うたかたの天使たち 外伝

美耶子のお仕事シリーズ Part2

 「美耶子のどっきり大成功!」


   ■1

 美耶子が子役タレントになって数ヶ月。

 初ドラマが好評だったためか、仕事の依頼が殺到しているらしい。

 学校は休ませないというのが一子ちゃんの方針だから、平日も休日も仕事やレッスンでいっぱいだが、美耶子はテンション高いままだ。

 マジ天職なのかもな。

 実際、猫っかぶりは天才的にうまいやつだから、外面(そとづら)は完璧。

 初対面の相手には礼儀正しく、親しくなると天真爛漫に甘え、過酷な要求には笑顔で応え、リハーサルはグダグダでも本番はバッチリ決める。

 いま、プロデューサーが求める、最高の子役タレント、らしい。

 その美耶子の付き人をやらせていただいております、小鳥遊一です。

 

 今日の仕事はウジテレビのバラエティ特番。

「超どっきり! スーパー子役まじかるテレビ」

 要するに、人気子役が仕掛け人になって一般人やゲストを騙す、どっきり番組だ。

 放送される度に視聴率20%以上を稼ぐ人気シリーズだ。

 起用される子役はみんな超有名な売れっ子ばかり。デビューしたての美耶子へのオファーは大抜擢といっていい。

 美耶子もこの仕事が来たときにはかなりのはしゃぎっぷりだった。

 そして、ロケ当日の土曜日。いつもの通り元気いっぱいに現場入りした。ロケの集合場所は都内の某公園。近くには遊園地やフィールドアスレチック、野球場などのプレイスポットが集まり、家族連れが多い。公園の敷地には機材を積んだ車や、メイク室や楽屋の代わりにするワゴン車などが駐まり、すでに多くのスタッフが立ち働いていた。

「おはようございまーす!」

 甘いアニメ声であいさつする美耶子にスタッフたちが目尻を下げる。どういうわけかおっさん受けのいい美耶子はどの現場でも人気者だ。本人は自覚していないが、これは天性のものらしい。

「よく来たわねえ、美耶子ちゃん」

 背が低く、小太りな中年男が出迎えるように現れた。サングラスにベースボールキャップがトレードマーク。ディレクターの桃山園だ。

 幾度も不祥事を起こしながらも不死鳥、いやゴキブリのように生き残るしぶとい男。美耶子のデビュー作となったドラマを企画し、ヒットさせたことで、売れっ子ディレクターに返り咲いたのだ。

 おれや美耶子とは犬猿の仲だが、ディレクターとしては優秀なのはどうやら事実らしく、それ以降も人気番組の演出を次々と手がけており、結果、美耶子と組むことがやたら多い。

「監督さん、おはよーございまーす! 今日もよろしくお願いしまーす!」

 営業スマイルを浮かべお辞儀をする美耶子。このへんはおれなんかよりも割り切っている。好き嫌いと仕事は別、というわけだ。まあ、一緒に仕事をすることが増えて、単に馴れただけかもしれないが。

「どうしてあたしがこんなしょんべん臭いガキと毎度組まなきゃいけないのかしらね……ま、窪塚ファミリーのからみだからしょうがないけどね」

 わざとらしく肩をすくめる桃山園。窪塚ファミリーというのは、日本でも有数の辣腕プロデューサー、窪塚ユウイチが率いる役者・タレントやスタッフたちのグループのことだ。会社組織ではなく、自然とできあがったグループだが、日本の人気番組のほとんどすべてに何らかの形で関わっていると言われている。

 この窪塚ファミリーに加わることができれば、人気番組に関わることが容易になりチャンスが増える。芸能界で成功したいと考える者にとって垂涎のコネクションだ。美耶子は窪塚プロデューサーのお気に入りで、特に本人は望んでいないのにファミリー入りさせられた変わり種。一方、桃山園は、うまく美耶子をデビューさせた功績で何とかファミリー入りを許された立場だ。だから、美耶子のことが気に入らなくても邪険にはできないのだ。

