このお話は、「うたかたの天使たち」シリーズ本編とは異なる世界のお話です。
この世界では、子役がテレビで裸を見せたり、撮影で男優たちとセックスシーンを演じても犯罪になりません。
表現の自由の運用が、ちょっとだけ違うみたいです。
考えてみれば、今の我々の世界では、満18歳以上であれば、そして局部をモザイクなどで隠していれば、セックスシーンを撮影して公開してもかまわないのですが、それも、時代や場所が違えばとんでもないことなわけです。
たとえば、50年前の日本だったら? きっとありえないというか、大センセーションですよね。
いっぽう、21世紀の現代にあっても、映画でキスシーンさえ御法度、という国だってあるのです。
それほどかように性と表現には多様性があり、変化の可能性があるのです。
もちろん、今、この世界に生きる私たちは、私たちが属する世界の法と秩序に従わなくてはいけません。
それでも、想像のなかで、我々とは異なる倫理観(でも、ちょっとずれてるだけ)に統べられた世界の物語を垣間見るくらい、いいじゃありませんか? ねえ?
「女優はね、ケツの穴まで客に見せてナンボよ」
ディレクターの桃山園はそう言い放った。
「ぜんぶさらけ出すの。自分の汚いトコもやらしいトコも全部、ね」
えらそうな口調に表情。ふんぞりかえっている。以前よりも肉厚になった顎にしわを刻みつつ、きょほほ、と笑う。
「だって人間って、そういう汚かったり、やらしかったりするトコを必死で隠して取り繕って生きているわけじゃない? だからこそ他人のそういうトコを見たいのよ、お金を払うのよ、つまり、そういうこと」
コイツ、最近はすっかり巨匠ぶって、着るモノも派手になり、指なんか色とりどりの指輪だらけ、腕時計もオメガだ。サングラスも左右のアームにやたら装飾の入ったエドハーディのに変わった。
「でもね、ケツの穴がホントに汚かったらダメなのよね。カネを取れるケツの穴じゃないとね。いちばん汚いはずのところなのに、美しかったり、浄かったりする――常人には持ち得ないオーラが必要なの」
ある意味、いいことを言っているように聞こえる。ケツの穴という表現が人間の心の恥部の比喩であって、その恥部をあからさまに見せつけながらも観客を魅了してしまう「資質」が女優には必要なのだ、と。
アニメ制作をマスターベーションに例えた有名な監督もいることだし。カネの取れるマスターベーションをしろとかなんとか。
それが比喩なら、そうだろう。
比喩なら。
だが、実際にそれがテレビドラマの撮影の真っ最中で、少女のパンツをずらしながらの台詞なのだからどうしようもない。
しかも、そうしてカメラの前で肛門をさらされようとしているのが、おれの恋人であるところの宇多方美耶子なのだから、さらに言うべき言葉がない。
まったくもって、「どうしてこうなった!?」である。
「わかってるわよ、もお、監督さん……見せたらいいんでしょ、見せたら……」
美耶子は上はパジャマ、下はパンいちで、おしりを突き出した格好のまま、諦めたように言う。
桃山園の手で絶妙な位置までずらされたパンツは、美耶子のワレメをギリギリ隠し、淡い桜色の肛門はハッキリ露出させている。
「そう! その感じで、台詞よ? はいっ、本番!」
カチンコが鳴る。
カメラ、照明、音声、そしてそれらを脇で支えるアシスタントたち――十数名のスタッフが有機的に連携し、美耶子が肛門を見せながら演技する様子を映像化する。
『やん、せんせい、おしり、恥ずかしい……』
台詞を口にしつつ、美耶子がカメラを見る。甘えるような表情で、上目遣い。コケティッシュだ。ふだんの美耶子からは想像もできない。すっかり女優っぽくなりやがった。
『ね、ココで、お熱計ってぇ』
言いつつおしりをきゅいっと突き出す。おしりの山に自分で手をかけて左右に広げる。
肛門が口を開き、濃い桃色の粘膜が顔を覗かせる。
パンツの薄い布の下では、ワレメもあわせて広がっているのが、HD画質なら見て取れるだろう。
