第二部 X−RATED クロウカード
「じゃ、さくらちゃん、わたしたちこっちの方角だから」
千春が言った。傍らにいる利佳がはげますように言う。
「落ちこまないで、さくらちゃん。奈緒子ちゃんもすぐによくなるって。一時的なショックだよ、たぶん」
「……そうかなあ」
あの奈緒子の狂いぶりはすさまじかった。優しくて控えめで、怪談が好きだったりとか、ちょっとかわったところもあるけれど、おとなしかった奈緒子の面影はどこにもなかった。快感をただ求める動物のようだった。
けっきょく、奈緒子が静まるまで――イクまで――三人は見守ることしかできなかった。奈緒子の母親に告げても、ただ心配させるだけだろう。オナニーを続ける以外は、奈緒子はしごく穏やかで、健康にも問題はないのだから。
「じゃ、またあした、学校でね」
「また、奈緒子ちゃんのお見舞いに行こうね」
「うん」
さくらは二人と別れて帰途についた。
当然、インラインスケートだが、今日はあまりステップも弾まない。
「あっ」
カーブで少しよろけて転んでしまった。運動神経ばつぐんのさくらにしては、めったにないことだ。
「いたた……しっぱいしたあ」
おしりをさすりながら、さくらは立ち上がろうとした。
「大丈夫? さくらちゃん」
「ほえ?」
さしのべられた手を見て、さくらの思考がとまった。
メガネをかけた細身の少年が、柔らかい微笑みをうかべている。
「ゆ、雪兎さん!?」
「ケガはない?」
「あっ、はいっ、だいじょうぶです」
雪兎の手を借りようとして、あわてて上着でこしこし手をこすった。
それから、おもむろに手を握って、さくらは頬を赤くする。
見かけによらず力強い雪兎の腕に、思わず鼓動が高鳴ってしまうさくらである。
「どうしたの、いつもの道順とちがうんじゃない? さては寄り道してたな」
雪兎がやさしくにらむ。
「寄り道っていうか、その、今日は奈緒子ちゃんのお見舞いに……」
言ってしまってから、さくらはハッとする。
「奈緒子ちゃんっていうと、さくらちゃんと仲のいい眼鏡の子だね。彼女、どうかしたの? 病気?」
「え、あの……」
奈緒子の狂態が目にうかび、あわててさくらは首を横に振る。
「えーと、うーと、その、カゼ! カゼひいちゃったんです」
「ふうん、容体はどうなの?」
「あの、だいじょうぶみたいでした。顔色もよかったし」
雪兎にウソをつくのは気がひけるが、ほんとうのことはとてもではないが言えない。
「それはよかった。さくらちゃんも気をつけてね。このへんは人通りが多いからいいけど、暗い道を一人で歩いちゃだめだよ。変質者にねらわれるかもしれないから」
「え」
「じゃあね、さくらちゃん。ぼく、こっちに用事があるから」
さくらが来たほうを指差して、雪兎が歩み去って行く。
――知ってた……のかな……?
――でも、あの言いかた、雪兎さんらしくない……
さくらは夕闇に消えていく雪兎の背中を見つめながら、なぜか心がざわめくのを感じた。
「千春ちゃん、こっちからいこ」
「でも、この道って……」
奈緒子が襲われた場所に近い。
「だって、近道しないと、暗くなっちゃうよ。ひとりじゃないし、平気でしょ」
「……だね」
しっかり者の利佳が一緒ならば安心できる、と千春は思った。あまえんぼうタイプの千春は、利佳に依存する部分が多かった。
「でも、びっくりしたね、奈緒子ちゃんの……」
「ああ、あれ? ほんとだね。まさか、あんな……」
ふたり、目が合ってしまって、あわててそらした。
奈緒子が自分の股間を指でいたぶり、のけぞり、あまい声を放つさまを思い出してしまったのだ。
いくら同性の友達でも、刺激的すぎるシーンだった。
正直なところ、千春は、それを見て股間が熱くなってしまっていた。濡れる、という感覚はまだわからないが、下着がベトベトして気持ち悪い。帰ったら、すぐにパンツをはきかえよう、と思っていた。
利佳はどうなんだろう、と千春は思った。利佳は年上のひととつきあっている、という話がある。もしかしたら、利佳ならこの感覚についてくわしく知っているかもしれない。でも、むろん聞けはしない。
ついつい無言のまま、歩きつづけた。
ひとけのない道だ。人通りの多いブロックとそう離れていないはずなのに、どういうわけか猫の子いっぴきいない。道の片方はブロック塀、もうかたほうは草むらだ。
千春は、背後に足音を聞いた。びくっ、として、千春は利佳の腕にしがみついた。
「だれか、後ろにいる」
「大丈夫よ、ほかの通行人でしょ?」
利佳はちらっと後ろを振りかえった。その声があからさまにほっとしたものになる。
「ぜんぜん平気よ、だって、あれは……」
その時だ。
草むらが動いて、人影が飛び出してきた。
「きゃあっ!」
利佳が声をあげた。
