ビデオ屋本舗(1)

妖精たちのシエスタ(仮題)

 

 おれの仕事はビデオ屋だ。

 といっても、レンタルビデオ屋じゃない。

 撮るのが仕事だ。

 じゃあ、カメラマンだろ、と言われそうだが、それだけじゃない。脚本も書けば演出もする。時には役者のまねまでする。ようするに客が望むオリジナルなビデオ作品をまるまる一本作るのが仕事だ。ビデオ屋としかいいようがあるまい。

 注文はいろいろだ。

 結婚式の撮影に呼ばれることもあるし、ひたすら犬やらネコやらトカゲやらを撮らされたこともある。ペットの映画というわけだ。下世話な話をお望みなら、プライベートAVなんてのもやった。だが、たいていは、見るのもうんざりするような爺婆のまぐあいをソフトフォーカスできれいにみせかける、なんて仕事だ。(注文じたい「エマニエル夫人」みたいにきれいに撮って、ときやがる。ガマガエル夫人のまちがいだろう?)

 だが、たまに、おれ自身、信じられないような仕事にぶち当たることもある。これから紹介するのもそんな話だ。

 おれはエージェントに所属していない。仕事の注文はほとんど飛び込みメールだ。

 そのメールもそうだった。

 匿名性の高いウェブメールのアドレス。

 貴方の作品をファイル交換ソフトで入手して拝見しました。たいへんしっかりとした撮影技術をお持ちなので感心しました。カメラワークはむろん、ライティングも含めて、一人で撮影されているとはとても思えない完成度だと思いました。

 なんて感想が書いてあった。ファイル交換ソフトで入手ってのがあやしいが、おれはべつに気にしない。もともと宣伝用におれ自身が放流したファイルだからだ。もとよりおれは市販されている作品なんざ撮ってないしな。

 ちなみに彼女(署名は女の名前だった)が「撮影技術に感心した」というのは素人ナンパのハメ撮り作品だ。おれの仕事にはそういうのも含まれているのだ。

 つきましては、お仕事を依頼したくメールを差し上げました。ただし、当方には多少の事情があり、身元をあかすことはできません。

 そういう客は多い。プライベートAVの撮影を依頼するなんて、普通じゃないからな。多少なり社会的地位があれば――いや、一般庶民だって、そんな趣味が知り合いにばれたらただじゃすまないだろう。

 というわけで、メールによる商談が始まった。

 仕事の中身は、依頼主(やっぱり女性らしい)とその親友(と文面にあった)の「親愛の様子」をビデオにおさめてほしいとのこと。やっぱりな。

 文面からすると三十代かそれ以上の女性だろう。しかもかなりの高学歴だ。

 おれとしてはそんなオバンのセックスを撮りたくもないのだが、提示された報酬が魅力的すぎた。相場の三倍――ただし、厳重な守秘義務つきだが、それはいつものことだ――

 むろん、おれは応諾した。

 相手は、都内のあるホテル――とびきり一流で、一般人は泊まりたくても泊まれないような特別な場所――を指定してきた。

 いよいよセレブらしい。

 

「土方さんですね。お待ちしていました」

 指定された部屋を訪れたおれを出迎えたのは、なんと、前髪をきちんと切りそろえた女の子だった。

 一流のデザイナーの手製とみえるドレスを着て、大人びた立ち居振る舞いだが、背は小さいし胸はないし、どう見ても小学生だ。

 おれは思わず「お母さんは?」と聞きそうになった。おれを雇ったのがこんな少女だなんて、信じられない、ありえない。

「驚かれましたか」

 おれをスイートの居間に通して椅子を勧めながら、少女はにっこりした。部屋は広くて立派の一言につきた。隣はベッドルームで大きなダブルサイズのベッドがふたつ並んでいる。このホテルのスイートなんて一泊いくらすることやら。食うや食わずのしがないビデオ屋には想像もつかない額だろう、きっと。

「知世と申します。名字はご勘弁くださいね、お母さまに迷惑がかかるといけませんから」

 少女は礼儀正しくお辞儀しながら名乗った。ということは本名なのか。それとも、偽名か――どっちでもいいことだ。

「年齢も伏せておいたほうがよいのでしょう? あなたが撮られる作品に出演する場合は」

 くすくすと笑いながら知世は言った。たしかにオモテの場合は十八歳未満お断りだが、裏稼業であればその限りではない。おれだって、いままで女子中学生がでてくるプライベートビデオを撮ったことは何度もある。もっとも、その際のクライアントはおっさんだった。雇い主自身が未成年というのはさすがに初めてだ。

