あずまんが大王 #リロード

冬、再会。

よみとも#3

  

「よみちゃん……よみちゃああん」

 舌足らずな声を思い出す。

 服のすそをつかむ小さな手。左右で長さの違う髪の毛、ボタンの取れたシャツ、かたちんばの靴下。

 暦の記憶のなかで、智はそんな姿で現れる。

 小学生時代のある時期、智の家庭がある種の「バランス」を欠いていたことがあった。子供だった暦はその経緯をつぶさに知るよしもなかったが、その時期、智の家に父親がいなかったのは事実だった。家計を支えることになった母にかわり、祖母によって智は育てられていたが、その祖母にも仕事があり、放置に近い状態に置かれることもしばしばだった。

 また、当時の智は周囲の子供に比べ発育が遅く、口数も少なかった。そのせいもあって、幼なじみの暦以外とはまともに話すこともできず、後ばかりついてきた。

 そんな智のことを疎ましく思ったこともないでもなかった。ほかの友達と遊びたくても、智がいるだけで雰囲気が壊れてしまう。智に対してそれなりに強い言葉でなじったことも一度や二度ではない。

 それでも、智が意地悪な男子に泣かされたりなどすると、暦は黙っていられなかった。

 当時から身体の大きかった暦は、腕っ節でも同級生の男子に負ける気はしなかったが、暴力は使わず、論理と弁舌で相手を追い詰め、謝罪させた。

 そんな暦に、智が向けた表情を暦は思い出す。喜ぶでもなく怒るでもない、いわく言い難い表情――次の瞬間笑い出すかもしれないし、泣き出すかもしれない――じっさい、智の反応はその時々でちがっていた。

 智のあの表情は、感謝や憧れとともに、劣等感も混ざったものだったのだろう。自分より優越する者に対する、複雑な感情の表出だった。

 暦は自覚している。

 いま、その表情を浮かべているのは自分の方だ。

 智は大人だった。まちがいなく暦よりも。

 暦は智に手を引かれてベッドルームに戻る。部屋の暖房は強く、裸でも寒くない。

 肩を押され、ベッドに横たえられた。これが、押し倒される、ってやつか。

 奇妙な無力感と視界の変化。天井の鏡に裸の暦と智が映る。智のお尻が小さくてきれいだ。

 智の顔がすぐ近くにある。おもしろがってる。

 小さい舌がちろちろ動き、暦の頬から耳にかけてなぞってゆく。

 首筋を這い、鎖骨のあたりに唇を押しつける。強めに吸われる。

 智が唇を離すと、にやり、男の子のように笑う。

「よみにキスマークつけてやった」

 見ると、たしかに赤くなっている。

「ばか、よせ」

「平気だろ、冬だし。首筋だったらやばいけど」

「そ……それは困る」

 暦は戸惑って口ごもる。この感覚は、以前味わったことがある。

 智が変身した時だ。

『よみちゃん、うちにねー、新しいおとーさんが来たんだよ。すっげーだろー!?』

 うまく返事ができなかった。

 不思議なほど屈託がなくて、強い視線に、暦は圧倒された。なんか言ってみろ、そんなふうに挑まれている気がした。

 それを機に、と言うべきか、あるいはたんに中学に上がって生活環境が変化したためか、智の性格が際だって明るくなり、明るさを飛び越えて奇矯となり、以前とは別の意味で周囲から浮くようになった。

 暦への接し方も変わった。呼び方が「よみちゃん」から「よみ」に変わった。つきまとうのは相変わらずだったが、暦に保護される立場から、暦をわずらわせる存在になっていった。

 あのとき感じた感覚を、いま、暦は思い出している。

 智に身体をキスされながら、思い出している。

 ――智のやつ、なんで、あのとき

 智の手が動き出した。

 脇腹をなでられる。肌が粟だつ感覚。くすぐったいはずの場所を触られているのに、くすぐったくない。神経が脳の別の領域につながってしまったのだろうか、自分のものでないみたいに、身体が反応する。

