うたかたの天使たち 第七話
まふゆのファンタジスタ
真冬の幻奏者

 

「ゆーいち! はやく!」

 駅をでると、そこは真っ白な銀世界だった。

 ダッフルコートをまとい、大人用のサングラスを半分ずりおとしそうにしながら、こまっしゃくれのお嬢様がおれに呼びかける。

「足もと気をつけろよ。雪なんだから――コケてもしらねーぞ」

 おれは荷物を背負いながら注意する。まったく、家を出てからはしゃぎっぱなしだ。どういう構造してやがるんだ、あいつは。

 だいたい、サングラスなんかいらねーだろ。

「だって、いちおうゲーノージンだもん」

 あほか。デビューは春以降だろう。しかもドラマの端役のくせに。

「そんなことないよ。窪塚くんのお父さんの作るドラマって、視聴率すごいんだから。あたし、主役の妹役だもん、注目度高いって」

 たしかに、すでに情報をかぎつけた芸能マスコミからの取材申し込みがひきもきらないらしい。年齢的なこともあって、報道各社には自粛を要請しているというのが現状だ。

 しかし、本人はいたって気楽なもので、依然として芸能人ごっこの世界にいるらしい。

「ほらあ、はやく! ファンに見つかったら囲まれちゃう」

 んなわけねーだろ。

 おれは、白い息を吐きつつ駆け回る美弥子を眺めた。見ているぶんにはかわいらしいんだが、本性はまったく別物だからな。旅行にきたのか、美弥子のお守りにきたのか、わかったもんじゃない。

 駅前で送迎マイクロバスに乗り、目的地の旅館までおくってもらう。久佐凪温泉ホテル――建て増しを繰り返したらしい複雑怪奇な構造の建物だ。本館に新館、別館、第二別館に、新本館ってなんだよ、おい。和風と洋風がごたまぜ、無節操、やりすぎ、って感じだ。

 部屋に通された。しょっぱい商店街の福引の景品だから、たいしたことないと思っていたら、そうでもなかった。八畳はある和室に内風呂つき、小さいながらもサンルームもあって、窓の外は雪山の風景が広がっている。

「わああ!」

 美弥子はずざざざと、畳にダイビング。意味あんのか、それ?

 ひとしきり、手足をばたつかせてから(泳いでいたらしい)、美弥子は顔をあげた。

「あーあ、ベッドだったらよかったのにな」

 宇多方家は基本的にふとん方式のため、お泊まりのときはベッドを所望する傾向があるようだ。

 美弥子はちらっとおれを見上げる。

「ゆーいち、えっち、する?」

 いきなりかよ!

「だって、最近ごぶさたじゃん。苑子ちゃんとかとばっかり遊んで……ぶう」

 ふくれる。

「おまえ、ここんとこ、レッスンだのなんだので、忙しいだろ? 疲れさせちゃだめだとおもってな」

「ほんと? 苑子ちゃんにえっちなコトしたら、怒るよ」

「しない、いない、ちっともしない」

 嘘は人生のバニラエッセンスである――読み人知らず。

「珠子ちゃんは?」

 きらん、とアーモンド型の目が光る。

「ここんとこ、変なんだよね。よく笑うし、あたし以外にもしゃべるようになったし、占いなんか始めたし――以前は自分の力、隠してたのに」

 まさか、おれが珠姫と協定を結んだ、なんてことは言えやしない。珠姫は宇多方家のご先祖にして守護神。もしも秘密をばらしたりしたら、どんなたたりがあることか。

「ふ、ふーん」

 おれはそらっとぼけた。美弥子がじぃ〜っとおれの顔を見ている。

 やっぱり女の勘はばかにできない。すべて見透かされたような気がしてくる。

「そんなことより、せっかく温泉に来たんだ。露天風呂いこうぜ」

「うん、そうだね!」

 勢いよく美弥子は立ち上がった。

 

「え〜、混浴なのぉ、やだぁ」

 脱衣所で美弥子がごねた。

「おまえが一緒に入りたいっていうからだろ」

「ゆーいちが女風呂にくればいいじゃん」

 いけるか、そんなとこ! 入りたいけど。

 とにかく、ここの売り物は混浴の雪見露天風呂なのだ。雄大な自然に抱かれながら、天然温泉につかる。ついでに、卒業旅行でやってきた女子大生ご一行のカラダを鑑賞させていただければ最高!てなもんである。