肛門は性器じゃないからオッケー、布越しでワレメはハッキリ見えないからオッケー、というのが桃山園クオリティだ。
少し前なら放送事故レベルだが、桃山園がそれで高視聴率を取ったおかげで、業界的にはなんとなくOKになっている。もともとテレビの放送コードは業界の自主規制であって、法律に定められたものではない。その法律では、児童の性器は猥褻物には含まれないので、本来、公開しても違法ではないのだ(注:この世界での法解釈)。だが、業界的にも「男の子のはともかく、女の子はまずいよね」という空気があったのは確かで、それをここまで露出させたテレビディレクターはここ十数年では桃山園が初めてだ。
これがDVDなら、さらに露出があからさまになり、ワレメさえ解禁される。
美耶子が出演するドラマのDVDボックスが軒並み大ヒットしているのもそのおかげらしい。
小学四年の美少女の肛門やワレメが見られるなら、そりゃロリコン紳士なら買うだろうさ。
この前出た「おにいちゃん、だいすき!1stシーズン」のプレミアムblu-rayボックスセットの特典映像では性器の接写さえあったらしい。10万以上するらしいが、5万セットが完売したらしい。
――もとより、桃山園からの仕事のオファーはできるだけ断ることにしていた。
いや、できるだけ、ではなく、絶対に、だ。少なくとも、おれはそのつもりだった。
だが、皮肉なことに、桃山園の仕事を通じて、美耶子はどんどん売れていった。
「脱げる子役」は今や視聴率稼ぎに欠くべからざる要素になっていたのだ。
その先鞭をつけた形の美耶子は、いまではドラマやバラエティに引っ張りだこの、トップ子役にのぼり詰めている。
形ばかりのマネージャの俺は、すべて把握できていないが、いちばん多いときでCM18本、レギュラー7本まで行ったと思う。今は学校に行く時間を作るために最小限に絞っているが――
それでも、美耶子は桃山園からの仕事は自分で勝手に受けてしまい、一人で現場まで行っていた。おれは、マネージャーと自称しつつ、なにひとつ美耶子のコントロールができない状態になっていたのだ。
だから、
「ね、今度の撮影だけど、ついて来てくれない?」
と美耶子が頼んできたときに、おれは意外に思ったのだ。
「べつにいいけど、今のドラマの監督、また桃山園だろ? あいつ、おれのこと目の敵にしてるしな」
正直、気はすすまない。あいつとは前世からの悪い因縁があるんじゃないか。
「だいじょうぶ。今回はそのももちーからの指名だし」
「ももちー!? また、ずいぶんなかよくなったもんだな」
「妬かない妬かない。だってお仕事相手だもん。なかよくしないと」
「うーん」
「それに、なんだかんだ言って、あたしのこと一番うまく撮ってくれるし」
「そんなもんかね・・・・・・」
釈然としない思いを胸に、しかし美耶子の頼みを断ることはできないおれだった。
某日――某テレビ局。
「おはよーございまーす!」
美耶子が挨拶すると数名のスタッフがすぐに集まってきた。
「美耶子さん、おはようございます!」
「宇多方美耶子さん、いらっしゃいましたー」
「楽屋こちらでーす!」
美耶子はADに先導され、そのまま楽屋に案内された。荷物を持っておれはその後をついていく。
楽屋は広くてきれいな一人部屋で、ケータリングのお菓子やお弁当、最新の雑誌(「小学○年生」やティーン系おしゃれ雑誌のほか、美耶子が好む少年漫画誌など)もすでに用意されていた。
以前はテレビ局に来ても、他のタレントと同じ楽屋だったりしたのだが――
「すげえな、おま、VIP待遇じゃん」
「そかな、今はだいたいこんな感じだよ?」
しれっと答える美耶子。お菓子や雑誌には目もくれず、台本をチェックしはじめる。こうした熱心さも以前は見られなかった。そういう意味では、美耶子も女優業が板についてきたのかもしれない。
「主演ってすげーのな」
