うたかたの天使たち 外伝

美耶子のお仕事シリーズ Part5

 「びっちな美耶子の一週間!」

 

 

  [土曜日] ユーザーイベント(秋葉原) その1

 

 やっとこさ今週も終わりだ。

 ゆっくり休みたいところだが、実は子役タレントは休みの日の方が忙しい。学校がない分、仕事を入れやすいからだ。

 この日は朝から、雑誌取材に歌のレッスン、次週のドラマ撮影の脚本読み、イベント出演など、分刻みでスケジュールが詰まっていた。

 仕事は絞り込むようにしているのだが、どうしても断り切れない仕事に限ってさえ、こなしきれないほどだ。

 だが、美耶子はいたって元気だ。

 どの現場でもいやな顔ひとつしない――おれ以外の誰かがいるときには。

 基本、外面が良いキャラなのだ。その反動でとばっちりを受けるのはおれの役割である。

「ゆーいち、ジュース買ってきて」

「ゆーいち、肩もんで、あと脚も」

「ゆーいち、焼きプリンが食べたい」

「ゆーいち、おもしろいことゆって」

 などといった突発リクエストは日常茶飯事。

「この脚本だめだと思う。リテイクかけて」

「企画がつまんない。イミフ」

 といったことも言ってくる。ほっておくと、偉いさん相手にも「にこにこしながら」本当のことを言いかねないため、おれが間に立って書き直しを依頼したり、企画の代替案を出したりしなければならない。そのため、業界内でおれの評判はすこぶる悪い。

 いわく――宇多方美耶子のマネージャーは素人のくせに現場に細かく口を出してくるらしい。

 まあ、しょうがないけどな。

 

 

 土曜日最後の仕事は、ファン向けのイベントへの出演だった。

 場所は秋葉原だ。

 美耶子が出演したドラマのDVD&ブルーレイボックス発売記念イベントである。

「おにいちゃん大好き!」シリーズの総集編というか、リパッケージ版。

 はっきり言えば、ファン向けのコレクターズアイテムであって、本編に新しい要素はない。未公開シーンがちょっと追加されているとか、あんなシーンやこんなシーンが前よりハッキリ見えるようになったとか、そんな程度のおまけもない。

 それでも濃いファンは、パッケージが変わっただけで、何万円もするセットを買いなおすのだ。同じような内容の映像ソフトをもう持っていても、だ。

 美耶子にとっても出世作ではあるので、このシリーズの関連商品の販促にはできるだけ協力するようにしている。

 とはいえ、さすがに「えぐい商売だよなあ」と思わざるをえない。

 美耶子も同感らしく、今回は気があまり乗らないようだった。

 イベント会場は秋葉原YDX。秋葉原では有名なイベントスペースだが、DVD&ブルーレイボックス購入者向けイベント参加券は瞬く間に配布終了。500人の定員がいっぱいになった。信じられるか、そいつら全員、「もう持ってる」はずのドラマのDVD&ブルーレイボックスを何万もかけて買いなおしたんだぜ。秋葉原だけでもその何倍もの購入者がいて、全国だったら、さらに――だ。その全国の購入者向けにイベント会場の動画は生配信されることになっている。

 美耶子はドラマのキャラに合わせてツインテールの髪型にしていた。衣装もそれっぽいタンクトップとミニスカートだ。スカートの下は見せパンをはかせている。この手のイベントでは必ず盗撮野郎が出没するからだ。

 イベント会場はファンの熱気で実になんというか……臭かった。この臭気だけは馴れることはむずかしい。彼らファンが美耶子をサポートしてくれる大切な存在だとしても、まあ、生理的にむずかしいところはあるのだ。すまん。

 イベントが始まった。

 前半はドラマの原作者やら主題歌を担当したアーティストやらが登場してのトークセッション&ミニライブだったが、大半の客の目当ては美耶子なので、盛り上がらないことといったら。

