「な、なんと大胆な……!」
引き戸の隙間から浴室を覗きこんでいた玄馬が驚嘆の声をもらす。
「かすみお姉ちゃん、ノリノリじゃない」
同様に覗いていたなびきは冷静な声で論評した。
「最初の打ち合わせでは、『え〜』とか言ってたくせに」
「……かすみちゃあん……うっ、うう」
脱衣所の隅で涙目になっているのは早雲である。
「泣くくらいなら、乱馬くんの教育なんて頼まなきゃあよかったじゃない」
なびきにピシリと指摘され、早雲の顔が子供っぽくゆがむ。
「……だって、かすみが『お父さんがそうしてほしいなら』って、引き受けてくれたんだもん。かすみの優しい気持ちを考えると、わたしは、わたしは――」
「はいはい、泣くならよそでやってね。いくらなんでも中にいる乱馬くんに聞えちゃうわよ」
「それにしても乱馬のやつめ、あかねくんだけでなくかすみさんとも……なんとうらやましい」
目を皿のようにして浴室内の情景を凝視していた玄馬がポツリとつぶやく。本音だろう。
なびきはかたちのよい眉をあげて、視線を玄馬の股間に動かした。
「あら、早乙女のおじさま、お元気なことで」
玄馬の道着の股間に三角錐が形作られている。玄馬はあわてて手でそれを隠す。
「あ、いや、これは……っ」
「早乙女のおじさま? もしもよければわたしが楽にしてあげましょうか?」
なびきが色っぽい表情を浮かべて言う。
玄馬の顔が赤くなり、同時に卑猥にゆがむ。
「えっ? いいの? マジで?」
「もちろん、バイト料はいただくけど。三万でどう?」
「な、なびきぃ……!」
血相をかえて早雲がなびきに詰め寄る。なびきはケタケタと笑う。
「じょーだんよ、じょーだん。それに、三万じゃ安すぎるしね」
「ほんとうに……冗談だったの……?」
早雲と玄馬は怖々となびきを見やりながら同時に声をもらした。
「ところで……あかねは大丈夫だろうね? こんなところを見られたら、かえって逆効果だよ」
ややあって早雲が心配そうに言いだす。たしかに、風呂場のなかで乱馬とかすみがおこなっていることをあかねが目撃でもしたら、とんでもないことになってしまう。
「それはだいじょうぶ。もうあかねは学校に行ったもの。今日は日直なんだって」
なびきが答える。
「そうか……それなら……」
早雲は安心したようだが、ふと思いだしたように視線を動かす。
「お師匠さま……は?」
「お師匠さまなら、さっきまでなにやら押し入れをかきまわしているようだったが」
「いや、こういう状況でお師匠さまが飛びこんでこないのはヘンだと思ったんだけどね……」
早雲は首をひねる。
「そ、そんなことより、天道くん、すごいよ! か、かすみさんと乱馬が……おおっ、そんなことまで!?」
玄馬は身をのりだして浴室を覗きつつ声を高くする。浴室の中からは、浴槽に張ったお湯がはねる音と、かすみのものらしい甘い声が聞えてくる。
「ちょっ、ちょっと、早乙女くん! きみが楽しんでどうすんのよ? 覗きはやめなさいというのに……っ」
玄馬を早雲は羽交い締めにする。そして、そのまま脱衣所から引きずり出していく。
「なびき、後は頼んだよ」
「わかったわ」
「そ、そんな殺生なぁぁぁ」
引きずられながら、玄馬がわめく。
早雲と玄馬が廊下に去ると、なびきは居ずまいを正した。
「さて、商売商売……っと」
小型のビデオカメラを取り出すと、浴室内の情景を撮影しはじめる。あいた手はホットパンツに伸ばして、裾から指をもぐりこませている。
「かすみおねえちゃんったら……打ち合わせの範囲を超えちゃってるわよ。乱馬くんの赤ちゃんを自分で産むつもりなんじゃあないでしょうね?」
つぶやきつつ、指で自分の股間を慰める。早雲や玄馬の前では平然をよそおっていたが、もうホットパンツの股の部分が変色するほど濡れてしまっている。
「もう……へんな気分になってきちゃったじゃない……今日は遅刻決定ね」
そのころ。
八宝斉は塀の上を歩いていた。まったく足音もたてず、気配も断っている。そこにいることは誰の目にも見えているはずなのにそうとは意識させない、まさに達人の足の運びだ。
「ふふん……あやつらめ、乱馬をいまさら鍛えても、どうしようもないことに気づかんとはな」
唇の端をゆがめつつ、独りごちる。
「問題はあかねちゃんの方じゃ。処女の身体は、若造には扱いかねるものなのじゃ。こちらをほぐしてやるほうが早道というものじゃて」