 刺激は皮膚から受け取っているはずなのに、感覚は身体の芯から湧き上がってくる。

 盛り上がったふたつの膨らみをゆすられ、揉みほぐされる。痛いほどにとがった乳首は、もうすでに智の唾液で濡れて光っている。

 愛撫する側の智の目はきらきら光っている。興奮しているのがわかる。

「よみ……」

 胸をこすり合わせる。乳首と乳首が触れあい、互いに刺激を与えあう。智の陥没ぎみの乳首がたちまち勃起する。

「あっ、智……!」

 むず痒さが頂点に達し、違う光彩が脳裏にひらめく。

 快感という名の不完全さ。その危ういバランスがたまらなくて、暦は智の唇をもとめる。

 それはたやすく与えられ、暦の唾液と智のそれがまざる。

 ああ。

 舌が入ってくる。

 智の舌が暦の口蓋をなめまわす。

 あふれる唾液を今度は飲む。

 智の唾液を。

 ひざが押し当てられる。

 開かれる。

 暦の脚が。

 大きく。

 ひざ小僧で股間を。

 脚を開かされるのはこわい。空隙がこわい。

 その透間に智が指をいれてくる。

「あ……」

「濡れてる、よみ」

「ちが……」

「ちがわない。濡れてるよ」

 智が熱い頬を押し当ててくる。

 何かいいものを見つけた時の智の表情だ。

「中、すげー熱い。さっきよりずっと」

 入れてるんだ、指を。でも、じんじんして、よくわからない。

 ただ、間近にある智の顔にうかぶ表情をみていた。

 智の真面目くさった顔がおかしくなる。本気で遊んでいるときほど智は真剣な顔つきになるのだ。

 暦は舌を動かした。智の顔を舐める。

「ひゃあ」

 かまわず顔を舐める。智の頭をかかえて、ぺろぺろと。

「よみ、イヌかよ。顔ばっかなめてさあ」

「わ、わるかったな」

 それなりの友愛の表現だったのに。というか、智が愛しくてしょうがなかった。一瞬だけだけど。

「だが、よみのやる気はわかった。よーし。どーせなら、なめっこしよう」

「なめっこ?」

「ほら、ナインティナインってやつ」

「ばか、それを言うなら――」

 いえない。シックスナインなんて、いえない。

「やろーよ、よみ、やろー」

「だ、だけど……」

 シックスナインっていうのは、たがいに性器を舌で――。

 ってことは、智のあそこに顔を突っ込んで、ぺろぺろするってことだ。かわりに暦もなめられる。それって、そんなことって――

 ちょっとしてみたい。

 ――いやいやいや。

 暦は頭をぶんぶん振った。

「なあ、よみー、どっち下になる?」

 智に訊かれて反射的に手をあげる。

「そりゃーそーだよな、よみに乗っかられたら、私むぎゅって潰れちゃうし」

「な、なんだと」

「はいはい、横になって――またぐからー」

 智に押されて倒れる暦の眼前にすごい光景がひろがった。

「うわあ」

 智のおしり、というか、あそこ。

 こぶりなヒップの割れ目の内部。赤ちゃんがすぼめた唇のようなおしりの穴と、完熟前の果実を断ち割ったような性器が、目の前にある。

「うわあってのは、なんだよ。私はちゃんと『きれいじゃん』っていったぞ」

 智が苦情を訴えるが、暦は視覚から与えられる情報のすごさに言葉を失ったままだ。

 思ったよりもずっと生々しい。

 でも、これが智のパンツの中なんだ、こんなふうになってるんだ、という奇妙な安堵もあった。

 智のその部分は鮮やかなピンクだった。これは確かに――

「きれい……かも」

「わはは、わかったかね、よみくん。きみのどどめ色とはちがうのだよ」

 どどめ色ってどんな色だよ、と思いつつ、暦は智のその場所を観察する。

 自分でも所有している器官であるものの、なかなか表現できないくらいに複雑な構造をしている。

 陰毛は薄め。小作りで可愛らしい性器だ。

 鞘に覆われたクリトリスは小粒で、小陰唇もわずかに顔をのぞかせているだけだ。膣口はふさがっていて見えない。

 男の子のように飾り気がなくて豪快なくせに、こんなところだけは女の子女の子している。智のやつ。

 その全体がびっしょり汗をかいたように潤って、不快でない程度のぬるい性臭になっている。そういえば、智はほとんど体臭のない女だった。夏など、汗っかきの暦は腋の下の匂いにも気を使わねばならないが、そういう心配ごととは無縁なのが智だった。汗はけっこうかくくせに、臭うということがない。

