月詠 MOON PHASE

-Tsundere Mode-

# おにいさま、葉月に「アレ」吸わせてくださいね

 

「ほら、耕平! いつまで寝てるんのよ! 起きなさいってば!」

 耳元でキンキン声が響く。

 おれは布団をかぶって逃れようとしたが、乱暴にひっぺがされてしまった。

「もう夜よ! お天道さまはちゃあんと沈んでるんだから!」

 声の主を見上げる。

 細い足首、まっすぐなふくらはぎから腿へのライン、ようするにお子ちゃまな脚だが、そこから上はスカートに隠されている。

「なに見てんのよ、エッチ!」

 うかつな視線の動きを察知され、横縞ニーソックスの洗礼を浴びる羽目になる。

「んもう、シモベのくせに、立場をわきまえないんだから!」

 腕組みをして、長い髪を左右に振ったのは、葉月――わが家に居候しているヴァンパイアだ。

 ストレートの黒髪に切れ長の大きな瞳、愛らしい鼻、花びらのような唇――黙っていれば文句なしの美少女なのだが、いかんせん牙がある。

 こいつとは、ヨーロッパの古城で知り合った。ひょんなことから、おれはこいつに血を吸われ――こいつに言わせれば「契約のくちづけ」だそうだが――勝手にシモベなるものにされてしまった。そんなこんなでわが家に転がり込んできたわけだが、むろんおれとしては下僕になったつもりはない。

 だが、離ればなれになった母親を探すためにヨーロッパからはるばる日本に来たとあっては放り出すわけにもいかず、現在にいたっている。

「さあ、ごはんにしましょ。あたし、おなかすいちゃった」

 おれは反射的に首筋をおさえた。ほっ。今日は吸われていない。

 葉月はおれが寝ているあいだに勝手に血を吸うこともあるから困りものだ。しかも、血を吸った葉月はエネルギー満タンになって、そこかしこでトラブルを起こす。ただ、吸血の欲求には周期があるらしく、のべつ血を求めてうろつく、なんて、ホラー映画のようなことにはならないのだけが救いだ。

 それにしても、だ。

「言っとくけど、おれはさっき寝ついたばかりなんだぞ? まともな人間は夜寝るもんだ!」

「あんた、あたしのシモベでしょ。あたしの都合に合わせなさい」

 しれっと言う。まったくもって、生意気で傲岸なガキだ。

 こいつの生活パターンは、昼間は地下の寝室で休み、夕方起き出して朝方まで起きているというものだ。じつは、日の光を浴びても大丈夫という、ヴァンパイアとしては特殊な体質らしいのだが、長年の習慣で夜のほうが活発になるらしい。ったく、漫画家のようなやつだ。

 ともかく、こいつのおかげで、おれの生活時間はめちゃくちゃだ。おれの仕事はフリーカメラマンで、もともと仕事の時間が不規則ということはあるが、それにしてもまともに夜眠れないのはつらい。

 だが、このままゴネていても葉月のヒスをつのらせるだけだ。やむなく起き上がる。

 スキップしている葉月の後について、階段を降りる。なんだか機嫌いいな。

 一階の居間には日本の団欒の象徴、ちゃぶ台が置かれ、食事の支度が整っていた。白米にみそ汁、卵焼き、魚の干物をあぶったもの、そして漬物。いたって標準的な日本の朝飯である。時間は夜だが。

「あたしが作ったんだからね、ありがた〜く食べなさいよ」

 ごはんをよそいながら、恩着せがましく言う。なるほど、今日は料理がうまくいったのか。たいていは、卵を焦がしたり、みそ汁を煮詰めたり、ごはんが生煮えだったりするのだが。

「いただきます」

「いただきます」

 ふたり並んで座り、行儀よく手を合わせ、食事を始める。

 本来ならこの家にはもう一人、おれの祖父が暮らしているのだが、ここ数日腰の調子が思わしくなく、検査入院と称して病院にいる。もっとも、それが美人の看護婦目当てだということが既にわかっているので、おれも葉月も過度に心配することはやめている。

 おっと、忘れるところだった。

「ご主人様、おいしいぞよ」

 時代がかった口調で魚にかぶりついている、人形サイズの小さな子供がちゃぶ台の下にいる。だが、これは人間ではない。また動物ともちがう。式神だ。まあ、霊能力者が遣う、意志のある道具といったようなものだ。言いつつおれもわからん。

 もとは葉月の母親が使っていたらしく、葉月の母親の行方を知るための唯一の手掛かりといっていい存在だ。ただ、現在は、基本的には食って寝るだけの役立たずである。まあ、葉月にとっては大切な存在なのだろう、ハイジと名づけて可愛がっている。

