MA-YU 学園編6.5
interude2 在りし日の……

 

 初めは好奇心からだった。

 弁護士という仕事に興味があった。ドラマみたいだと思った。

 それにその弁護士は、年齢的にはまゆの父親と同じくらいで、親しみが持てた。むろん、外見は似ても似つかなかったが。

 神村弁護士はまゆと沢に対して非常に親切だった。失職した沢にいくつかアルバイトも紹介してくれた。また、家賃の安いアパートも世話してくれた。

 沢も神村と話す時は頭をよく下げた。電話でも口調が違っていた。

 えらいひとなんだ……まゆは漠然と思った。

 沢との暮らしを維持するために頼らなければならない存在なのだと、おぼろげながらに察知した。

 だから、神村の事務所に招待されたときも迷うことなく応じた。

 幼いながらも打算はあったかもしれない。神村が自分に向けてくる視線、かける言葉などに含まれている「好意」のサインに、まったく気づかないほど子供は鈍感ではない。

 むろん、そこに大人の男としての欲望がとどろっている、ということまでは察知できなかったのだが。

 

 神村の事務所は目抜き通りに面した小洒落たビルの一階にあり、何人もの弁護士や弁理士が働いていた。

 所長である神村の姿を見ると、彼らは例外なくうやうやしく頭をさげた。

 オフィスのあちこちに神村の写真の載った雑誌記事や新聞記事の切り抜きが貼られていた。感謝状なども多かった。

 すごい人なんだ、と素直に思った。その神村がまゆをちやほやしてくれる。それが嬉しかった。

 神村の個室がまたすごかった。

 大理石をふんだんに使った壁、毛足の長い絨毯、ふかふかのソファ、大きなデスク、分厚い書物のぎっしり詰まった書架。そして、最新式のディスプレイやビデオ機材。テレビゲーム機まであった。

 まゆはそのソファに座り、ジュースやお菓子をごちそうになり、テレビゲームで遊んだ。神村も飽きずに相手をしてくれた。

 それなりに緊張感のある沢との暮らしのなかで、いい息抜きになった。受験生になるとなおのことだった。

 すこし不思議だったのは、神村がことのほかスキンシップを好むことだった。ソファで並んで座っているときも、しきりに手を握り、膝に手を置いたりした。いっしょにゲームをしていると、クリアした時に抱きついてくることもあった。

 だが、父親と遊んでいるような気分になっていたまゆは、さほど気にしなかった。むしろ、大人が相手をしてくれる、かまってくれることがうれしかった。

 もうひとつ変わっているなと思ったのは、まゆが部屋を訪れるたびに、ビデオカメラを回すことだった。

「これは、この部屋にお客さんを呼んだ時のきまりでね、ほら、大事な話をするわけだから記録を残しておかないといけないんだ」

 神村は説明したが、テープがもったいないな、とまゆは思ったものだ。

 それでも、神村の事務所はまゆにとって居心地のよい場所であり続けた。

 さらに、沢の仕事が忙しくなり、まゆの身体に触れる機会が減っていくのに反比例するように、神村の誘いは頻繁になっていた。

 まゆが遊びに行くと、たいていはゲームをしたが、そうでないときはビデオで映画を見せてくれた。

 神村のビデオライブラリは、子供向けのアニメから大人向けの映画まで、豊富に揃っていた。それもまゆが行くたびに増えてゆく。まだビデオ化されていない最新の映画まで含まれていた。

 じきにゲームよりも映画を見るほうが多くなった。神村が仕事から手を離せないケースが多かったこともあるが、まゆ自身がそれを求めた。家では見られないものばかりで珍しかったのだ。

 アニメよりも実写の恋愛映画がお気に入りだった。ヨーロッパものにはたいていは濃厚なラブシーンがあった。まゆは、映像のなかで唇を合わせ、肌を合わせるシーンをうっとりと見つめた。

