偉大なる助平 第一話(1)
第一話 謎の転校生 助平ひろひら勉つとむ
1
期待をそそるシャワーの水音が聞こえている。
色事(いろごと)好男(よしお)は、細めにあけた扉の隙間に片目を押しあてた。
白いヒップが濡れていた。
まだ幼さの残る腰のラインの上をお湯が流れおちていく。
肌が上気してピンク色に染まっていく。なんというなめらかな肌だろう。
女の子は頭から首筋にかけてシャワーの噴流を浴びせている。姿勢を少しかえた。
好男のいる位置から、おっぱいが見えた。
まだまだ蕾のような小さなふくらみだ。先端の突起も肌色にちかい。だが、思わず指先でいじりたくなるような可愛さだ。
女の子が好男の方に向いた。背中にお湯を浴びるためだ。
(おおお)
目を大きく見ひらいた。
女の子のおへそと、その下の大切な部分がほとんど目の前にあった。
発毛はまだのようだ。まっしろな下腹部、両脚の間にはぴっちりと閉じた割れ目がむきだしになっている。
女の子が動くたびに、股間は微妙な変化を見せ、その奥までが見とおせそうな感じがする。
(沙世(さよ)のやつ、エッチなあそこしやがってえええっ)
好男はたまらず股間に手をやった。
で、バランスをくずした。
浴室内に転げこむ。
「きゃあっ! なに、なに!?」
女の子は胸を隠しながらあとずさった。
「ああっ! またお兄ちゃん、のぞいてたのね!?」
かわいい顔に精一杯の怒りをうかべる。
好男はずぶ濡れになりながら、笑顔をつくった。
「背中でも流してやろうと思ってな」
下から沙世の股間を見あげている。
沙世は無防備だった。おかげで、沙世の身体の底の部分をじっくり観察できた。
「あっ! もうやだあ!」
好男の視線に気づいて、沙世はあわてて膝を閉じた。
2
「行ってきます」
ランドセルを背負って沙世が学校に出かけたのを見おくりながら、好男は依然としてトーストをかじっていた。
「いいかげんにおまえも学校に行ったらどうだ」
エプロン姿の父、色事極太(きわめた)が好男に声をかける。
妻、良子(よしこ)に逃げられてからというもの、極太が家事の大半をこなしている。若い頃は女たらしとして名を馳せたらしいが、今ではすっかりビール腹のおやじだ。エプロンが似合わないことこの上ない。
極太の会社は午前十時始業なので、子供たちを学校に送りだしてからでも充分に間にあうのだ。
「むー、はむはむ」
好男はノロノロとトーストを咀嚼している。髪の毛はまだ濡れたままだ。
極太はそんな息子をジロリとにらむ。
「おまえ、また沙世の風呂をのぞいたんだろう。てめ、相手は小学生でしかも自分の妹だぞ。恥をしれ、恥を」
「そーゆー親父だって、沙世の部屋の掃除にかこつけて下着とかをパクってるだろうが。知ってるんだぜ」
好男の指摘に極太はギクリとした。
「おまえ、な、なんでそれを」
「おやじの部屋にあるアルバムに、沙世の成長記録が残されているのを発見したのだ。赤ん坊の頃から克明な記録を取りやがって、小学五年生になるまで毎年ヌードを撮影してたろう。最近になって拒否されるようになったもんだからって、パンツを貼りつけることはあるまいが」
「うむ、むう」
「ぐうの音もでまい、ぬはは」
「いいかげんにしてよ、おとうさん、おにいちゃん」
玄関からむっとしたような沙世の声が聞こえた。
どうやら忘れ物を取りにもどってきたようだ。
「あたしはそんなに気にしてないけど、世間の人に知られたら変態一家って後ろ指さされちゃうわよ、もう」
「すみません」
極太と好男は深々と頭をさげた。
3
「今日からみなさんと一緒に勉強する転校生を紹介します」
快鳳(かいほう)学園中等部2年H組の担任であり、23歳のグラマー美女でもある中条(なかじょう)静香(しずか)教諭が形どおりの導入セリフを吐いた。
「うおー、パターンすぎるう」
頭をかきむしって叫ぶ男子生徒。
「ねー、ねー、転校生って男の子? それとも女の子?」
身体をくねらせて言うのは、詰め襟の上着にフレアースカートを組み合わせているオカマだ。
「助平くん、入ってらっしゃい」
静香の言葉に呼応して、教室の扉がガラリとひらく。
生徒たちの視線が集中する。
女生徒たちの瞳がかがやき、隣とひそひそ話しはじめる。
