ゼロの使い魔

ルイズとあそぼう! 魅惑の妖精亭へようこそ




1 ルイズとサイト、妖精亭を訪れるの巻

 

 王都トリスタニアのチクトンネ街にある大衆酒場兼宿場『魅惑の妖精』亭。

 サイトとルイズはひさしぶりにその店を訪れていた。

 夜になれば、着飾ったウェイトレスが給仕する酒場だが、昼間はランチやスィーツも出す、意外に健全な店である。

 王宮のアンリエッタのもとに伺候した、その帰りである。月に一、二度、アンリエッタの元を訪れ、話し相手になるのである。ルイズの護衛役としてサイトが同行するのもいつものことだった。

「まったく、姫様ったらサイトとばっかり話して、やっぱり怪しいわ」

 いっときここで働いていたこともあるルイズは、行きつけの「いつもの席」にふんぞりかえり、「今月の店主のおすすめ」のビッグプディングと格闘しつつ毒づいた。

「そうか? べつにいつもと変わりないようだったけど」

 まあ、三人でお茶を飲んだとき、わざわざサイトの隣の席に、しかも身体を密着させるようにしてきはしたけど――と、サイトはアンリエッタの柔らかな感触とともに思い出す。

 その表情の変化を見逃さずルイズはテーブルの下でサイトのすねを蹴飛ばした。

「あ、いてっ! なにすんだ、ルイズ!」

「なに鼻の下のばしちゃって! 姫様のことを考えてたんじゃないでしょうね!?」

 図星だからサイトは反論できない。

「あんた、わたしの犬のくせに、おそれおおくもアンリエッタ姫様によこしまな気持ちを持ってるんじゃないでしょうね!?」

「……そんなことあるはずないだろ」

 それはむしろアンリエッタ様の方から、とはさすがにサイトも口にしない。アンリエッタのためでもあるのと同時に、アンリエッタを無二の親友であり主君とも仰ぐルイズに申し訳なさ過ぎる。

「ほんと? どうだか……」

 ルイズの方も、最近、アンリエッタがサイトにちょっかいを出していることにうすうす気づいている。サイトがそこから距離をとろうとして、でもアンリエッタの色香にフラッとなりかけていることもなんとなくわかる。

(だって、姫様は美人だし……気品もあるし、それにそれに……む、胸とか……わたしより、ちょっ、ちょっ、ちょっとだけ、あるから……今日だって、あんなにくっついて、サイトのばかああ!)

「いでっ!」

 想いがつのって、ついついサイトのすねを蹴り飛ばすルイズである。

「ハイ、お二人さん、いらっしゃい」

 二人のテーブルにやってきたのは黒髪ストレートの少女だ。胸ぐりの深い緑のワンピースがよく似合っている。この店の店主スカロンの娘にしてナンバーワンの妖精(ウェイトレス)、ジェシカだ。サイトたちが来店したことに気づいて挨拶に来たらしい。ルイズもサイトもジェシカとは気心の知れた仲である。

「久しぶりね、今日は王都に用事?」

「ええ、そうなの。でも用事はすんで、このあと戻るところ」

 学園に帰るための駅馬車の時間まであと一時間ある。ちなみに徒歩だと二日かかる行程である。

「あら、そうなの? うちに泊まっていけばいいのに。部屋はあまってるよ」

「屋根裏部屋はもうたくさんよ」

 ジェシカの提案にルイズは顔をしかめて言った。

「あはは、そんなこともあったわね」

 かつて、この店でサイトとルイズは住み込みで働いていたことがあったが、そのときねぐらにしていたのが屋根裏部屋だったのだ。

 だが、サイトはジェシカの物言いに少し違和感をおぼえた。

 部屋があまってる?

 この魅惑の妖精亭が?