 ディレクターの桃山園が出てきたコーナーは、場内いっせいにブーイングが巻き起こったほどだ。

 生配信されている動画上でも桃山園へのコメントはひどいものだった。

 ど変態、ロリペド、くされチンコ、無能演出家、サングラスが似合ってない、脚が短すぎる、明らかにハゲてる、くさそう。

 桃山園がガチで落ち込んでいるのを見るのはちょっと痛快だったが。

 そして、イベントも終盤になりようやく美耶子の登場だ。

 よみがえる場内のテンション。

 女性MCの司会で、美耶子が撮影時の想い出を語るというありがちな趣向だが、まあ、いろいろハプニングもあったシリーズなので、ちょっとボカしつつも裏話を美耶子が披露すると場内はおおいに盛り上がった。撮影中のポロリ話とかは鉄板だよな。

 下ネタつながりで、「実は、今日スカートの下に穿いてるのは見せパンです」と告白し、スカートをめくってみせた時などは最高の盛り上がりを見せた。

 こういうトーク力をいったい、いつ身につけたんだろうな。感心するよまったく。

 順調にメニューを消化していき、最後のコーナー「ファンからの質問」となった。これが終わったら、美耶子は一曲歌って、イベント自体終了となる。

 「ファンからの質問」コーナーは、ファンの代表者からの質問に美耶子が答えていく趣向だが、質問者はあらかじめ決まっていて、内容も主催者のチェック済みのあたりさわりのないものだ。

 好きな食べ物はなんですか

 共演者のなかで仲のよいひとは

 休みの日にはなにをしてますか

 すきな男の子のタイプは

 などなど。

 美耶子がこれまで何十回も答えてきたような質問ばかりで、ファンなら当然暗記して当然の内容だ。

 さすがに美耶子もイラっとしてきたようだ。

「えっとぉ、じゃあ、わたしからいいですか? 会場のお客さんに質問して」

 台本にない提案をされてMCは一瞬戸惑ったようだが、流れ的にダメというわけにもいかず、それを受け入れた。

 このとき、おれもちょっといやな予感はしたのだが……

「えー、この会場の中で『おにいちゃん大好き! コンプリートボックス』を持ってる人ぉ」

 今回のリパッケージ版の前に出たセットだ。確か限定発売で八万くらいしたはずだ。

 会場の客の過半数が手をあげた。おお、濃いな。

「えーと、じゃあ、よりぬき傑作選ボックスを持ってる人」

 これも半分近くが手をあげる。

「じゃあじゃあ、スーパーパーフェクトボックスはぁ」

 これも半分以上。

「じゃーねえ、オリジナル版を1枚ずつ買って揃えた人」

 半数を大きく超えて――七割超えかもしれない。

「うわ……みんな、はじめの頃から応援してくれてたんだね、ありがとう」

 美耶子が感極まったように手を振ると、観客も絶叫で返す。

 これはこれで感動的なフィナーレにつながりそうだ、と思ったときに美耶子が爆弾を投げつけた。

「でも、今回のリパッケージ版、ぼってるよね」

 さらっと。

 言っちゃった。

「だって、はっきりいってパッケージ変わっただけでしょ。それなのに、みんな買い直しちゃったんだよね……それってお金の無駄だよ」

 ざわざわざわ……

 観客がただならぬ雰囲気を感じてざわめく。

「じゃ、じゃあ質問コーナーはこれで終わりに――」

 まずいと思ったかMCがコーナーを締めようとする。それを手で制した美耶子。

「み、美耶子ちゃん……?」

「ごめんなさい! 今回のリパッケージ版は、正直、こんな値段で買ってもらえる商品じゃなかったと思う。せめて、新しい映像やインタビューとか、新しく買ってもらえるような内容を付け加えるべきでした。出演者の一人として、買ってくれたみなさんにあやまります!」

 おおおおお、と観客たちが吠え立てる。美耶子コールが起きる。

「そして、みんなのまわりの人で、まだ買ってない人には、リパッケージ版は買わなくてもいいよって、広めてください!」

 この発言に主催者側は泡をふいて慌てだす。

 イベントを急遽中止させようとするが、そんなことをしたら暴動が起きる、と、おれは忠告した。

 実際、美耶子をステージから引きずり下ろそうとでもしたら、五〇〇人の客がそのまま暴徒になりかねない。

「あの、メーカーの人、聞いてたらお願いします! もし、今後、こういう商品の企画があるんだったら、一出演者として新作映像でもなんでも出ますから、もうこんなファンの人を食い物にするような商品は出さないでください!」