草むらから飛びだした人影に腕をつかまれて、引っ張られているのだ。利佳の身体が浮いて、草むらのなかにひきずりこまれた。
「利佳ちゃん!」
千春は一瞬躊躇した。逃げるか、友達を助けるか。
答えはすぐに出た。利佳を見捨てられない。草むらに駆け寄ろうとした。
その時だ。背後から羽交い締めにされた。突然、もう一人あらわれたのだ。ブロック塀の向こうに隠れてでもいたのだろうか。
「い、いやっ!」
もがいたが、相手は大きくて、小学四年生にすぎない千春の抵抗などものともしない。
千春も、羽交い締めにされたまま、草むらに連れこまれた。
「り、利佳ちゃん……」
利佳は、すでに下着を取られていた。制服のスカートはめくれあがって、細い脚が露出している。男は、利佳の両足首を掴んで、大きく左右に開かせている。
「ああ、こんなにしてもピッチリと閉じていますね。すばらしいワレメです」
感に堪えないといった感じの声を男はもらした。知性的とさえ言える横顔がにこにこと笑っている。
「このワレメをこれからぐちゃぐちゃにしてあげます。まずは、ベロで恥垢をお掃除してあげましょうね」
そう言うと、利佳の股間に顔をうずめていく。
「やだ、いやああっ、やめて、や……」
利佳は顔をおおって、身体をもがかせた。ぺちゃぺちゃという音とともに、利佳の息づかいがあらくなっていく。
「やあ……あん、ああん、だめ……ちゃんのおとうさ……」
声がうもれていく。
その顔の上あたりに、黒いカードが浮遊しているのを、千春はみた。
「おそいぞ、ゆき」
千春をはがいじめにしている男が言った。
だれに話しかけたのだろう、と思った時、第三の人影があらわれた。たぶん、千春たちの背後からついてきていた人物だ。
「ごめんごめん、途中で――ちゃんに会っちゃってね。ああ、今日はふたりか。楽しみだね」
「おれは口専門だ。前戯はまかせた」
「はいはい。ぼくは裏専門だからね」
これから何がおこるのだろう――そんなことは明白だ。利佳がされていることを見ればわかる。利佳は、いまは制服を完全に脱がされて、全裸になっていた。
利佳にのしかかっている男が、ほとんど起伏のない利佳の胸をいじっている。メガネをかけた。理知的な横顔。千春はその男のことを知っている。利佳が呼びかけた声も聞こえた。でも、その内容が思い出せない。知っているのに、指摘できない。
「ああ、ちょっとふくらんでいるね。乳首を吸ってあげるよ」
男が利佳の乳首を口にふくんだ。
「ああ……んああ」
利佳が感じている。声を出している。乳首を吸われて、よがっているのだ。信じられない情景だった。
「敏感なんだね。意外に経験があるのかな?」
「ううっ……たすけ……ひゃうっ」
利佳が助けを呼ぼうというのか、口をぱくぱくさせる。が、胸を口唇で愛撫されて、うまく言葉がでてこない。
だが、千春にもそれ以上その情景に見入っている暇は与えられなかった。
「あっ」
千春の下半身が持ち上げられた。第三の男が肩に千春の脚をのせて、かつぎあげたのだ。そうすると、スカートのなかが男からはまる見えになってしまう。
「いやあ、やめてっ!」
「へええ、パンツがしみになってるよ。エッチなことでも考えていたのかな」
「やだあ……」
「アソコからおまんこ汁の匂いがするよ」
「うそお……」
千春は恥ずかしさで頭のなかが真っ白になる。嫌悪感がさほどないのは自分でも不思議なほどだった。
「じゃあ、ぬがすよ」
さわやかとさえ言える口調で、男が千春のパンツを脱がしていく。
「うう……やあ」
自分でおしりを動かして、相手に協力している。
だって……
この人、かっこいい……
名前は……
知っているのだ。だが、どういうわけか、名前がでてこない。利佳を襲っている男と同様、知っているのにだれだか言い表せない。もどかしい。
「ぜんぶ見えてるよ。ふうん、こんなふうになってるんだ。真っ赤に充血してる」
指で、千春のワレメをひらく。
「あああ……」
「でも、ぼくがさわるのはここだよ。こっちのほうが感じると思うよ」
「えっ、あっ、だめっ、そこは……きたないよお」
おしりの穴をさわっている。千春の身体がはねる。
「指をしめつけてくるよ。もっと奥まで指を入れてあげる」
入ってくる。指が千春の直腸をえぐる。
「ううううーっ」
千春はうめくことしかできない。おしりと、あそこが熱い。
かすむ視界の中で、利佳が男の上にまたがっているのが見えた。
(利佳ちゃん――エッチしてる……)
利佳のあそこに男のペニスがくいこんでいるのが見えた。利佳は声をあげている。すごく気持ちよさそうだ。
(あたしも、もうすぐ――)
アヌスを刺激されながら、千春の意識が遠くなっていく。
黒いカード三枚、あやしく光りながら浮かんでいくのがみえた。
