ようやく部屋に戻ってきて、おれは、ほうと息を吐いた。
毎日毎日、忍耐の限界を試されているようなものだ。
こちとら血気盛んな若者。そして、その鼻先には血のつながりのない女の子が五人。まあ、一部年齢が低すぎるきらいはあるが、女の子にはかわりがない。
しかも、壁が基本的にふすまだったり障子だったりする日本家屋には、あんまりプライバシーというものがない。ましてや、美耶子はノックなしで飛び込んでくるし、珠子は壁抜けの技術を持っているとしか思えない神出鬼没ぶりだし、気恵くんの視線はいつも冷たいし、落ちついてマスもかけやしない。
ネタにはまったく不自由しない。一子ちゃんのバストとヒップの感触、美耶子の電気あんま、それに――
「苑子のおっぱい、柔らかかったな」
つい、口に出してしまい、あわてる。周囲を素早く見回した。むろん、だれもいない。
やばい、やばい。独り言すら、だれに聞き咎められるやら。
実際、居候として受け入れられてなんとか生活が送れているのも、忍耐を重ねて、女の子たちに手を出していないからなのだ。まあ、多少のイベントはあったにせよ。明らかな一線を超えてしまったら、遠からずこの生活は破綻するだろう。
そうなったら、宇多方家の財宝のありかを探ることもできなくなってしまう。
そうなのだ――おれがこの家に厄介になっているのは、お互いの家のじいさん同士の約束ということもあるのだが、もうひとつ大きな目的としては、この屋敷のどこかに秘蔵されているという「財宝」について調べたいがゆえなのだ。
おれの名前・遊一には「遊んで一生暮せますように」というステキな願いがこめられてる。
財宝、という甘美な響きにすぐにメロメロになってしいまうのも、「名は体をあらわす」という格言に沿っていると言えよう。
この財宝へのこだわりがあるがゆえに、目の前のごちそうにむしゃぶりつくのにもなんとか耐えてこられたのだ。すごいすごい、おれの精神力! かっこいいぜ、男のなかの男!
「よし――」
おれはつぶやくと、立ちあがった。
これからがおれのもうひとつの顔――財宝ハンターの時間だ。
衣服を黒っぽいスウェットに替える。まあ、寝巻きと兼用なのだが、一応、闇にまぎれるという意味で採用。
そして、これは必携、懐中電灯を装備する。できれば、ヘルメットにライトがついているよーなやつが欲しいのだが、そんな予算はない。だが、片手が常にふさがるという状態は不便なので、はちまきをして、そこに懐中電灯をはさんでみる。ちょっと頭が痛いが、八つ墓村のなんとかみたいで、ちょっといい具合だ。
軍手を手にはめ、ロープを肩にかける。ポケットには、もしものための正炉丸。なにしろ、生水に当たるかもしれないからな。あと、非常時のカロリーとして氷砂糖も準備しておく。疲れると甘いものが欲しくなるものだ。
ふふふ。完璧である。
おれは自分の部屋のふすまをそっと開く。
廊下は真っ暗だ。しーん、としている。
一歩、踏み出した。
ぎしいっ。
どきどきっ。
思わぬ軋み音に、繊細なマイハートが跳ね上がる。
落ち着け。まだ、現在の状況では怪しい真似はしていない。風体はちょっとアレだが。というか、かなり怪しいような気がするが、ぜったいだいじょうぶだよ、と自分を励ます。
歩きだすと、なんか、やったら廊下がキシキシ鳴りやがる。うぐいす張りだったら雅なのだが、これは単に老朽化しているのだ。この屋敷も、宇多方のじいさんが死んで以来、手入れらしい手入れもできない状態のようだ。
勝手口に向かう途中で、一子ちゃんと苑子の部屋の前にさしかかった。物音はしない。二人とも、きっと、ぐっすりと眠っている頃だろう。
ふと、思った。
ここで予定をかえて、この部屋に忍び入ったらどうだろう?