「まさかドッキリカメラじゃないだろうな」

 もともとクライアントに対してぶっきらぼうなおれだが、相手がこんな子供だとさすがに調子がくるう。言わずもがなの冗談を口にしてしまう。

「もしかしたら、そうかもしれませんよ?」

 知世がいう。いったい精神年齢はいくつなんだろう。おれより上なことはたしかだ。

「まあ、重そうな機材。お下ろしになって、おかけになってくださいな。いまお茶の支度をいたしますわ」

 超高級ホテルのスイートで、おれは美少女にお茶をふるまわれることになった。昼下がりの陽光のさしこむ窓辺である。まったく絵に描いたように美しい情景じゃないか。これから、この少女と、その「親友」の、「親愛のシーン」を撮影することになるとは……ったく!

 しばらくとりとめのない話をした。小学生の女の子と話す機会などまるでないので最初はまごついたが、この知世という少女の知識は広範だった。経済のことから最先端のIT技術や医療技術のトピックまでなんでもござれだ。まともに新聞も読まないおれなんかよりよっぽど物知りだ。わけてもビデオ機材に対する知識と興味にはおどろいた。

 おれの使用する小型のハンディビデオカメラから、固定式カメラ、撮影用ライトまで、すべてについて詳細な情報を持っていた。もしかしたら、おれよりくわしい。

「もしかして、あんたも撮ってるのか?」

 おれは訊いてみた。

 すると、知世はすまし顔でいった。

「すこし」

 仕事の中身についての話がなかなか核心にいたらず、そろそろじれてきたときだ。

 部屋の呼び鈴が鳴った。

「はあい」

 少女らしい軽やかさで知世は席をたつと、「きましたわ」とおれにささやきかける。呼び鈴だけでわかるのか、笑みこぼれ、スキップせんばかりに――じっさいにはしずしずと歩いているのだが、気持ちが弾んでいるのが傍からみてもわかるほどに――ドアへと向かった。

 この大人びた利口な少女が無防備な表情をみせるのは意外だった。それほどまでに新たな訪問者の到着を待ち望んでいたのか。

 知世はドアを開けて来訪者を迎え入れた。

 さて、鬼がでるか蛇がでるか。女神さながらに美しい小学生の「親愛」なる相手とは、実業家か芸能人かプロスポーツマンか、それとも――

「知世ちゃん、遅くなってごめんね、今日、ほんとうならおにいちゃんが掃除当番のはずだったんだけど」

 世にも愛らしい声が聞こえてきて、おれは今日二度めの「度肝をぬかれる」のを体験した。

「いいんですの、むしろ、お掃除を手伝えなくてごめんなさい」

 知世が愛情にあふれた声で応じている。

「今日は、お時間は大丈夫ですの?」

「うん、ケロちゃんはうちでお気に入りのビデオみてるし、おにいちゃんは夜までバイトだし、おとうさんは学会でおとまり」

「じゃあ、日が暮れるまでは大丈夫ですのね」

 知世は新たな訪問者をいざなってリビングにはいってきた。

 その人物はそこで初めておれに気づき、驚きの声をあげた。

「ほえ?」

 知世もそうとうな美形だが、この子も負けていない。知世が美しさで他を圧倒する麗質の持ち主だとすれば、この子は世界中のすべてから愛されるように生まれついたにちがいない。光も風も土も炎も水も、この少女の虜になるだろう。

 栗色にちかい明るい髪は肩の上で毛先をカールさせ、頭の横にはちいさなおさげがちょこんと揺れている。知世ほどではないが色白の肌は一点のくすみもなく健康そのもの。なによりも澄み切ったふたつの大きな瞳が真摯な輝きにみちておれの心を射ぬいた。