身長は中学生にしてはかなり高い。しかも、ノッポの中学生にありがちなアンバランスさはまるでない。肩幅は適度に広く、腰は細い。成熟した男性を感じさせる体型だ。そして大人びた顔立ち。セルフレームの眼鏡をかけているが、ガリ勉というイメージはない。
「助平(ひろひら)勉(つとむ)です。よろしく」
助平はさわやかに一礼した。
「助平くんはしばらく海外にいたんです。それで、みなさんよりも年齢はひとつ上ですが、仲良くしてあげてくださいね」
静香先生が婉然と微笑みながら言う。
「助平くんの席は、そうね、色事くんの隣があいているから、そこにしましょう」
助平はうなずくと、鞄を持って好男の隣の席に着いた。
「よろしく、色事くん」
「お、おお」
好男は助平がはなつ雰囲気にちょっと圧倒され気味であった。助平の視線は好男の目を真っ向から見すえ、ゆるぎもない。
(こいつ、おれに挑戦する気か? それとも実はホモでおれに惚れたとか)
「色事くんには、お姉さんか妹さんがいるかい?」
助平はいきなり訊いてきた。
「な、なんだよ。妹はいるけど」
「年は?」
「小六」
「今度、写真を見せてくれないかい?」
「なんでだよ」
「きみの妹さんならきっとかわいいだろ? ぼくはかわいい女の子が大好きなんだ」
あくまでも真面目そうに、かつさわやかに助平は言ってのけたのだった。
4
「色事くん、掃除当番でしょ!? 帰っちゃだめじゃない!」
鋭い叱責が好男の背中にあたった。
振りかえるまでもない。大河原(おおがわら)真由美(まゆみ)だ。快鳳学園中等部女子柔道部主将にして柔道二段、空手もはじめて1ヵ月で初段に達したという格闘技の天才だ。だが、外見は中背のほっそりした女の子で、とてもそんな実力の持ち主には見えない。快活な性格で学業も優秀。ために人望もあって、現在学級委員である。
「まあまあ、堅いことをいいっこなし。転校生が学校のことを知りたいっていうもんだからさ、放課後に案内してやろうと思って」
好男は屈託なく弁明する。かたわらにいる助平はその言葉に首肯して裏うちをする。
「助平くんを…? しょうがないわね」
真由美は不承不承ながら納得したようだ。
彼女の横には小柄な女の子がいて、ほうきを持ったまま、ぼうっと助平を見つめている。
この子の名前は鳥羽(とば)美琴(みこと)。真由美の親友だが、真由美とは対照的に気が弱く、おとなしい子だ。外見も砂糖菓子のようにかわいい。
助平は、真由美と美琴を交互にながめ、微笑んだ。
「ねえ、色事くん」
廊下に出ると助平は好男に話しかけてきた。
「大河原さんと鳥羽さんってかわいいね。彼氏とかいるのかな?」
「美琴ちゃんはともかく、真由美がかわいい? おまえの趣味も変わってるな」
好男は肩をすくめた。
「おれと真由美とは小学校時代からの腐れ縁で、毎日のようにプロレスごっこの相手をさせられていたんだ。あいつが天才格闘少女だなんてチヤホヤされるようになったのも、おれという実験台がいたからだぜ。とにかく乱暴な女だ」
助平は興味深そうに好男を見つめた。
「へええ、それはうらやましい。ぼくも大河原さんとプロレスごっこをしてみたかったなあ」
「やっぱり変態だな、おまえ」
「よし、とりあえずあのクラスでは大河原さんと鳥羽さんをターゲットにしよう」
「おいおい、本当に実行するつもりかよ、さっき言ってたこと」
好男は少しあわてた。
「さっき言ってたこと……? ああ、学園中のかわいい子のあらわな姿をコレクションするということかい? むろんだよ」
「むろんだよって、おま」
「もう、裸は見ちゃったよ。クラスの女の子の全員」
「うそだろ!?」
「ほんとさ」
助平は自分のセルフレームの眼鏡を指さした。
「これ、高性能の透視装置がしこまれているんだ。ぼくの発明品でね。三枚程度の布なら素どおしさ」
「ま、まじかよ……」
好男たちは体育館前まで来ていた。体育館では、体操部、バスケット部が練習していた。
「試してみるかい?」
助平が悪戯っぽく笑う。
好男は半信半疑のまま、助平から眼鏡を受けとった。軽いし、仕掛けがあるようにも思えない。
からかわれていると思いつつも、好男は眼鏡をかけてみた。
度が強いようだ。一瞬、世界がゆがんだ。
「なんだよ、たんなる近眼眼鏡じゃないか……」
言いかけて、絶句した。
