「んもうっ、色事くん、どこに行っちゃったのよ!?」
とりのこされた真由美はぶーたれた。けっきょく、自分が荷物番のようになってしまったではないか。
美琴のところに合流することも考えたが、助平とふたりっきりなのだ。じゃまをしてはいけない。
引っ込み思案の美琴がせっかく積極的になっているのだ。助平のことは気に入らない――というか、正直、得体がしれない部分があるが、紳士であることはみとめていた。美琴をまかせても、まあ、だいじょうぶだろう。
「――それにしても、引率者が率先していなくなるなんて、どういうこと?」
さっさと消えた静香に真由美の怒りの矛先はむけられた。
そのときだ。
携帯電話が鳴った。こんなリゾート島にも携帯電話のアンテナは来ているのか。
むろん、真由美のではない。彼女の家は娘に携帯電話を持たせるほど甘くはないし、娘を信じていないわけでもなかった。
呼び出し音はなかなかなりやまない。ただでさえイライラしている真由美のカンにさわった。
「だれのよぉ」
荷物をでたらめにあけてみた。むろん、まずは好男のかばんを怒りまぎれにえらぶ。そこにはやはり携帯電話などはなかった。そのかわり。
「へえ、コロン? あいつってば、似合わないモノを」
それは香水瓶だった。詰め替え用らしく、わりと素っ気のないデザインの瓶だ。アクアマリンの美しい色をしている。
「サマーメモリー1999か……きいたことないわねえ」
呼び出し音はとまっていた。真由美は試しとばかりに香水瓶のふたをあけて、くんくん嗅いでみた。
「へえ、意外にいい匂いじゃない。あいつの趣味にしては」
あまい、やさしい、郷愁をさそうような香りだ。真由美は大きく息をすって、その香りを受け入れた。
――あれ?
空がまわったような気がした。
――気のせいかな。
真由美は周囲を見渡してみた。なにもかわりがない。真由美がひとりぼっちということもふくめて。
――もう……荷物なんか知らない。
真由美は砂浜を歩きはじめた。
まわりはみんな水遊びに興じている。楽しそうだ。
周囲が美しくて、楽しげだからこそ、真由美の孤独感はつのった。
――色事のバカ! ナンパされても知らないからね!
「かのじょ〜、ひとりぃ〜?」
いきなり、耳元で声が聞こえた。なれなれしく肩に触れられる。反射的に肘が出た。格闘家の習慣だ。
ガスッ、とにぶい音がして、海パン姿の男が砂にめりこんでいた。
「す、すみません!」
これも好男のせいだと思いながら、真由美はあわてて男を助けおこす。
相手は、真由美よりも年上のようだ。たぶん、高校生だろう。にやけた、しまりのない顔をしている。
「いやー、ぼく慣れてるし」
いいつつ、差し出した真由美の手をなで回している。ぞぞっ、と寒気が背筋をはしったが、乱暴をしてしまった手前、むげにはできない。
「ケガとかなかったですか、そうですか、じゃさよなら」
一息で安否を確認してそのまま立ち去ろうとした真由美だが、相手は手をはなしてくれない。
「そんな〜名前と住所と電話番号おしえてよぉ〜」
男は真由美にしがみついてくる。
「こ、困りますっ」
振りはらおうとした真由美だが、相手は軟体動物のように手ごたえがない。まとわりついてくるようだ。
「はなしてっ!」
払い腰をかけて相手を砂浜にたたきつけた瞬間だ。
「お嬢さんっ、あぶないっ!」
べつの男が真由美の腰を抱き、そのまま倒れこんだ。
すぐ間近に顔がくる。髪をオールバックになでつけている。年齢はさっきの男と同じくらいだろう。顔の傾向がよく似ているが、こちらのほうが多少二枚目だ。
「あぶないところでしたね」
微笑むと、白い歯がキラーンと光る。なんか歯のマニュキュアくさい不自然な白さだ。
「なんなのよ、あんたたちっ!」
あまりにも奇怪な二人組の登場に真由美の声に怒気がまざる。
「おれは諸干あたる。お嬢ちゃん、電話番号を〜。ベルでもOK」
「ぼくは面堂臭太郎と申します。美しい少女よ」
ふたりの男は同時に言い、同時に顔を見あわせ、同時にたがいの顔をつかんでひっぱった。
「おまえはなんでしゃしゃりでるうう」
「きさまこそ、ラムさんというものがありながら見境なしに女の子にモーションをかけよって!」
「ひとのことを言えるのか、きさまあ」
「おまえこそ、その醜いツラをぼくの前に出すなっ!」
罵倒しあいながら、たがいの顔を変形させている。実に見苦しいケンカだ。
真由美は彼らを放置してその場を去ろうとした。真由美の年齢では元ネタがなんなのか、よくわかっていないのだ。適切なリアクション――たとえば「作品がちゃうわ、ボケッ!」といったようなことを真由美に求めるのは酷だ。
「むっ、獲物が逃げるぞ!」
「仲間割れをしている場合ではないな」
男たちはたがいに目くばせをして、背中を向けた真由美にしのびよった。
「おっじょおさああ〜ん!」
あたると名乗った男がガニ股をひらいて、真由美にとびかかった。
殺気を感じて振り返ろうとしたときには遅かった。
真由美は足を面堂にはらわれ、バランスを崩していた。そこに、キスをせまるあたるの顔面が接近してきて――
頭と頭が激突し、真由美の視界に紫色の火花がとんだ。