 これならなめられるかも、と暦は思ってみる。

 しかし、いざやろうとすると、やっぱ抵抗あるなー、とも思ってしまう。

 逡巡しているうちに智が攻めてきた。

「ひゃあ」

 暦は声を放った。智の肩が、首が上下している。それにともなって、股間をはいまわる軟体動物の存在が輪郭さえわかるくらいに認識される。

「ひょうほ、ひょみ?」

 舌を休ませることなく智がきいてくる。

「あっ、ああっ」

 やり返そうと思ったが、快感がすごくて、意味のない声しかでてこない。

 人にその部分をなめられるのが、そんなに直接的に気持ちよさと直結しているとは予測していなかった。

 くすぐったかったり、不快だったりするかも、と思っていた。

 だが、ちがった。気持ちいい。

 むろん、すでに愛撫を加えられていて、それなりにできあがっていた、ということもあったろう。

「ああ……あ……ん」

 心地よさに声をあげつつ、暦は智のヒップを見上げた。

 白い智のおしりが動いている。

 おつゆがたれて、内股をつたっている。

 ――すげー、智のやつ、私のアソコなめて興奮してるんだ。あんなに濡らしちゃって。

 暦は智のワレメにふれた。

 自然に指が動いた。

 やわらくてびっくりした。ふわふわのお菓子のような。自分のモノを触ったことはあるのに、他人のそれはぜんぜんちがう感触だった。

「あ……よみ……が、さわってる……」

 智が可愛い声をだした。 

「もっと……触って、よみ……」

 暦は智のその部分を観察した。指で左右に広げて見る。

 肉の穴がひろがる。にちゃっ、と音がする。おつゆがたれる。

 智の子宮への入口だ。こんなふうに穴のかたちってゆがむのか。それとも個人差があるのか――

「よみ、息があたってる」

 鼻息がついつい荒くなってしまったようだ。

「な、なめるぞ、智」

「う、うん、なめて」

「なんだか……男の子になったみたいだ」

 暦は智の大事な部分を壊すイメージを抱いた。小さくてきれいなお菓子を乱暴に咀嚼するような。

 舌をのばした。

 ふれる。粘膜と粘膜が。

 ビリビリビリッ

 電気が走ったかのような感覚。

 暦は智の性器にくちづけていた。

 味は感じない。でも、熱くて、柔らかくて、舌を入れたくなる。なめまわしたくなる。

 さっきまで感じていた逡巡がうそのようだ。

「んっ……ああ……よみ、よみ……」

 智が甘い声をあげている。だが、それだけでは済まさず、暦の股間への攻撃を再開する。

「んぅっ!」

 ツボを突かれて暦は背筋をそらした。

 なにくそ、と智のクリトリスの包皮をむいて、肉粒を直接吸う。そこが感じるのは、たぶん智も同じはずだ。

「ひゃああっ、よみ、そこ、すご……っ」

 当たりらしい。暦はその部分に舌を押し当てて、れろれろと動かす。

「こ、このぉ」

 智も暦のクリトリスにキスを繰り返しはじめる。

 いつの間にか、本格的なシックスナインになっている。

「う……ふぅ……むぅぅん」

「あひっ、ひぅ……はむぅ……んん」

 おたがい、膣に指を差し入れ、ゆっくりと抜き差ししながら、クリトリスへの口唇愛撫を続ける。

 どんどん愛液が分泌され、いやらしい匂いがたちこめてゆく。暦は自分の匂いを自覚した。乳製品のように濃い匂いだ。

 智の匂いもわかるようになる。少し植物的な――でも、発酵食品系の芳香だ。

 性感が嗅覚によって刺激され強化される。

「よみ……」

「ともぉ……」

 ふたりはシックスナインでは満たされない状態に達していた。

 向き直ると、自然に抱きしめあい、口づけをする。

 たがいの性器を舐めほぐした舌と舌をからめ、乳房をすりつけあう。たがいの太股に股間をこすりつけ、動かす。ぬるぬるの性器がよじれ、快感が高まっていく。

「気持ちいいよ、よみ……」

「私も……いい……気持ち」