「こ、こんにちは!」

 少女はあわてて頭をさげた。それから、知世にむかって小声で問いかける。

「と、知世ちゃん、ほ、ほんとに呼んだの?」

「ええ。土方さんとおっしゃいますのよ。プロの映画監督さんです」

 知世がさらりと――おれに視線を一瞬あてて――いった。

 おれは反応に困った。たしかに監督作品は数かぎりなくあるが、まともな劇場作品はひとつもないので、映画監督かどうかはおおいに怪しい。

「か、監督さん」

 さくらが緊張するのが見て取れる。

「いつも、わたしが撮るのでは、つまらないでしょう?」

「そっ、そんなことないよ。知世ちゃん、上手だし」

「撮りながらだとわたしも集中できませんもの。たまにはカメラを持たずにさくらちゃんに触れていたいですわ」

 さくらは顔を赤くした。

 おいおい。ほんとうにこいつらデキてやがるのか。

 頬を火照らせたまま、さくらは声をひそめて知世にささやきかける。

「でもでも……ほんとに撮ってもらうの? よその大人のひとに、わたしたちが……してること」

 さくらのためらいをあっさりと受け流し、知世はなんでもないことのようにこたえる。

「ええ、もちろんですわ。そのために来ていただいたんですもの。ねえ、土方監督?」

 とつぜん振られて、おれは内心うろたえながらも、重々しくみえるようにうなずいた。

「仕事だからな」

 そうだ。おれはビデオ屋だ。プロの撮り屋だ。どんな状況であっても、客の欲する画を切り取る。

「じゃあ、監督さん、これが字コンテですから」

 知世がA4サイズの紙に束をどこからともなく取り出しておれに手渡した。いつのまに用意していたのだろう。雑談していたときにはおくびにも出さなかったくせに、準備のよいことだ。

 コンテ、といっても、絵が描いてあるわけではない。シチュエーションが文章で書いてあるだけだ。だから字コンテという。おれは一瞥した。

 プライベートAVを撮りたがる客というのは、凝り性のやつが多い。シチュエーションにこだわり、構図にも素人くさい指定を入れてくる。しかも、行為におよぶと執拗で、割り切りというものがない。まあ、自己満足のための映像なのだから、それも当然なのだろうが。

 だが、それに比べて知世の指定はラフなものだった。

「かんたんなんだな」

「ほとんどアドリブですもの」

 知世はにっこりした。

「さあ、始めましょう。まずは、シャワー、ですわ」

 

 白い裸身がふたつ。そして水音、湯気。

 まったくもって、夢のような光景だ。

 知世もさくらも一糸とてまとっていない。二人とも胸はほのかなつぼみの状態、おさない身体のライン。細い腰からヒップに至る曲線だけが、わずかに女性らしさを感じさせる。陰裂はむろん両者とも無毛で、ほんとうに天使の彫像を思わせる。

 そのふたりが、シャワールームでおたがいの身体を洗いっこしているのだ。

 最初、さくらはおれの前で裸になることに強いためらいをみせた。

 それを知世がじゅんじゅんに説得した。

 おれはカメラの付属品にされた。だから気にする必要はないのだと。おれももっぱら無言で通した。もともと無口なたちだ。苦労はしない。

 その間、さくらはちらちらとおれの方をみては、あわてて視線をそらした。そんな仕草もかわいらしい。だが、おれは顔を緩めないように努力した。仕事だから嫌々こんなところにいるのであって、こんなガキどもには興味などない、とでもいうように。

 知世はじつに巧みにさくらを口説いた。押しつけるのではなく、さくらの意志を尊重しつつ、それでいて自分の望む方向に少しずつ誘導してゆく。

 さくらちゃんのいやがることはしたくありませんの。

 さくらちゃんがどうしてもおいやなら、監督さんには帰っていただきますわ。ご迷惑をおかけしたんですから、相応のお礼はさせていただきます。

 この部屋だって、お母様のカードを使っただけですもの。怒られてもそれはわたしのせいですわ。さくらちゃんが気にすることはありませんわ。

 さくらはおれに対してすまなさそうな表情になり、知世に対してはもっと責任を感じているようだった。

 そして、ついに、さくらは承諾した。

「知世ちゃん、わたしのために用意してくれたんだもんね。それに、監督さんを追い返すようなこと、できないもの」

 おれは身内にわきおこる歓喜をかみ殺した。この少女たちの裸を撮れる。カメラマン冥利につきる、というやつだ。

 知世はおれに顔をむけて、「ね? いい子でしょう?」とでもいいたげに笑顔をつくった。

 

続く