 いつの間にか、ヌードやベッドシーンの比率が高い映画ばかり見るようになっていた。おそらくR指定にあたるだろうソフトポルノふうの作品さえも含まれていた。むろん、表面上は甘甘のラブストーリーなのだが。

 頬を染めながらも画面に集中しているまゆに、神村は水を向けてきた。

「なに? まゆちゃんも、そういうの、興味あるんだ?」

 むろん、まゆは否定した。だが、神村の誘導は職業柄さすがに巧みで、ついにまゆはうなずかざるを得なくなった。そういうシーンに興味があるのは事実だったからだ。

「じゃあ、本物、見てみる?」

 神村は分厚い書物をおさめたラックを操作して、隠し棚をあらわにした。そこから持ち出してきたのはポルノビデオだった。

 まゆは首を横に振ったが、結局、見せられた。好奇心にも引きずられた。

 外人の女性同士がペッティングをしているもので、映像も音楽も美しかった。

 だが、性器がばっちり映っていた。ピンク色の花びらを指でかきまぜると、愛液がこぼれ出た。まゆはぞくぞくした。自分が自慰する時のことを思い出した。神村がいなければ、オナニーしていたかもしれなかった。じっさい、その日、帰宅してから自慰をした。

 それからというもののは、神村の事務所に遊びにいくたびにポルノビデオを見た。神村がライブラリの隠し扉の操作を教えてくれたので、神村が仕事で部屋を空けているときは、そこからビデオを選ぶようになった。

 内容は過激なものばかりだった。

 男女のからみや、女性同士のからみもあった。

 フェラチオ、クンニリングス、ネッキング、そしてファック。

 すべて海外物で無修正だった。

 出ているのは外人だから、生々しさがなかった。映画のベッドシーンの続きのようだった。だが、行為のストレートさ、激しさはまぎれもなく本物だった。

 ソファに座ってビデオを見ていると、股間が気持ち悪くなるくらいに濡れた。

 たまに、がまんできなくなって、股間に手を当てることもあった。神村の視線に気づいて、あわてて姿勢を変えることもしばしばだった。

 

 

 そして――その日――

 まゆはふさいでいた。沢とちょっとしたケンカをしてしまっていた。まゆが夜、沢のふとんにしのびこんだところ、こっぴどくしかられたのだ。

 ただでさえ沢は帰りが遅く、休みでさえも外出がちだった。とうぜん、まゆの身体を求めることもなくなった。

 それゆえの、まゆなりのアプローチだったのに、否定されてしまったのだ。

 神村はその日上機嫌だった。むずかしい事件を片付けたのだという。そのため、事務所の職員たちもみな打ち上げに出掛けていて、オフィスには神村しかいなかった。その神村も酔っていた。

 まゆは神村の部屋でビデオを選んだ。書架の奥の隠し戸棚に、神村の秘蔵のビデオやDVDが並んでいた。この隠し場所はまゆと神村だけに秘密だった。

「まゆちゃん、今日はこれを見るといいよ」

 神村が勧めたビデオにはラベルが貼っていなかった。個人撮影もののようだった。まゆはそのビデオを受け取り、デッキに挿入した。

 モータが回り、テープが飲み込まれる。大型のプラズマテレビいっぱいに映像が映し出される。

「あ」

 まゆは驚いた。

「わたし……?」

 画面のなかにはまゆが映っていた。ソファに座っている。ゲームに興じているらしい。

 どうやら、この部屋で遊んでいるところらしい。そういえば、今も撮影されているのだ。カメラが何カ所も設置されている。もう意識しなくなっていたが。

 だが、画面のなかのまゆはまだカメラの存在を気にしてるようで、たまにはにかんだような笑顔を見せていた。

「もう、おじさまったら……」

 まゆは唇をかるくとがらせて神村をにらんだ。神村は笑っている。

「ははは、かわいく撮れているだろう? かなりテープもたまってきたので、編集してみたんだよ」

「うーん、そういうことは早めにいってください」

 どんなポルノビデオかと思ってドキドキしたのに、とんだ肩透かしだ。それに、画面に映る自分の姿を見るのはむしょうに恥ずかしい。

 画面のなかのまゆのシーンは次々とかわってゆく。訪問回数を重ねてリラックスしていく様子が早回しのようにわかる。ただ、服装のバリエーションが乏しいのもわかる。それがちょっと悲しい。