 言い切っちゃったよ。いちおう、このリパッケージ版を企画・発売したのは超大手のパブリッシャーなんだけど……

 美耶子コールがすさまじい。会場は大騒ぎだった。

 ただ、中には批判的な声もなくはなかった。

「美耶子ちゃんがそう言ったって、今回何万も出してリパッケージ版を買った我々はどうなるの? 返品に応えてくれるの?」

 正論だ。

 だが、ここで、もし美耶子が「返品に応えます」と言った類の発言をしてしまったら、全国でパニックが起きてしまう。パブリッシャーだけではなく、全国のショップが大混乱するだろう。

 その声に対して、おれの美耶子は――

 そのまま迎合せず、といって否定もせず、聞こえなかったふりも――しなかった。

 かわりに行動した。

 スカートの下にさっと手を入れて、ずいっとずりさげた。見せパンを脱ぎ捨てたのだ。

「今回の映像特典を、ここで提供しまーす! リパッケージ版ご購入者のみなさん、どうか、これで許してね!」

 見せパンを指先にかけてくるくると回す。

 音楽が流れ出す。おれが音響スタッフを脅して――じゃない、促して流させたのだ。もともとコーナー終わりに歌うはずだった、「はいてる? はいてない!?」のカラオケだ。

  美耶子は見せパンを会場に投げた。大歓声、争奪戦――会場が確かに揺れた。だが、それ以上の騒ぎにならなかったのは、パニックを起こしてしまうとイベントが間違いなく中止になるというギリギリの分別が働いたからだろう。

 ネット上でもコメントが爆発した、大半は「現地組うらやましすぎ」というものだ。

 美耶子はステージを歩き回りながら歌ってみせる。まるで本物のアイドルのようだ――いや、いま美耶子はアイドル歌手を「演じて」いるのだ。美耶子の演技力はステージに本物のアイドルを出現させてしまう。

 

 ♪ 「はいてる? はいてない!?」

 

 はいているとか はいてないとか

 どうしてそんなこと気にするの?

 こんな薄い布きれ一枚で

 わたしのことを縛らないで

 

 はいてるわたしはとってもおしとやか

 お嬢様みたいに気取って歩くわ

 意地悪な風がスカートめくっても

 軽く手でおさえてスキップするの

 

 はいてないわたしはもっと自由だわ

 男の子みたいに駆け回りたい

 短いスカートなんかじゃ守れない

 秘密の花園見つけてね

 

 今日のわたしはどっちかな?

 はいてる? はいてない!?

 今日のわたしを当ててみて!

 はいてる? はいてない!?

 それは、あなた次第なの

 

 