「ま、仕事だからちゃんとやんなさいよ、ほれ、今日の台本――っていってもどっきりの仕掛け人だから、台詞は臨機応変にやってもらうけど」

 桃山園は持っていた冊子を美耶子に突き出す。それを受け取りつつ美耶子は無邪気に笑う。

「わー、どんなどっきりかな、楽しみ!」

 人をからかったり騙したりするのは美耶子の最大の趣味だ。たいていその標的はおれだけどな。

 タイトルを読み上げる。

「えーっとぉ、『もしも、美少女子役が<バカには見えない服>を着て遊園地を練り歩いたら!?』って、どういうどっきり?」

「あら、あんた、『裸の王様』のお話知らないの? 見た目通り、バカなの?」

「ば、バカじゃないっ! 『裸の王様』くらい知ってるよ!」

 むしろ小学生の美耶子の方が馴染みが深いだろう。おとぎ話だ。

「ようするにアレでしょ、あたしが『裸の王様』に出てきた『バカには見えない服』を来て外を歩けばいいんでしょ!? カンタンじゃない!」

「そうそう、じゃ、これがその衣装だから、着替えてきて」

 桃山園はニヤニヤ笑いながら、空っぽの両手を差し出した。まるでそこに豪奢なドレスを抱えているかのように演技しながら。

「えっ、でも、衣装っていっても、なにも……」

「あらぁ、もしかして、この服が見えなかったりするのぉ?」

 さもバカにしたような口調で言う桃山園。

「どっきりの仕掛け人失格よねえ、それって……ま、バカだからしょうがないか?」

「くっ……ううう!」

 負けず嫌いの美耶子の表情が歪む。

 しぶしぶながら、それを受け取る仕草。

「な、なかなか可愛い服じゃない。し、しょーがないから、着てあげるわ」

「あ、下着もセットになってるから、全部、その衣装に着替えるのよ。靴だけは自前のを履いてていいわ」

「なっ……!」

 おいおい、それじゃあ、美耶子を靴だけのすっぽんぽんで町中に出すっていうのか? そりゃあ、たしかにどっきりするわな。だが、ちょっとやりすぎだ。

「おい、ちょっと……」

 おれが抗議のために一歩踏み出そうとしたときだ。

「ゆういちは黙ってて!」

 美耶子に制止されてしまった。

「これはあたしが受けた仕事なの。やりとげなくっちゃいけないの」

 いや、おまえのプロ根性はすごいと思うよ、だけどな……

「はい、決まり! みゃ〜こちゃんの準備ができたらすぐに撮影始めるわよ!」

 パンパンと桃山園が手を叩き、現場が動き始めた。

 

   ■2

 楽屋代わりのワゴンのスライドドアが開いた。

 スタッフたちの視線がそちらに集中する。準備は万端で、美耶子待ちの状態だから、それは自然な反応だ。

 だが、なかなか美耶子は出てこない。何度かストッキングに包まれた足がステップに覗くが、勇気が出ないのか、すぐに引っ込む。

「早くしてくんないかしら、主演女優さん?」

 桃山園がメガホンを掌に当ててポンポン鳴らしながらせっつく。

 それをきっかけにようやく美耶子が姿をあらわす。

 白いローブを羽織っている。メイクさんの心づくしだろう。

 髪はツインテール。普段はセミロングの髪を自然に垂らしているが、芸能活動をしているときの美耶子のトレードマークはこのツインテールなのだ。薄くナチュラルメイクも施されている。

 それだけで、宇多方家の喧しい四女は人気子役の「美耶子」に変わる。

 表情は硬い。それはそうだろう。ローブの下には『バカには見えない服』しか身につけていないのだ。そして、この服が見える「賢人」はこの世にはいないのだから。

「あら、なにそのローブ。それじゃあ、せっかくの衣装が見えないじゃない」

 意地悪く桃山園が言う。

「ほ、本番になったら脱ぐの! それまでは、衣装は……隠すっ!」

 声をはりあげる美耶子。頬が赤く染まっている。

 実際のところ、仕事で裸になるのは初めてではない。ドラマではたいてい入浴シーンや着替えシーンがあって、スタジオでは全裸になることも珍しいことではない。そのへんの度胸はある方で、演技と割り切ってしまえばかなり大胆なこともやってのける。全裸で男性共演者と入浴するシーンを演じたこともあるほどだ。

 だが、ここは屋外である。周囲をスタッフがガードしているとはいっても、野次馬の視線もある。

「ふ、まあ、いいわ。じゃあ、はじめましょ、最初のどっきりよ!」

 

「どっきりそのいちぃ〜! うっそー、見えないドレスを着た小学生がファッションショー!」

 桃山園がドラえもんっぽい声で声を張り上げる。

「じゃ、よろしくぅ」

 どっきりの撮影現場は公園の中央噴水付近。家族連れやカップル、近くの球場で午後行なわれる試合観戦のために訪れた人たちなどがたむろっている。

 そこに、裸の女の子がしゃなりしゃなり歩いてきたら群衆はどんな反応をするか、という趣向だ。これが大人の女性だったらただちに警察沙汰だろう。小学生の美耶子であれば子供のイタズラで済む。