 智が暦の巨乳をもみしだき乳首を吸い上げると、おかえしに暦は智の乳首を指でつまんで引っ張る。

 暦を四つんばいにさせて掲げさせたおしりを智が舌で清めると、暦は智の脇の下まで舐めたてて智を屈服させた。

 たがいの中指を相手の膣に入れて、入れたり、出したり。

 そしてキス。ディープキス。

 暦の口腔にたまっている唾の半分は智の唾で、智の口腔には同じく暦の唾がたっぷりはいっている。

 ごくん、こくん。

 のみほす。

 顔を真っ赤に上気させ、興奮の極みの智が暦の顔や頬にキスの雨を降らせながら訊いてくる。

「よみ……よみのおまんこでイッていい?」

「い……いいぞ……でもどうするんだ」

 暦も頭のなかが熱でカーッとなっていて、もしも智の股間にオチンチンが生えていたら、ためらいなく処女を捧げてしまっていただろうくらいに高ぶっていた。

「おまんことおまんこをこすりつけて……」

「え……あ……」

 大きく脚を広げたふたりの少女が松葉崩しのように合わさって、腰を動かし始める。

 クリトリスとクリトリスがふれあい、二人とも激しくのけぞる。

 暦は、メガネが汗でずれて、飛んでしまったことにも気づかない。

 じんじんと熱をもった性器と性器が触れ合って、にゅるにゅるの体液を白濁させる。泡立つほどに。

「すごい、智、これすご……ぉい!」

「うんっ、うんっ! これ、すごいよねっ!」

「はうっ! はあっ! くちゅくちゅいって……るっ!」

「ああっ! よみのおまんこと、私のおまんこが……くっついて……!」

 ぬるぬるの液体が飛沫になって飛び散る。それくらいに激しい摩擦行為。

「あふっ! ふああっ! 智、わた、わた、わたしぃ……っ」

「よみ、いく? いっちゃう?」

「あぅん、あっ、いくっ、ぃくって、わからないけど……いく、かも……っ」

「わたしも、わたし、いくから、よみもいっしょに……っ」

 ぶつっと起った二粒のクリトリスが、愛液をまぶされて赤く光りながら、からまるようにこすりあう。

「ああああああっ! いくうううっ! いくぅぅぅぅぅっ!」

「うああっ! よみちゃん、よみちゃあんっ! んんんっ!」

 暦は絶叫し、智もそれに合わせて、果てた。

 

 

 視界がぼんやりしている。

 暦は激しく上下している自分の胸を見ていた。いまはいいけど、いつかたれちゃうのかな、となんとなく思っている。

 ――あれ、メガネどこだろ?

 記憶が飛んでいる。

 枕元をさぐる。メガネの手触りをとらえて、それをかける。

 視界に、智の上気した、だが満足そうな笑顔が入り込んでくる。こぶりな乳房がぷるんと震える。

「よみ、よかった?」

 ――なにいってるんだ、こいつは……それに、なんで裸なんだ?

「今度はさぁ、バイブとか持ってくるから、本格的にやろーね。双頭ディルドーもいいけど、それはもうちょっと慣らしてからかな」

 ――はあ?

 それから、ゆっくりと記憶がもどってくる。

 血が引いてゆく。

「と、智っ、わたしたちは、そのっ……」

「ん? もっぺんする? 元気だなー、よみ」

 キスしようと顔を寄せてくる智の肩をつかんで押しかえす。

「ちがうだろ! なんで、わたしたち、こんなこと……っ!」

「えーと、たしか、酔っぱらった私をよみがホテルに連れ込んで……」

「だから、連れ込んだ、ゆーな! 私が誘ったみたいじゃないかっ!」

 智は笑っている。暦もパニックから醒める。してしまったことはしかたがない。それに、暦自身、行為を楽しんだのも事実だ。いまとなってみると信じられないが。 

「とりあえず、よみくん、初エッチの感想はどうかね?」

「初エッチって……まあ、エッチはエッチだが……」

「たしか、イクイクって言ってたよね? イッちゃった?」

 暦の顔が熱くなる。

「そっ……智だって、よみちゃんって言いながら……」

 よみちゃん――?