「いやなら、おまえ、女風呂にいけ。おれは、入るぞ」

「もぉ〜」

 ふくれながらついてくる。くっくっく、なんだかんだいって子供よのう。

「裸になるのが恥ずかしかったら、またマジックで描いてやろうか」

「ゆーいちのバカ!」

 きつい目でおれをにらむと、靴下を踏みつけながら脱いで、脱衣カゴに投げ込む。

 ふふん、小さくても女は女。服を脱ぐところを見てると飽きないなあ。

 肉のついていない狭い背中に、ちょっとポコンと突き出し加減のヒップ。童女から少女に変化しつつある途上のからだ。

 あんまりしげしげ見てると勃起しちまうからな。前かがみで歩くのもかっこわるいから、このへんにしとこう。

 おれも手早く服を脱ぐ。

「脱いだか? いくぞ」

 タオルで前を隠しつつ、振り返る。

「ちょ、ちょっと、待ってよ」

 美弥子は下着を脱衣カゴの底に隠しているところだった。

「もお、予定外だよ、こんなの……」

 へこたれ声を出しつつ、こちらを向く。未発達の胸に、薄ピンクの乳首。形のいいおへその下には、無毛だけど切れ込みの深いワレメが。ちったー隠せよ、おい。

「じろじろ見んな、ばーろー」

 あくまで生意気だ。すこしは恥じらえ。

 まあ、このくらいの子供であれば、ふつうに男風呂にいてもおかしくないかもな。まして、混浴だ。一子ちゃんのときのような事件にはなるまい。無問題、無問題。

 おれは先に立って、脱衣所を出る。うわ! さむ! さすがは露天だ。雪もちらついている。

 岩風呂ふうの造りになっているが、湯気がすごい。ちょっと離れると顔かたちもさだかではなくなるな。

 これでは、女子大生の一群がいても判別できないな……

 とりあえず、かけ湯をして湯に入る。舞い降りる雪は湯気に融かされながら水面にそそいでいる。なるほど、雪ぐってこういうことかと納得する。

「ゆーいち、どこぉ、見えないよー」

 美弥子の声が聞こえてくるが、うるさいのでほっとくことにする。おれはいま、雪見風呂を楽しんでいるのだ。

 と。

 露天風呂の一角でなんかやってるぞ。

 煌々とライトが光り、忙しげに人々が立ち働いている。

 その光芒のただ中にはタオルを胸元まで巻いた女の子が二人ならんで湯に浸かっている。

「はい、温泉の格付け、オユミシュランのコーナーでえす!」

 女の子のうちの一人がわざとらしいスマイルを浮かべて声を張り上げる。ポニーテールにして、お風呂だというのにこってりメイクをしている。

 もう一人はショートカットの女の子だ。

 げ。

 ポニーテイルの子は小石川涼子だった。母親の七光で売り出したものの、けっきょく鳴かず飛ばずでテレビに出る回数もめっきり減ったようだが、温泉レポーターになっていたのか。

 まさかと思ってショートカットの女の子を見てみると、やはり、久遠かすみだった。ムー娘を脱退してソロに転向したものの売れなかったと聞いたが、彼女までこんな仕事を……。芸能界ってこわいところだ。

「今日はあ、雪を見ながら温泉の楽しめるー、久佐凪温泉さんにお邪魔してまーす」

 久遠かすみが片手をあげる。おお、片チチが見えそうだぞ。

 だが、見えない。しょぼん。

「だめだめ、もっと、思い切ってバッといかなきゃ。おっぱいは見せてなんぼよ!」

 かん高く、作ったような、それでもあきらかに男の声でダメが出される。

 どっかで聞いたことのある声だ――と思いきや、その男が湯気のなかから姿を現した。

 オールバックに大きな黒縁メガネ、たくわえたチョビひげ。腹が突き出した典型的な中年体型。風呂だというのに派手なチェックのコートを着ていて、手にはビデオカメラ。それを振り回しつつ、耳障りな声をさらに増幅して、女の子たちを怒鳴りつけている。

「あんたたちも、窪塚を見返したいんでしょ? この仕事ぽしゃったら、あとはAVギャルになるしかないわよ!」

「そんな……わたしたちの人気が落ちたのは、監督さんとしたせいじゃ……」

 小石川涼子が不満そうに唇をとがらせる。

「そーですよー、監督ったら下げチンなんですからー。しかも、あの後はインポでさっぱりだしー」

 ほかのスタッフたちがいる前であっけらかんとエロ発言する。といっても、スタッフといえば、照明と音響を一手に引き受けているサングラス姿の助監督ひとりだ。こいつ、窪塚ファミリーに抜擢されたんじゃないのか?