おれは溜息をついた。おれがマネジメントしていたときはよくてドラマの脇役しか取れなかったが、桃山園から定期的に回されてくる役はほとんどが主演か準主役というおいしいポジションだった。力の差というなかれ。なんちゃってでも20年近く業界でメシを喰ってきた桃山園と、一介の大学生のおれとでは、どだい勝負にならない。
と、ノックもなしに楽屋のドアが開き、下卑た声が鳴り響いた。
「美耶子、来たのぉ」
「あ、ももちー!」
美耶子が台本から顔をあげて、自然な笑顔を桃山園に向ける。ビジネス上のつきあいと割り切っているのだろうが、おれはどうにも割り切れない。
「ふふん、例の居候――なんちゃってマネージャーだったかしら?――も来たわね」
「・・・・・・ども」
桃山園がおれを見て、ふふんと嗤う。くそ、どうしてこうなった? いつの間にこんなに差がついてしまったのだろう。
「反抗的な目つきだわね。ま、いいけど」
優位者の余裕か、桃山園はそれ以上追及はしてこなかった。
「ももちー、今日のあたしの撮り、何時から?」
台本の何割か――自分の出番だ――を赤ペンで真っ赤にしながら、美耶子が訊く。
「三十分押しだから二時くらいかしらね。それまで彼氏といちゃいちゃしてていいのよ」
「え、いいの?」
美耶子が俺の方を意味ありげに見る。
「し、しねーよ、ば、ばか!」
美耶子は最近忙しすぎで、おれの布団に潜り込んでこなくなった。ほんとうは今すぐにでも小学生ビッチのおまんこにむしゃぶりつきたいところだが、そこは自重する。
「そ。じゃあ、役どころの説明をするけど、いい?」
否やはない。美耶子はプロの女優で、おれはその付き人兼マネージャーだ。
「今回のドラマのテーマは、ずばり、三角関係!なの」
「ほう」
「美耶子は、同居している親戚のお兄ちゃんが好きなんだけど、担任の先生のことも嫌いじゃないわけ」
「ほうほう」
「担任の先生はバツイチで、別居している娘の面影を美耶子に求めて、とっても可愛がってるの」
「なるほどな」
「担任教師は市役所広司が演じるわ」
「超一流じゃねえか」
「お兄ちゃん役は亀有和也くんよ」
「またアイツか」
「しょうがないじゃない。シーズン2も好評だった『お兄ちゃん大好き!』のイメージが強いの。スポンサーの指定なんだから」
亀有和也というのは、美耶子の初ドラマ出演作時の共演者で、人気アイドルグループ「KAKIIN」のリーダーだ。一時期落ち目だったが、美耶子との共演をきっかけに人気が再燃し、いまや赤青歌合戦の司会やら大河ドラマの主演やらに抜擢されるまでになっている。
美耶子と亀有、さらにハリウッドでも評価が高い市役所広司が出演するとなると、かなりの大作であることが想像される。
「まあ、そういうことならしかたないが……なんで、そのリハの手伝いをおれがしなくちゃいけないんだ?」
「だって、二人とも超スケジュールが詰まってて、押さえられなかったのよ。でも今日番宣流さないといけないし、やるっきゃないわけよ」
いわゆる「生番宣」ってやつだ。全国中継でドラマの番宣をおこなう。全国ネットで生中継。30分ほどのミニ番組とはいえ、前後の番組を考えると、視聴率的にもばかにならない。
「……しかし」
おれが亀有の代役なのはまあいいとして、なんで市役所広司の代役が桃山園なんだ?
「しょうがないでしょ? ナイスミドルっていう脚本の指定なんだもん、あたしが出張るしかないでしょ?」
「無理ありすぎだろ!? つか、脚本書いてるのもあんただろ!?」
思わず突っ込むおれ。
「でも、ゆーいちが亀有くんの代役ってのも大概だと思うよ?」
うあ、美耶子に突っ込まれた。しかもかなり冷徹に。
おまえ、おれのこと好きなんだよな?
「それ(プライベート)とこれ(仕事)とは別」
しれっと言われた。
「とにかく! 市役所さんと亀有くんの役どころを、監督とゆーいちとでちゃんとこなしてよ! ぜったいだからね!」
美耶子にそこまで言われたら、仕方ない。やるしかなかろう。