つぶやきつつ、懐から小さな香炉を取りだす。押し入れをひっくりかえして、宝箱から探しだしてきたものだ。
「これぞ中国三〇〇〇年の秘薬・幻身夢遊香――この香りを嗅げば、心が解き放たれ、最愛の者に抱かれる夢を見るという……。これをあかねちゃんに使えば……ひょひょひょ」
八宝斉は妖怪じみた顔をゆがめた。
と。
前方に、登校中のあかねの後ろ姿が見えてきた――
制服に身をかためたあかねは、風林館高校への道を歩いていた。
いつもよりもずっと早い時間だ。今日は日直――ということもあるが、なにより、乱馬と顔を合わせるのがためらわれた。昨夜のことが頭にこびりついている。
「もう少しだったんだけどなあ……」
つい声に出してしまい、ひとり赤面する。
「乱馬がいけないのよ……優しくないから」
路上の小石を軽く蹴る。
激しく求められること自体はいやじゃない。むしろ、嬉しい。
だが、いざとなると恐怖が先に立って、相手の欲望を受けとめられなくなる。
「あたしも……いけないのかな」
ふと反省する。たとえばかすみだったら、激しく迫られても、優しく乱馬を受け入れることができるかもしれない。なびきにしても、けっこう乱馬の扱いには手慣れている。
考えてみれば、乱馬の許婚はあかねでなくてもいいわけである。かすみでも、なびきでも、天道道場の後継者を生む資格はあるのだ。
あかねは、ふと、乱馬と姉たちが裸でいっしょにいるシーンを想像してしまった。
そんなバカなこと――妄想を振り払う。
「もう、あたしったら、ヘンだ」
えい、とばかりに石を蹴上げる。スカートがまくれて、健康的なふとももがあらわになる。
――と。
風に乗って、えもいわれぬ芳香が鼻腔をくすぐった。懐かしいような、ずっと嗅いでいたいような、ふしぎな香りである。
(あれ――?)
あかねの頭の芯が、くにゃりとゆらぐ。
起きているのに、夢をみているような――
通りの角から、人影があらわれる。よく知っている人物だ。さっきまで、ずっと頭に思い描いていた、面影。
「よお、あかね」
おさげ髪の少年が軽く片手をあげて、そこに立っている。
「乱馬! どうして、ここに!?」
あかねは驚きの声をあげる。
「一緒に登校しようと思ってさ」
乱馬があかねに手を差し伸べる。手をつなごうというのか。
「行こう、あかね」
「う、うん」
ためらいながらも、あかねは乱馬の手を取った――なんだか、妙に位置が低いような気がする。腰をかがめないと、うまく手をつなげない。なぜだろう。
だが、香りが強くなって、あかねの意識から疑問が消える。乱馬と手をつなぐ喜びが胸に満ちていく。
あかねはスキップした。なぜだか、これからすごくいいことが起きそうな予感がした。
五寸釘光は、授業が始まる一時間以上前から、学校に到着していた。
「ふっふっふっ……今日はあかねさんが日直の日。さりげなく教室で待ち伏せして、いっしょに花瓶の水を替えるんだ……五寸釘くんって優しいのね――いやあ、あかねさんのためなら――まあ、五寸釘くんったら……ぽっ」
独り芝居をしつつ、自分の世界に没入する。
そのときだ。五寸釘の無駄に良い視力が、校門付近にいたあかねの姿をとらえた。反射的に物陰に隠れ、カメラを構える。ストーカーの悲しい習性だ。
あかねは一人ではなかった。
しかも、あかねの手を引いていたのは、あの憎っくきおさげ髪の少年ではなく、意外な人物だった。
「あれは……たしか、八宝斉とかいうジジイじゃないか。ど、どうして、あかねさんと手をつないでるんだ?」
しかも、あかねは頬をそめて、やけに嬉しげである。
八宝斉とあかねは、校舎には向かわず、校庭の裏手に向かう。五寸釘は、二人のあとをつけることを当然のごとく選択した。
「乱馬……ここは?」
あかねは周囲をきょろきょろと見渡した。そこには、跳び箱やマットが置かれ、ほこりっぽい空気が充満している。
「体育用具室さ」
おさげ髪の少年が答える。
「それはわかってるけど、どうして、こんなところに?」
「だって、学校で二人っきりになれる場所っていったら、ほかにあんまりないだろ?」
乱馬は意味ありげに唇の形をかえた。
「二人っきり……だなんて……」
あかねは乱馬の視線から身体をかばうように、ややななめを向く。心臓が早鐘を打ちはじめる。まさか、ここで……?
