うたかたの天使たち 第七話

まふゆのファンタジスタ
真冬の幻奏者

一子編

1

 ついに……この時がきたのだ。

 おれと一子ちゃんが結ばれる時が。

 おそろしいほどガードがゆるい割に、天然のディフェンス能力を持つ一子ちゃんとは、まだセックスをしたことがない。

 いっしょにおふろに入ったり、フェラしてもらったり、クンニしてあげたことはいっぱいあるのだが、一子ちゃんはそれをエッチだとイマイチ理解していなかったりするしなー。

 しかも、肝心なときになると妹たちの邪魔が入る。あいつら、結託してやがるからな。一子ちゃんをおれに取られまいとしているのだ。なにしろ、一子ちゃんは彼女らの母親がわりの存在だし。

 だがしかし、今回は温泉一泊旅行だ。お邪魔虫はいない。

 柔らかくてピチピチの一子ちゃんの身体にあんなことやこなんなことを……! ああ。もう、想像するだけで、カウパーでまくりだ。

 もう我慢しなくていいんだ。うれしい、うれしすぎる。

 よし、旅行の計画をたてるぞ。手コキで一発、フェラで一発、パイズリもいいなあ。そしてもちろんメインは、アソコ、だ。アナルは今回は封印かな。とにかく、一子ちゃんにとっては初体験なんだから、いい思い出にしてあげないとな。

 うれしくて、うれしくて、たまらねえ! きゃっほーい、だ。

 あんまりはしゃぎ過ぎて前日の夜はほとんど眠れないくらいで、朝方ようやくうとうとしたら、ふとんをかけ忘れて――

「うぐ……ごげ……」

 ずるるる……ぐしゃ。

「遊一さん、かぜ、ですか?」

「うう……そうみらいら」

 鼻水だりだりさせつつおれは答える。

「まあ……! じゃあ、旅行は中止にしましょう」

「いやら! れっらいいく!」

 おれは半泣きになりつつ叫ぶ。飛び散る鼻水。

「でも……」

 心配そうな一子ちゃん。だが、おれの意志はかわらない。風邪など根性で治してみせる。治してやるともそうともさ!

 おれが頑として譲らず、幸い熱はさほどではなかったため、一子ちゃんも旅行に同意してくれた。むろん、一子ちゃんに風邪を移したらシャレにならないため、マスクは外せない。雪だるまのように着ぶくれて、出発した。

 電車のなかでも、一子ちゃんに看病される始末。ああかっこわりぃ……

2

 

 ホテルは、けっこう立派だった。ホテルクサナギか……どっかで聞いたような気がするが、電車の移動でさらに症状が悪化してしまったおれはそれ以上考えることもできず、部屋に通されるとふとんを敷いてもらって寝込んでしまった。

 むろんというか、なんというか、一子ちゃんがかいがいしく看病してくれるのだが、なんつーか、悪い。せっかく温泉ホテルに来たのに病人の面倒を見るだけじゃ無理いって連れ出した意味がない。

「一子ちゃん、おれは大丈夫だからお風呂とか入ってきなよ」

「だめですよ、遊一さん。風邪はひきはじめが大事なんですよ。そうそう、ホテルのお台所をお借りして、卵酒でも……」

 ホテルは台所とか貸してくれないと思うぞ……

「いや、マジで具合よくなってきたし」

 おれは起き直って身体を動かした。

「ね? だから、一子ちゃんも楽しんできなよ。このホテル、いろいろ設備があるみたいだよ。露天風呂とか、家族風呂とか、あとエステがあったと思うよ」

 そういえば、もらったクーポンに無料体験エステのチケットがあった気がする。

 おれはチケットを探しだして、一子ちゃんに渡した。

「ほら、これ。美肌マッサージっての? へー、全身コース2時間無料だってさ。けっこういいじゃん」

「でも……遊一さん、無理してるんじゃ?」

 チケットを手に一子ちゃんはもじもじしている。

「それに、エステなんかより、遊一さんと一緒にいたいです」

 たれ目で見上げてくるよー、かわいいよー、抱きしめたいよー。

 でも、風邪うつしちゃ元も子もないし、ふだん家事で忙しい一子ちゃんには羽を伸ばしてほしいしなー。

 だかおれは言ってみる。

「でもさ、おれのために、もっときれいになってほしいなぁ……」

「え……あの……それって……」

 ちょっと効果があったみたいだ。

「もちろん、今のままでもすっごいかわいいけど、エステして、お風呂入ってきた一子ちゃんは、筆舌つくしがたいかわいさだろーなあ、そんな一子ちゃんを目の前にしたら、きっと風邪もぶっとぶね」

 一子ちゃん、真っ赤になってうつむいちゃったよ。

「……ほんとですか?」

 小声で聞いてくる。

「ん?」

「風邪がふっとぶって……ほんとに?」

「約束するよ。一子ちゃんが戻ってくるまでに、風邪を治す! そしたら……お風呂いっしょに入ろ」

 一子ちゃんが嬉しそうにうなずく。それから、上目遣いにまたおれを見て、ごにょごにょと言う。

「あの……今日は……さいごまで……します?」

 ああ! あの一子ちゃんが! エッチについては無知を超えた超絶無知の一子ちゃんが! なんとなくだろうと思うけど、覚悟決めようとしているよ!