 そういえば、まだ夜にならない時間帯だからか、店内はやけに閑散としている。給仕してくれたのも、いかにも手伝い、といった感じのおばさんだった。もちろん、キャミソールもビスチェも着ていない。(おばさんに着られても困るが……)

 ジェシカも快活そうに振る舞っているが、いかにも疲れている様子が見て取れる。無敵のはずの16歳のお肌が毛羽立ち、化粧でごまかしているが目の下にもクマがある。

「ねえ、店長は? スカロンさんにもあいさつしたいわ」

 ルイズが脳天気に言ったときだ。

 ジェシカの表情がどっと崩れた。押し寄せてきた疲労感に押しつぶされたかのように。

「父さん、倒れちゃったの。過労で――」

 ジェシカの話によると、このところ、ライバル店舗が増えたおかげで売り上げが落ち気味だったという。

 スカロンは不眠不休で働き、女の子をスカウトしまくっていたらしい。

「やっぱり可愛い女の子のサービスがウリだからね、うちは」

 だが、新たにスカウトした女の子たちは支度金だけ持ち逃げして、働きにこなかった。

「それに、けっこう、女の子の借金を肩代わりしてあげたみたいなのね、うちの父さん。ああ見えて困ってる女の子を放っておけないタチだし」

 女の子たちが逃げたことで、その借金がまるまるスカロンの負債になってしまったらしい。

 そんな心労が重なって、ついにダウンしてしまったというのだ。

 ジェシカもふだんはスカロンの看病につきっきりで、店にはたまにしか顔を出せないという。

 ウェイトレスの中でも稼ぎ頭であるジェシカが抜けてはさらに戦力ダウンはいなめず、魅惑の妖精亭は廃業の危機に面していたのである。

「でも、あれは? 魅惑のビスチェ! あれがあれば、チップをいくらでも稼げるんじゃ」

 ルイズも一晩だけ貸してもらったことがある、魔法のかかったセクシーな衣装。

「借金のかたとして差し押さえられちゃったわ」

 ジェシカは溜息をつきながら言う。それもそうか。あれほどのアイテムだ。借金取りだってまず目をつけるだろう。

「そうだ! ね、ルイズ、何日かだけでも手伝ってくれない? スポンサーになってくれそうなお金持ちがいるのよ。ここ数日のうちに視察に来るかも。あたしは父さんの看病があるからずっとはいられないし……」

 ジェシカが手を合わせる。

「その何日かだけでいいの。お店に一人でもルイズくらいかわいい女の子がいたら、『この店になら出資してもいい』って思ってくれるにちがいないもの」

「かわいい?」

 ルイズが顔を赤らめる。人一倍気位が高いくせに、他人からの賞賛にはひどく素直に反応するのだ。

「ルイズじゃ、いつかみたいにお客を引っぱたいて、台無しにしちまうぞ」

 サイトは混ぜっ返した。正直、ルイズに酔客の相手なんかしてほしくない。それでつい憎まれ口をたたいたのだ。

「なによ! それってずいぶん前のことでししょ!? あれから私も成長したんだから!」

「けっ、成長? 身体のどこかはちっとも成長してな……ぐべっ!」

 サイトは股間を押さえてテーブルにつんのめった。これ以外はないという角度でルイズの爪先がサイトの急所に吸い込まれたのだ。そんな技ばかり成長しやがって……とは涙目のサイトの心の声。

「私、ほんとうに成長したんだから」

 ここしばらくの様々な出来事で、ルイズは実際にその自信があった。

 今の自分なら、お酌だってできるし、お世辞だって言える……と思う、たぶん。身体に触られるのは嫌だけど……まあ、うまく切り抜けられるんじゃないだろうか、うん、そんな気がする。

 思えば、この魅惑の妖精亭ではルイズは敗北感にまみれた記憶しかない。美貌や気品では誰にも負けないはずなのに、身体のとりたてて重要ではないパーツが小さめだったからというだけで、あまりにも不当に扱われた。

