「そんな、突然に見学を申し込まれましても……」
人の良さそうな広報担当者がハンカチで額の汗をおさえた。
「ケチケチしないでさー、これも社会コーケンってやつだよ」
「せやせや、世界的企業の義務ってな」
「それとも、何か後ろ暗いことでもあるのかしら?」
ザ・チルドレンがバーサクテック社の正面ロビーに押し入ったのは10分前。それからずっと押し問答が続いている。
「もちろん、隠すようなことは我が社にはありません。ただ、今日は時間が時間ですから、わたしの一存では……」
「この会社は有事に備えて24時間体制でしょ? いついかなる時でも、世界中の戦場に武器を供給できるのがウリだったんじゃないかしら?」
紫穂が腕組みをして指摘する。
「せや、それやったら、いたいけなウチらの見学希望くらいかなえてぇな」
葵が言いつのる。
「何だったら、腕ずくで見学しちゃってもいいんだぜ?」
薫が拳から火花を飛ばす。サイコキネシスの軽いデモンストレーションだ。
――薫ちゃん、本気で力を使っちゃダメよ
紫穂が薫に触れて、自重をうながす。薫だってそれくらいはわかっている。ただ、目の前の広報担当者は「のらりくらり」のプロらしく、汗を拭く手つきさえ芝居がかっている。
「それにしても、なぜB.A.B.E.L.の方が……それもお子さんたちだけで、突然やって来られたので?」
「あたしら、いろんな武器に興味があってさ。たとえば、対超能力装備とか?」
「確かにわたくしどもはECMも取り扱っておりますが、そのスペックや出荷先はきちんとしかるべきところに報告しておりますし、B.A.B.E.L.にも情報は伝わっているはずですし」
薫の挑発にも広報担当者はまったく動じない。いや、表面上はあせあせしているように見える。そこが曲者なのだ。
「またまたー、最新型の装備とか、隠してるんじゃないの?」
「隠してるのがそれだけやったら、まだ可愛げあるけどな」
「へんなビデオ撮影班とか雇ってるんじゃないでしょうね?」
たたみかけていくザ・チルドレンに、広報担当者は善良で気弱そうな笑みを浮かべる。
「……何の事やら、まったくわかりかねますな」
広報担当者の背後のドアが開き、警備員の制服を着た男たちが無言で入ってくる。
同時に、ザ・チルドレンが入ってきた正面玄関のシャッターが下り始める。
「あれっ? 何かまずいこととか言ったかな?」
「トラのしっぽでも踏んだんちゃう?」
「トラじゃないわよ、よくてタヌキね」
わざとらしく顔を見合わせるザ・チルドレン。
「勘違いなさらないでください。正面玄関を閉めているのは自動警備が始まる時間だからですよ。もちろん、非常口からお帰りいただいて結構です」
あくまでも柔らかい笑みを保っている広報担当者。
「どう思う、紫穂?」
「そろそろ潮時ね」
「ほな、撤収やな!」
ザ・チルドレンのねらいは、時間を稼ぎ、警備員を引きつけること。ロビーに満ちている警備員の数はおよそ三〇名、この規模のビルであれば、その大半が集まっていると見ていい。所期の目的は果たした。
「じゃあ、明日出直してくるわ」
「バイバイ」
「いくで、薫、紫穂」
葵が二人の腕を抱きかかえ、テレポート発動。
次の瞬間、ロビーの少し離れた場所に再出現する。
「あれ? 距離まちごうた?」
「違うわ、葵ちゃん! ESPシールドよ!」
紫穂がすぐに異常に気づく。
入口をふさいだシャッターの内側から、ESP波がはねかえってくるのが感知された。外部にESP波を漏らさない仕組みだ。それが葵の空間跳躍の計算を狂わせたのだ。
「E−ECM以外にも装備があったのか」
薫が舌打ちする。皆本からは絶対に深追いするな、相手に動きがあればすぐに戻れ、と厳命されていた。それをついつい長居してしまったのは、広報担当者の口調や表情に、ついSっ気が刺激されたからだ。