 間奏に入るとソロダンスパートだ。

「WONDER12」のユニットなら、五人のメンバーが入れ替わり立ち替わりで踊るところだが、ここは美耶子一人だ。

『はいてる? はいてない!?』

 観客が完璧にタイミングを揃えて合いの手を入れる。

 美耶子はくるりとターンして、青白の縞パン――シルクの薄手のやつ――を見せた。

「はいてるよ!」

 おおおお、と盛り上がる会場。見せパンという伏線をあらかじめ張ってあるから、この生パンは嬉しいはずだ。

 しかも青と白の縞パンは「おにいちゃん大好き!」でのパンチラシーンの定番だったし、ファンにとっては思い出深いアイテムのはずだ。

『はいてる? はいてない!?』

 2回目のソロダンス。

 美耶子はくるっと背中を向けて、おしりを突き出した。いつの間にか、おしりを覆う部分をふんどしのように細くして、おしりの山が露出するようにしている。

「はいてるったら!」

 いや、ケツ見えてるし。

 会場絶叫、動画上のコメントは悲嘆に染まる。「なぜ俺はあそこにいない!?」

『はいてる? はいてない!?』

 3回目のターン。

 ステージの奥に移動した美耶子はすっと腰をかがめ――

「脱いじゃった!」

 青白のストライプの小さな布をかざして見せる。

 おい、そこまでやるか――やるよな、美耶子なら。

 会場のボルテージはMAXを超えていた。

 美耶子はパンティを会場に投げ込むモーションをして、ストップ。

「これは、生放送を見てる人にプレゼントするね。応募方法はファンクラブのホームページで!」

 おい。何も考えてないだろ。あのページを管理してるのはおれなんだぞ。どうやって応募と抽選やりゃあいいんだ。

 とまれ、生放送組にも生きる希望がわいてきたらしい。コメントにも希望に満ちたものが増えてきた。

 そうこうするうちに4回目のコール。

『はいてる? はいてない!?』

「もちろん!」

 美耶子はステージの最前部まで進み、自分でスカートを盛大にめくり上げる。

 両脚を開いて立っている、美耶子のまっすぐで細い脚の間に、会場内のすべての視線が集中する。

「はいてないよ!」

 美耶子のワレメが、500人のファンの前で開帳された。ネット配信では一万人を超えていたろうか。

 歓声、狂喜、興奮――ポジティブな感情の塊が会場全体に、ネットワークのそこかしこで、爆発する。

 この瞬間、確かに世界のある一部は、一切の哀しみや苦しみ、人を傷つけるネガティブな感情から解放され、幸福感、高揚感のみに満たされていた。

 会場も、ネットも完全にひとつになっていた。

 最後の、一番大切なコール。センターの美耶子のソロダンスを呼び込むコール。

『はいてる? はいてない!?』

 ものすごい大歓声が――

 美耶子はたぶんこの瞬間、イッてたと思う。これだけの視線、一体感、そして、愛され、求められているという実感。

 それはエクスタシーにつながる。

 極まった美耶子はバレリーナさながらに脚をピンと伸ばし、立ったまま開脚ポーズをとる。

 これ以上はないというくらいのくぱあだ。正面カメラに向かって、完全にワレメが開き、膣口まで見えている。クリトリスも尿道孔も。肛門ももちろん。

「もうパンツなんかはかないよ! みんな、大好き!」

 会場は歓喜の声に包まれ、「生きてて良かった」の大合唱がとどろいた。

 生配信でもカメラに向かってのフルくぱあのおかげで昇天者が続出した。

 実際、やばいところだった、イッてしまった美耶子を回収し、イベント会場裏のクルマに移動した。

 あのままだと、美耶子は自分で観客の中にダイブしかねなかった。もしそんなことをしていたら、興奮の極みの観客たちに輪姦されていたかもしれない。いや、意外に丁重に扱われた可能性もあるが――

 とまれ、すっきりした顔をして寝息をたてはじめた美耶子を眺めながら、この事態をどう収拾するか頭を悩ませるおれであった。

 まあ、後日談的には、「お兄ちゃん大好き!」のDVD&ブルーレイボックス・リパッケージ版はバカ売れした。発売記念イベントの様子をおまけディスクにして添付するようにしたからだ。購入済みのユーザーにも行き渡るように、そこはパブリッシャーが頑張ったということもある。

 あのイベントはファンの間で「伝説」となり、会場に居合わせた500人はその目撃者として仲間内から羨ましがられる存在となった。

 おそらく今後も似たようなリパッケージ商法が行なわれることだろう。その際に美耶子がイベントに引っ張り出されても、あまり派手なことはしないように言い含めておくしかない――無駄だろうけど。

 

 

 

 [日曜日] ……

 さすがに日曜は休ませてくれよ……

 美耶子も「プリキュア」見たり「ワンピース」見たりするので忙しいんだよ。

 それに今日くらいはイチャイチャさせてくれ。

 もちろんセックスは(表だっては)できないけど、美耶子と添い寝しながら「ちびまるこちゃん」と「サザエさん」を見て、月曜日から始まるお仕事に備えるのだ。

 

 ――主曰く

 日曜くらい休め。

 

 

 「びっちな美耶子の一週間!」おしまい!