 ひさしぶりにそう呼ばれたことに気づいた。暦は智を見た。

 ニヤニヤ笑っている智はいつもの智だ。暦の日常を引っかき回し、混乱させ、時に激怒させる幼なじみだ。

 でも――

「あー、実は、私もイッたのって、初めてなんだよね」

 智が頭をかいている。

「ほら、練習のために男とホテル来たことあるけど、ホントにやるわけじゃないしね」

「れ、練習?」

「うん、練習」

 しれっとした顔で智が言う。

「よみに勝てるジャンルってなかなかなくてさあ、勉強でもスポーツでもかなわないし! なので、大人の魅力で迫ってみました――みたいな」

「は?」

「にしても苦労したよ、ほんと。処女を落とすテクを身につけるったって、こっちも経験ないしさ〜。ガッコの男どもからやり方を聞き出すのに、いろいろ大変だったんだから」

「ちょ、ちょっと待て、おまえ……つきあってるってオトコは」

「ん? いないよ、そんなの」

 なにを当然なことを、というように智が答える。暦は混乱する。

「だ、だって、大阪が、三股かけてるって……」

「まー、エロテクを教わるために、学内のモテ男ニ、三人と仲良くなって、いろいろがんばったからなあ……。大阪はウブだから、そう思ったんじゃないかな」

「思ったんじゃないかなって……」

「あいつらも、私とは男といるみたいで、そんな気起きないってゆーし。まあ、エロ話の勢いで胸とか尻を触られたりしたけど、仕返しにチンチンにぎりつぶしてやったし」

「じゃ、じゃあ……」

 暦の混乱に拍車がかかる。

「これは……この状況はいったい、なんなんだ」

「ん? よみを誘惑して、モノにしてしまおー作戦、かな?」

「な……なんだと!?」

 暦はメガネのレンズが曇るのを自覚する。

「お……お……おまえ……っ、私を……っ」

「好きだけど?」

「な……っ!?」

 固まる。

「よみも私のこと、好きでしょ?」

 暦は智の顔を見なおした。すがるような、おもねるような、それでいてずるい、子供っぽい表情だ。暦は、小学校時代の智を思い出す。

 そうだ。

 この顔に私は弱いんだった。突然笑い出すか、泣くか、怒り出すか、ちっとも読めない――でも、私だけを一途に見つめるこの顔に。

 いつもいいように振り回されてきた。それでも、智がいないと落ち着かない。なにかが足りない気がしてしまう。智の言動にイライラしつつも、こいつを一番必要としているのは自分だ。

 悔しいけど、そうなのだ。

 いじめられていた智、挑んできた智、口べただった智、破天荒に饒舌になった智――そのたびに自分は守護者になったり被害者になったり代弁者になったり弁護者になったりした。

 智がいたから、自分の子供時代があった――思春期があった――そして、たぶん現在も。

 それはきっと智も一緒なのだろう。いや、暦が無自覚だったぶん、智はずっと自覚的だったはずだ。

 暦の肩から力が抜ける。

 なんだよー。両想いだったんじゃん。ずっと――今までずっと――

「ああ、好きだよ……悪いか」

 ふてくされたように言う。敗北宣言だ。

「悪くないって」

 智が暦にしなだれかかる。

「じゃ、今度はよみがタチね。私はネコになるから」

「まて、なんの話だ」

「だから、レズの役割のことじゃん」

「はあ!?」

「だって、私とよみはもうレズの間柄だし」

「レズゆーな! いまのナシ! やっぱナシ! 私はノーマルだからな!」

 暦はわめいた。だが、智は笑っている。

「電車、もうないよ」

「それは……タクシーで……」

 言いかけて嚢中の頼りなさを思い出す。そんな暦に智が言う。いつものように、うれしげに。

「さっきよみが失神してる間に延長しちゃった。だから、朝まで時間あるよ」

 暦は黙った。裸の智を見る。ああ、もう――可愛いなあ! さっきは夢中で、いろいろ試すことができなかった。この乳首を、おへそを、アソコをいじくったり舐めたりしたら――どんな反応を返してくるだろう。なんかドキドキしてきた。

「わかったよ……」

 暦は指を鳴らした。両手の指を、ぼきぼきと。たぶん、メガネはキラーンと光っているはずだ。

「覚悟しろよ……今夜は寝かさないからな」

「望むところだぁ!」

 最高に幸せそうで、いたずらっぽい笑顔を智は浮かべた。

 

おしまい