うたかたの天使たちXI

秋風の十字路

 

-気恵編-

 

「宇多方です、ごあいさつに伺いました」

 ノックの後、きちんと声をかける。念入りだな。

「はいっていいよ」

 即答だ。

「失礼します」

 ドアを押し開ける。

 汗くさい控え室の匂いが――と思ったがそうでもない。むしろ、化粧品の匂いがする。

「あんたが気恵のあこがれの君?」

 部屋に入ったとたん、いきなり声をかけられた。

 レスラーだから、ものすごいでかいジャイアンの妹のようなのを想像していたんだけど、ちがった。

 気恵と同じか、やや低いくらいの女性が腕組みをして立って入る。

 二十代半ばかな。化粧はそれなりにケバイが、ものすごい美人だ。しかも、リングコスチュームかなにかしらないが、黒レザーのビスチェにホットパンツ。幅広のベルトには金属の鋲がうちこまれている。おざなりにフリルがついていたりするが、まずはそのインパクトに圧倒される。

 危ない店のおねえさんかよ。

 髪はショートでちょっとシャギーが入った茶パツだ。

「な、なぎさセンパイ、ちがいますよ! こいつは……じゃなくてこの人はうちに下宿してる大学生で」

 気恵くんがあわてて割って入る。だが、その女性はおっかぶせるように言う。

「その話は聞きあきたっての! 頭がよくて優しくて、しかもけっこう強い、それでいてストイックってんでしょ? でも、今時の男の子が気恵みたいな子と同居して、なにもしてこないなんて、かえって不自然じゃない?」

 均整のとれた肉体を誇示しながら、おねーさんが言う。気恵くんの事前情報によれば、この女性が、団体のエース・人気絶頂、シャイニング・プリンセス、略してシャイプリの《シャイニング・ブラック》こと、なぎさサンってことなんだろうな。

「ほんとに、気恵にちょっかいだしてない?」

 なぎさサンがにらみつけてくる。おれはどう反応するべきなんだろうか。だいたいにして、気恵くんも、もっとうまく説明すりゃいいのに。頭がいいのと優しいのは自覚してるが、腕っ節にはからきし自信がない。まして、禁欲(ストイック)なんて、おれの価値観とはなはだ相違する。おれは遊んで暮らすためにならどんな苦労も厭わない男だ。

「まあまあ、なぎさ、そのへんでいいんじゃない? 彼氏、びっくりしてるじゃない」

 控え室にいたもうひとりの女性がとりなすように言った。

 こちらのコスチュームのベースは白。ヒラヒラがいっぱいついたフェミニンなデザインだ。

 ストレートのロングヘア、いまどきかえってめずらしい黒髪。なぎさサンとはタイプの違う、おっとり型の美人だ。どこのお嬢様かと思っちゃうほどで、とても女子プロレスラーには見えない。

 こちらがシャイプリにおける、なぎさサンのパートナー、《プリンセス・ホワイト》 ほのか様、ということらしい。

「――ったく、ほのかは男に甘いんだから」

 なぎさサンは腰に手をあてた。

 それから、おれに視線をもどす。

「とにかく、彼氏には言っとく。気恵に軽々しく手を出すんじゃないよ。この子には、あたしたちの後、この団体を支えて行ってもらわなくちゃならないんだからね」

「なぎさセンパイ、そんな……!」

 気恵の声のトーンがかわる。

 その気恵の動揺を受け止めるように、ほのか様が言った。

「聞いてるでしょ、気恵。あたしたち、今日のリングが最後なのよ」

「そうそう。最後、鬼畜同盟をぶっ飛ばして、ベルトを取り戻す。そしたら、あたしらもフツーの女の子に戻れるってわけ」

 なぎさサンも言う。さばさばした物言いだ。

「でも、センパイ……」

 気恵くんは悲しげだ。いたましげ、とさえ言えるかもしれない。

 その気恵の肩をなぎさサンが、ぽん、とたたく。

「二十歳こえて、いつまでも男断ちしてらんないって。このままだと、クモの巣はっちゃうしさ。ほのかなんて、キノコはえてるらしいぜ」

「そんなわけないじゃない!」

 強い口調でほのか様が否定する。なるほど、清楚な外見に似ず、気が強そうだ。

「なぎさこそ、どうなのよ。婚約者、今日は見にきてるんでしょ?」

「うふふ」

 なぎさサンが笑顔になる。ちっ、男つきかよ。

「なぎさのカレはわたしの幼なじみなのよ。彼、もともとはわたしのコトが好きだったのよね」

「ああ、またその話ぃ? ぶっちゃけありえな〜い」

 いっとくが、それ、死語だぞ。

 まあ、とにかく。

「あたしのリングでの姿を目に焼きつけてもらおうと思って招待したんだ。こんなに大好きなプロレスをやめてまで結婚してあげるんだから、感謝してね、って、感じ?」

「なぎさ、それいいフレーズね。試合後のマイクで、言ったら?」

「わー、照れる照れる。あ、あとね、今日のコスも、ちょっとフリル入れたりして、ウェディングドレスを意識していたりするんだな、これが!」

 楽しげな会話だが、おれは入っていけない。気恵もそうらしい。明るく振る舞ってはいるが、なぎさサンもほのか様も、どことなく無理をしているように感じられるのだ。

「と、も、か、く! あたしたちの試合、ちゃんと見るように!」

 なぎさサンが、びしいっと指をつきつける。

 ほのか様が腰に手を当ててポーズをつくる。

「忘れられない試合にしてあげるからね」

 うーむ。

 ふたりはシャイプリ。

 

某プリキュアとは関係ないです。