 映像のなかでまゆが自然になっていくのにあわせて、カメラのアングルも変わっていった。最初は遠間から全身を映すようにしていたのが、顔のアップや、横から、ななめ下からなど、映像が多彩になっていく。

 強いていえば、画角が際どくなっている。

 ソファに座っているまゆの膝や腿をアップにしたり、かがんだ胸元をのぞき込んだり。まゆ自身のカメラに対するガードがゆるくなったせいか、パンツが見えるシーンが増えていった。

「やだ、おじさまのエッチ」

「まゆちゃんが自分で見せたんだよ」

「そんなことないもん」

 まゆは神村をぶつまねをする。

「ほら、そろそろ」

 神村が画面を指さす。

「まゆちゃんがもっとエッチになってゆくよ」

 映像のなかで、まゆの顔が赤らんでいた。

 唇がかわくのか、しきりと舐めている。

 音が聞こえている。女のあえぎ声だ。

 まゆがポルノビデオを見ているところなのだ。

「や、やだぁ」

 悲鳴をあげた。

 かっこわるすぎる。真剣にポルノを見ている表情なんて。

 まゆはデッキを停止させようとリモコンをさがした。だがそれはすでに神村の手にある。

「消して、消してよ、おじさまぁ」

「だめ、だめ。こんなかわいい表情のまゆちゃん、消したりできないよ」

 画面のなかで、まゆが昂奮している。あせをかき、髪を額にはりつかせて、息をせわしくしている。

 横顔になる。長いまつげをしばたいて、すんと鼻をすする。喉が動く。唾をのんだらしい。

 女の声が激しくなり、ペチペチペチペチという音が高まる。ファックシーンらしい。

 フレームの中で、まゆが小刻みに身体を揺らしだす。

「ああ、だめ、だめだよお……」

 まゆは泣きそうな声をだした。

「このとき、なにしてたんだい、まゆちゃん?」

 意地悪く神村が訊く。まゆは答えられない。

 カメラのアングルがかわった。

 まゆをほぼ正面から捉えている。こんなカメラは知らない。

 その映像のなかで、まゆはスカートの中に手を入れて、動かしていた。

「あ、あれは下着が、ず、ずれて、気持ち悪かったから」

「濡れて……だろう? それに、ずいぶん気持ち良さそうだよ?」

「そ、そんなことないもん」

 否定するが、画面の中のまゆは明らかに感じている。

 覚えている。神村が急な用事で部屋を空けていたときだ。部屋にひとり残ったまゆは、つい、羽目をはずした。カメラの存在は頭の隅に残っていたから、わからないようにスカートの中に手を入れた――はずだったのに。

 正面からのカメラで、まゆの指戯が捉えられている。こんな角度で撮られているなんて――

「ほら、モニターの下に黒いボックスがあるだろ? あの中にカメラがあるんだ」

 チューナーやビデオ機材が収まったラックに、確かに穴のあいた黒い箱があった。

「ひ、ひどい、おじさま……」

「だって、仕事柄、どんな相手が来るかわからないからね。おじさんとしては、仕事だから仕方ないんだよ」

 神村はにこにこ笑っている。リモコンを操作してボリュームを上げる。

「まゆちゃんのかわいい声を聞いてみようか」

『あ……あ……気持ちいいよ……おにいちゃ……』

 映像のなかでまゆが目をうるませて、パンツの上から股間をこすっている。

『もっと……もっと触って……おにいちゃん……』

 がまんできなくなったのか、指が下着をくぐって、恥部を直接刺激しはじめる。

 まゆは顔を覆った。それでも声は聞こえてくる。指向性の高いマイクで音を拾っているのか、周囲の音はほとんど聞こえなくて、まゆのあえぎ声とくちゅくちゅといういやらしい音ばかり聞こえてくる。