「なあ、あかね」
「えっ、なに」
呼びかけられて、あかねの返事がうわずる。その反応を楽しむように、乱馬が言葉をつづける。
「昨夜の続き……ここでしないか?」
「え……ええっ」
ある意味、予想したとおりの言葉だ。それでも、やはり、動揺してしまう。
「いいだろ?」
「だめよ、そんな。ここ、学校だし、まだ朝だし……それに……」
「いやか?」
「……そんなことは、ない……けど……」
ほんとうは心のどこかで期待していたのかもしれない。今朝の乱馬はすごく積極的で、優しくて――それに、あかねも昨夜からずっと悶々としていたのだ。
あと――どこからともなく香るこの匂い――不思議に心が浮き立って、身体のなかが熱くなってくる。
もしかしたら、早起きしたというのは現実ではなかったのかもしれない。あかねの身体は、ほんとうはまだベッドのなかにあるのかも――そんな気さえしてくる。
「あかね……おいで」
優しい声だ。あかねはふらふらと用具室の奥に誘われていく。乱馬は跳び箱に腰かけて、あかねを待っている。
「制服を脱げ」
あかねの脊髄に甘い痺れが走る。なぜだろう。命じられると、従わなくてはならないという気分になる。
自らブレザーを脱いで、ワイシャツの前もはだける。
乱馬の細くて短い腕がのびて――なぜそんなに短いのかはわからない――あかねの乳房をブラジャーごしにつかんだ。
「あっ」
「あかねのオッパイ……いい手ざわりだ」
「そんな……あっ……強くしたら、痛い」
「だいじょうぶ」
乱馬はあかねの乳房をこねながら請け合う。
「あ……あ……」
あかねは息をはずませた。乱馬の指の動きはリズミカルで、弱くはないが、強すぎもしない。熟練の指圧師に揉まれているかのようだ。
「乳首、気持ちいいだろ?」
ブラの上から指先でつまんで、転がすようにする。昨夜もされたことだが、ずっと気持ちいい。今朝の乱馬は昨夜とちがい、ずいぶん余裕をもっている。愛撫もねちっこく、巧みだ。
「吸ってやろうか?」
「そ、そんな……」
訊かれても困る。
「吸ってほしいんだろ?」
念を押すように乱馬が言う。
あかねは、耳まで熱くして、うなずいている。乱馬の指でほぐされた乳首がジンジンうずいている。
「ぶらじゃあ、外せよ」
「うん」
あかねは背中のホックを外した。それだけだと、ブラジャーを取り去ることはできないので、ワイシャツも脱いだ。これであかねの上半身は裸だ。
間髪入れず乱馬があかねの乳房に吸いついた。まるでタコだ。
「ああっ……乱馬……そんなに……」
昨夜とは比較にならない。
乱馬の唇がむにむにと動いて、舌が軟体動物のようにからみついてくる。
あかねは乱馬の頭をかかえた。髪の毛が薄い――ような気がする、が、それを訝しむどころではない。乳房から伝わる甘い痺れが、脊椎を通って腰骨までとどいている。
乱馬の唾液で濡れたピンク色の乳首が、ピンッ、と立っている。それを指で弾かれたら、もう。
「ひっ! いいい……っ!」
あかねの身体をぞくぞく感が駆け抜ける。たまらない。
「ぶらじゃ、くれ」
「えっ?」
陶然としていたあかねは、手にしていたブラを奪い取られてしまった。
「そんな……こまるわ。返して、乱馬」
このあとノーブラで過ごさなくてはならなくなってしまうではないか。だが、乱馬はブラを返すどころか、さらに難題をふっかけてくる。
