ゼロの使い魔

ルイズのねこ耳にゃんにゃんNIGHT!

 水精霊騎士隊は、トリステイン王家からもお墨付きをもらった近衛隊だ。しかしながら、その性格は限りなくボランティアに近く、隊の運営資金そのものはさほど潤沢ではない。

 基本、騎士はすべて貴族だから、王家のために働くことはむしろ名誉なこととされ、自腹を切ってでも、というのが建前なのである。

 しかし、近衛隊にはそれなりの余禄がある。「巡回」と称して地域をまわれば、その土地の有力者には歓迎され、酒肴のもてなしを受けることができるのだ。地方の有力者にしても、王室とのパイプは喉から手が出るほど欲しいのだから、「近衛」の若様たちをおだてるにしくはないと考える。

 いわば、利害の一致である。

 もちろん、地方には、はぐれモンスターが出没することがあるから、そういった脅威を取り除いてやる、という任務もあるにはある。

 その週末も、隊長であるギーシュの発案で、魔法学園から地方に遠征し、巡回をとりおこなうことになった。

 副隊長のサイトも、立場上つきあわざるをえない。それに、はぐれモンスターが出現した時に、一番戦力になるのはやはりサイトなのだ。

 しかし、ルイズはご機嫌ななめだ。ここのところ大きな戦いがなく、巨乳メイドが目障りではあるが、まあまあ平穏な日々で、この週末あたりはサイトに思いっきり甘えてやろうと考えていたアテが外れたからだ。

「何よ、せっかくあたしが……ちょっとは言うこと聞いてあげてもいいかな……って思っていたのにっ!」

 巡回の準備にかかりきりのサイトの邪魔をするわけにもいかず、一人、ぶーたれるルイズは気分転換のために散歩に出た。

 小川が脇を流れ、木陰の涼しい小径である。鳥の声を聞きながら、ルイズは少し頭を冷やした。

「考えてみれば、サイトは王国のためになるお仕事をしているのよね。それを邪魔するのって、やっぱり貴族としてもよくないわ。だいいち、地方巡回ったって、ほんの一週間くらいのことだし……」

 帰ってきたサイトを優しく、かつ上から目線で、ねぎらってやるのが主人のつとめではないかしら……などと考える。

 と。ルイズはふと耳をそばだてた。聞き覚えのある男女の声――ギーシュとモンモランシーだ。みれば、二人、手をつないでデートの真っ最中だったらしい。「だったらしい」というのは、今や口論モードに入っていたからだ。

 口論、といっても、モンモランシーが一方的にギーシュを責めているようである。

「なによ、遠征って! 知ってるのよ、私! 今度行くラベール地方って、平民にも美女が多いって有名な土地柄らしいじゃない!」

「そ、それは誤解だよ、モンモン。ぼくは別に、野に咲く可憐な花たちを摘みに行くためだけに巡回を計画したわけじゃなくて……」

 言いつつ、墓穴を掘っていることに気づかないのがギーシュである。

「やっぱりナンパする気マンマンなんじゃない!」

「だから、ちがうって! ラベール地方には巨乳が多いとか、そんな評判、全然知らないし……」

 バチーン、と大きな音がして、ギーシュがぶったおれる。どうやら痛烈な張り手を食らったらしい。

「知らない! ギーシュのバカ!」

 

 結局、ギーシュは魔法学園に残ると言いだし、巡回にはサイトが隊員を率いて出かけることになった。モンモランシーと仲直りしたいギーシュがサイトにその役を押しつけたのだ。すでに任務として届け出をしてしまっているし、その地方では騎士隊を待っている。ドタキャンするわけにはいかないのだ。

「しょうがねえな……まあいいけど」

 それなりに巡回の仕事に意義を感じているサイトはその役を引き受けた。

 騎士隊の準備も整い、いよいよ出発しよう、という時だ。

「バカ犬! ちょっと待ちなさい!」

 騎士隊の行く手を桃色ブロンドの美少女が白馬にまたがって通せんぼをした。

 もちろん、ルイズである。聖女の制服ともいえる純白のローブを身につけ、杖を携えている。まるで戦場に向かおうというようなりりしさで、思わずサイトも見とれてしまったほどだ。