体育館の中の様子が一変していた。
体操部の女子が柔軟運動をしていた。床に尻を落とし、開脚して上体を曲げている。その身体には一糸もまとっていない。
股間もばっちりだ。アダルトビデオと違って、モザイクはない。ヘアも、性器もモロ出しだ。
好男は眼鏡をはずした。情景は日常に戻った。体操部員はレオタードや、ジャージ姿でトレーニングしている。
もう一度眼鏡をかける。
二年生らしいぽっちゃり型の女の子が開脚しての前屈運動をしている。
太股の間が好男の目前にさらけ出されている。女の子が苦しそうに上体を傾けるたびに小陰唇の左側が押し出されてはみ出している。
「……うそだろ」
好男は、バスケット部の練習風景を見た。
男子はユニフォーム姿だ。ふつうだ。だが、女子部員は裸だ。ダッシュするたびに剥き出しの胸がゆれる。ただし、見えないブラジャーがサポートしているためか、固そうな小刻みな動きになっている。
「なんで、なんで」
「男の裸は見てもしようがないんで、補正をかけているんだよ。体形や身長の高さで判別してね」
助平がさわやかに説明する。
「どーゆー原理なんだ、これ?」
好男はあらい息をなんとかしずめながら訊いた。
「光も熱も電磁波の一種だからね。人体の発する熱を光に変換して、視覚として不自然じゃないように変調してやると、ほぼ身体のラインは見てとれるのさ。それに、顔の色などから体色を推測して、着色したり影つけをしたりするわけ。自然に見えるようにCGも併用しているけど、見えている映像は95%以上本人の姿と一致しているよ」
助平はこのほかにも専門用語をつかって説明を試みたが、好男には理解できなかった。
ただ、感心はした。
「すげえな、おまえ一人で作ったのかよ、ノーベル賞ものじゃねえの?」
「自分の趣味のために作ったんでね。でも、やっぱり女の子の肌は肉眼で見て、さわって楽しみたいよね」
「これならよ、有名人の裸とかも、見れるよな」
好男は興奮を押さえきれない。目の前には裸の女の子たちが乱舞しているのだ。脳の中は桃色のかたまりでいっぱいになっている。
「まあね。でもそんなに面白いもんじゃないよ。広据涼子だろうが田仲麗奈だろうが、そのへんの子と大差があるわけじゃなし」
「見たのか!?」
「うちのテレビは女性アイドルはみんな裸に映るんだよ」
「うそだろ!?」
「さすがに昔の映画とかはだめだけれどもね。ライブものに関しては映像情報の解析で70%くらいは透視できるんだ。水泳大会なんかだったら、ほぼモロだね」
好男の頭脳のなかに、人気アイドルたちの素っ裸の姿が乱舞した。ついでに、女子テニス部員たちが全員裸でランニングしている姿が目前を通過する。
「おおお、たまらん」
思わず好男は股間をおさえる。ジッパーをほとんどおろしかける。
助平はその手をつかんで押しとどめた。
「やっぱりきみはぼくが見こんだ通り、性欲の権化のような男だね」
「悪いか。おれは健康な男子だぞ」
「いいに決まっているよ。ぼくは自分の欲望をかくして清潔漢ぶるやつは好きじゃないんだ。だから、ぼくの秘密の発明についても教えてあげたんじゃないか」
助平は好男の手をがっしりと握った。
「これから、ぼくに協力してくれないか。むろん、きみにはいい目をみさせてあげる」
すでに実例が目の前にある。好男はためらいなくうなずいていた。
「じゃあ、さっそく今日からはじめよう」
助平は知性的なマスクに柔らかい微笑を浮かべた。
5
中条静香は職員室の自分の机で大きく息をついた。
テストの採点がようやくひとくぎりついたのだ。
同僚はみんな帰ったか、顧問をしているクラブ活動を見に行っているのだろう。部屋の中は静香以外は一人もいなかった。
静香も英語研究会の顧問だが、幽霊部員がほとんどで、活動らしい活動はなされていない。だから放課後は仕事が終わりしだい帰ることにしている。
「うーん、肩がこっちゃったわ」
静香は伸びをして立ちあがった。はっきりした目鼻立ちにグラマラスな肢体。交際を申しこんでくる同僚教師はひきもきらず、男子生徒からのラブレターがとどかない日はないほどだ。だが、外見に似ず、静香はそういう方面には奥手であった。中学高校と女子校であったし、現役で進んだ四年生大学では勉強に明け暮れた。大学時代にも決まった交際相手というのはおらず、大学一年の夏休みに海で処女を失ったのも、自分の意志でではなかった。グループ旅行をしていて、その場で知りあった男子学生のグループに慣れない酒を飲まされ、正体を失った隙に押したおされたのだ。