超熟睡状態の一子ちゃんは、あんなことをしたり、こんなことをしても目覚めないかもしれない。
もしかしたら、アレをナニしたり、できるかもしれない。
ごくり。
おれは唾を飲みこんだ。
いつもなら、ここで選択肢が出てくるところだよな。
おれは深呼吸する――。
だが……
今回は選択肢が出てこないようだ。
ついに諦めたか、作者。
一抹の寂しさを感じつつも、おれは初志貫徹する。
おれは勝手口を抜けて、裏庭に出た。ぐるっとまわって土蔵のある方角へと向かう。
今夜は月がきれいだ。だが、うっそうと茂った宇多方家の庭木は、まるで密林のようにたちはだかって、土蔵への道をふさいでいる。
なんとかかき分けて、土蔵へとたどりつく。
昼間のうちにチョロまかしておいた土蔵の鍵を取り出し――どうせ、ふだんは使っていないので、ばれる心配は当分ない――扉を開く。さすがにちょっと緊張する。
土蔵に入り、扉を閉めるとあとは懐中電灯の光だけが頼りだ。
梯子をのぼり、二階のスペースに移動する。
この前、確認したのと同じ手順で本箱を動かし、壁の抜け穴を開く。
こおおおお。
冷たい風が頬に当たった。
中を確認する。
下に向かって梯子がついている。だが、木がずいぶん腐っていて、これに全体重をかけるのはちょっと怖い。
おれは柱にロープを縛りつけると抜け穴の中にたらした。長さは足りるだろうか?
たぶん、大丈夫だ。事前の下調べで、だいたいの深さはわかっている。この抜け穴は、土蔵の壁をくりぬくようにして地下まで続いているのだ。そして、底の部分で、どうやら横穴になっているらしい。風が抜けるということは、まったくの行き止まりではないのだろう。
おれは深呼吸をひとつすると、ロープをつかみながら、暗い穴のなかに身を沈めていった。
梯子とロープを併用して、体重を分散させながら、おれは抜け穴を降下していった。
三階ぶんくらい下りたあたりで、足が地面に――床に――着いた。むろん、靴は履いている。
周囲は漆黒の闇だ。懐中電灯の光が届く範囲以外はまったく何も見えない。
空気はしめっぽい。ねっとりとからみついてくるようだ。
左右に手を伸ばすと、漆喰塗りの壁を触ることができた。床は石造りだ。かなり古そうな気配である。見あげてみると、ずいぶん上のほうに、おれが入ってきた抜け穴があるようだ。もう、懐中電灯の光ではそこまで届かない。
ちょっち怖い。
だが、財宝のためだと心を鼓舞して、おれは横穴の方に視線をむける。
人ひとりがようやく通れるほどの細い通路だ。
おれはどきどきしながら――財宝に出逢うことを予感しながら、歩きはじめた。
通路は曲がりくねったり、アップダウンがあったり、けっこう入り組んでいた。
あまり計算して作ってあるようには思えない。もしかしたら、自然にあった洞穴に後から手を加えた――そのようなものかもしれない。
おれは目を皿のようにして調べたが、財宝らしきものは――その手がかりさえも――見つからなかった。
疲労が全身にたまってきた。だいたいにして、いかに宵っぱりなおれとしても、ふだんならとっくに眠っているころだ。けっこうキツい。
おれの心に「そろそろ潮時なんじゃねーの」という神の声が聞こえてきた時だ。
行く手に梯子があらわれた。
通路そのものはまだ先があるようだが、目の前に出現したこの梯子を見過ごすことはできなかった。初めての手がかりらしい手がかりだ。
どこにつながっているのだろう。
もしかしたら、いきなり当たりかも――
おれはどきどきしながら梯子に手をかけた。
やはり、ずいぶん腐食している。一段一段、注意しながら登っていく。
そして――
最上段にたどりついた。
どうやら押し上げ式のふたがあるようだ。慎重にそれを持ちあげる。
そこは、せまい空間だった。ごちゃごちゃと荷物らしきものが置いてある。天井が異常に低い。なんとか身体を押しこんだものの、ほとんど身動きもできない。
ここが、財宝の隠し場所なのだろうか?
首をめぐらせると、すぐ間近に、引き戸らしきものがある。手で触れると、軽い音をたてた。鍵もかかっていないようだ。
おれの本能が警報を鳴らす。危険があるかもしれない。
だが、この秘密の通路が宇多方家の財宝の謎と密接にからんでいることは間違いないのだ。
虎穴に入らずんば虎児を得ずと昔の人も言っている。昔の人がなんで虎の子供をほしがったのかは謎だが。
おれは思いきって戸に指をかけた。
からり、と意外なほど軽い音をたてて戸は開いた。
そこは――部屋のようだった。畳が敷いてある。掃き清められてもいる。おれは日本人の習性で、靴を脱いだ。そして、膝立ちでそろそろと進んでいく。
懐中電灯の光の輪のなかに、白いものが入った。なんだ?
その白いものがもぞもぞと動いた。すわ、敵? 財宝の守護者とか、なんかそんなの? まさか……
びびって腰が引けたおれは次の瞬間、マジで悲鳴をあげそうになった。
懐中電灯の光のなかに、眠たそうに目をしばたたかせている女の子の顔を見つけたからだ。
「……だれ?」
女の子が訝しそうにおれを見た。
――あっれ〜?
2001/10/14