 だが、今の自分なら、もっとうまくやれるはずだ。女性としての経験も、うん、まあ、それなりに……積んだような気もする。そう、これは自分の成長ぶりをサイトに知らしめる絶好の機会なのだ。

「ジェシカ、私、やるわ! お店、手伝ってあげる!」

「本当!? 助かるわ!」

 ジェシカは心から嬉しそうに声をあげ、ルイズを抱きしめた。

 同年齢の少女のふくよかな部分が顔に押しつけられ、ルイズはそこはかとない虚しさを感じる――が、今のルイズはそんなことではめげない。胸だけが女性の武器ではないことを証明してみせる!

「サイト、あんたは学園に先に帰ってていいわよ」

「え、なんで。おれも手伝うぜ」

「あんたにチップが稼げるの!? あのメイドやキュルケを連れてくるの!」

 ジェシカをふりほどいて、ルイズはビシィ!と指を突きつける。

 なるほど、ルイズ一人で手伝うよりも仲間を増やしたほうがいい。それにシエスタはジェシカのいとこだ。訳を話せばきっと協力してくれるだろう。キュルケも意外に友達想いだから、手伝ってくれそうだ。

 それにしても、とサイトは思う。サイトと出逢った頃のルイズだったら、絶対にこんなことはしないだろう。店を手伝うなんて言い出すこともなかったろうし、よしんばそういう状況になったとしても、仲間の力を借りるという発想はなかったろう。なんでも一人でかかえこんで、誰も信じずに、自分だけで何とかしようとしただろう。

「ルイズ……やっぱり成長したよ、おまえ」

「なっ!? なに? ドコのことをいってんの!? み、見たの!?」

 何を勘違いしたか胸元を押さえて顔を赤らめるルイズ。

「い、いや、そこはまったく成長していな――ひでぶッ!」

 ふたたび股間をおさえるサイト。

 というわけで、ルイズは一人、魅惑の妖精亭にとどまって、店を手伝うことになったのであった。

 

2 ルイズ、胸の発育に悩むの巻

「あれ、服、変わったの?」

「ええ、新しいオーナー候補のご希望でね」

 夜の部の開店前、ルイズは控え室で妖精のための仕事着に着替えた。ジェシカがサイズをみつくろってくれた。

 もともと、白いキャミソール――下着のような薄手の露出度の高い服――が制服だったが、今回の衣装は黒のゴスロリ風で、前掛けのついたスカートだ。裾はかなり短い。

「下着もなんだか……」

 支給されたパンティは、ヒモで三角の布をつないだような代物で、前を隠すのがやっと。おしりの山は丸出しだった。

「Tバックっていうのよ。いま、王都ではすごくはやってるの。ヒップラインがきれいに出るのよね」

「でも、おしりがスースーするわ」

 これを穿くのにはそうとう勇気が必要だった。以前のルイズなら、「こんな下品なもの、貴族の私がつけるわけないでしょ!」などと怒鳴っていたかもしれない。だが、最近はサイトの趣味のおかげで、比較的、そういうきわどい衣装にも耐性ができている。

(これも成長っていうのかしら……? きっとそうだわ!)

 たぶん、単なる「慣れ」なのだろうが、本人が自信を持てばそれはそれでいいのであろう。

 夜の部の営業が始まった。

 客足はまあまあというところか。開店からほどなく半分近くのテーブルが埋まった。

 ルイズもテーブルに酒と料理を運んでいく。がんばって客たちをもてなして、売上アップを勝ち取るのだ。

「おっ、新しい子が入ったのか」

 中年二人連れの客のひとりがルイズの顔を見て声をあげた。

「なかなか可愛いじゃないか……だけど」

 客たちのぶしつけな視線がルイズの胸元に向けられる。

「胸は小さいな」

「というより、ないな」

 ヒクヒクこめかみが震えるルイズだが、耐える。

(わたし、成長したんだから……こんなことくらいで!)

