〜うたかたの天使たち〜
気恵編+α

真夏の五芒星

−珠子−

 珠姫の腕がおれの首にかかる。

『この身体を……かわいがってたもれ』

 唇を押しつけてくる。にゅるん、小さな舌が入り込んでくる。

 ああ、ひさしぶりの感覚だ。意識は珠姫でも、肉体はまぎれもなく珠子のもの。

 9歳の少女の、桜色をした感覚器だ。

 たが、おれはその柔らかさから自分を引き離した。

『だめだっつったろ? もう、珠子の意志を無視して、こんなことはしないって、約束したじゃねーか』

 珠姫の意識は、いちおう成人女性のものだ。性欲も人一倍あるらしい。だが、その意識を宿している珠子の身体はまだまだ幼いのだ。

『愚か者……そなたは珠子がどうしてこの堀池の深みに来たのか、わからぬのか?』

『――珠子の意志でここに来たってのか?』

 水におおわれた世界を見渡す。はるか先に光のまたたく水面がある。そちらが上なのだろうが、もはや肉体に上下の感覚はない。

 泳いでいる人たちの下半身が見える。海に棲む哺乳類は、きっとこんなふうに水面を見あげているのだろう。人間って不思議なひれを持っているな、と思いつつ。

『ここならば、そなたと二人きりになれるであろう? 逆にいえば、ほかのどこにいても、二人きりにはなれぬ』

 そんなことはないだろう、と言いかけて言葉を飲んだ。家にいる珠子は常に美耶子と一緒だ。むろん、以前に蔵で珠子と二人っきりになったことはある。あるが、それは例外に近い出来事だった。

『この子は、自分の気持ちを抑えつけてしまうからのう……』

 珠姫は自分の宿主の身体をそっと抱きしめた。

『のう――たまには自分の口でせがんでみんか? 珠子よ……』

 おれは少女の顔を見つめる。

 その表情の奥でなにかが変化した。顔形は変わらない――あたりまえだ――だが、浮かぶ表情の質が変化する。

『珠子……か?』

 少女は答えない。だが、はにかんだようにおれを見ている。

 小さな手がおれの手首に触れる。そっと握って、自分の身体に近づける。触れられるのを望むように。

(おね……がい……)

 唇だけを動かす。

(いやじゃ……なければ……)

 いやなわけがない。逮捕はこわいけど。

 おれは今度は自分から珠子に口づける。珠子が嬉しそうに目をとじる。

 しかし、水中で――しかも、頭上にいっぱい人がいる状況で――できるのか?

 潜ってくるやつもいないわけじゃない。

 だが、水底近くまではさすがにやってくるものはいない。

 おれは珠子の身体に触れた。水のなかで触れる女の子の肌は不思議な感触がする。つるつるすべすべで、ほんとうに海棲哺乳類に触れているようだ。それでいて、温かい。

 肌と一体化したような薄手の水着の上で、手をすべらせる。なめらかな素材だ。

 まったいらな胸から、あばら、おなか、そして腿へ――Sの字を描くように撫でていく。

 そして、脚のあいだに至る。

 小さくて、柔らかい、珠子の大事な部分。たぶん、世界でも有数の希少価値を持つ部分だろう。この上なく美しい少女の秘部――ヤフオクに出したら、いったいどれくらいの値段がつくだろう?

 その貴重な聖域におれは指を這わせた。珠子がしがみついてくる。唇を開いている。小さな吐息が結界を通って、あぶくになって水のなかに散じていく。

 水着の布地をかいくぐって、直接珠子に触れる。その部分は水のなかでも温度を保っている――というより、熱いくらいだ。谷間に指をうずめるようにして、じりじりと動かす。

 周囲に満ちている水とは別種の水分が、指にまとわりついてくる。ぬるぬるとした感触が柔肉からしみ出してくる。

 おれは指で珠子をかきまわしてやる。

『く――は……』

 珠子の声がおれの耳元で甘く響き、次の瞬間には泡になって水面に向かっていく。

『気持ちいいか?』

 頬を染めて珠子がうなずく。声を出して返事をするのは恥ずかしいらしい。

『脱がして、いいか?』

 水着の肩ひもに手をかけながら訊く。珠子は拒否しない。自分から肩をよじって、ひもが抜けやすいようにする。

 まるで皮をはぐみたいに、ワンピースの水着を脱がしていく。

 白い肌に水面の陰影が映りこむ。波動を感じる。

 なめらかな腹部――そして、深い陰裂――

 つるり、水着を脱ぎ捨てて、珠子は生まれたままの姿になる。ほんとうに、たったいま生まれ出たように新鮮だ。

 おれは珠子に抱きついた。イルカの子供がそうするように、珠子の乳首に吸いつく。濃厚な乳の味を感じながら――むろん錯覚だが――小粒の感触を唇のなかで存分に味わう。

『ん……く……』

 珠子がおれの髪をかき乱す。唇の刺激に体積を増した乳首が、起伏のない胸からぽつんと飛び出している。それでも、わずかずつだが――その部分には脂肪が蓄積されつつあるようにも思える。これからの数年間で、珠子の身体は劇的に変化していくのだろう。その変化の直前の、ごく限られた瞬間――それを指と舌で味わえるなんて、貴重なことだと思う。