「次は、ぱんちーだ。ぱんちーを脱げ」
「えっ……ええ?」
なぜ、ブラジャーを「ぶらじゃ」、パンティを「ぱんちー」と発音するのかも謎だが、あまりにも積極的すぎる乱馬があかねにとっては不可思議だった。
「は……はずかしいわ、乱馬」
あかねは羞恥に身をよじった。
「平気だよ。だれも見てねえよ。それに、昨夜だって見せてくれたろ」
「それはそうだけど……」
昨夜は暗い部屋のなかでのことだ。だが、この体育用具室は、薄暗くはあるが窓もあって、けっして暗闇ではない。
乱馬の声にわずかに苛立ちが混ざったような気がして、あかねはスカートの中に手を入れる。脚をあげるときにスカートの奥が覗かれたりしないように、乱馬に背中をむけて、パンティを脱いだ。
脚の間がすぅすぅして頼りない。
「ぱんちー、よこせ」
乱馬がせっつく。まるで子供だ。あかねはなんだか可笑しくなる。
「なによ、乱馬ったら、まるで八宝斉のおじいさんみたい」
「どきっ」
乱馬の表情に動揺が走ったようにあかねには見えた。だが、すぐにふてぶてしい笑みにもどる。
「な、なにをいっとるんじゃ……じゃなくて――いってるんでぃ。おれはあかねの身につけていたものが欲しいだけさ」
「そんなに言うなら……今度だけだからね」
あかねは耳たぶまで真っ赤にしながら、脱ぎたてのパンティを乱馬に渡す。乱馬はそれを受け取るなり、はしゃぎだす。
「わーい、あかねちゃんのぱんちー!」
「そんなに嬉しいの? あたしの下着が……」
乱馬があかねのパンティの股の部分の布地に鼻を押しつけて匂いを嗅いでいる。朝、はきかえたばかりだから、そんなに汚れてはいないはずだが、乱馬は芳香にうっとりしているような表情を浮かべている。
いつもだったら蹴りの二、三発は叩きこんで、「こんな変態、お断りよ!」となじっているところだが、今日はちがう。
あかねは死ぬほどの恥ずかしさとともに、不思議な誇らしさを感じていた。
(あたしのことを乱馬は好きでいてくれてるんだ。だから、あんな汚れたものでさえ、頬ずりしてくれてる)
あかねの心臓が苦しいほど高鳴って、顔が熱くなる。乱馬に愛されているという実感がこみあげてくる。
同時に、股間が潤んできてしまう。
「あかね――」
ひとしきりあかねのブラとパンティを味わっていた乱馬は、それをポケットに大事にしまいこむと、あかねに視線を転じた。猿のような顔に、真剣な表情を浮かべている。
「あかねの大事なところ、見せてくれよ」
あかねは、ぽうっとした頭を上下に動かしていた。イエスのサインだ。
(す、すごい……)
窓の隙間にむりやりねじ入れたカメラのレンズがもたらす視界が五寸釘の脳髄を痺れさせていた。
用具室の中の光量は乏しいが、むろん、五寸釘のカメラは暗い場所でもフラッシュなしに撮影可能なそのスジ御用達のものだ。ファインダーの中で、あかねの白い裸身がゆっくりと開いていくのがわかる。
どういうわけか、あかねは八宝斉の言うなりになっているらしい。命じられるままに胸をはだけ、乳房を老人に弄ばせたかと思うと、次には下着まで脱いで与えてしまった。そして、さらに全裸になって、運動用のマットの上で脚を広げようとしている――
(な、なぜなんだ、あ、あかねさんっ!)
頭のなかで叫びつつ、五寸釘はシャッターを切りはじめた。