 カメラマンは群衆に紛れ込み、さまざまな角度から、美耶子と、彼女を見て驚く人々の反応を捉えることになっている。カメラは荷物に仕込んだり、あるいはハンディビデオカメラで偶然撮っているように見せかける。

 美耶子はローブを着た状態で、複数のスタッフに囲まれて移動する。撮影現場で、スタッフが自然に離れていき、一人残された美耶子は無線で桃山園の指示を聞きながら演技をすることになっている。

「美耶子さん、所定位置につきましたー」

「各カメラ回しはじめましたー」

 ADたちが各所の情報をまとめて報告する。

 桃山園は機材を積みこんだ大型車に乗り込み、複数のモニターに映る美耶子を確認する。ローブ姿で公園に立ち尽くす美耶子の不安そうな表情。くひひ、と桃山園が笑う。

「美耶子、聞こえる? 聞こえたら右手をあげて」

 無線で指示を出す。

 おずおずと右手を挙げる美耶子。

「いっとくけど、そんな泣きそうな顔じゃ、視聴者には見せらんないわよ? あんたもプロなら覚悟をきめなさい。わかった?」

 叱責されて美耶子の顔が固くなる。プライドを刺激されたのだろう、パチンとじぶんで頬をはたく。

『大丈夫。いつでもいけます』

 ネックレスに仕込まれた超小型マイクが拾った声が届く。

「OK、じゃあ、スタートよ。み〜やこちゃん、ファッションショーのつもりでね」

 GOを出す。

 美耶子はそれを合図に――

 

   ▲3

 近くの売店でハンバーガーとジュースを買って、噴水近くのベンチで早めの昼食をとっていた家族連れのうち、子供が声をあげた。

「わー、あのお姉ちゃん、裸だよ?」

 おとぎ話同様、子供は正直だ。

「え?」

「うそでしょ」

 夫婦が目をそばだたせる。

「だめ! 見ちゃいけません!」

 妻は、子供ではなく、夫の目をふさいだ。

 噴水のそばでいちゃついていたカップルが続いて気づいた。

「やだ、あの子、マッパじゃん」

「え、マジ?」

 男の方が視線を動かし、身を乗り出した。

「やべ、ちょーかわぃい」

「なに、あんた、ロリコン?」

「いや、でも、すごくね?」

「うん、そだね、かわいーし、あの子。どっかでみたことなくない?」

「おお、すごいですぞ」

 ひいきチームのレプリカユニフォームを着込んだ男が声を裏返した。

「まさか、小学生のフルヌード!?」

 側にいた男も俄然盛り上がる。

「ワレメが……モロ見え!」

 観戦用の双眼鏡を目に当てる。

「あ、あれは、人気子役の美耶子ちゃん……!?」

「まさか、『おにいちゃん、だいすき!』の?」

 大型のデジカメをリュックから慌てて引っ張りだす。

 

   ◆4

(ううう……はずかしいよぅ)

 艶然と微笑みながらのモデル歩きを維持しつつも、美耶子の意識は羞恥に塗り込められていた。

 下着も「着替えた」ので、ローブを取り去ると、タイツとアームカバー以外は裸だ。前貼りなんて桃山園が許すわけがない。

 タイツとアームカバーは、単に「裸」になったのではなく、「装い」なのである、ということを周囲に示す演出だ。

 ふだん人に晒している手足を隠し、逆に、隠すべき部位を剥き出しにしている、その結果、視覚的なインパクトは高まる。

 ぺったんこのオッパイも、つんつるてんのアソコも、絶賛さらしもの状態だ。

 天気がよいおかげで寒さを感じることはなかったが、周囲の人々の視線や反応がいちいち痛かった。

 明らかにどん引きしている家族連れ、ケタケタ笑っているカップル、あるいは妙にテンション高いユニフォーム姿の男たち。

 数十人の一般市民が美耶子を見て見ぬふりしたり、逆にガン見したりしていた。

(なにが『バカには見えない服』だよぅ、どんな新素材だそれ、ったくぅ……)

 ノセられた自分のうかつさがうらめしい。

 芸能界の仕事を始めてからというもの、大人たちの前で裸になる機会が増え、身体を見られることには慣れてきた。だが、それはあくまでスタジオという閉鎖空間で、スタッフやキャストという「身内」に見られるだけの話だ。

 だが、今は違う。変装したカメラクルーが混ざっているとはいえ、大半は休日を公園で過ごすために来た一般人なのだ。みんな服を着ている「日常」の中に素っ裸で飛び込んだ美耶子は、まさに「非日常」そのものだ。