 下半身に触れる。おれとの密着度を求めてか、珠子が脚をからめてくる。その脚を撫でながら、おれは顔を珠子の股間に近づけていく。

 顔を寄せても、その部分は一本の線にしか見えない。陰毛などその兆しもない。未成熟、というよりも幼熟していると言いたい気がする。珠子のこの部分が、これから、陰毛におおわれ、変形しつつ色まで変えていくなんて、信じられない。

 おとなの女性器が嫌いなわけではない。それはそれでセクシーだ。だが、珠子のこの部分にはそれとはちがうセクシャリティがある――それだけのことだ。

 成人女性が魅力的なのは言うまでもない。だが、幼いがゆえの性的魅力というものもあると思う。「社会の良識」がそれをいかに否定しようとも、法律をもって恫喝してきたとしても、おれはそれだけは譲ることができない。自分の心がかき乱される、この感覚を信じたい。

 珠子の縦割れに鼻をさしこみ、上下に動かす。

 少女の扉がわずかに押し広げられ、粘膜が姿をあらわす。おれは鼻の頭で、珠子の敏感な部位を探る。

 きゅっ、と珠子の脚が閉じて、おれの頭をはさみつける。水圧とは別の、心地よい圧迫感だ。眠気さえもよおしそうな。

 それでも、おれの意識は冴えている。珠子のこの部分を目の前にして、眠ってなどいられない。愛らしい性器に舌で触れていく。

『は……ふ……』

 珠子がうっとりとした声をあげる。感じてくれている。

 舌が珠子の味を感じる。分泌が激しくなってきているのがわかる。水のなかに溶けだした少女のエキス分が、結界を通じておれの鼻腔にとどく。なんてかぐわしく、いやらしいんだろう。

 力が珠子の脚から抜けていき、おれは身体をつかって、珠子の股を大きく割った。

 おれも大きくなっている。苦しい股間を露出させる。

『入れるよ、珠子』

(うん)

 珠子がうなずく。瞳は期待の光をおびて、おれの股間に貼りついている。おれは珠子の小さな入口におれ自身をあてがった。

 いつも――といってもそう何度もしているわけではないが――珠子に挿入するときは苦労をする。あまりに小さな入口なので、壊してしまうのではないかと思ってびくびくする。

 今日は、水中にいるせいなのか、いつもよりも抵抗なく挿入できた。それでも、締めつけられる感覚はすごい。それと、水との温度差のせいか、珠子の中がヤケドしそうなほど熱く感じられる。

『ふうっ……う……』

 珠子も苦しそうに息をしている。まだ痛いにちがいない。それでも、おれを欲して、迎え入れてくれた。おれは珠子とひとつになれたことが嬉しくて、彼女を抱きしめた。

『はうんっ……』

 接合が深くなったからだろう、珠子が身体を震わせる。

 抱き合ったふたりの身体がくるくると回転する。水面があらわれ、消える。まるで、世界そのものが二人を軸にして回っているかのようだ。

 そういえば、ここは水中なのだ。身体をささえる必要がないから、いつもは不可能な体位も試せるはずだ。

 おれは珠子の身体を離し、性器同士でつながったまま、両手足を広げた。

 余韻を残した珠子が、おれのペニスを軸にしてゆっくりと回転する。

『あっ……ああっ……!』

 珠子が手足をちぢこませて、未体験の感覚に打ちのめされる。初めての感覚を得たのはおれも同じだ。ペニスが、珠子の熱くてせまい肉壺につつまれて、ねじられていく。

 ふたり、水中で漂っている姿は、まるで羽根をひろげたタンポポのタネのようだ。

 これが海だったら、海洋学者に新種の生物として認定されたかもしれない。

 おれはかたちを変えた。珠子の脚を取って、松葉崩しのような体位になる。だが、それだけにとどまらない。重力から解放された肉体はおたがい自由に動くことができる。たがいの重さを負担に思うこともなく、いかようにも快感を追究できる。だから、既存の体位に束縛されることもない。もしも人間が水中で進化したという説が正しいとしたら、かつての人間の性生活は幸福だったろうな、と思う。すくなくとも、陸に揚がりたてのころは、セックスをひどい重労働に感じたはずだ。

『はぅ……ん……』

 控えめな珠子の声――だが、充分に感じているようだ。おれのペニスにまとわりつく襞の感触がねちっこくなり、まるで奥へ奥へおれをいざなおうとしている。

 あぶくがぷくぷくと水面に向かってのぼっていく。それだけが、この世界に上下が存在していることを教えてくれる。あのあぶくは水面まで届くのだろうか。そうすれば、きっと、上にいる人間もおれたちの存在に気づくだろう。