「まあ、いいや、酌してくれや」

「そうだな。名前はなんていうんだ、ねえちゃん?」

「ほほ、ルイズと申します。魅惑の妖精亭へようこそ」

 この仕事は一応経験済みだ。口上だけは手慣れたものだ。

 ルイズはワインをつぐために客に近づく。

「もっとこっち寄れよ」

「きゃっ」

 図々しくルイズの腰を抱き寄せてくる。

 さらにどさくさでおしりも触ってくる。

「ほう、尻もちいせえなあ。だが、いい手触りだ」

「どこさわってんのよ!」

 割れるワインの瓶。顔面を赤い液体(ワイン)で濡らしてぶっ倒れる酔客。

 サイトが見ていたら、きっとこう呟いただろう。

 まるで成長していない――

 

 最初の一組は失敗したが、それ以降は無難に給仕をこなしていくことができた。

 胸について揶揄されることがなければ――身体をあからさまに触られることがなければ――なんとか爆発を押しとどめられる。

 というか、最初にやらかしたので、ほかの客が警戒してルイズにちょっかいを出さなくなった、というのもあるが。

 だから当然、売上アップにつながる貢献もできていなかった。

(まずいわ……)

 ルイズは状況の悪化を感じていた。

 店の女の子たちは以前に比べて大幅にレベルが落ちている。客たちもあまりサービスに期待していないようで、以前のようにチップが飛び交うこともなく、注文もあまり多くない。適度に食事を済ませるとさっさと帰っていく。テーブルの空きも目立ち始めた。

 ジェシカはスカロンの看病に戻ってしまったので、この時間帯はルイズが支えるしかない。

『わたしが手伝うんだから、売上は2倍、いいえ、3倍にしてみせるわ!』

 そう啖呵もきっていた。なにより、このままでは、サイトとの思い出の場所のひとつである魅惑の妖精亭がなくなってしまう。

(恥ずかしいけど……仕方ないわ!)

 ルイズは決意する。

 ゴスロリドレスの裾をたくし上げる。

 下着が見えるか見えないかギリギリの長さで固定する。

(脚には自信あるんだから……! これなら、きっと)

 サイトを先に帰しておいてよかった、とルイズは思う。いくら人助けとはいえ、脚や下着を知らない男たちに見せるなんて。

 もとの制服はキャミソールだったのだから下着を見せていることには変わらないのだが、桃色ブロンドの美少女がゴスロリドレスのスカートの裾からチラチラピンク色の布を見せるのは、かなりの破壊力だったらしい。

 客たちがざわめき、あちこちからルイズに声がかかる。

 ――おい、こっちに来て酌してくれ!

 ――いや、こっちだ! 酒の追加も頼む!

 がぜんルイズは忙しくなり、店のあっちこっちを走り回る。そのたびにスカートが揺れて、下着がチラチラする。そして、さらに客がヒートアップする。

(これって、こ、貢献、できてるわ……!)

 胸はなくとも、ルイズほどの美貌と美脚があれば、男達なんかイチコロなのだ。ルイズは自信を取りもどし、さらに頑張って仕事に励む。

 だが、ひとつルイズは失念していた。

 いまはいている下着の形状だ。

 おしりはTバックでひも状なのだ。

 しかもウェイトレスの仕事はテーブルに向かってかがむことが多い。

(見ろよ、あの子の尻――)

(ああ、真っ白で、なんて綺麗なんだ)

(ちっちゃくて、子供みたいだけど、プリップリだぜ)

(やっべ、ケツの穴、見えそうだ)

 店中の客に、ルイズはおしりをさらしていたのだった。

 男たちが悶々としはじめる。だが、触ったらどういう目に遭うかは最初の客がすでに証明済みだ。

(だが、もうそろそろ……)

(ああ、ゲームの時間だ)

 常連らしい客たちは小声で語り合う。

 つづく