「いったいどうなさったのかしらねえ」
大道寺知世が上品にため息をついた。
「ほええ……」
自分のベッドに突っ伏したのはさくらだ。たったいま、知世と一緒に、見舞いから帰ってきたところだ。むろん、利佳と千春の、である。
「あのふたりまで襲われるなんて……信じられないよお」
「でも、おふたりとも意外に元気そうでよかったじゃありませんか」
さくらの横にちょこんとすわり、知世は浮き世ばなれした口調で言う。
「それはそうだけど……」
利佳と千春も、奈緒子と同じように、襲われたことをまったく嫌悪していない。それどころか、その時の快感が忘れられず、ずっとオナニーを続けているのだ。
「寺田先生も驚かれていましたね」
担任の寺田良幸も利佳のところに来ていた。利佳が悶えはじめると、なすすべなくうろたえていた。
「すごくショックを受けていらしたようですけど」
黒いロングヘアをすっと指でかきわける。そうするだけで、花のかおりがする。大道寺知世というのは、そういう少女なのだ。
「へんだよ、みんな、おかしくされちゃったんだよ。だって、奈緒子ちゃんたち、あんなに……エッチじゃないもん」
「それはどうかしら……たしかにわたくしたちはまだ子供ですから、本来ならばセックスなどするべきではありません。でも、リビドーはむしろ子供の方が強いと言いますし、抑圧された性エネルギーがこんどのことをきっかけに放出させられたのだと考えれば、つじつまはあいますわ」
「……むずかしくて、よくわかんない、知世ちゃん」
「あら、まあ」
ころころと知世は笑った。
「でも、まるでわたしたちの学校の生徒を……もっと限定していえば、さくらちゃんのまわりの女の子を狙っているみたいですね。もしかしたら、犯人は身近にいるのかも……」
「そんなあ、こわいこと言わないで」
さくらは本気でおびえた。もともと怖がりなのだ。
「せや、これはアレかもしれんなあ……」
それまで枕の上でふんぞりかえっていたケルベロスがおもむろに会話に割って入った。
「アレって……ケロちゃん、なに? 心当たりあるの?」
さくらが顔をあげる。
「ほら、その子らが見たっちゅう黒いカードな。それと、知っとる人やのに思いだされへんっちゅうとこ。その話を総合すると、あやしいのはアレやな。最近、こっちはクロウカード騒ぎでバタバタしとったさかいに、アレがまぎれこんでてもムリはないかもしれん」
「だから、なに? ケロちゃあん」
さくらがじれて声を出す。ケルベロスはもったいぶって眉――らしきものをゆがめて、ゆっくりと答える。
「それはなあ……X−RATED・クロウカードや」
「えっくすれいてっど? なにそれ?」
「もしかして、大人むけのクロウカードですの?」
知世がぽんと手をかるく叩いて指摘する。
「そのとおりや。いままでさくらが集めとったクロウカードは、クロウ・リード――知ってのとおり、クロウカードを作った魔術師や――が子供むけにつくったもんや。それに対して、X−RATED・クロウカード――略してXクロウカードはアダルトむけっちゅうこっちゃ」
「えーっ、そんなクロウカードがあるのお?」
「まあな、クロウも有名になるまでにはいろいろ裏っぽい仕事もしとったんや。しかし、これがまずいことに、子供むけであるクロウカードと強い相関関係にあるんや」
「相関関係、ということは……」
知世がさくらを見た。さくらも知世も見る。
「わたしがクロウカードを集めていることと関係があるの?」
「せや。こっちの世界でクロウカード集めをガチャガチャやっとるのに引かれて出てきたんやろうなあ。そんで、このあたりの人間にとりついて悪さしとんのや」
「うそっ、やだあ!」
さくらは頭をかかえた。
そんなあ、自分のせいで奈緒子ちゃんや千佳ちゃんや千春ちゃんが……そしてほかの女の子たちがひどい目にあったなんて……!
「さくらちゃんのせいじゃありませんわ。元気をだして」
知世がさくらの肩をそっとなでる。
「だって、だって、奈緒子ちゃんたち、え……えっちされちゃったんだよ。そんなの、とりかえしつかないじゃない!」
さくらは嗚咽をはじめた。
「泣かんでええ、さくら。Xクロウカードによって引き起こされた事態は、そのカードを封じることによって消滅する。それがルールなんや。せやから、問題のカードを見つけて、封印すればええんや」
さくらは顔をシーツから離した。
「ホント? ケロちゃん」
「ほんまや。いまこそカードキャプターの本領を発揮する時やで、さくら」
さくらはすっくと立ちあがった。
「わたし、やる! 奈緒子ちゃんや千佳ちゃんや千春ちゃんを元にもどすためだったら、なんでもやる!」
「わたくしも協力しますわ」
知世がほほえむ。
「よっしゃ、カードキャプターさくら、出動や!」