それに、B.A.B.E.L.の名前を正式に出している以上、相手も直接的な対応はするまい、という読みもあった。
「おいっ! どーゆーつもりだ!? 後ろ暗いところはなかったんじゃないのか!?」
薫は葵と紫穂を背後にかばいながら、声をはりあげる。
「や、ですから、シールドをこっそりと展開するには、それなりの時間がかかるものでしてね。いやあ、粘ってくださって助かりましたよ」
広報担当者が善良な表情のまま、ぐひっ、と嗤った。
「ようやく来ていただいて、実はとてもありがたかったのですよ、ザ・チルドレンのみなさん。そろそろ第二幕の趣向も煮詰まってきましたのでね」
ロビーの一角のモニターが突然光り、映像が流れ出した。こことは違うどこかで今、まさにおこなわれていることのライブ中継らしい。
「なっ!?」
薫たちは絶句した。
明と小鹿は地下研究施設を移動していた。通路の構造は事前にドブネズミに憑依した明が確認済みだ。警備員の数も少なく、誰にも見とがめられずに進むことができた。
「薫ちゃんたち、うまくやってくれているみたいね」
「そうですね。おれたちも急ぎましょう」
明は小鹿を促して、足を速めた。
と。
むぎゅ。
明が不意に足をとめたせいで、小鹿が明にぶつかった。明にしてみれば、柔らかい小鹿の胸が背中に押し当てられる格好になったが、それを喜んでいる場合ではない。
「どうしたの?」
「犬がいます。この先のブロック」
明は動物と精神感応して、それを自在に操る複合能力者だ。動物の気配を感じる能力にも長けている。
小鹿は通路の先に目をこらしたが、それらしきものは見えないようだ。
「どうするの?」
「憑依してみます。たぶん、この施設内で放し飼いになっている犬でしょう。自由に動けるはずです」
「でも、そうしたら、明くんのこの身体はワンちゃんになっちゃうんでしょう?」
「そうですね。だから」
明は小鹿に頼んで、自分の手首と両脚に錠をかけてもらった。
こうしておけば、小鹿に襲いかかる心配もない。味方に手足を縛めてもらうとうのも変な話だが……
「敵が来たら、とりあえず逃げてください」
言い置いて、明は通路の先、ひときわ大きなドアの前でおとなしく伏せているドーベルマンに憑依した。
ドーベルマンは牡だった。ほっとする。動物の身体とはいえ、雌に憑依すると何かと戸惑うことが多いからだ。
それにしても、獰猛な犬らしく、憑依したとたんに全身に破壊衝動がわき起こってくた。この犬は常に戦いを求めている。実際に戦闘訓練も受けているのだろう。
「呂七号、待たせたの」
しわがれた声がして、電動車いすが近づいてきた。どうやらこの犬の主人で、用がある間、犬に張り番をさせていたらしい。
「どうやら、時計を進める素材がそろってきたようでな。まずそのひとつを検分に行こうな」
明は悟る。こいつが黒幕だ。この場でその喉笛を噛みきってしまいたい衝動をおぼえたが、ぐっとこらえる。こいつと一緒ならば、初音のいる場所に容易に近づけるだろうし、いざとなれば人質に取ることもできる。
問題はE−ECMだが、女性にしか顕著な効果はないらしい。男には凶暴化の影響があるともいうが――今のところ、とりたてての異常は感じない。ただ、この地下研究施設のどこまでその影響が及んでいるかはわからないのだが……
車いすは曲がりくねった通路を進んでいく。明はふと、残してきた小鹿が気になったが、あと少し、あと少しだけ、と思ううちに戻るタイミングを失った。というのも、車椅子は、ある区画で停止したからだ。
そこは地下にしてはやけに広い空間で、コンクリート打ちっ放しの倉庫のような場所だった。
ライトが煌々と光り、カメラなどの機材が意外なほど本格的に設置されている。パッと見、映画の撮影現場のようだ。
だが、気のきいたセットがあるわけでもなく、きらびやかな俳優たちがいるわけでもない。
そこにあるのは――
「あき、らぁぁぁっ!」
絶望にかられた少女の絶叫。