『あくっ……う……』

 画面のなかでまゆが身体を折る。そのときだ、ドアがノックされた。

 あわててまゆが姿勢をもどす。

『やあ、失敬失敬、用事が長引いてね――ん? どうしたんだい、まゆちゃん、顔が赤いよ』

 もどってきた神村の声が聞こえてくる。まゆは画面の外にいるらしい神村に向かって、ぎこちなく笑顔をむけた。

『な……なんでもないよ、おじさま――なんでも……』

 映像が終わる。神村がリモコンのスイッチを切ったのだ。

 

「どうだった、まゆちゃん?」

「どう……って……」

 どんな反応していいのかわからない。ただ恥ずかしくてたまらない。隠し撮りをされたことを怒るべきなのだろうか。だが、自慰にふけったのはまゆ自身なのだ。それに、この部屋にビデオカメラが設置されていることは知らされていた。勝手に「映っていない」と考えたのもまゆの浅はかさだ。

 だが、神村はまゆを責めるふうはな、優しい声をだした。

「おじさんはまゆちゃんが心配なんだよ。オナニーをするっていうのは、ストレスがたまっている証拠でもあるんだ。もしかして、沢くんとうまくいっていないんじゃないかね?」

 図星だった。ここのところ、沢との行為は途絶えていた。まゆから仕掛けた昨夜も悲惨な結果をむかえた。

 正直なところ、欲求不満に陥っているといってよかった。でも、小学生の女の子が、夜、独り寝に悶々としているなんて、だれにも相談できることではない。

 まゆは無言でうつむいた。耳まで赤くなる。

「どうやら、心配が的中してしまったね……」

 神村がため息をつく。

「実はね、沢くんからもちょっと気がかりなことを聞いたものだからね」

「おにいちゃんが?」

 敏感に反応する。

「おにいちゃん、なんて……?」

「いや――沢くんからは口止めされているのでね」

 神村は歯切れ悪く口ごもる。

 その口調にまゆはさらに心を乱される。

「おじさま、教えて……お願い」

「ふぅむ……わたしが話したってことは沢くんには内緒にしていてくれるかい?」

「します! するから……」

 まゆは必死になっている。神村のペースに引きずり込まれていることにも気づかない。

「沢くんも悩んでいるようだったよ……なにしろ、彼は大人だからね。まゆちゃんのような子供と……その……恋人でいることについて……」

「うそ」

「誤解してはいけないよ。沢くんは何もまゆちゃんが嫌いなったとか、そういうんじゃないんだ。ただ、大人の女性には求められることが、まゆちゃんにはさせられない――それだけのことさ」

「おとなの――」

 まゆは息をのむ。心当たりはある。沢は最近何かにつけてまゆを子供あつかいする。恋人に対する態度ではない。妹をあしらうような、そんな感じだ。

「おじさま、おとなの女のひとって――」

「どうすれば、大人の女性みたいに振る舞えるか、わたしにはわからないなあ」

 まゆが言い終わるより先に、神村は先を引き取って言った。

「でも、ここで映画をいろいろ見たろう? ああいうことを沢くんはしたいんじゃないかなあ?」

 おとなの男女のセックス。

 でも、まゆだって、セックスはできる。なにがちがうのか――

「ほら、大人の女性は、いろいろなテクニックを使って男性を悦ばせるだろう?」

 そういえば、まゆの知らない奇抜な姿勢で交わったり、手や口を使っていた――

「あんなふうにすれば、おにいちゃんも……」

 まゆは脳裏にさまざまな痴態を思い浮かべる。男女の淫猥な映像を自分と沢の行為として認識しなおす。

 脳がそれでいっぱいになる。抑えこまれた欲求がつきあげてくる。

 濡れる。なにもしていないのに、濡れはじめる。

「エッチなビデオ、今日も見ていくかい? 勉強に、なるよ」

 神村が訊いてくる。まゆはうなずく。

つづく