「な……ルイズ、何だよ、その格好。見送りにしては大げさすぎるぜ」

「誰が見送りよ。見て分からないの? わたしも同行するの」

 小さな胸をついとそらしてルイズが言う。

「おいおい、遊びに行くんじゃないんだぜ? 途中は天幕で泊まったりしないといけないし、モンスターが現れるかもしれないんだぞ?」

「ふん、こっちはとっくにお見通しよ。行っておきますけどね、ラベール地方の……きょ、きょ……きょっ……な野に咲く花とよろしくやろうたって、そうは問屋がおろさないから!」

「はあ? 何いってんだお前」

 きょとんとするサイト。もちろん、巨乳うんぬんはギーシュが巡回先を選ぶ際に選んだ条件で、サイトはそんな事情は知らない。

 それでも、ルイズの決意が変わらなさそうなのは悟っていた。だいたい、このわがままな貴族のお姫様は、こうと言ったら退かないのだ。そこがいいところでもあるのだが。

 それに、ルイズの魔法もそれなりに戦力になっているし、ルイズと一緒に天幕に泊まったりするのも気分が変わって楽しそうだ、と思い直す。

「わかったよ、一緒に行こう」

 今度はルイズがきょとんとする番だった。

「え? ついていっていいの?」

「いいも何も、一緒に行きたいって言ったのはそっちだろ? それに、おまえと週末離れるのはちょっと寂しいなと思っていたし」

「え? あの……その……ほんとうに?」

 真っ赤になるルイズ。

「本当だって。この巡回の仕事がはいらなかったら、久しぶりに一緒に休日を過ごそうと思ってたんだぜ」

「サイト……」

 いつの間にか、サイトとルイズは馬に乗ったまま近づいていた。周囲にピンクのハートが飛び交う。

「あー、オホン! サイト……副隊長どの、そろそろ出発を」

 マルコリヌが丸い顔にあからさまな憎悪を浮かべて、咳払いをした。

 他の隊員たちも同様だ。黒いオーラを放ちながら、副隊長とその恋人を睨んでいる。

「あっ、そ、そうだな、じゃ、じゃあ、出発!」

 慌ててサイトは号令を出した。

 マルコリヌは、自分の前を進むサイトとルイズをジト目で見つめていた。

 結局、同行することになったルイズは、サイトと同じ馬に乗るとだだをこね、今やちゃっかりタンデム状態だ。

 今もぴったり密着して、何やらこそこそ話し合っては、笑い声をあげている。

(なんだよ、これ。お前ら、デート気分かよ、ふざけるな、一応仕事だろ!)

 マルコリヌは口には出さず愚痴り続けた。ルイズが馬を置いて、サイトと同乗することになったため、ルイズの荷物――やたらと大きな包み――はマルコリヌが運ぶはめになってしまったのだ。

 そのマルコリヌと同意見らしい、「彼女いない」騎士たちと、視線を飛ばして意思疎通をする。

 一人の少年が大きくうなずく。馬にくくりつけた荷物をぽんぽんと叩く。そこにはワインの大瓶がくくりつけられている。巡回は、いわば無礼講の旅。各地方で饗応を受けるだけではなく、自分でも酒や肴を準備しているのだ。

(今夜は、やけ酒だ)

 マルコリヌとそのグループは誓い合うのだった。

 