 いくら「裸になること」で視聴率が稼げるとしても――どうしても、萎縮してしまう。

『動きが小さくなってきたわよ、もっと見せびらかすようにしなきゃ』

 桃山園の指示だ。腹立つぅと思いつつ、動きが固くなっていたことを反省する。これは仕事なのだ。

 その場でくるんと回って、すそがあるあたりをつまんでポーズを取る。

 まるでファッションショーの花道を歩くがごとく、全裸の美耶子は「衣装」を意識し、それを「観客」に見せつけた。

 ただ遠巻きに見ているだけだった人々が、少しずつ輪をせばめはじめた。

 ――と。

「あ、スミマセン、子役の美耶子ちゃんですよね? 写真撮ってもいいすか?」

 ユニフォーム男が声をかけてきた。試合観戦の際に写真を撮るつもりだったのか、大きなデジカメを持っている。

「え? 写真?」

 どうしよう、と思った。芸能人である美耶子の写真にはいやおうなく「商業的価値」が生まれてしまう。

『もちろんOKよ。たっぷり撮ってもらいなさい』

 やりとりをモニターしていたらしい桃山園から指示がくる。

「でも、この人、スタッフじゃないみたいだし……」

 無線に小声で訴えかける。裸を撮られてネットにアップとかされたら――

『大丈夫、みんなサクラだから……くっくく……(ウソだけど)』

「え? 終わりのほうよく聞こえな……サクラなの? なんですよね」

 だが桃山園から新たな指示はない。

 仕方ない。ここで拒否したら、「ファッションショー」を演じる「どっきり」が成立しない。いま、美耶子はちゃんとドレスをまとっていることになっているのだから。

「い、いいですよ? この衣装をきれいに撮ってくれるなら」

 すそをつまんで軽くお辞儀をする仕草。

「え? 衣装……?」

 一瞬目をぱちくりさせた男は、なおも「衣装」をみせびらかす美耶子の仕草を見て、なんとなく意図を悟ったようだ。

「ああああ、そういうこと!」

 納得したかのようにうなずき、デジカメを構える男。

「うっわー、すっごいドレス! 感激! 美耶子ちゃんがこんな可愛くおしゃれした姿が撮れるなんて」

 言いつつ、次々シャッターを切る。おもに下からアオリで。

「えっと、服、撮ってます?」

「はい! 撮ってますよう、ツンと立った乳首みたいなボタンとか、ワレメちゃん――みたいなスカートの縦シワとか……あっと、ちょっと脚を広げてみてもらえますか?」

「……こう?」

 ぬちゅ……と、ワレメが開いて中の粘膜が外気に触れる。

「い、いいすね! それ、いただきます!」

 下からえぐるようなアングルで、カシャ! カシャ! カシャ!

 そこもドアップで撮られてしまう。

 おそらくネットにはアップされてしまうだろう。

 美少女子役のワレメ写真流出――ネットがまた騒がしくなるな。

「こっちも写真いいですか?」

「あ、私も」

「美耶子ちゃんですよね、子役の。ドラマみてるよー」

 あちこちからカメラやケータイを持った市民が寄ってくる。男だけではなく、女もおもしろがって撮っている。ビデオを回している者もいる。

 どれがテレビスタッフなのか、サクラなのか、一般人なのか、わからない。

 もともと撮影されると気持ちよくなる美耶子である。360度囲まれて撮られているうち、テンションアップし、羞恥が薄れてきた。ほんとうに衣装をまとってファッションショーをしている気分に染まっていく。

 いろいろなポーズの注文にも応えた。

 首を傾け、身体をしならせ、腰を突き出し――

(うわ、尻穴まるみえ!)

(子供の肛門って色きれー)

(お宝お宝)

 ベンチに浅く腰掛け、脚を広げ、膝を抱き――

(おおお、ぱっくり――)

(小学生アイドルのまんこ! すっげー!)

(クリ勃起してね? 皮むけて、ピンクの突起が――)

 ギャラリーの興奮が伝わってくる。

(テレビではちらっとしか見えねーし)

(DVDだとけっこう見えるらしいけど……高いしな)

(ナマで見たら、めっちゃきれいな身体だな、ガキなのに超エロい)

 息がかかりそうな近さまでギャラリーたちは接近し、美耶子の裸身を鑑賞する――堪能する。

 美耶子も興奮してはいたが、このままではギャラリーの興奮度が限界を超えそうで少し怖くなっていた。

『じゃ、そろそろ終わりにするわよーん』

 桃山園の声が届く。美耶子はホッとして身を翻す。

 スタッフがさりげなく退路を作ってくれ、ローブも手渡してくれる。

 噴水広場から美耶子は脱出した。

つづく