「なにをバカいってるの! あたしはあんたたちとやってないって言っているでしょ! へんな疑いをかけられたせいで、あたしは干されちゃったんだから……っ」

「だから、あたしたちがついてきたんじゃないですかー。だから、またすてきなエッチしてくださいよー。あれ、わすれらんないんですよー」

「わたしも……あの一回の思い出に……ポッ」

 うーん。あの時、この二人とエッチしたのはおれだったんだが、どうやらあれがきっかけで二人とも桃山園と仕事をするようになったんだな。それであっという間に人気が落ちたと……。

 てことは、下げチンは、おれってことに……いやいやいやいやいや!

「とにかく、この桃山園美晴はかならず復活してみせるわ! そして窪塚のヤツをぎゃふんと言わせてるのよ。わかったわね、だったら、もっとバッチリサービスしてちょうだいよ! さあ、おっぱい見せて!」

 桃山園は声を張り上げた。

 久遠かすみと小石川涼子はしぶしぶタオルを外した。おお、かすみんのおっぱい、大きくなったな。涼子ちゃんのおっぱいも釣り鐘型で外人みたいだ。

 (元)超人気アイドルと若手新進(しそこねた)女優のヌードを使うなんて、いったいどこの温泉番組なんだろう。

 それでも、一度売れなくなってしまったら、脱ごうが何しようがどうしようもないのが芸能界ってやつだ。

「さあ、とっととかたづけちゃいましょ、準備、いいわね! 助監!?」

 でっかいサングラスをかけた若い男がうなずく。

「テイク12、スタート」

「はーい! 温泉の格付けぇ! お湯ミシュランのコーナー、でえす!」

 さっきよりもオーバーにかすみは身体を動かす。お湯がはねて、乳首がちらり。

「今日は、雪をみながらあ……」

 小石川涼子もおおげさに身体をそらして、おっぱいをゆらす。ぽよんぽよん。

 やー、眼福眼福。

 と、そこに。

「ゆーいちー、どこぉ?」

 ざばざばとお湯を蹴立てて、美弥子がやってきた。カメラとギャルたちのあいだに立つ。

 ライトに照らされて目をパチクリさせている。

 雪が舞い、湯煙が立ちこめるなかに全裸の少女――けっこう幻想的なシーンだな。

 だれかが、ごくり、と喉を鳴らした。おれか、桃山園か、助監督か――

「ひえっ!」

 状況に気づいた美弥子がお湯のなかに身を沈める。

「カ、カット――!」

 ようやく桃山園が声をあげた。

「なによ、あんた部外者? どうしてここに入ってきたの?」

 桃山園は首をめぐらせた。

「助監! ちゃんと貸し切りの札を出しといたでしょうね?」

「あ、その、すいませんした!」

「また、あんたなの!? この! この!」

 サングラスの助監督が下げた頭を、どこからともなく取り出したメガホンでしばきたおす。うー、どっかで見た光景だぞ、これ。

「まったく、愚図なんだからまいっちゃうわ――そこのあなた!」

 眼鏡のフレームの位置を指で直しながら、桃山園が美弥子に呼びかける。目をこらすようにしているところをみると、あまり度が合っていないのかもしれないな。

「いくら、あたしに認められたいからって、そういうパフォーマンスは無駄よ。あたしの作品『湯煙旅情スペシャル・ぴちぴち温泉鑑定団・女子大生グルメストーカー殺人事件・ポロリもあるでよ』が、いかに高視聴率間違いなしだからといっても!」

 うさんくせえタイトルだな、おい。

 ――と思ったとき、美弥子が叫んだ。 

「あーっ! あのときのニセ監督!」

つづく