 そんなわけで、おれは葉月の手料理をたいらげていった。

 自慢じゃないが、鈍感で、なんでも食えるのがおれの特技だ。

 微妙な味わいを追求すればいろいろな意見もあろうが、食えないほどまずいわけでもなく、危険なもの――尖った金属だとか――が入っているわけでもない。

 ――まあ、旨くなくもない。

 葉月が期待に満ちた表情を浮かべておれの口元を見ている。ったく、すぐに顔に出るやつだな、こいつは。

 だが、うかつにほめると後が厄介だ。やれ感謝しろだの、シモベの舌にはもったいないだの言い出すに決まっている。ここはひとつ、毅然とした態度で――

「ねえ、耕平、おいしい?」

「う……あ……まあな」

 しまった。機先を制されてしまった。

「おいしいならおいしいと、ちゃんといいなさい!」

 しょうがない。

「うまいよ。上達したな」

「当然よ。耕平しかいなくて残念だわ。おじいさまや、裕美姉さまにもご馳走してあげたかったのに」

「へーへー」

 生返事しつつ箸を進める。

 

「ごっそーさん」

 おれは箸をおいて、げっぷした。

 葉月のやつ、やけにおかわりを勧めてくるもんだから、ついつい食い過ぎた。ハイジも食べ疲れて、すでにくーくー眠り込んでいる。ベースが猫だから、食うとすぐに寝てしまうのだ。

 食事が終わって一服かげんのおれに、葉月が膝を寄せてきた。

「おなかいっぱいになった、耕平?」

「んー、あー、ごっそーさん」

「じゃあ、次はあたしね」

 なに?

 葉月がおれに抱きついてきた。

 しまった。今日は満月か。

 ヴァンパイアである葉月は満月の夜に吸血の周期がくる。

 そーいや、今日は妙に態度がおかしかったよな……気づくんだった。

 葉月の唇がひらき、小さな牙がのぞく。

 甘いような吐息とともに、少女の柔らかい身体がのしかかってくる。おれの首筋をねらって――

「まてっ!」

 おれはすんでのところで葉月を押しのけた。

 小柄な葉月は弾きとばされて、畳に尻餅をつく。

「なにすんのよっ!」

「なにすんの、じゃねえ! いきなり飛びかかってきたのはおまえじゃねえか!」

「あたしには血が必要なのっ! わかってるでしょ!?」

 生意気にも逆ギレをかましてきやがる。おれもカチンときた。

「あー、だからか、だからおれをわざわざ起こして、メシ食わせたのか?」

「だって、寝込みを襲うより、おなかいっぱいの時のほうが血の味がよくなるんだもん!」

 くっあー! アタマきた!

「いつもいつも血を吸いやがって! この人でなし!」

「あたし、人じゃないもん」

 けろっとして葉月が言いかえす。そりゃそうだな。吸血鬼だった。

「いーよ。耕平が吸わせてくれないんだったら、他のしもべを探すから」

 へそを曲げたのか、葉月がツンツンしながら立ち上がり、出て行こうとする。

「夜の公園あたりで、素敵なおにいさまを見つけようっと」

 葉月には、目を合わせた相手を魅了するチャームの能力がある。それを使えば、そのへんの男くらい簡単にたらしこむことができる。

 それに、今はロリコンが多いからな。性格はともかく、葉月みたいな美形の少女が、猫なで声で「おにいさま」なんつったら、チャームがなくてもヤヴァいことになりそうだ。

「ま、まてまてっ! よそさまに迷惑をかけるのはよせ!」

「じゃあ、吸わせてくれる?」

 くるっと振りかえり、葉月が訊いてくる。くそ、見越してやがる。

 うーん。だが、ただ血を吸われるのは癪だなあ……

 その時、おれの頭にナイスなアイディアがひらめいた。

 よし。これで、ふだんから振り回されている仕返しもできるぞ。

「あー、オホン、吸わせてやっても、いいぜ」

「なにもったいぶってんのよぅ! 早く吸わせなさいっ!」

 葉月が地団駄をふむ。かなり切羽つまってるな。吸血衝動ってのは突然に催すらしく、そうなるとガマンするのはかなり苦しいらしい。

「吸わせてやってもいいが……いつも同じ首筋ってのもワンパターンで飽きるだろ?」

 おれは自分の股間を指さした。

「ここから、なら、吸わせてやってもいいぜ」

 ああ、悪人なおれ。森丘耕平、年齢不詳。

 

つづく…


-予告-

おにいさま、葉月となぞなぞしましょ?

刺激すると大きく硬くなって、こすると液体を出すモノ、なーんだ?

葉月はすぐにわかっちゃいました!

ふるっふるっふるっむーんっ!

……

答えは……次回を読んでくださいね、おにいさま