい不自然な白さだ。

「なんなのよ、あんたたちっ!」

 あまりにも奇怪な二人組の登場に真由美の声に怒気がまざる。

「おれは諸干あたる。お嬢ちゃん、電話番号を〜。ベルでもOK」

「ぼくは面堂臭太郎と申します。美しい少女よ」

 ふたりの男は同時に言い、同時に顔を見あわせ、同時にたがいの顔をつかんでひっぱった。

「おまえはなんでしゃしゃりでるうう」

「きさまこそ、ラムさんというものがありながら見境なしに女の子にモーションをかけよって!」

「ひとのことを言えるのか、きさまあ」

「おまえこそ、その醜いツラをぼくの前に出すなっ!」

 罵倒しあいながら、たがいの顔を変形させている。実に見苦しいケンカだ。

 真由美は彼らを放置してその場を去ろうとした。真由美の年齢では元ネタがなんなのか、よくわかっていないのだ。適切なリアクション――たとえば「作品がちゃうわ、ボケッ!」といったようなことを真由美に求めるのは酷だ。

「むっ、獲物が逃げるぞ!」

「仲間割れをしている場合ではないな」

 男たちはたがいに目くばせをして、背中を向けた真由美にしのびよった。

「おっじょおさああ〜ん!」

 あたると名乗った男がガニ股をひらいて、真由美にとびかかった。

 殺気を感じて振り返ろうとしたときには遅かった。

 真由美は足を面堂にはらわれ、バランスを崩していた。そこに、キスをせまるあたるの顔面が接近してきて――

 頭と頭が激突し、真由美の視界に紫色の火花がとんだ。

つづく!