 まあ、いつもお風呂に一緒に入っていて、いよいよという時に邪魔が入っているからなあ、いい加減、おれがアソコにナニを入れようとしていることくらいは感づいているのだろう。

 おそらく、意味まではちゃんと理解していないと思われるが。

「……してもいい?」

 おれは声をひそめて聞いてみる。

 一子ちゃんは耳たぶまで真っ赤にして、こくんと小さくうなずいた。

 あーもうだめだ。しんぼうたまらん。

 おれは一子ちゃんを抱きしめようと両手を広げた。

「じゃ、行ってきますね! 遊一さん、待っててください!」

 すか。

 一子ちゃんは身をひるがえしていた。

「は……はーい」

 おれは返事をして、一子ちゃんが部屋を出て行くのを見送った。

 次の瞬間、無理をしたツケが一気に出て、高熱がかけのぼってくる。

 フラッとして、ドターン! おれは布団に倒れ込んで、失神した。

3

 気がついたらおれは空中に浮かんでいた。

 なんだなんだ、と思ったら、布団におれが寝ている。高熱のあまり意識を失ってしまったらしい。で、そんなおれを観察しているおれは誰だと思ったが、小鳥遊一、それ以外ない。

 これはあれだな、死んだか、おれ?

 主人公なのに!

 なーんてな。これはあれだ。幽体離脱ってやつだ。ざ・たっちの持ち芸じゃないぞ。

 その証拠に、布団の上のおれの胸が上下している。呼吸をしているのだ。熱のためかちょっと荒い感じだが、命に別状がある様子ではない。

 それに、前に一度経験あるしな。いや、あれはバッドエンドだから、初めてのはずか。うーん、分岐のあるお話は難しいな。何がほんとうにあったことで、何が「IF」なのか、たまにゴッチャになる。

 などと制作サイドの事情はさておき、おれはどうやら一時的に霊魂だけになってしまったらしい。普通ならばあわてて肉体に戻ろうとするだろうが、その点おれは大物だ。この状況を楽しんでやれい、という気になっている。だいたいにして、この状態だったら、女湯のぞきほうだいじゃん、キャホー!

 そんなわけで、日本に住む男性6000万人(除くガキと枯れたおじーさん)ならば誰しもが考えるとおりの行動をおれはとった。

 女湯にレッツラゴーだ。もしかしたら、一子ちゃんのお風呂も覗けるかもしんないし。まあ、いつも見ているとは言っても、こういうシチュエーションだとまた格別な味わいがある。

 部屋を出て――さすがに生き霊だけあってドアを開け閉めする必要もない――廊下をすいすいと通過していくと、いたいた、一子ちゃんだ。どうやら、お風呂の前にエステに行くことに決めたらしく、受付カウンターで手続きをしているようだ。

 ホテルのエステコーナーはけっこう立派で、ロココ調の家具なんかが置かれている。癒し空間ってやつだな。だが、不思議なほどに他の客がいないな……

 と、思ったら、入口に「本日貸し切り」って札があるぞ? でも、一子ちゃんの受付手続きは滞りなく進んでいるようで、女性の係員が笑顔で一子ちゃんを奥に案内してゆく。どうやら、個室に通すらしい。

 すると――聞きおぼえのある、いやーな声が耳を打った。

「ふっ……どうやらうまくいったようだな」

「はい、男のほうは風邪で寝込んでいるらしく、部屋から出てきませんし」

「ほう、そうか。それは好都合だ」

 恰幅のいい中年男。脂ギッシュな肌がテカテカヌルヌルしていそうな感じのこの男は――日柳だ。ひやなぎじゃねえ、くさなぎ。前回、一子ちゃんにふらちな真似をした、宇多方家の親戚だ。たしか宇多方のじいさんの甥だったか……

 その男が、手下っぽい男とエステコーナーの待合室で歓談をはじめている。手下っぽい男にも見覚えがあるぞ……たしかホテルに着いた時に出迎えてくれた、支配人だったはずだ。

 そういや、ホテル・クサナギ――だっけ、ここ。

「町内会長を抱き込んで、特賞を一子に当てさせるはずが、お邪魔虫までついてきよって、どうしたものかと思ったが、風邪とはな。まあ、そうでもなけれれば、ちょっと痛い目にあってもらうつもりだったが……命拾いをしたな、あの若造」

 悪人ヅラで日柳が笑う。目配せとともに、数人のガタイのいい男たちがホテルの制服を着て、エステコーナーの前に門番よろしく突っ立った。なるほど、「貸し切り」札ととも、こいつらでガードしようってわけか。

 しかし、エステコーナーで、いったいなにをするつもりなんだ?

 すると、日柳と支配人の前に三人の男たちが近づいて、深々と一礼した。

「こいつらが性感エステシシャンか」

「さようです。当ホテルは有閑マダムも多数いらっしゃいますので、手練れを常駐させておりますのです」

 支配人が自慢っぽく胸を張った。いや、そこは自慢するとこじゃないだろう、普通。

「なるほど……他の男に一子を楽しませるのはちょっとシャクだが、今回はしくじれないからな。よいか、一子を徹底的に感じさせろ。男のモノをハメられずにはいられないように、ギリギリまで追い込むのだ」

 日柳の非常識な命令。それに従う非常識なやつら。

「ですが、ダンナ、どこまでやっていいんです?」

 男たちのうちの一人が下卑た表情で質問する。

「本番以外なら、なにをやってもいい」

 平然と答える日柳もどうかしてやがる。

 男たちは顔を見合わせてニヤついた。

「じゃあ、さっそく、仕事にかかりますかい」

「へへっ、15歳たあ、若いですな」

「ちらっと見たけど、アイドル顔負けのかわいさでしたなあ」

 平均年齢38歳くらいのおっさんどもが、中学生のようにはしゃいで、奥へと消えてゆく。い、いかん、一子ちゃんがあぶない!

 おれは男たちを阻止するため、その後を追った。

つづく