 ふしぎだ。

 まるで、おれたちはもう人間じゃないみたいな気がする。水棲の、なにかべつの生き物になったようだ。この世にひとつがいしかいない、特別な生き物に。

(きて……きて……)

 珠子がおれを呼んでいる。ただ性器でだけつながっていることに不安を感じたのだろうか。

 おれと珠子は水中で抱きあった。たがいの心音を感じる。水に包まれたこの懐かしい世界において、最も安心できるBGMだ。

 珠子は高まっている。おれにしがみつきながら、腰をけなげに上下させている。おれは珠子のその動きを壊さないようにしながら、間隔をおいて深く浅く突く。

『あひっ! くぅっ!』

 一番奥の場所に先端が届いたとき、珠子がひときわ大きく声を放った。あぶくも比例して大きくなる。

 おれは珠子の熱と感触に包まれながら、腰の動きを早く、大きくしていく。

『ふあっ! ひぃっ! お、にぃちゃ……』

 うるんだ瞳でおれを見上げ、珠子は顔をおれの胸におしつける。

『だい……すき……』

 その告白におれの脳が白熱する。愛しさが胸を焼き、射精中枢が暴発ぎみに命令をくだす。このかわいい女の身体のなかに、ありったけの精液を注ぎこめ、と。

 ――それが愛している、ということなのかもしれない。

 おれは射精していた。快感とともに、子種をおびただしく吐き出していく。

『あ……あ……あ……』

 珠子がわななく。身体をのけぞらせ、膣内で爆発したおれの体液の圧迫感に耐えようとしている。

 大きくあけた珠子の口から、声なき声とともに、あぶくが放出されていく。そしてそれは、たくさんの泡沫に分裂しながら、光が射しこむ水面に向かって昇っていく。

 このままでは、上にいる人たちに発見されるのも時間の問題だろう。

 おれは幸福な時間の終わりを予感して、すこしさびしくなる。

 人魚の時間はおしまいだ。

 また、重力にしばられた人間にもどらなくてはならない。

(終わりじゃないよ、遊一おにいちゃん)

 珠子がささやく。

(この時間を永遠にできるんだよ……)

 それはいいな。もしもそうできたらどんなにいいだろう。

 おれは、その奇跡を求めて、珠子の身体をぎゅっと抱きしめた。

エピローグ

 唇をだれかに奪われた。

 珠子だろうか。

 あらあらしい口づけだ。息が吹きこまれてくる。

 おれは舌で迎えうとうと思ったが、思うにまかせない。後頭部が痛い。硬いところに寝ているようだ。まったく無粋な。

 目をあけた。

 見知らぬ男がいた。触れている唇はそいつのものだ。

「わげーっ! ぷぇっぷぇっぷぇっ!」

 わめきつつ起き直る。唾をはいて、唇をゴシゴシぬぐう。心臓がものすごく激しく打っている。

「なんだなんだなんだーっ! おまえホモ田ホモ男か!? ひとが寝ていたのをいいことに――まさかケツ奪ってないだろうな!?」

 おれは男に食ってかかった。体格のいい男は、困惑したように両手を広げた。

「遊一さん……よかった!」

 声が降ってきた。ふりかえると、一子ちゃんがいる。美耶子もいる。少し離れて珠子もいた。

「あれ? どうしたの、みんな」

 おれは首をかしげた。どこからか、記憶が吹っ飛んでいる。

「のんきなこと言ってぇ! ゆーいち、溺れてたんだからね! そこの監視員のおにーさんが助けてくれなかったら、死んでたかもしれないんだよ?」

 目を赤くして美耶子が叫ぶ。泣いていたらしいな。一子ちゃんも顔色が極端に悪かったりする。

「ああ、そうだったんですか、気がついたら唇を奪われていたんで、てっきりそういう人なのかと」

 と、おれは監視員に対して頭をさげた。

「いや……それにしても強運ですねぇ。三十分くらいプールの底に沈んでいたらしいですよ。ふつうは死んでいるはずなんですけど」

「いや、それはエラ・チューブじゃなくて結界のおかげで……」

 と、言いかけておれはハッとする。記憶がもどってきたのだ。思わず珠子のほうに目をやる。

 ピンク色のワンピース水着を「後ろ前」に着た珠子は、ぼうっとあらぬ方を見ている。また憑依されているのか。だが、おれの視線に気づいてか、ちらりと目を動かした。

 ちぇっ、しくじったか――とでも言いたげに、珠子は、にやっ、と笑った。

 背筋がぞっとした。

 やっぱり珠子には手を出さないに越したことはない――のかもしれない。

 それに……結局、財宝のこともよくわからないままだし(泣)。

おわり