 その日は、宿場にたどり着く前に夜を迎えてしまった。

 騎士隊は街道から少し入ったところに開けた土地を見つけると、そこに天幕を張った。

 天幕は、10人くらいが寝られる大きさがあり、三つほどある。それぞれに蛇と星、龍と月、獅子と太陽の意匠が染め抜かれている。

 そのうちのひとつが隊長用――なのだが、今回はギーシュがいないので、サイト用だ。

「えーっと、獅子と月が隊長用だっけ、龍と太陽だっけ……」

「龍と月が隊長用で、蛇と星がぼくら、獅子と太陽は他の隊員用だよ」

 マルコリヌが指摘する。

「あ、そうなんだ」

 サイトは天幕設営の指揮を執るのは初めてだったので、少し手間取ってしまった。

「と、とにかく、それぞれの天幕は少し距離を置いて設営すること……その、声とか聞こえないように」

 もちろん、自分の天幕にルイズを泊めることになるから、その配慮だ。

 だって、旅先だし、気分は開放的になるし、シエスタもいないし……

 そんなサイトの下心は部下達にはまるわかりだったが、それでも、それぞれの天幕は距離を置いて設営された。

 天幕の設営が終わる頃には陽は傾いていた。

 火をおこし、携行してきた干し肉をあぶる。ワインの瓶が回される。

 宴会の始まりだ。

 巡回はだいたいこんな感じである。宿場に着けば、酒場を借り切っての宴会となるし、有力者に招かれての祝宴になることもある。いずれにせよ、毎晩飲んで騒ぐのである。

 さほど強敵と戦うこともないとたかをくくっているのか、隊員たちは気楽に騒いでいた。

 サイトもワインを飲み、肉を食べたりしたが、ルイズの姿が見えない。

「なあ、ルイズ見なかったか?」

 隊員達に聞いても首を横にひねるか、ワインの瓶を押しつけてサイトにも飲むように迫るか、どっちかだった。

「あ、そういえば、さっき、泉のある場所を聞かれたよ」

 ようやく答えを返してきたのは一人の隊員だった。この近くには、清水がこんこんとわき出る泉があるらしい。

「そうか……じゃ行ってみるよ」

 サイトはルイズのためにあぶった肉を刺した串とワインの瓶を持って、隊員に教えられた方に向かった。

 

 双月が出ていた。ふたつあわせてようやく半月に届くかどうか。それでも淡い光が地上まで届いている。

 教えられた泉というのは、ちょっとした池のようになっていた。周囲は水草が生い茂り、その草も露に濡れて、光を反射していた。

 ちょっと幻想的な場所だった。

 サイトは周囲を見まわして、そして、息をのんだ。

 泉の中央に、裸の少女がいた。

 ほっそりとした少女らしい身体に長い髪。こちらに背を向けているが、ルイズに間違いない。

 それにしても――

 サイトは、今までルイズの裸を見たことがないわけではない。特に、召還された最初の頃は、ルイズはサイトを男扱いしていなかったから、裸を見られても平気だったのだ。今ではさすがにそんなことはないが――