砂浜だった。
花火で盛りあがり、缶チューハイを勧められた。いまから思えば、普通のチューハイではなく、後からジンか何かを注ぎたしていたようだ。あっという間に腰がくだけ、意識が朦朧になった。
気づいた時にはタンクトップをたくしあげられ、ブラジャーも外されていた。
よだれをたらした大学生が二人、左右のおっぱいを分けあって吸っていた。
静香のグループは女の子四人、男子学生は五人組だったが、彼らの狙いはひたすら静香だった。静香以外の女の子は、静香の順番待ちをしている男子学生が時間つぶしに抱くという按配だった。
パンティも奪われ、脚を広げさせられた。
三人がかりだった。両側から手と脚を押さえられ、大きく広げられた股間を懐中電灯で照らしだされた。
たっぷり観察したあと、いきなり口で吸いはじめた。
静香は酔いのために理性を失っていた。ああ、とうめき、反応した。
男たちはよってたかって静香をいじりまくった。
胸を揉み、乳首を吸い、股間を弄んだ。
一人目は正常位から挿入した。はじめての性交だ。静香は痛みに身をよじり、悲鳴をあげた。それが男たちの劣情に拍車をかけた。
口を犯された。
さらに胸にのりかかり、静香の胸の谷間に逸物をはさんだ男がいた。
三人の男の男根が静香をさいなんだ。
口と胸と膣にそれぞれ射精された。
男たちは順々に静香を犯した。
五人の男が少なくとも二回ずつ静香の身体に精液を浴びせたのだ。
以来、静香は男性恐怖症に近い状態になった。
四年が経過したが、その記憶は根強く、男性と交際する気にはなれないでいた。
――と、人の気配を感じて、静香は周囲を見わたした。
職員室の入口に色事好男が立っていた。
6
「どうしたの、色事くん? 先生に用?」
と訊いたのは別に自意識過剰のためではない。静香は好男の担任教師である。
好男は無言だった。後ろ手に扉をしめる。
ピン、という金属音は鍵がかかったことを表している。
「なに? どうしたの?」
静香はやや警戒の念を抱いた。男子生徒がどんな眼で自分を見ているか、静香は知っている。色事好男は問題児というほどではなかった。だが、人一倍異性に興味を持っているらしいことは日々の言動から窺い知れる。
と、静香の耳が不思議な音をとらえた。
波の音だ。
女の子の嬌声も聞こえて来る。
そして、この匂い。
潮の香りと火薬の匂い。
ああ。
海だ。
静香は周囲を見回した。うろたえていた。
職員室ではない。波打ち際が見える。夜の砂浜だ。星空がすごい。
でも職員室だ。自分の机によりかかっている。採点し終わったばかりのテスト用紙が積まれている。
色事好男が近づいて来る。双眸は欲望に輝いている。
股間がそそり立っているのがズボンの上からでもわかる。
すごいわ。
静香は熱い塊が身体の内奥部から押しあげてくるのを感じていた。
濡れ、はじめていた。
「効果はあるようだ。性体験追憶機は」
職員室の隅で、助平勉はつぶやいた。好男が入った扉とはべつの扉の前だ。
「先生はどんな体験を想いえがいているのかな? それをモニターできればもっと興味深いだろうな。今後の改良課題にしよう」
好男は、恐る恐る静香ににじり寄っていた。だが、静香の双眸に明らかな欲情のかぎろいを見てとって、内心驚いていた。
(助平の言ってたことは本当かよ? 本当に、静香先生は過去のエッチな体験を思いだして……おれにさせてくれるのか?)
絶対に拒めない、と助平は断言した。初体験の記憶は強烈に人間の意識に刻みつけられており、そのシチュエーションに身をおいたら、かならず身体をひらく。女性は特に、はじめての男を忘れさることはできないものだ。たとえそれが悲劇的な体験であっても――いや悲劇的であればあるほど、その代償作用として快楽を求めようとするはずなのだ、と。
「せ、先生」
かすれた声を好男はだした。期待ですでに股間は痛いほどふくらんでいる。
「色事くん……」
静香の眼はうるんでいた。
ブラウスのボタンに手が伸びていた。ゆっくりと外していく。