 それにしても――と再び思う。

 なんてきれいなんだ。

 水浴びをしているルイズは本当に女神さまみたいで、いつも憎まれ口を叩いたり、つっかかってくる生意気な女の子と同一人物だとは思えない。

 胸は確かに薄いけど……サイトの好みとは違うけれど……いや、これはこれでとてもいい。

 いつまでも、見つめていたい、美しさだった。

 だが、つい、サイトは足音をたててしまったらしい。

「だれ!?」

 ばしゃっ、と水音がして、ルイズが裸身を水に隠した。

「ごっ、ごめん! 覗くつもりじゃなくて……」

「サイト? あぁ、よかった。他の隊士だったらどうしようかと思った」

 ほっとしたようにルイズは言ったが、まだしゃがんだままだ。

「……サイト、後ろ向いてて」

「あっ、ご、ごめん!」

 慌ててサイトは後ろを向いた。水音がして、ルイズが岸に上がったようだ。衣擦れの音がする。

「もういいわ」

 お許しが出たので、振り返ると、ルイズはローブを羽織っただけの姿だった。ちゃんと水を拭かなかったせいで、素肌が透けて、裸よりもさらにセクシーになってしまっている。

 サイトは鼻血が出そうだった。

「一日、移動ばかりで、ほこりまみれになっちゃったから……」

 ルイズは恥ずかしげに顔をあからめ、もじもじした。そんな姿がまた可愛い。

「あの……ね、今晩、天幕にお泊まりでしょ?」

「あ……ああ、そうだね」

 喉がひりつく。今にもこの可愛い女の子を抱きしめていろんなコトをしたい。

「ほら、今夜はあの邪魔っ気なメイドもいないし、二人っきりじゃない?」

「う……うん、そうだね」

「だから、身体を清めておいた方がいいかな……って」

 ルイズは自分で恥ずかしくなったらしく、やん、と言って身をよじった。

 サイトはのぼせあがっていた。もう、食べたい、今ここで食べてしまいたい。

「ルイズ!」

 サイトはルイズを抱きしめようと両腕を広げて迫った。それをルイズはひらりとかわした。

「ここじゃ……いや。せっかく身体を洗ったのに、泥で汚れちゃうもん」

「え……えええ……でも、なんというか……その」

 男の生理がたまりません、と、サイトは前屈みで訴えた。

「それに、サイトのためにいろいろ服を用意したの。思い切って……サイトが好きなの着てあげる」

 馬にくくりつけていた大荷物は、どうやら衣装箱だったらしい。その中には、メイド服や短い丈のドレスなど、色々入っていた。

 サイトは、コスプレした女の子に興奮する方である。特に、ルイズにはいろいろな服を着せて眺めたいと思っていた。

 その夢を、初めての夜にかなえてくれるというのか……!

「ど、どれでもいいの!?」

 鼻息が荒くなっている。さしものルイズもわずかに引き気味だが、それなりに覚悟をしてきたのだろう。こくんとうなずいた。

 ああ、あのじゃじゃ馬娘が……おれのためにコスプレしてくれる……!

 シュヴァリエの称号をもらったときよりも、アンリエッタ女王にじきじきご褒美をもらったときよりも、「達成感」があった。

「じゃ……っ、こ、これっ!」

 サイトが選んだそれは、ひときわ露出度の高いセパレーツの水着――しかもネコミミとシッポつきの難易度の高いものだった。胸元と腰を黒い毛皮でわずかに隠すだけで、あとは素肌があらわになっている。

「こ、これ……?」

 一応用意してきたものの、それが選ばれるとは思っていなかったようで、ルイズも一瞬固まった。

「ネコミミとシッポつけて、にゃんにゃん、ご主人さま、大好きにゃん……っと言ってくれええええっ!」

 激情にかられ、ルイズに詰め寄るサイト。ルイズも受け入れざるを得ないようで、こくんとうなずた。

「や、約束だから……特別に着てあげるんだからね!」

 かろうじての強がり。でも、サイトにここまで求められて、ルイズとしても嬉しくないはずがないのだろう。顔が、赤くなっていた。

「じゃっ、じゃあ、おれ、先に天幕で待ってるから……っ!」

 サイトは子供のようにスキップを始めた。

「あ、サイト、天幕って、どれ!?」

「隊長用の天幕だから、すぐにわかるよ。龍と星が目印だから!」

 もうサイトは天幕に先に戻って、寝床とかいろいろ準備するのに夢中なのだろう。そう言い置いて行ってしまった。

「もぉ……行っちゃった」

 少しふくれるルイズだが、これからのことを考えると、やはり緊張してしまう。

 初めてだし……うまくできるだろうか?

「あら、これ、サイトの忘れ物?」

 ワインの瓶が転がっている。ルイズのために持ってきてくれたのだろう。

「ちょっと……勇気づけに飲んでみようかな?」

 

 サイトがみんなのところに戻ると、すでに大半の隊員は酔いつぶれていた。

 マルコリヌとその仲間たちも、天幕で飲み直すと言って引き上げてしまったらしい。

 サイトも自分用の天幕に向かった。要所に魔法の力でともした灯りがあるだけで、周囲は真っ暗だ。ただ、天幕の目印はわかりやすいように、光が当てられている。

 ――龍と星、ではなく龍と月の天幕。

 あれ、なんか間違ったかな? でも何をを間違ったんだろう、などと考えつつ天幕に入ると――そこにはシエスタがいた。少し怒り顔で。

「サイトさん、ひどいです。ミス・ヴァリエールが一緒に行くんなら、わたしも当然一緒です! それとも何ですか? わたしだけ仲間はずれにして、ミス・ヴァリエールと何か楽しいことでもしようと?」

 他の仕事で見送りに行けなかったシエスタは、後から人から話を聞いて、慌てて追っかけてきたらしい。おそるべき行動力だ。

「いや……別に、仲間はずれとか、そういうことは……」

「だめです。説教します。正座してください」

 シエスタに厳しく言われ、正座させられるシュヴァリエ・サイト・ヒラガであった……

つづく